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回生の果て  作者: 壊れた靴
転校生
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「連絡事項は以上。日直」

 日直が立礼し、志津田が教室を出ると、すぐに鳳のもとに多数の女生徒が向かって来る。

 隣席に座る俺は、仕方なく立ち上がり、亨のもとに向かった。亨は「いや、すげえな」と感心したように言う。何に対しての感想なのかはいまいち分からない。

「それにしても、こんな変な時期に転校ってのもなんか訳ありって感じだな」

「俺たちが気にするようなことでもないだろう」

 亨は「それもそうだ」と頷く。

「隣の席になったのも何かの縁だろうし、優しくしてやれよ」

 笑顔で言う亨に苦笑しつつ頷く。その後も、亨や周りの生徒と他愛もない会話を続けた。

 ようやく自席に戻れたのは授業開始のチャイムが鳴り始めてからだった。本人の所為ではないだろうに「すみません」と頭を下げる鳳に「気にするな」と苦笑する。

「教科書なんかは大丈夫か?」

「ありがとうございます。こちらで使用しているものは揃っているので大丈夫です」

 言って頭を下げる鳳に、転校生とはいえ慇懃すぎるな、などと考えていると、担当の教師が入ってきた。


 その後も、休み時間の度に、人だかりを逃れて亨の席に向かうこととなったが、昼休みに入る直前、鳳が囁くように話しかけてきた。

「申し訳ないのですが、昼休みに、学校を案内していただけますか? 出来れば少人数でお願いしたいです」

 亨の言葉を思い出したわけでもないが、あれだけ姦しくされるのは、確かに厳しいものがあるだろう。「わかった」と頷きを返すと、鳳は微笑んで軽く礼をした。

 昼休みになり、鳳を促して席を立つと同時に、予想通りというべきか、女生徒が集まってきた。「由人くん。私たちがこの学校を案内してあげる」とリーダー格の生徒が言う。気圧されるものがあるが、何とか声を発する。

「悪いが、俺が案内することになった」

「それなら貴水くんも一緒に、ね」

 有無を言わせない迫力を感じるが「転校初日で気疲れもあるだろうから」と有耶無耶に答えつつ、何とか鳳と二人で脱け出す。幸いにも、女生徒たちは追いかけてくるようなことはなかった。

 廊下に出ると、その暑さに嫌気がさすが、精神的には教室よりはマシだろう。

 鳳は「ありがとうございました」と一礼した。

「気にするな。俺にそんなに丁寧にする必要もない」

 苦笑して答えつつ、まずは食事にでもしようか、と考え、そこで弁当を教室に置いてきたことを思い出す。教室に戻りたくはないが、仕方がないか。

 その時、亨が「お疲れちゃん。忘れ物だよ」と俺の弁当を片手に掲げつつ横に立った。弁当を受け取りながら「見ていたなら助けてくれ」と軽く睨むと、亨は「俺にはムリだ」と笑った。

「こいつも一緒でいいか?」

 亨を指さして尋ねる俺に、鳳は微笑んで頷いた。

「等々力亨だ。よろしく!」

 笑顔の亨に「よろしくお願いします」と鳳が頭を下げる。

「騒がしいが、悪い奴ではないから」

「騒がしくもないだろ?」

 言いながら亨が声を上げて笑う。大げさに肩を竦めてやる。「仲が良いですね」と微笑む鳳に「長い付き合いだからな」と苦笑を返す。

「まずは食堂に行こうと思うけどいいか?」

 俺の質問に鳳が頷く。「弁当があるなら、こいつに取ってこさせるけど」と亨を指さすと、「持ってきていないので」と鳳が首を振った。

「そうか。現金しか使えないが、大丈夫か?」

 頷いた鳳に、「それじゃ、行きますか!」と亨が声を上げた。


 道中では、男女問わずに目を引く鳳の容姿のため、落ち着かない思いをしたが、食堂に着いても変わることはなく、鳳に気付いた者は遠慮なく見つめたり、同席する者と何事かを話したりする。

