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回生の果て  作者: 壊れた靴
七不思議
17/40

17

 廊下を歩いていると、やや距離を置いて、こちらに向かって歩く志津田の姿が目に入った。

「最近よく廊下で会いますね」と舞耶は小声で言い、「顧問なんだからもっと会うのが普通だろ」と亨が笑う。

 その声が聞こえたのかは分からないが、志津田は俺たちの目の前で立ち止まった。

「七不思議の調査は順調か?」

 いつも通りやる気を感じさせない気だるげな声色に、副部長が「人体模型以外だとぉ、二件確認できたわねぇ」と返す。

 教師に対してもいつもの口調は変わらないらしい。志津田も特に気に留めた様子はない。

「それで、何か分かったことはあるのか?」

 質問を重ねる志津田にやや驚く。七不思議の調査状況の確認など、挨拶程度に聞いただけで、すぐに離れるかと思ったのだが。

 副部長はゆっくりと頷く。

「作為的なように思うのよねぇ。その割にはぁ、あんまり考えてるわけでもない感じもあるけどぉ」

 副部長の言葉を聞いた志津田が一瞬だけ微笑したように見えたのは気のせいだろうか。

 志津田は「何故作為的だと思う?」と更に尋ねるが、副部長は「何となくねぇ」と返すだけだった。志津田はわずかに顔をしかめたが、特に何も言うことはない。

 舞耶がスマホを操作し、「先生はこのアイドル知ってますか?」と画面を見せる。

 志津田は「ああ」と頷き「それがどうした?」と聞き返す。

「『描きかわる肖像』でも、『夜に鳴るピアノ』でも、このアイドルが使われてたんです」

 舞耶の言葉に、志津田は吹き出した。志津田が笑うところなど、初めて見た。

 舞耶は訝しむように「何か知ってるんですか?」と尋ねるが、志津田は首を振って「随分と七不思議にそぐわないなと思っただけだ」と答えるのみだった。

 志津田は、納得できていない様子の舞耶を気にする様子も見せずに口を開いた。

「それで、今は何をしているんだ?」

 いくら志津田が相手とはいえ、教師相手に、立ち入り禁止の屋上に向かっていると答えるわけにもいかないだろう。

「次の調査の下調べってところっすね」

 亨の答えに、志津田は疑うような目を向けたが、「迷惑はかけるなよ」と言うだけだった。

「それじゃ、失礼しまーす」とごく軽く頭を下げて歩き出した亨に続いて、志津田の脇を抜けたところで、「待て」と声をかけられる。

 振り返ると、志津田はこちらを向いて何かを思案するように俯いていたが、やがて、「いや、何でもない」と首を振る。

「そういえば」と亨が思い出したように声を上げ、「先生っていつからこの学校にいるんすか?」と尋ねた。

 志津田はいつも通りの無表情で、「さぁな。忘れたよ」と答えると、振り返ってその場を後にした。

 志津田の姿が見えなくなると、舞耶が口を開いた。

「絶対に何か知ってますね」

「だな」と亨が頷く。

「なんて言うか、七不思議の仕掛け人を知ってるみたいな反応じゃなかったですか?」

「教師が仕掛けてるとかか? だったらまぁ納得は出来るかもな」と亨が笑う。

 舞耶は首を傾げながら「なんかそんな感じじゃないような気もするんですよね」と呟くが、それ以上は何も言うことはなかった。

「今は屋上に向かうぞ。調査を進めれば、いずれ分かるだろう」

 振り返った部長に続いて、再び屋上に向かって歩き出す。

 舞耶の言葉には納得できるものがあった。志津田は仕掛け人を知っていて、何かしらの好意を持っているような、そんな印象を受けた。

 屋上へ出る扉の前に着いた。副部長は先頭に立って扉を開くと、そのまま屋上へと歩を進めた。

 副部長に続いて屋上に出る。間を遮る物が全くない、まだ高くにある日に辟易とし、せめてもの抵抗に手をかざす。

「初めて来たけど、中々気持ちいい場所だな。開放してくれりゃいいんだが」と伸びをする亨に、「亨先輩と煙は、高い所が好きなんですもんね」と舞耶が笑う。

 亨は「先輩に対する敬意が足りないんじゃないか?」と笑い、舞耶は笑顔のまま「敬意に値するような人になってください」と返した。この暑い中でも、元気な奴らだ。

 隣に立つ由人は、二人を見て静かに微笑んでいた。いつも通りのはずだが、何故か違和感を覚えた。

「どうかしましたか?」と心配するように俺を見る由人に首を振って「ここには長居したくないな」と苦笑する。

「にしても、来てみたら余計こんな場所に霊なんかあり得ないとしか思えないな」

 そう言って笑いながら、亨が副部長を見る。副部長は振り返ると、何を言うこともなく俺を見る。何を期待しているのか分からないが、思わず目を逸らす。

 視界の端に何かが映り、そちらに向き直る。

 手摺に腕を乗せ、地上を見下ろすような姿勢の女生徒の後ろ姿が見える。

 瞬間、動悸が激しくなった。

 焦燥感に目眩を覚える。

 足元が覚束ない。

 呼吸が苦しい。

 引き寄せられるように、彼女に向かって歩き出す。

 背後から誰かの声がした。

 手を伸ばせば彼女に届く場所までたどり着く。

 彼女は振り返った。

 笑っているようにも、泣いているようにも見える彼女の姿に、俺は意識を失った。

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