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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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99.発展と魔物の話

 夏から冬の初めの頃は騎馬で訪れていたアレクシスだったが、さすがにこの季節はしっかりとした馬車での来訪だった。


「ようこそおいで下さいました、公爵様。無事の到着、お喜び申し上げます」

「君の方こそ、壮健そうでなによりだ」


 目上の身分の相手や正式な訪問者を迎え入れる場合、正門前で主人から使用人全員で出迎えるのはよくある形式だが、領主邸の使用人が四人しかいないので、やはり少し寂しい出迎えである。


 家の管理をする執事や客の荷物を運ぶための従者といった専門的な分業も、今の領主邸ではされていない。


 これまできちんと人を招いたり迎えたりしたことがなかったので、そうした形式を整える必要を感じることもなかった。

 生まれ育ったタウンハウスではその手の形式は割愛されることも多かったし、セレーネを迎えた時も省略した形式であることを事前に伝えてあったので、メルフィーナとしても馴染まないやり方ではある。


「外は寒かったでしょう、どうぞ、中にお入りください」


 ふらりとやってこられて、急な客人は困ると腹を立てるのも面倒ではあるけれど、事前に訪問を取り付けてこうして出迎えるのも、それはそれで手間である。使用人たちも昨日から掃除や出迎えの準備に気忙しそうにしていたし、それが伝わったのだろう、フェリーチェも落ち着かない様子で領主邸の中を走り回っていた。


 アレクシスを応接室に通し、まずは飲み物と軽食を振る舞う。テーブルを挟んで向かい合ったソファにメルフィーナが座り、その隣にはマリーが。お互いの背後には護衛騎士がそれぞれ立つ。


「今年は例年より魔物の被害が多いと聞きました。対応、お疲れ様でした」

「どうも、君にそう丁寧に振る舞われるのは落ち着かないな」

「今回はきちんと予定された訪問ですから」


 お茶を飲みながら澄まして応えると、アレクシスがふっ、とかすかに息を吐いたのが聞こえてきた。カップに落としていた視線を上げてみたものの、いつもと変わらない、何を考えているかよく分からない真顔のままだ。


 ――今、笑ったのかしら。


 アレクシスの感情表現はとても希薄で、時々多少呆れたり困惑したりしているような色をにじませるくらいだった。少なくともメルフィーナがこれまで直に見てきたのは、そうだった。


 ゲームの中でも感情を抑えている表現が多く、どちらかといえば性格よりも顔の良さで人気のあったキャラクターだ。マリアに対しても、初めてデレたのはマリアが飢饉を払い除け、モルトル湖のほとりで美しい星空を二人で見上げるという、ゲーム内の物語もかなり終盤に近付いてからのことだった。


「私には、気を遣わなくてもいい。君も、そういう性格でもないだろう」

「私は礼儀正しい性格ですよ。あなたは知らないかもしれませんが」


 礼儀には礼儀で尽くすのがメルフィーナのやり方だ。

 少なくとも結婚式が終わった直後に非常識なことを言われたり、いきなり訪問してこられるような真似をされない限りは。


「調子が出てきたな」

「この冬は、魔物の出現が多かったと聞いています。まだしばらく、そういうことは続くのでしょうか?」

「いや、そろそろ冬が終わる。雪解けも近づいてきたことだし、ここからはほとんどそうしたことは起きないだろう」

「北部の魔物は、基本的には冬しか出ないのですか?」

「冬に多い、というだけだな。一年を通して姿を見せる魔物もいるが、そうしたものは頭が良く、あまり人間に関わろうとしないから、討伐が必要になることも滅多にない。逆に、冬だけに現れるものは知能が低く家畜も人間も区別なく襲うから、早期に討伐の必要が出てくる」


 南部の魔物も夏に集中していると聞くし、おそらく東部や西部もそうなのだろう。


 ――四つ星の魔物の影響を受けている、ということもあるのかしら?


 南部のプラーミァは夏に現れる火の魔物であり、東には春に、西は秋に、そして北部のプルイーナは冬に現れる。


 ――綺麗に春夏秋冬に強い魔物が現れるというのも、なんだか作為的な感じがするけれど。


 これがゲームの中の話ならば、運営が分かりやすく設定したものとして特に深く考える必要もなかっただろう。けれど、実際にこの世界に生きている立場としては、出来過ぎている、そう思ってしまう。


