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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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480.晩餐と弟と弟の話

 食堂に入りしばしすると、ルドルフとベロニカがそれぞれメイドに案内されて食堂に入ってくる。


 主の席にメルフィーナ、その左右に客人であるルドルフとベロニカの席を作り、ドレスを身につけたマリーとマリアはドア側の席に着いてもらう。


 メルフィーナの後ろには護衛騎士としてセドリック、マリアにはオーギュストと、マリーには暫定でエンカー地方に駐在している騎士のローランドについてもらうことになった。


「狭い食堂でごめんなさいね。今迎賓館の建設も急いでいるのだけれど、中々整わなくて」

「姉上ともう一度食事が出来るだけで充分幸福です。突然訪ねてきた私が悪いのですし、どうかお気になさらず」

「本当よ。もう、どうせなら万全の準備を整えて迎えたかったわ」


 ルドルフを相手にすると、ついつい口うるさくなってしまうけれど、当の弟は小言を言われても嬉しそうに笑うばかりだ。


 アンナがしずしずと空のグラスを並べ、そこにクリフが白ワインを注いでいく。僅かに発泡したそれをまずメルフィーナが手に取り、くい、と傾けると、同席している四人も同じように口を付けた。


「――爽やかなワインですね。エールのような口当たりもします」

「城館でお客様用に少しだけ造っている特別なワインよ。他所には卸していないから、内緒にしてちょうだい」

「本当に美味しいですわ。以前ロマーナで似たようなお酒を呑んだことがありますが、それに近い味がします」


 ベロニカがそう告げて、微笑み、それに、と続ける。


「このガラスの器も、見事なものですね。この屋敷の窓も全てガラスで作られていて、本当に驚きました」

「私もそれに驚きました! しかも平たいガラスで、透明で外がとてもよく見えるではないですか。あれはどこの商会から仕入れたものなのですか?」

「まあ、食事をしながらゆっくりと話しましょう。うちの料理人はとても腕がいいのよ。二人にも楽しんでもらいたいわ」


 食前酒は白ワインを瓶に詰めた後、少量の砂糖と酵母を加えて二次発酵させたものだが、ロマーナはガラス製造と砂糖の輸入の両方を行っているので、似たような酒があっても不思議ではないだろう。


 メルフィーナが手で軽く合図をすると、メイドたちが給仕を始める。ポタージュの代わりにビーフシチュー、たっぷりの白パンとサイコロ状に切り分けたバターと、レーズンを練り込んだクリームチーズに、オーブンで焼いた野菜の盛り合わせにドレッシングが掛かった温野菜が運ばれてくる。


 どれもエドと共に、ルドルフを歓待するために作った料理だ。久しぶりに再会する弟に胸を弾ませながら料理したというのに、緊張で味がよく分からない。


「――北部の料理というのは、恐ろしく美味なのですね」


 ビーフシチューに口を付け、白パンを咀嚼したあと、しばらく黙々と交互にそれを食べていたルドルフがほう、とため息を吐く。


「この茶色のポタージュに入った肉は、スプーンで解せるほど柔らかく煮込まれているのに肉の味が損なわれていません。濃い味がパンととてもよく合って……」

「これならお野菜も美味しく食べることが出来るでしょう? 今でも苦手なのかしら」


「出された料理をきちんと頂く程度のマナーは身につけていますよ、姉上」

「それはよかったわ。グラッセも食べられるようになったのかしら」

「いつまでも小さな子供ではありませんから」


 気取ったように言ったあと、クスクスと笑うメルフィーナにルドルフも照れくさそうに笑っている。


「お二人は、とても仲のいい姉弟なのですね」


 優雅な手つきでパンにバターを塗りながら、ベロニカが微笑む。


「旅の道行きで、公爵夫人がどれほど素晴らしい方であるかよく伺っていましたが、本当にお話通りの方ですわ」

「まあ、ルドルフ。あなた、私をどうお伝えしていたの?」

「私は本当のことしか言っていませんよ! 姉上は勤勉で礼儀正しく、時に厳しいこともありますが、お優しい方だと言っただけです」


「とても美しい方で、思慮深く教養に満ちた理想の貴族の女性であり、その立ち振る舞いは初夏に咲く黄金色の薔薇のようだとも」

「あ、アントワーヌ夫人」

「ほ、ほほ。私、そのように聞いておりましたので、公爵夫人にお会いするのがとても楽しみでしたの」


 一年の半分を離れて暮らしていたためか、昔から姉であるメルフィーナに対して少しばかり憧憬に近い感情を抱いているのは感じていたけれど、成人してまで他所の貴族夫人に身内をここまで褒めて伝えているとは思わなかった。


「ルドルフ、後でお話があります」

「はい、姉上……」


 そんな会話をしているうちに皿が空き、取り分けられたグラタンとミートパイが運ばれてくる。スプーンで掬い、熱いホワイトソースが垂れないようにパンに載せてパクリと口に入れる。


「先ほどの茶色のポタージュもですが、この白いソースも大変に美味ですね。本当に腕のいい料理人のようだ。無作法ですが、あっという間になくなってしまいました」

「お代わりもあるから、気に入ったものを追加するといいわ」


 ルドルフの年頃なら、メルフィーナと同じ皿数では物足りないだろう。そう告げるとぱっと表情を明るくするのは、嬉しいことがあった時の弟の面影がそのまま残っていた。


「では、この茶色のポタージュを頼む」

「はい! あ、あの、発言をしてもよろしいでしょうか」


 傍に料理人として控えていたエドが緊張した面持ちで言う。ルドルフは許す、と貴族らしく応じた。


「このシチュー……ポタージュは、ジャガイモを入れると味わいが変わって、そちらもとても美味しいのです。僕……私はそちらの方が好きなくらいなんです。もし、失礼でなかったらそちらもお出し出来るのですが」

