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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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525.北の老騎士と華やかな酒

「閣下! おお、ご無事で何よりです!」


 ビリビリと空気を震わせる声にメルフィーナも圧倒されたけれど、アレクシスは慣れたようにうむ、と浅く頷き、その向こうにいるオーギュストはなんとも渋い表情だった。


「ブルーノ卿、大事は無かったので引き返してもいいと伝令には伝えたはずなのに、なぜ来ちゃうんですか」


 アレクシスが到着し、ベロニカの処遇もひとまず棚上げになってすぐに、エンカー地方に駐留している騎士団に大きな問題は起きなかったのでソアラソンヌに引き返す旨の伝令を託したのは、昨日のことだ。


 騎士団が滞在したことで思わぬ冬の備蓄を供出することになっただろう村々への心づけも用意したが、先遣の騎士はかなり近い位置でアレクシスを追ってきた騎士団と合流することができたらしい。


「なに、儂の率いる隊はすでに隣村まで到着しておったからな! ここまで来ては閣下のご無事をこの目で確認せねば家令に何をしに行ったんだと言われてしまうだろう!」

「ルーファス様はそんなこと言わないでしょう。勝手に捏造してるって告げ口しますよ」

「若いのに、細かい男だのう! おお、こちらが奥方様ですな!」


 ずい、とオーギュストを退けてブルーノと呼ばれた騎士が丁寧に騎士の礼を執る。


「初めてお目通りいたします。儂はブルーノ・フォン・カンタレラ。オルドランド騎士団に仕えるしがない爺でございます」


 北の男性は長身が多いけれど、ブルーノもまた例にもれずかなり大柄な騎士だった。髪は真っ白で、立派な白いひげを蓄えている。


 よく鍛えられた見るからに屈強そうな体躯をしているので年齢は分かりにくいけれど、四十代後半から五十代ほどだろうか。現役の騎士としてはかなり高齢な部類と言えるだろう。


「初めまして、ブルーノ卿。メルフィーナ・フォン・オルドランドです。雪解けもまだだというのに、遠いところまで来てもらってごめんなさいね」

「おお、なんとお優しい……閣下が北端に足しげく出向いているという話は聞いていましたが、これほどお美しくお優しい奥方様ならば、無理はありますまいなあ」

「ブルーノ、控えろ」

「若、儂は安心いたしましたぞ! 若が女性の喜ぶ逢瀬の方法など尋ねられた折には一体どうなることかと思いましたが、上手くいかれたようで本当によろしゅうございましたな!」

「頼むから控えてくれ。……それと、若はやめろ」

「失礼いたしました、閣下」


 茶目っ気たっぷりに礼を執るブルーノとアレクシスからは、オーギュストのそれとはまた違う親愛と信頼が感じられる。


「そもそもなぜブルーノ卿が来たんですか。討伐が終わった後は領に戻ったのかと思っていましたが」

「当家の当主から、閣下に親書を渡すようにと頼まれたので戻っておったのよ。この季節では動ける者も少ない上に、奥方様一大事と聞けば無茶をせずにはいられるか!」


 どうやら声が大きいのは地らしい。北部は寡黙な人が多いので、随分珍しいタイプといえるだろう。


「それに、エンカー地方には個人的にも一度来てみたいと思っていたから、こう言ってはなんだが、ちょうどいい機会だったのだ」

「あら、私に何か用があったのかしら」


 貴族や社交界の在り方など、どこもそう違いはないだろう。

 北部の貴族や騎士が結婚式の翌日に出奔したきり一度も公爵家に戻っていない自分をどう思っているのかは、大体察しが付く。多少警戒はしたものの、ブルーノはいやあ実は、と照れくさそうに言った。


「儂は、花押入りのエールを大変愛好しておりまして」

「あら」

「冬に入る前にソアラソンヌに卸された中から樽で三つ購入したのですが、当家の童どもに横からかすめ取られて、すでに空っぽでしてなぁ」


 春が来たらすぐさま個人的に買い付けの使いを遣ろうと思っていたのですと続けられ、口元を押さえてクスクスと笑う。


「ブルーノはお酒が好きなのね。強い方かしら?」

「エールやワインならば樽で飲んでも酔いはしませんぞ! 貴族の中にはワインは薄めて飲むのが上品だと勘違いしている輩も多いですが、儂としては生のままが一番であると思っております。とりわけ花押入りのエールはいくら呑んでも呑み足りないほどですな!」


 声も動作も大きいが、どうやら気のいい騎士らしい。

 何か苦言めいたことを言われるのかと邪推したのが、申し訳なく思えるほどだ。

「なら、中に入ってお酒はどうかしら。よければ、少し、意見をもらえると嬉しいわ」



     * * *


 厨房に入り、透明な瓶を並べるとブルーノは食い入るようにそれを見ていた。


「これはこの冬開発していたお酒で、まだどこにも出回っていないの。今日がお披露目ということになるわね」

「メルフィーナ様、また何か造られたんですか」


 オーギュストは、また何かしでかすつもりかというような表情である。メルフィーナはメルフィーナなりに慎重に発展の計画を練っているつもりなので少々心外ではあるものの、アントニオの胃が痛そうな様子を見れば多少は反省の余地もあるかもしれない。


「造ったというより、アレンジしたに近いかしら。ウイスキーは出荷までかなり時間が必要だけれど、こちらは比較的すぐに出荷が可能なお酒なの。ただ、それだけに安価で造ることができるから、出荷は慎重にしようと思っていて」

