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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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481.王都の話と男の友情

 ルドルフは年が明けて十六歳――成人になったので、今年から王宮の新年を祝う祝賀会に参加できるようになった。


 これは貴族の子女にとっては公の場へのデビューとして最も多い機会であり、一人前の貴族として認められた証でもある。特にルドルフは南部の大領主、クロフォード家の後継者だ。さぞ華々しいデビューとなっただろう。


 どうやらそこで、無事王都で暮らしているらしいセレーネと出会ったらしい。


「まあ、セレ……セルレイネ殿下にお会いしたのね。ええ、一年半ほどこの屋敷で暮らしていたわ」

「そのようですね。とても素晴らしい経験ばかりさせてもらったと、熱心に語られました」

「まあ……大したことは出来なかったと思うけれど、そう言ってもらえたなら、よかったわ」


 姉様と慕ってくれた少年を思い出す声は、我ながら少ししんみりとしたものになった。

 まだ彼がここから立ち去って一年と過ぎていないのに、入れ替わるようにやってきたマリアとの日々は濃密で、周辺はどんどん変化していき、彼と過ごした穏やかな時間は、まるで随分昔のことのようだ。


「こちらに来たばかりのセルレイネ殿下は病弱で、寝込んでいることが多かったの。私も領主として忙しくしていた時期だったけれど、今思えばもっと出来ることがあったかもしれないわ」


 その言葉に、ルドルフは十分ですよ、とむっつりと唇を引き締めて言う。


「あちらから、クロフォード家の息子ということは姉上の弟かと声を掛けられたくらいですから。姉上には本当に感謝をしているので、その家族と話してみたかったそうですよ。まあもっとも、体のいい女性除けにされた気もしますが」

「女性除け?」


 ルドルフの言葉に首を傾げると、シチューのお替りが運ばれてきた。なぜか不機嫌そうな様子を見せていたのに、大振りの肉をスプーンで掬い、口に入れると容易く幸せそうに頬を緩めている。


「彼の王太子殿下は、現在王都に滞在している貴族の令嬢たちの一番の婚約者候補として狙い撃ちされているのです。王族とはいえ非常に柔和で人当たりのよい方ですし、一部の令嬢たちの振る舞いがどんどん大胆になっていって、お困りの様子でした」

「あら、まあ……」

「ルクセン王国は一夫多妻、かつ妻の身分はさほど重要視されないので、男爵家や子爵家といった下位貴族の娘は、むしろ同じ下位貴族の子息や裕福な平民に嫁ぐよりも条件が良いと思われているのでしょう。その分女性の自由は、フランチェスカに比べれば少ないと聞きますが」


 確かにセレーネはとても優しい……言葉を言いかえるなら、強く他人を拒絶する性格ではない。


 自分に好意を寄せる女性を明確に拒絶するのは彼らしい振る舞いではないだろう。とはいえ、王族であるセレーネと自国の大領主の子息であるルドルフの会話に割り込むような度胸を見せた令嬢は、ルドルフの口ぶりからしていなかったようだ。


「それにしたって、令嬢たちがそこまであからさまにするものかしら。王宮でのパーティなら母親か、付き人だっているでしょうに」


 令嬢が男女混合の夜会などに参加する際は、大抵母親か、付き添う大人の女性が傍についているものだ。

 これは女性を異性の良くない誘いから守るための措置であると同時に、場慣れしていない状態で令嬢が粗相を行わないように監督するという意味もある。


 付き人を伴っているのは良家の娘としての品格の保持ということもあれば、家が軽率な振る舞いを許していないという証明でもあるので、ほとんどすべての貴族令嬢には付き人が寄り添っているものだ。


 未婚の令嬢の監督を任された付き人が、王宮で他国の王族相手に軽率な振る舞いを許すとは、到底思い難い。


「両親がけしかけている場合もあるのでしょう。ルクセンは愛妾……あちらでは側室というのでしたか、正妃以外の子でも継承権があるということですし、現ルクセン王も正妃を含め四人の妻がいるそうですが、セルレイネ殿下が唯一の男子で、あとは年の離れたご令妹だけですので」


 王位継承は正妃の産んだ男子が最優先とはいえ、こればかりは授かり物である。たとえ側室として入宮しても、将来は国母になる可能性も、決して低いものではないはずだ。


 ――けれどルクセンも、きっと北部の問題と同じ問題を抱えているわね。


 北に行くほど魔物は強く、そして魔力の強い人間も多いのだという。

 セレーネも生まれつき持っていた魔力が強すぎて成長不良を起こし、病弱であるという設定だった。


 貴族や王族は実の両親とはいえ距離がある関係も珍しくはないので、メルフィーナも深く聞いたことはないけれど、妹がいて絵本を送ってやりたいと聞いてはいたものの、セレーネの母の話は、最初にエンカー地方に来たころにちらりと聞いただけで、セレーネ自身があまり話題にしようとはしなかった。


