551.女子会と雑談1
温室には元々温度を上げるための仕組みが作られているけれど、雲の切れ間が増えて日光が差し込むようになってからはポカポカと暖かく、居心地がいい日が続いていた。
その日は前回の参加者であるマリー、マリア、コーネリア、シャルロッテに加え、ベロニカも招いている。
今年の秋から冬にかけて何かと気ぜわしい来訪が続いたので、簡単に摘むことのできる料理をテーブルに並べ、体を締め付けない服に着替えて女性だけでのんびりと寛ぐ女子会は久しぶりの開催だった。
メルフィーナの知る限り、こちらの世界ではきちんとドレスを着ての社交はともかく女性同士で集まって薄着で過ごすという習慣はない。マリーやコーネリアも最初はやや戸惑った様子を見せていたけれど、初参加のベロニカはあっという間に馴染んだようだった。
「教会が成立する以前は後宮は珍しいものではありませんでしたし、後宮のサロンでこうした催しはよくありましたよ」
というのがベロニカの談だ。まるでどこかの後宮に属していたことがあるような口ぶりである。
聞けば答えてくれる気もしたけれど、デリケートな話題の予感がしたのでそうなのね、とだけ言って流すことにした。
「ベロニカ様は、不思議な魅力がある方ですね。あの、素描をさせていただいてもよろしいでしょうか」
シャルロッテの言葉にベロニカは鷹揚に頷いたけれど、完成した素描を見ると少し似すぎていますね、と苦笑を漏らす。
「シャルロッテさんは、「画聖」の「才能」をお持ちかもしれませんね」
「あるとよかったんですけど、私は祝福は受けていないので。祖父母が、「祝福」は長男以外必要ないって感じの人だったんですよね」
「そうなのですね。ですが、これだけの技術があれば「才能」の有無など関係はありませんね」
「祝福」による「才能」の鑑定は、元々は立場の弱い女性の就業に役立つように始まったシステムだとベロニカは言っていたが、時代の流れで変化しつづけ、現在は主に成人前の子供が受けるものになっている。
「才能」は、「祝福」を受けなければおおむね十六歳ごろには消失してしまうと言われているので、シャルロッテも自分に「才能」はないと思っている様子だった。
「シャルロッテは今年で十八歳よね? 「祝福」に間に合うかもしれないし、受けてみる?」
「いえ、女の私に絵画の「才能」があっても仕方がないですし、こうしてメルフィーナ様に取り立てていただいただけで十分です」
そう言いながらも植物紙に削った炭を走らせる指は止まっていないし、その瞳はじっとメルフィーナに注がれている。
「祝福」を受けるよりも、今素描をするほうがずっと重要な様子だ。
女性が所属できるギルドはとても限られている。その中に絵画や彫刻といった芸術系のものはひとつも含まれていないので、女性にその系統の「才能」があっても、活かす先がない。
この場にいる誰よりも、それを身をもって知っているのはシャルロッテだろう。本人も過去のことと気にした様子を見せず、素描に集中しはじめたようで尻切れトンボに話は終わった。
「そういえばニクラスとルイーザ、結婚が決まったんだって。この春には結婚式を挙げたいって、今準備しているみたい」
ニクラスは元々は王都の商会に所属しており、今はマリアの靴事業の総括に就いてソアラソンヌで辣腕を振るっている商人であり、ルイーザはエンカー村のお針子の一人である。
「スピード感すごいよね。元々いい雰囲気だったけど、知り合ったのは去年の秋なのに」
メルフィーナはこちらの世界で育っているのでそれがごく一般的だという感覚もあるけれど、出会って半年ほどで恋愛結婚というのは、マリアには早すぎると感じるのだろう。
「二人とも適齢期だし、こちらでは、交際は結婚前提が当たり前だものね。ルイーザは、ソアラソンヌに行ってしまうのかしら」
「あ、エンカー地方で家を持って、ニクラスは時々ソアラソンヌに通う形にするみたい。なんか、ソアラソンヌの靴ギルドと少し揉めてて、その方がいいだろうってことになったみたいで」
薄く焼いたビスケットにクリームチーズと干しナツメを載せたものをぱくりと口に入れて、マリアは少し悩まし気に言った。
「ソアラソンヌの活動で、アレクシスの勅許状は出ているのでしょう?」
「うん、基本的にオーダーメイドだし、騎士団御用達みたいな感じのうちは問題はなかったみたいなんだけど、最近はセミオーダーを始めたから貴族とか裕福な商人のお客さんも増えてるみたいで、ちょっとソアラソンヌにいるのは危ないかもしれないって」