「安価ですぐに造れるなんて、いいことだらけな気がしますが」

「これはジンと呼ばれるお酒なんだけど……マリア、なぜ慎重にしているか、わかる?」


 水を向けるとマリアは驚いた様子だけれど、ええと、と少し考えるように間を置いたあと、すらすらと話し始める。


「簡単に沢山造れる強いお酒は、出来の悪いもの……えーと、粗悪品も流通しやすいし、安いから貴族以外の人も手に入れやすいから?」


 ハートの国のマリアにも粗悪なお酒で悪くなった治安を上質の酒で塗り変えるというシナリオがあったので、マリアもそれを覚えていたらしく、すらすらと答えてくれる。


「そう。強すぎるお酒って、依存症になってしまう一面があるの」

「手間も時間もかかり高額になるだろうウイスキーは貴族の飲み物になるが、こちらは平民でも手軽に手に入るので、その依存症を起こす可能性があるということか」

「ええ。だから最初は限定品として、できるだけ完成度を高くして、口にした瞬間これは貴族の飲み物だと分かる形で流通に乗せようと思っているわ。まあ、廉価な模造品が出るのは、時間の問題だと思うけれど……」


 前世でもイギリスのジンといえば退廃の酒と呼ばれていたほど中毒が問題になった歴史がある。


 ハートの国のマリアにもそうした描写があったように、この世界にもすでにアルコール中毒は存在しているはずだ。

 当面はその助長に手を貸さない程度の、高価な特産品として売り出すことになるだろう。


「慣れないうちは少量を氷を入れて飲むか、水で割るか、果実水で割って飲むのもいいと思うわ」


 ガラスのグラスに氷をたっぷり入れて、瓶の中から最も華やかなフレーバーに調整したジンを少量入れる。そこに酸味料としてヴェルジュを少々、エールをなみなみと注ぐ。


「まずはこちらをどうぞ」

「あれほど美味いエールを氷で割るのですか……いや、まずはいただきましょう」


 そう告げて、ブルーノは武骨な指でグラスを取り上げ、しげしげと眺める。

「ガラスの器ですか。なんとも涼し気ですなぁ」


「エンカー地方にはいい職人が多いのよ」

「ふむ……」


 水で割ったワインを好まないらしいブルーノだが、メルフィーナがグラスに口を付けると、待ちきれぬとばかりに一気に中身を飲み干した。そんなに一気に飲むものではないと焦ったものの、カッ、と老騎士は目を瞠る。


「な、なっ」


 冷たい酒というのは、ごくごくと飲めてしまうものだけれどそれだけに危険だ。きちんと注意をするべきだったが、未知の飲み物をまさか一気にいくとは思わなかった。


「大丈夫!? これは本当に酒精が強いのよ、マリー、水を」

「なんじゃこれはぁ! 美味い、美味すぎますぞ!」


 狭い食堂の壁に、大音量の声が跳ね返ってびりびりとぶつかってくるようだ。鼓膜が痛くなるほどの音量だけれど、どうやら慣れているらしいアレクシスとオーギュストは、全く動じた様子をみせなかった。


「あぁー、なるほど、花押入りのエール自体果実のようないい香りがしますけど、一段と華やかになっていますね」

「ふむ、これはエールで割らない生の酒も味わってみたいな」


 公爵家の騎士たちはうんうんと頷き合っていて、セドリックはほんの少量、口を付けるに留めている。


「とても美味なのですが、こちらの酒は飲むと足がふらつき判断力が低下します。仕事中に呑むのは控えたほうがいい酒ですので」

「馬に乗るのもやめたほうがいいわ。大丈夫なつもりでも、揺れたり走ったりすると一気に回ったりするから」

「ははぁ……出荷に慎重になるだけのことはありますね」


 感心したように頷くオーギュストはまだ物足りなさげな様子だけれど、それ以上にブルーノがギラギラとした目で並べられた瓶に視線を注いでいる。


「奥方様、瓶が複数あるということは、もしやこれらはそれぞれ、味が違うのでは……?」

「ええ、今飲んでもらったのは、一番華やかで飲みやすく調整したものよ。強いお酒だし、貴族向けの価格なら飲むのはどうしても男性が多くなると思うから、色々と意見が欲しくてね」

「それでしたら不肖このブルーノ、いくらでもご意見をさせていただきますぞ!」

「いや、それってブルーノ卿が呑みたいだけでしょう……いてぇ!」


 セドリックに脛を蹴られて、オーギュストが悲鳴を上げる。


「おお、すまんのうカーライル卿。儂が懲罰してもよかったのだが」

「これは一応、領主邸の貴人の護衛に就いている者ですので。使い物にならなくなっても困ります」

「ははは、カーライル卿に感謝することだ、小童!」


 この手のやり取りは北部ではよくあることなのか、アレクシスは騎士たちに構い付けることなく、のんびりとジンのエール割り、前世ではドッグズ・ノーズと呼ばれていたカクテルを楽しんでいる。


「じゃあ、折角来てくれたのだし、もう少し楽しんでもらおうかしら」


 メルフィーナが言うと、ブルーノは豪放磊落で大柄な騎士だというのに、愛犬のフェリーチェがフリスビーを出された時のような、無邪気な笑顔を見せる。


「お酒だけ飲み続けるのは悪酔いの元だから、何かつまみも用意しましょうか」


 まだ正午の鐘が鳴って少し過ぎたくらいの昼下がりだけれど、たまにはそんな日があってもいいだろう。


「楽しい酒宴はゆっくりとお喋りをしながら、少しずつ味わってが基本だもの」


ジンはソーダ割が一番好きです。

新作の投稿を始めました。あまり長くない話になると思いますが、そちらも楽しんでいただけると嬉しいです。

正ヒロインに転生しましたが、運命の歯車は物理でぶち壊します

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