大好きな推しの傲慢な義姉に産まれましたが、柄では無いのでやめました
ちょっとシリアスめの、実は腹黒一途義弟✕純粋わりと鈍感義姉です。誤字報告ありがとうございます。
その、何処か仄暗い瞳を見た瞬間。私はまだ名乗られていない『義弟』の名前を思い出した。
何もかも諦めた様な顔、細い手足。パサついた髪。本当なら私はこう言うのだ。
『貴方が弟なんてゾッとするわ。二度と私に話しかけないでちょうだい』
綺麗な、可愛いものが大好きな私。愛を知らない私と貴方。
でも『私』は知っている。
貴方を可哀想だと思った事。
虐げられながらも努力した貴方を尊敬した事。
そして彼女と出逢って彼女と恋をした時、良かったねと言う気持ちと、今思えばなんだか複雑な気持ち。
彼女を守る為に悲しみながらも義姉を断罪する勇気。
そして彼は聖なる力に目覚めた彼女の騎士になるのだ。
それは『君を守る為に立つ』と言う、ラブストーリーの記憶。
彼女と目の前の彼が『私』の記憶通り幸せになるには、私は先程の言葉を言わなきゃいけないんだろう。
でも、苛烈な私と『私』は真逆だ。あんな事言えない。こんなにも震えているのに。
うん、決めたわ。私は彼の良き姉になる!いっぱい慈しんで、時には厳しくして、私も模範になれるような淑女になるわ!
「はじめまして、私はシルヴァネールよ。今日から私は貴方の姉。仲良くしましょうね」
小さい腕をめいいっぱい広げて、彼を抱き締めると、びくりと身体を強張らせ、急に強く押された。
私は尻もちをついた。やってしまった。そうだよね。急に抱き締められたらびっくりしちゃうよね。謝ろうとした時、背後から母の金切り声が聞こえた。
「シルヴァに何をするの!だから私は養子など反対しましたのよ!!行きましょうシルヴァ、貴女はこのオーディナル公爵家のたった一人の娘なのですから怪我でもしていたら大変だわ!」
「でも、お母さま…彼は悪くないのです。私が…」
「行きますよ!!」
「………はい、お母さま」
これ以上は彼に迷惑がかかる。きちんと謝れなかった事は心残りだが、ここは母に従おう。しかし、『私』はこの母、苦手だな。家に寄り付かない父を見返す為に…愛されたい為に、必死なのは分かるけど、多分逆効果。
だから彼女に奪われてしまうのだわ。
何もかも。
その夜、私は自室をこっそり抜け出し、彼の部屋に向かった。場所は大体分かる。彼の部屋はこの屋敷の中でも陽当りも悪く、手狭な部屋。でも唯一見える裏庭の花壇がお気に入りだったと言う事だから、きっとあの部屋だろう。
今度はびっくりさせてしまわないようにと、小さくノックをした。
「…………………はい」
たっぷり躊躇った後で、小さく返事があった。
「シルヴァよ、入っても良いかしら?」
「あの…すみません、少し、具合が悪くて」
「え!?大変!何故執事を呼ばないの?待っていて、今気の優しい執事を呼んで…」
その時、ガチャリと扉が開いた。
「…呼ばないで下さい」
「どうして?具合が悪いので…」
そのドアノブを持つ小さい手の甲が真っ赤になっている事に気が付いた。
あの人だわ。私は涙をぼろぼろとこぼした。私の浅はかな言動で、こんなに小さい手を虐めた実母が憎く、怖かった。私はハンカチーフを取り出すと、その真っ赤な手にそっと巻き付けた。
「ごめんなさい…さっきも、ごめんなさい」
彼はびっくりしている。ハンカチーフと私を交互に見て、何だか得体の知れないものを見る様な目をしている。
「急に抱き着いて、びっくりしたんでしょう?ごめんなさい」
「……あなたは怒っていないんですか?」
「ひとつも怒る理由が無いわ。それなのに、こんなのってない。どうしてこんな酷い事を。ごめんなさい」
「…あなたに謝られる理由は、僕もひとつもないです。びっくりして、突き飛ばして、ごめんなさい」
ふわりと優しく笑ってくれたから、私もにこりと笑う事が出来た。涙で見られたものじゃなかったと思うけれど。
「出来るだけ、傍に居るわ。あの人、私の前では『お母さま』で居たがるの。父にはあまり期待しないで、滅多に帰って来ないから」
「あなたが怒られたり、しない…?」
「しないわ。大丈夫よ。貴方は貴方を一番大事にしてあげて。まず、ちゃんと手当をしましょう?私にも味方の執事くらい居るのよ」
「あの…ね、ねえさま」
初めて呼ばれて凄く嬉しかった。思わず笑ってなぁに?と言うと、彼は何故か俯いてしまった。
「僕は、アーネストと言います。よろしくお願いします」
ようやく名乗ってもらえた事が嬉しくて、思わず抱き締めてしまってから、さっき嫌がられたばかりなのにと反省した。そっと体を離そうとしたら、おずおずと背中に手が回された。
「もう、突き飛ばしたりしないから」
なんて可愛いの!私は、アーネストが大好きになってしまった。
記憶にあるアーネスト=オーディナル公爵子息よりずっと。ずっと!