「こちらにも魔物が出たと聞くが、大事はなかったようでなによりだ」

「はい、それで、公爵家から駐留している兵士を無断でお借りしてしまったので、そのお詫びもさせていただきたいのですが」


「気にしなくていい。元々、そういうことも起きるかもしれないと思っていた」

「? どういうことですか?」


 不思議に思って聞くと、アレクシスは意外そうに僅かに目を見開いた。


「魔物は、人が増え村や街といった集落が発展するほど湧きやすくなるのは、知っているだろう?」

「……いえ、今初めて知りました。ああ、だからソアラソンヌは城塞都市なのですか」


 戦争のないこの世界で、なぜ城塞と城門を必要とするのか、僅かに抱いていた疑問が解けた。

 王都などは中心に王宮があり、それを取り囲むように貴族のタウンハウスが集中する地区と、騎士の家族が暮らす地区があり、さらにその外側が市民が生活している区域になっている。


 巨大な城門を持ち、ここを通らなければ人間の出入りも出来ないしくみだ。入市税や密輸などの管理のためにしても、随分大掛かりな街の造り方をしていると、記憶を取り戻してからはうっすらと思っていた。


「君は、相変わらず頭の回転が速いな」

「発展と魔物の出現に相関性があることは、よく知られた話なのですか?」

「少なくとも領主や代官なら、知っていて普通の知識だな。四つ星の魔物が現れる場所も、過去、そこに大都市があったと言われている。もっとも、こちらは話が古すぎて、おとぎ話程度だが」

「そうですか……」


 メルフィーナはいずれ高位貴族に嫁ぐ身として、礼儀作法だけでなく様々な知識や教養を身に付けてきた。けれど、いくら思い出そうとしてもその知識を学んだ記憶が無い。


 メルフィーナが小なりとはいえ領主になるとは、実家の誰も想像はしていなかったにせよ、領地経営に関わる話なのだから、触れる機会があってもおかしくなかったはずだ。

 わざと伏せられていたのだろうかと思ったけれど、そんなことをする理由もないはずだ。


 結局のところ、メルフィーナが望む教育や教養を受けることは出来たけれど、それ以外のことについてわざわざ学ぶ機会を与えられなかった、ということなのだろう。

 前世の記憶を取り戻した今だからこそ、そんな風に思うことが出来るけれど、相変わらず自分の実家のいびつさに、少々落ち込むような気分になる。


「この辺りはずっと発展が見込めない土地だったので、魔物の被害についてもそう問題にはならなかったが、現在のエンカー地方の発展は目覚ましい。君が訪れて最初の冬に魔物が出現する可能性はそう高くはないと思っていたが、念のための采配だ」

「そうだったんですね。――ありがとうございます」

「いや、君がその知識がないとは思わなかった。何か考えがあるのだろう程度に思っていたが」


 アレクシスの声に嫌味のようなものは含まれていなかったけれど、メルフィーナはカップを置いて、ぎゅっ、と拳を握る。


 ――知らなかった、では済まされないわ。


 もしセレーネが領主邸に逗留しておらず、公爵家の兵士たちが駐留していなければ、混乱はかなり大きなものになっていただろう。


 もっと家畜に被害が出ていただろうし、畑仕事をしている村人や、外を自由に走り回っている子供たちに被害が出た可能性だって十分にあった。


「本来は町や小規模な都市に発展した頃に考えなければならない問題だ。君に手落ちがあったとは思っていない」

「いえ、公爵様の采配で助かったのは事実です。私が至らないばかりに、領民に被害を出すところでした」

「メルフィーナ様、傍にいた私がお伝えするべきでした。その、私も、メルフィーナ様は知っているものだとばかり思っていて、忠言を怠った罪があります」

「マリー……。いいえ、時間はたっぷりあったわ。魔物のことについて、無知であることをもっと早く自覚するべきだった」


 領地で暮らしたことがあったら、自然とその手の話も耳に挟むことがあったかもしれない。少なくとも興味や関心を持つきっかけはあっただろう。


 メルフィーナは、厳重に守られた王都のタウンハウスで生まれ育った。それで学ぶことを怠ったつもりはないけれど、地方領主に関する知識に疎いのは確かだろう。


 ゲームの中でも、マリアの前では疫病も魔力過多も魔物も、彼女の威光を増す設定に過ぎなかった。ライトモードでは四つ星の魔物さえ手を翳して聖なる力を放つだけで塵になって消えたほどだ。


 そして知識にある前世では、そもそも魔物と呼ばれるものが存在しなかった。

 魔物の脅威に縁がなく育ったメルフィーナと、ゲームの記憶を持つ前世、両方の知識を合わせてもなお、漏れてしまったものがある。


 ――もっと、学ばないと。


 領主の選ぶ道はそのまま、領民が歩いていく道だ。農民も兵士も、メルフィーナがそうしろと言えば、従うしかない。

 それで、人生や命すら大きく左右される。

 間違った指示を出した後で、知らなかったでは済まされないのだ。


 ――重いな。


 小さな村と小規模な集落があるだけのエンカー地方の領主。メルフィーナの両手で支えている、600人ほどの領民。


 それだけでも、こんなにも重い。


 それでも、今更放り出すことは出来ない。それだけは確かなことだった。


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