「ジャガイモか」

「あの、ご無礼だったら、申し訳ありません!」


 ルドルフはううむ、と考えるように唸り、それからうん、と頷く。


「料理人よ、私はお前の主人である姉上を大変尊敬している。姉上が抱えている料理人のお前が言うならば、それは間違いなく美味なのであろう」

「は、はい」

「だが、私以外の貴族にそれを尋ねるのはやめておけ。姉上の品位に関わる問題であるし、貴族の中には使用人などいくらでも替えが利くと思っている者も少なくない。まあ、そんな日は来ないとは思うが、うちの父母などがそれを尋ねられた日には、血の気の多い騎士が勝手に手討ちを行う可能性も、ないではないからな」

「ルドルフ」


 控えめに声を掛けると、大事なことです、とはっきりと言われてしまう。


 芋は平民の食べ物で、食品としての序列が低く、貴族が食するものではないとされている。どれだけ栄養価が高く保存性があり、手間を掛けて料しても、そうなのだ。

 まして麦が豊富に穫れる南部の貴族の間では、北部よりも遥かにその意識が高い。


 実際、クロフォード侯爵とその夫人にジャガイモ料理を出すなど、決してあってはならないことだ。


「あ、あの、申し訳ありません!」

「いや、話は途中なのだ。まあ、それでだな。私はお前の腕を大変に気に入った。姉上のお抱えでなければクロフォード家の料理人として引き抜きたいほど、お前の腕は素晴らしい。その年でこの皿を用意したこと、実に見事だ」


 うんうん、と頷いて、ルドルフは気さくに笑ってみせた。


「そのお前が言うならば、そのジャガイモ入りのポタージュはさぞ美味であるのだろう。是非食してみようではないか。――重ねて言うが、私以外の貴族には勧めるのではないぞ?」

「は、はい!」


 エドがぱっと表情を明るくして、皿を下げる。それを見守って、ベロニカがふふ、と笑った。


「ルドルフ様は、本当に懐の広い方ですね。このように誰に対しても親切でいるので、困っていた私にも同じように声を掛けてくださったのですよ」

「淑女に親切にするのは、紳士として当然の振る舞いではありませんか。そもそも、昔姉上が、私にそう教えて下さったのに」

「私が?」

「人に心を許し過ぎるのは良くないけれど、自分から心を閉ざしてしまえば、相手も小さな心の隙間からしか自分を見てくれないものだと」

「よく覚えているわね。あなた、まだとても小さかったのに」


 確かにそのようなことを言った覚えはあるが、ルドルフはまだ七歳かそこらだったはずだ。

 ルドルフに両親のあてがった学友兼将来の側近候補と喧嘩をした時に、ふてくされた様子のルドルフをそう窘めたことがあった。


 昔から自由奔放で多少思慮に欠ける部分のあるルドルフと、年に見合わぬ冷静で常に数歩先を見ようとする側近候補のエリアスは、同じ年頃だというのに噛み合わないことが多かった。


 仲が悪いわけではないけれど、小さなことで衝突が多く、まだ子供で譲り合うことに慣れてもいなかったのだろう。結局意見が対立すれば身分の高いルドルフが優先されるけれど、ルドルフはルドルフで、幼いながらに傍にいる相手との身分の上下による関係性に葛藤も抱えていた様子だった。


 侯爵家の後継者であるルドルフを窘めることが出来たのは、両親の他にはメルフィーナだけだ。

 そして両親は子供の細々とした感情に気を配るような人たちではなかったので、自然とその役割はメルフィーナのものだった。


「そういえば、エリアスは一緒ではないの? あなたたち、いつも一緒だったじゃない」

「置いてきました。北部に行くと言えば確実に妨害されたので」

「それは、エリアスが正しいわよ。困った子ね」


 そう告げると、ルドルフはむっつりと唇を引き締めて、左右に首を振る。


「姉上が北部に嫁がれた後、私はてっきり公爵家の居城で手厚く遇されているとばかり思っていましたが、北の端の開拓地で暮らしているというではないですか。どういうことだといてもたってもいられなくなった私に、奴は今年は南部に戻るのを早めようとまで言ったのです。放っておけば新年の社交の予定を切り上げられかねなかったので、私も強硬手段に出るしかなく――」

「待って、私の話って、誰に聞いたの?」


 北部に嫁いで約三年。そのうちのほとんどをエンカー地方で暮らしているので、北部の貴族伝にそろそろ王都まで変わり者の公爵夫人の話が伝わっていてもおかしくはない。


 だが、わざわざクロフォード家の後継者であるルドルフの耳に入れた者がいたのには驚いた。メルフィーナの問いかけにルドルフは白ワインで唇を湿らせて、少し渋い表情になる。


「王宮に滞在している、ルクセン王国の王太子殿下です。北部に滞在した折、姉上とは交流があったと伺いました」


 そう告げて、もう成人だと繰り返す割にはやけに子供っぽい仕草で、唇を尖らせた。


「かの王太子が言うには、姉上には弟として大変に可愛がっていただいたということですが、それは事実ですか、姉上」


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