「よろしくね、アーネスト!」
あれから三年。私とアーネストは、きっと仲は悪くない。
むしろ仲良しだと思うのだけど、最近アーネストは反抗期になったのか、信頼のおける執事や侍女だけだと私を姉さまと呼ばなくなった。
反抗期なら仕方ないのかなぁと好きにさせている。アーネストは要領が良いから母の前で呼び間違える事も無いだろうし。
仲は良いのだから、別に構わない。ちょっと寂しいけれど。
「シルヴァ、どうしたの?顔色が悪い」
優しい優しいアーネスト。だけど、理由を言うのは気が引ける。月経が来ているのだ。反抗期のアーネストにそんな事言えば恥ずかしがって距離を置かれてしまうかもしれない。私は痛む下腹を押さえて笑った。
「大丈夫よ、アーネストは優しいわね。ありがとう」
アーネストは少し考え込んだ後、立ち上がると何処かに歩いていってしまった。
ちょっと寂しい。ううん。私はお姉さんなんだから、我儘言ったら呆れられてしまうわ。
そうしたら、きっと…。
ガチャリと扉を開ける音がした。顔を上げるとアーネストは手にブランケットを持っていた。
それをそっと私のお腹から下にかける。
「…言いにくいの分かるけど。冷やしたら良くないって言ってたよ」
「…良い子に育って」
「それどういう目線なの」
う、ちょっと目が怖い。何で?
「全く鈍いんだから」
「姉さま何かした?」
「………今も更にした」
「え!?やだ、ごめんね?嫌わないでアーネスト」
ぎゅっとアーネストの袖を掴むと、アーネストはちょっとびっくりして。ばかだなぁって優しい声で言った。
「嫌えるものなら嫌ってみたいよ」
「や、やだよ…悪い事したなら謝るから仲良くしよう?ね?」
アーネストは眩しいくらいの笑顔で、私の髪を撫でた。
「もう仲良しでしょう。本当に、全くシルヴァには敵わないよ」
それからしばらく後の事。運命の日が来た。
「は、はじめましてお姉様、お兄様!私、セラと言います!よろしくお願いします!」
そう。アーネストが愛する事になるのは私の腹違いの妹。
これを期に母はもっと暴力的になるし、気が荒くなる。原作では、私も、そうなる。
だけど『私』は違う。父の事は呆れ果てるし、これからを思えば泣き出したくもなるけど…。
隣を見る。アーネストは眉間に深く皺を寄せている。あれ?一目惚れでは無かったのかな??
