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歌が聴こえる。隣を歩く少女によるもので、この曲を聞いてからというもの、飽きることなく口ずさんでいる。
「そんなに気に入ったのかよ?」と亨は辟易としたように呟く。正直な所、同感だ。今となっては彼女が歌うまでもなく頭の中でリピートされている。
「ごめんごめん」と言いながらも悪びれる様子もなく笑顔を見せる彼女に、俺と亨は揃って肩を竦める。
「でも、名曲だと思わない?」と尋ねてきた彼女に、「正直そんなに」と素直な感想を伝える。
「アンチかな?」
彼女は凄むように俺を睨み、「過激派のファンかよ」と、亨と俺は笑う。
亨は笑いながら「何でそんなにあのアイドルが好きなんだ?」と尋ねる。
「何て言うか、元気をもらえるって感じ。明るくて可愛くて」と、間を置くことなく答えた彼女に「それ以上元気になる必要もないだろ」と亨が笑う。
「確かに、元気が必要なのは貴水かも」
彼女も笑うが、その前に一瞬見せた彼女に似つかわしくない寂しげな表情がひどく印象的だった。
目が覚めた時には既に昼が近かった。夢のせいでいつもの違和感が強く、焦燥感と言えるほどの感情を覚える。
七不思議の肖像の少女が、七不思議の曲を口ずさむという、いかにもな夢だが、それでも、少女の存在を受け入れていたことが、目覚めた今でも自然なことに思えた。
七不思議の調査に入ってから違和感は強くなるばかりだが、調査を進めれば何か分かるのだろうか。
重い体を起こす。食欲があるとは言い難いが、今の体調に栄養不足が重なっては倒れかねない、と半ば無理やり昼食を摂り、支度をして学校に向かう。
普段以上に強烈に感じる日差しに耐えながら、何とか部室に辿り着くと、既に亨を含む全員が揃っていた。
「先輩、大丈夫ですか?」
挨拶をする間もなく、舞耶が心配そうに声をかけてくる。余程体調が悪いように見えるらしい。「寝不足なだけだ」と笑い、席に着く。
「無理はするなよ」と気遣う部長に頷くと、部長は皆を見回して声を上げる。
「では全員揃ったところで、ピアノの件について簡単に振り返っておこうか」
「またあのアイドルだったんですよね?」
昨夜の出来事をある程度聞いていたらしい舞耶の質問に、「そのようだな」と部長が頷く。
「不自然ですよね? 全然七不思議っぽくないじゃないですか」
「よっぽど熱心なファンなんだろうな」と笑う亨に、舞耶は苦笑し、俺は今朝の夢を思い出した。
「でも、七不思議なんだから、イタズラにしても、普通は怖がらせようとするんじゃないですか?」
「そりゃ、そいつが楽しむためだけにやってるんだろ? 布教活動だとでも思ってるのかもしれないけどな」と亨は肩を竦める。
「イタズラとして仕掛けるにしても、絵の場合はまだ簡単そうですけど、ピアノは大変そうじゃないですか? 全員に聴こえたならともかく、三人だけに聴こえたんですよね?」
音楽室から微かに届く吹奏楽の演奏を背景に、部長は「うむ」と頷き「単に立ち位置の問題だろう」と続けた。やはり、指向性スピーカーを疑っているのだろう。
「特定の場所にだけ聴こえるようにして、三人はたまたま聴こえる位置にいたってことですか?」
「そうなるな」と頷いた部長に、「聴こえた時って、どんな位置関係だったか分かりますか?」と舞耶が尋ねる。
部長は立ち上がると、「こんな感じだったか」とホワイトボードに五人の位置関係を示した。
やはり聴こえた三人の位置関係は意味のあるようなものではない。しかも、相当な指向性を持つ物でないと別の誰かに聴こえてしまうだろうし、その場合、どうしてもスピーカー一台では三人のみに聴こえるようにはならない。
「やっぱりイタズラにしては手が込みすぎてませんか?」
舞耶の質問に部長はやや考えるそぶりを見せた。
「そのような悪戯を仕掛ける人間の考えることなど分からんものだ」
部長は半ば自分に言い聞かせるように呟く。
しばらく沈黙が続き、由人が副部長に向かって口を開いた。
「人体模型も肖像画も、今回のものも、何か目的があるのでしょうか?」
いつも通り読書を続けていた副部長は顔を上げ、ゆっくりと頷いた。
「その目的とやらは、本当に竜宮に繋がっているのだろうな?」
副部長は「それは間違いないと思うわよぉ」と返し、「ただ、私たちに出来ることはあまりないのかもぉ」と俺を一瞥した。
部長は訝しむように「どういうことだ?」と尋ねると、副部長は「特定の誰かへのメッセージのようなものに思えるのよねぇ」と答える。
「それが貴水君に対するものだと?」と質問を重ねた部長に、副部長は「なんとなくそう感じるだけなんだけどぉ」とだけ返した。副部長に言われると、確かにそう思える気がする。違和感はそのために強まっているのだろうか。
部長は溜息を吐くと、「では次の調査について聞かせてもらおうか」と尋ねる。
「『笑う女生徒』ねぇ。学校の屋上に女生徒の霊が現れるっていうことみたいねぇ」
「またありがちっすね。けど、こんな明るいうちから出るんすか?」
副部長は「そうねぇ」と首を傾げ「そこは気にしなくてもいいと思うのよねぇ」と続ける。
「『笑う女生徒』には、時間を限定する要素がないからってことですか?」
舞耶の質問に副部長が頷くと、「ピアノは『夜に』があるからってことか?」と亨は苦笑した。
亨は「そもそも、うちの学校の屋上って入れないっすよね?」と尋ねるが、すぐに「何でもないっす」と首を振った。副部長に聞くだけ野暮というものだろう。
「では、さっさと行こうか」と部長は席を立つと部室を出ていき、俺たちも後に続いた。




