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505/573

505.昔語り1

残酷・非人道的な表現があります。苦手な方はお気をつけください。

 オーギュストが団欒室に戻り、その場にはメルフィーナと右隣にアレクシス、左の席にはマリーが座り、マリーの隣にユリウス、背後にはセドリックとオーギュストという、領主邸内でマリアとコーネリアを除く秘密を共有しているメンバーが揃っていた。


「なぜ、マリアを下がらせたのですか」


 ベロニカがマリアに好意的であるのは見ていれば分かることだ。一人だけ退出させられて、マリアは今頃ひどく気を揉んでいるだろう。


 それなりの理由があるのだろうと思ったけれど、ベロニカは少し困ったように微笑み、言葉にしたのは、別の話だった。


「なぜマリア様に、私の正体がわかったか考えていたのですが、今回の聖典は、ある程度関わる人間の容姿が分かるような形で描かれていたのでしょうか」

「聖典?」

「清らかな乙女たち……聖女様たちは、神の世界で、ある程度こちらで過ごす未来について、何らかの形で接したことがあるのです。物語が記された本であったり、中には歌劇や語り歌、聖女様の暮らした土地の子供向けの寝物語であったり、どのような形かはそれぞれ異なっているようですが」


 その言葉に唇に指を当てて、考える。

 ベロニカの言葉が事実ならば、今回のマリアの「聖典」がハートの国のマリアと呼ばれる乙女ゲームであるのは間違いない。


「……マリアは、絵が動き言葉を話す形の物語で、こちらを知ったそうです。ですので、こちらで出会う人々の容姿や名前もある程度詳細に知っていました」

「絵が動いて話す、ですか。その中に、私の容姿をした人物が描かれていたというわけですね」


 こちらの世界に住む人からすれば、荒唐無稽もいいところだろうに、ベロニカはあっさりと信じたようで、軽く肩を揺らす。


「ふ、ふふ。それは盲点でした。神の国というのは、本当に、色々なものがありますね」

「……あなたは、マリア以外の「聖女」を、直接知っているのですね?」

「はい、そうたくさんではありませんが、五人ほどの聖女様と関わりを持ちました」


 一人の聖女がどれほどの間隔でこの世界に来るかは知らないけれど、それは、随分「たくさん」ではないだろうか。


「フランチェスカ王国の初代王妃、マリア・フランチェスカ・モンティーニと、天与ディヴィナの称号を与えられたマリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌ以外の「マリア」ですか」


 ベロニカは肯定の言葉と共に頷くと、静かに黄金の瞳を細めた。


「おそらく、皆様が何を尋ねられても、始まりから語らなければ不明なことばかりでしょう。まず、私が何者であるかから、話しましょう」

 そうしてベロニカは、話し始めた。


 それは長く、そしてとても残酷な物語だった。



  * * *


 今から千年と数百年ほど昔のことです。大陸は確固たる王が不在で地方の豪族たちがそれぞれ国を名乗り、今とはまるで違う小国群によって成り立っていました。


 定まった統治者がいないこともあり、民衆にとっては今より厳しい時代といえるでしょう。支配者たちは時に土地を、奴隷を、作物を奪い合い、常に戦争を繰り返していました。


 当時大陸では、太陽を神とする信仰が広く信じられていました。太陽は女神そのものであり、世界を時に明るく照らし、また一日の半分は隠れて人を寒さに震わせる、慈悲と非情を持つ神であると敬われ、そして恐れられていました。人々は各地に神殿を建て、どうか冬が厳しくないように、霜が畑を凍らせないようにと祈りを捧げていました。


 ベロニカの語り口調は相変わらず淡々としていて、それでいてじっと聞き入ってしまうものだ。


「おそらく今よりも、ずっと間隔が短かったのでしょうね。当時、戦争や不作で空から神の娘たる天から遣わされし聖なる乙女が降りてくることは、すでに経験的に知られていました。乙女を手にした国は実り豊かな土地、病を知らぬ強健な国民、魔物の害に脅かされない国土を約束され、神に祝福された国となり、周辺諸国も神の娘を尊崇しておりましたので、自然と乙女が存命のうちは乙女の暮らす国とは戦争を起こさないという不文律がありました。乙女が去った後は反動のように、その国は大きな苦難に襲われることが多いのですが、それでも束の間の豊かさに抗えるものではなかったようです」

「魔物の害と、豊かな土地ですね」

「はい。人が増えれば魔物が現れるのは、当時も変わりませんでしたので。魔物と周辺諸国の両方から狙われる存在になるので、多くは豊かなうちに城塞都市となることが運命づけられていたようです」


 それくらい「乙女」の存在とその後どうなるかは当時、少なくとも為政者にとっては当たり前の知識だったということだろう。


「乙女が降臨している間の束の間の平和と、乙女が不在の間の不作と魔物の害、少ない実りを奪い合う争いを繰り返す。それがその時代の世界の在り方でした。やがて、為政者たちは話し合います。大きな争いをするよりも、乙女を天から降臨せしめ、彼女に選ばれた者をその時代の王と為し、周辺国はその王に仕える存在になろうと。そうすれば乙女の加護の恩恵を分け合うことが出来ますし、全ての国が四方八方に争いを繰り返すより、平和的な選択ではありますね」