「危ないということは、何かあったのですか?」
マリーの問いかけに、うん、とマリアはクッションを抱きしめて頷く。
「工房に直接的な嫌がらせみたいなのはなさそうなんだけど、皮なめしギルドから騎士団用の靴以外の革の融通をしてもらえなかったり、ニクラスの暮らしてる家の前に、ゴミが投げ捨てられたりしているみたい」
「それは、家庭を持つならエンカー地方のほうがいいかもしれませんね」
「職人は、気が荒い人も多いものね。エンカー地方にいると忘れがちになってしまうけれど……」
コーネリアの言葉にメルフィーナも頷く。
エンカー地方に初期からいる職人たちは、大工の親方であるリカルドが推薦してきてくれた人ばかりだ。本人は何も言わないけれど、おそらく女性領主が治める土地ということもあり、気質の穏やかな者を優先して推薦してくれたのだろうと察するほど、物腰が丁寧な職人が多い。
マリアの靴事業の中核を担っているティーダーとロニーも、エンカー地方の職人と比べればやはり荒っぽい方だろう。打ち解けてからは随分上手くやっているけれど、マリアも初期はかなり苦労した様子だった。
「ニクラスは王都でも有数の腕利きの商人だったから職人の扱いにも慣れているし、任せておいても大丈夫だとは思うけれど、何かあったら公爵家か私に相談するように伝えておいて」
「うん、あのさ、私がいなくなったあとも、お願いしていい?」
遠慮がちに言うマリアに、苦笑する。
「当たり前でしょう。おかしな遠慮をされたら、そちらの方が悲しいわ」
「ありがとう、メルフィーナ」
ほっとしたように笑うマリアも、出会った頃に比べると随分しっかりとした印象になったし、大人っぽくもなった。
変化の多い年頃とはいえ、この世界にきてまだ十カ月というところだ。変化せざるを得なかった、という部分も多いのだろう。
「……本当に、行ってしまうの? マリアさえよければ、ずっとここにいていいのよ?」
いずれ旅に出るというのは、以前からそれとなく伝えられていたけれど、春になった頃を目途に準備を進めているらしい。
春になればエンカー地方には仕事を求めて多くの出稼ぎの人足が集まってくる。去年もそうだったし、おそらく今年はもっと増える。マリアはその前に旅立つつもりのようだった。
聖女がそこにいるだけで人が集い、いずれは国が興る。まるでそう運命づけられているように。
「メルフィーナに迷惑はかけたくないし、そこにいるだけで影響が大きすぎるなら、ウロウロしてたほうがいいかなって。私は頼りないから心配かけちゃうかもしれないけど、オーギュストも一緒に行ってくれるって言うし」
そう言って、ふっと表情を陰らせる。
「でも、私が連れて行っちゃっていいのかなって思ったりもするんだけど」
「オーギュストはマリアに仕えている騎士だし、問題はないと思うけれど……なにか心配ごとがあるの?」
「オーギュストって、カーライル家の長男なんだよね? 他に兄弟もいないって聞いてるし、アレクシスの側近でもあるなら、いずれは家を継ぐんじゃないかって思うんだけど」
胸にかかるほどに伸びた黒髪をいじっているのは、不安と緊張感からくる無意識の行動だろう。
「こっちの習慣は理解した! って言えるほどじゃないけど、周りを見てたら家を継ぐとか子供が必要だっていうのがすごく大事にされているのは、段々分かってきたからさ。オーギュストはいつも笑っていいですよって言ってくれるけど、だから逆に、本当にいいのか分からなくなっちゃって」
オルドランド家の直臣で側近の騎士。父もまた騎士であり、幼い頃から公爵家でアレクシスの従者として仕えていたというから、間違いなく騎士旗持ちの家系だろう。
騎士旗の継承は、騎士家にとってはある意味命より重いものだ。だからこそヘルマンも、あそこまで追いつめられたといえる。
オーギュストは飄々として気のいい騎士だが、だからこそ本音を外に覗かせない一面もある。何か問題があっても、それをマリアに悟らせるようなことはしないだろう。
「構わないと思いますよ。あの方も、マリア様と行かれるほうがいいと思います」
それに答えたのはマリーだった。珍しく少し、言葉に力が入っている。自分でもそれに驚いたようで、手のひらで一度口元を覆うと、静かに微笑んだ。
「私の口から言うことではありませんが、本人に家の継承について尋ねた方がいいと思います。知りたいと聞けば、きちんと答えてくれると思いますので」