 それに、ルクセン王室は女性と子供たちの暮らす内向きと政治の場である外向きは完全に分離されていて、特に女性は内向きから出ることが許されていないはずだ。


 王妃や貴族女性が社交と慈善事業で政治の一端を握るフランチェスカ王国とは趣がまるで違っている。

 親が決めた有無を言わせない縁談ならともかく、自分なら望んで嫁ぎたい場所ではないと思う。


「そう、セルレイネ殿下は元気でいらっしゃるかしら」

「ええ、儚げな風貌とは裏腹に凛としていて理知的であられると、王都で名前を聞かない日はありません。声を掛けられた後は、王都の年の近い令息たちにどのような方だったかとひっきりなしに尋ねられました。常に女性に囲まれていて、私たちは少々近づきにくいので余計に興味が集まってしまうのでしょう」


 そうした話は、ゲームの中には無かった描写だ。

 それはそうだろう。ゲームのセレーネは病弱で体も小さいショタ枠のキャラクターであり、マリア以外とだって、恋愛をしている場合ではなかった。


 あんなに幼かったセレーネが他国の王族としてパーティに招かれ、そこで令嬢たちに取り囲まれているなんて、なんだか感慨深い気持ちになってしまう。


 ルクセンとは断交してしまったので、一年半も共に過ごしたというのに、今や手紙ひとつ、彼とやりとりすることは出来ない。

 あれからまた、背は伸びただろうか。

 サイモンやユリアは、元気にしているだろうか。


 思い出せば、気になることはたくさんあった。


「とても賢い方だから、令嬢たちも魅力にあてられてしまうのでしょうね。ルドルフは話してみてどうだったかしら、仲良くできそうだった?」

「それは、出来ないわけがありません」


 ルドルフは複雑そうな表情で言う。


「姉上をあれだけ褒め称えられたら私は、嫌な気分にはなれませんよ。姉上は優しく理性的で常に賢明であり、下の者にも寛容で、慈愛に満ちたお方だったと褒めていましたよ。開拓地で暮らしていると聞いて驚いた私を安心させるためでしょうね、よく土地を治め領民にも慕われてお幸せそうに暮らしているのだと細やかに話してくれました」

「そう……」

「何より、私と姉上がとてもよく似ていると言ってくれたので」

「あら、そうなの?」


 メルフィーナとルドルフは、容姿に共通点らしいものはひとつもないし、自分を抑えがちだったメルフィーナと自由奔放なルドルフとでは、性格も似ているとは言い難いだろう。


 実際、似ていると周囲に言われた記憶はなかった。


「ええ、笑い方や、ふとした立ち振る舞いがとても似ていると……仲のいい姉弟だったのだろうと言われました。彼の王太子は、本当によく分かっているお方です」


 まったく、同じ国の貴族同士なら親友になれたでしょうにと、本当に惜しそうな様子で告げる。ルドルフとセレーネもタイプという意味では全く違うはずだが、本当にセレーネのことを気に入ったのだろう。


 他国の王族に対してまだまだ子供っぽいことをいうルドルフに、くすくすと肩が揺れた。

 自由で陽気なルドルフと、知的で物静かなセレーネの二人の弟を、いつかこの目で見てみたいものだ。


「まあ、そんなことを言ったらエリアスが拗ねてしまうのではないかしら」

「拗ねてみせるような可愛げが、あれにあるとお思いですか、姉上」


 ルドルフの側近であるエリアスについては、メルフィーナはそれほど詳しくない。クロフォード家のタウンハウスは領主邸とは比べ物にならないほど巨大で、同じ家に滞在していても家族と会わない日の方が多かったし、会話もせいぜい数回、労いの言葉を掛けたことがある程度だ。


 立ち位置としてはアレクシスとオーギュストと同じなのだろうけれど、確かにオーギュストがアレクシス相手に拗ねるような場面は想像しにくい。そもそも男性の友情というのは、女性には分かりにくいものなのかもしれない。


「そうねえ。でも意外と、そんなことをしないように見える人が思わぬ感情を抱いていたりするものよ」

「エリアスは私を軽挙で短絡的な扱いにくい主家の息子と思っていますよ。金貨を賭けても構いません」

「もう、困った子ね」


 苦笑して、ワインに口を付ける。


 同席しているメンバーは姉弟の会話に割り込んでこなかったけれど、ルドルフが熱心に喋ってくれたので場も大分緩んできた雰囲気だった。

 客人を招いた晩餐の席で身内の話ばかりをするのは、行儀の悪い態度でもある。ごく自然な振る舞いで、メルフィーナは「客人」である女性に視線を向けた。


「そういえば、アントワーヌ夫人の旦那様はこの辺りにどのような所縁のある方だったのでしょうか。随分鄙びた土地ですので、あまり貴族の方と縁深い土地柄ではなかったと思うのですが」


 そう水を向けたメルフィーナに、アントワーヌ夫人……ベロニカは、唇の両端を引き上げて、それはそれは美しく、笑ってみせた。


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