「人為的に聖女を呼び出すことが出来るのですか?」

「乙女が降臨する時は非常に限定的でしたので、どうすれば降臨させることが出来るか判断するのは、そう難しいことではなかったのでしょうね。ひとつは、飢饉や疫病、戦争によって人民の心がひどく乱れている時期であること。もう一つは、それによって多くの人の命が失われた状態であることです」


 ベロニカの言葉に、相対する全員が静かに息を呑んだ。


 戦争はともかく、飢饉も疫病も人が意図せずとも慢性的にこの世界では起きていることだ。

 ちょっとした不作で小さな集落が丸ごと消滅することさえ、そう珍しいことではない。


 だが、その条件を人為的にというのが、決して人道的なものでないことは、言葉にされるより前から明らかだった。


「不作はそのタイミングに合わせるしかありませんが、人の命は奪えばいいだけですから、降臨を促すのはそう難しいことではなかったようです。乙女を分け合うと決めた国々の支配者は太陽神殿に集い、供物をもって神の娘を分け与えて欲しいと祈りを捧げます。それから、ひとつの国で何人と割り当てを決めて、それぞれの集落でその日に何人捧げるようにと触れを出し、奴隷、老人、病人、子供の順に天に捧げられ、それでも足りなければ追加されました。乙女の降臨は大陸中どこにいても分かりますので、その兆しが現れるまで支配者たちの祈りと供物の儀式は続けられます」


 まるで何度も語ってきたような、心を動かしていない様子のベロニカの口調に、粘ついた汗が湧く手のひらをぎゅっと握りしめる。


 マリアがこの世界に来た日のことを思い出す。

 全ての聖女があのように降りてきたというなら、確かに降臨は明らかだろう。


「そうして、乙女が降りてくれば、支配者たちの中から乙女にこの大陸の皇帝に相応しい者を決めさせます。乙女は必ず若い女性ですので、基本的には選定された皇帝の妃となります」


 優秀な王侯貴族から、聖女がひとりを選んで結ばれる。

 内容は随分血なまぐさいけれど、構図としてはハートの国のマリアとそう大きくは違わないというわけだ。


 マリアは、ジャガイモの飢饉によって多くの命が失われた後にこの世界に降りてくる聖女の予定だった。ゲームの知識のあるメルフィーナ以外、誰も予想が出来ない飢饉の結果ならともかく、多くの人々を意図的に捧げて降臨を促したというのは――その乙女は、世界ではなく、当時の為政者たちによって別の世界から誘拐されてきたのと変わらないのではないだろうか。


「私が初めてお会いした乙女は、右も左も分からないままこの世界に連れてこられ、言われるままに選んだ皇帝の妃とされ、時が経つにつれて、この世界をひどく憎むようになりました。ご自分の持つ力が皇帝を皇帝たらしめているのだと気づいてからは、なおさら」

「……そうでしょうね」


 あの人の好いマリアですら、この世界のために何かしたいとは思えないと口にしたのだ。「乙女たち」が自分の置かれた状況を理解したとき、どんな感情を抱いたかは想像に難くない。


 「聖典」は、そうした感情を和らげるため、前もって彼女たちに与えられる知識だったのかもしれないとメルフィーナは思う。


 ――あまり、役に立っているとは思えないけれど。


 あるいは物語の中に入り自分が中心人物になることを喜ぶ者もいるかもしれないけれど、多くは虚構を虚構として楽しんでいるはずだ。


 物語で読むのと自分が実際に経験するのとでは、話が違うだろう。


「私の知る乙女は、今でいう南部からロマーナにかけてを広く治めた皇帝の妃となりました。皇帝は手に入れた権力と支配圏を治めるのに夢中で、後宮を顧みない方でしたね。あるいは、世界を憎悪する乙女を直視したくないという気持ちもあったのかもしれませんが――。乙女の憎しみはこの世界と、皇帝とその間に産まされた子供たちと、その他の自分の呼び出しに加担し、今は皇帝の直臣となった旧豪族たち、儀式を取り仕切った太陽神殿に向けられていました。彼女の憎しみが民衆に向かなかったことは、幸いではあったのでしょうね。被害は最小限で済んだのですから」


 ベロニカはふっと息を吐く。


「当時の皇帝の権力は絶対で、神の娘であり、その身分を担保している乙女は言うまでもありません。乙女は後宮に寄りつかない皇帝を除く直臣、太陽神殿の巫女、そして訳も分からないまま産んだ自らの子供達を、ひどくいたぶることを好みました」


 いくら傷つけても、体の傷は容易く治すことが出来ますから、と続けられ、ぞっとする。


「まるで、見てきたように言うのですね」

「はい、ここからは、私の目で見た事実です。私の母は当時の太陽神殿に仕える巫女で、父は乙女の産んだ皇子の一人でしたので」


 ベロニカは、不意に思い出したように結っていた髪を解き、濃い紺色の髪を下ろす。

 黄金に輝く瞳、優しく細めた黄金の瞳は、紛れもなく「大神官ベロニカ」である。


「金の瞳を持つ者は太陽神殿に仕える者であると、当時は広く定められていました。いずれ乙女にもてあそばれる者の一人となる娘に、母は随分、絶望したと聞いています」


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