 亨はやや辟易としたように肩を竦めた。「やれやれ、大変だね。こりゃ」と呟いた亨に、「すみません」と鳳が頭を下げる。

「いやいや、鳳のせいじゃないんだから! 謝らなくていいって!」

 慌てたように言う亨に、鳳は軽く頭を下げ、微笑を浮かべた。

「ありがとうございます。僕のことは由人と呼んでください」

「オケオケ! 俺は亨、こいつは貴水と呼んでくれていいから」

 亨は俺を指さしつつ、俺の分の呼称まで言うが、異論はないので黙っておいた。

 由人を券売機の前に案内する。「ハズレはないから」との亨の言葉に、由人は迷うことなくきつねうどんを選択した。「好きなのか?」と笑いながら尋ねる亨に、由人がはにかむように微笑し頷く。何故か、忘れ物をしたような違和感を覚え、亨に尋ねる。

「きつねうどんを好きな奴、誰かいなかったか?」

「さあ? それくらいいるだろ? どうかしたか?」

 訝しげに聞き返す亨に、「なんでもない」と首を振る。由人もやや困惑したような表情で俺を見ている。我ながら変な質問をしてしまった、と苦笑する。

 食券をカウンターに出すと、程なくして出来上がった料理を受け取り、空席を探す。幸い、食堂の隅にあるテーブルが空いていた。見世物のような状態は避けられるだろう。

 テーブルに移動し、揃って腰を下ろす。俺の隣に由人、正面に亨が座る。その時、舞耶の声が響いた。

「先輩じゃないですか! 今日は来ないって言ってたのに!」

 舞耶は食器を乗せたトレーを持ちつつ、やや離れた位置に、級友らしき女生徒三人と立っていた。その声量により、何人かの視線を集めていたが、本人は平然としており、寧ろ周りの女生徒の方が恥じらいを覚えているようだ。舞耶は彼女らに何か声をかけると、一人別れてこちらに向かってきた。残された女生徒たちは微笑しながら、その近くの席に座った。

 舞耶は特に断ることもなく、俺たちの座っているテーブルにトレーを置くと、亨を手で払うようにして立たせ、その席を奪った。「ストーカー恐るべし。友達は大切にしろよ」と亨が笑って隣に移ったが、舞耶は黙殺し、その時になってようやく由人に目線を向け、「誰ですか?」と俺に尋ねる。

「今日からの転校生で、鳳由人。こっちは、1年の星野摩耶」

 それぞれに紹介すると、由人と舞耶が「よろしくお願いします」と軽い礼を交わした。舞耶が「舞耶と呼んでください」と続けると、由人も釣られたように「由人と呼んでください」と答えた。

 舞耶は「すっごい美形ですね」と俺に向かって言う。本人にも聞こえているだろうが、由人は特に何の感情も示さなかった。俺は苦笑しつつ由人に言う。

「誰かと同じく騒々しい奴だが、よろしく頼む」

「誰かって誰ですか? それに私は騒々しくないです!」

 亨が自らと舞耶を交互に指さして笑い、舞耶が亨を睨みつけた。由人は「仲が良いですね」と微笑んでいる。

「さて、それじゃ、いい加減食べますか」

 弁当の包みを開けながらの亨の言葉に、それぞれ「いただきます」と食事を始めた。

「いつも通り、先輩のお弁当は美味しそうですね。素敵なお母さまなんでしょうね」

 舞耶の言葉に「俺のはどう?」と亨が弁当を向けると、舞耶は「茶色一色」と呟いた。

 亨が笑い、俺は苦笑する。亨の弁当は彼の母親によるものであるが、昔からの親友同士らしい亨の母親も俺の母さんも、やや、というには行き過ぎた豪快さを持っており、俺の弁当も母さんに任せると『茶色一色』になるため、仕方なく自分で弁当詰めをすることにしたのだ。

 亨は面白がっているのか何も言わず、俺も面倒なので訂正することはない。

「舞耶ちゃんもいつも茶色い物食べてるよね。今日もカツ丼だし。しかも大盛」

「先輩はよく食べる子の方が好きですもんね」

 小柄な割に健啖な舞耶が、確認するように俺に尋ねる。勿論そんなことを言った憶えはない。

 食事をしながらもなお騒々しい二人に苦笑しつつ、由人に軽く頭を下げる。

「食事中にうるさくてすまん。気になるようならどこかにやるから」

「賑やかで楽しいです」

 笑顔で首を振る由人に、何となく面映ゆいものを感じてしまう。亨と舞耶も同様らしく、曖昧な笑みを浮かべたが、その後も騒々しい食事は続いた。

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