「行こう義姉様。こんな茶番に付き合う必要は無いよ」
「え?え?でも、あちらは挨拶してくれてる訳だし…礼を欠くのは…」
「礼を尽くした態度ではないじゃないか!!」
珍しく激昂したアーネストに、私は驚いて顔を上げる。そこには悔しそうに顔を歪めたアーネストが居た。
「あまりにも馬鹿にしてる。何がよろしくだ。よろしくなんか出来る訳無いだろう。この家で私達がどんな思いをして暮らして居たと思っているんだ!!」
「…アーネスト?」
アーネストが大きくなった身体で私を抱き締めた。
「俺の家族はシルヴァだけだ。他には要らない」
その言葉に、私の目からポロッと涙がこぼれ落ちた。私も同じ想いだったからだ。
本当は不安だった。ヒロインである彼女にアーネストを取られてしまわないか。
彼女がやがて聖なる力に目覚めるなら、彼女の騎士になる事がアーネストの幸せなのだろう。
それにそうならなければ、この国は魔獣に襲われるのだ。その時、どうなってしまうのか…。
そう思って我慢していた想いが、溢れて止まらない。
今は未来よりも、この気持ちを打ち明けたい。
「…アーネスト。大好きよ」
「俺もシルヴァを愛している」
「あり得ない!!!」
大きな声に振り返ると、先程とはうって変わって般若の様な顔をしたセラが居た。
「アーネストは私の騎士でしょう!?アンタ何したの!?」
あ、この子も転生者だ。そう理解したのは私だけ。アーネストは私を守る様に抱き締め直して、彼女から隠す様に背を向けた。
「ジル」
「はい」
「お義父上に連絡を。彼女は公爵家の令嬢になるには足りない物が多すぎると。もし彼女がこの家に住むなら私はシルヴァを連れて出て行く。あれを持って。そう伝えてくれ」
「はぁ!?」
「かしこまりました」
「お、おかしい!!全部おかしい!こんなの『きみたつ』じゃない!お父さまに言っても無駄よ!お父さまは私を愛しているもの!出て行くのはそっちよ!?」
「そうかな?それならそれで構わない。シルヴァは私が養う」
「え?え?」
「行こうシルヴァ。こんな女の前に居る事は無い」
アーネストが私の手を引いて歩き出す。その力強い手に、大きくなったんだな。この手が私を今守ってくれているんだなと感慨深くなる。
「アーネスト、私、貴方に大事な事を話して無いの。頭がおかしいと思うかもしれないけれど、聞いてくれる?」
「惚れた女の頭をおかしいとか思うように育てられてない。大事な話なんだろう?聞きたい」
振り返ったアーネストが私の肩を抱くと、屈んでそっとキスをした。
その眼差しは蕩けそうなくらい甘い。
「何か隠されてるのは気付いてた。その何かがずっともどかしかった。だから、嬉しいよ」
私は全部じゃないにせよ、私には前世があって、それを思い出している事をアーネストに話す事にした。
そして、結局出て行く事になったのは彼女の方だった。
なんで?って聞いてもアーネストは教えてくれない。私の命が危なくなるらしい。悲しそうな目で言われたら私はもう問い詰める事なんて出来ない。
「でも、大丈夫かな?この先、私はもう予想も出来ないの」
私はアーネストに『君を守る為に立つ』の話をした。正確に言えば言わざるを得なかった。アーネストったら、私にあんな事した!!まだ未婚なのに!閨で洗いざらい吐かされた私はまだちょっとご立腹だ。
「俺は剣の腕は磨いてきたつもりだけど?シルヴァにはそう見えて無かった?」
「そんな事言ってない。ただ、聖なる乙女無しでこの国の災いを何とか出来るのかなって」
「フン、あの女が死んだ訳じゃないんだ。自分の身が可愛いタイプそうだから何とかするんじゃない?俺はこの手が守れるものだけ守るつもりだよ。だからシルヴァは安心して俺と結婚して?」
しばらくして起きた未来は、概ねアーネストの言った通りで。
あの子は誰だか知らないイケメン(勿論アーネストが一番ですが)を騎士にして頑張っていた。
私は偉くなったあの子が報復してくるんじゃないかとちょっと心配していたのだけど、再び顔を合わせた時にそう聞いたら。
『今は元だけど、大好きだった推しをそんな目に合わせる程落ちぶれてないわよ!馬鹿にしないでくれる!?』
と、また般若の様な顔で怒られた。ある意味潔く、かっこいい。私もちょっと見習おうと思う。
「ねぇアーネスト」
「ちょっと待っててシルヴァ。これ終わってから…」
「そのままで良いよ。ただ、私はアーネストが大好きで、愛してて。お嫁さんになりたいなって言いに来ただけだから」
「………………なんて?」
「アーネスト愛してる。お嫁さんにしてくれる?」
この顔を、私は一生忘れないと思うのだ。
多分、産まれ変わっても。
あるものとは、シルヴァの母が秘密裏に持っていた学生時代の父が現王妃とやり取りしていた恋文です。一泡吹かせたいと、そしてシルヴァを頼みますと今までの事を謝罪し、アーネストに託して領地に戻りました。
読んで下さってありがとうございました。
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