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48.領主と騎士の会話

短めです

 時は少し遡る。


 ダンテス伯爵と無事取引を終えたメルフィーナは馬車に乗り込むと、ほっと息をついた。

 今回は移動の間に宿場町のような馬を休ませる場所がないこともあり、セドリックは騎馬ではなく同じ馬車に乗ってもらうことになった。

 普段は馬車の中での付き添いはマリーが務めており、セドリックは騎馬で周囲を警戒してくれているので、この状況は中々新鮮である。


「メルフィーナ様、本当によかったのですか?」

「セドリック、その質問、四回目よ」

「しかし、一気に食い扶持が二百人も増えるというのは、大変な負担ですよ」


 渋い顔を隠さないセドリックは、メルフィーナが強く願ったから仕方なく受け入れただけで、今回の裁定についてまだ不満がある様子だった。


 犯罪者から身分や財産を奪うことも、農奴を対価を払って購入することも、この世界では大して珍しいことではない。その前提があってなお、メルフィーナが今回したことは基本的な規範や慣例からは大きく外れたものだ。

 生真面目で規範に固執するセドリックが渋々でも折れてくれただけ、大変な譲歩と言えるだろう。


「元々エンカー村さえ二百人ちょっとの村ですものね。摩擦が起きないように新しい集落の場所の選定はしたけど、春になれば共同で作業することも増えるでしょうし、その時も気を遣わないとね」

「領主であるメルフィーナ様の命令に背くような領民はいないでしょう」

「そんなことは無いわよ。人には、心があるもの」


 それはもちろん、メルフィーナも同じだ。

 下手に出る必要はないにせよ、それは配慮が必要ないという意味ではない。

 ニドとも話し合い、新しく設立する農奴の集落は、メルト村から少し離れた森を開墾したところに作ることになった。冬の間の畑の仕事と家畜の世話などをしてもらいながら、土地に馴染めるようニドにもよく頼んであるけれど、家屋や食料の配分、トイレの数などもまるで足りていない。


 人が増えるということは、物を食べ、排泄し、意見を主張するということだ。

 農奴の身分のうちは領民と明確な身分差も出来てしまうし、ほんの数十キロ程度しか離れていない隣の領地ではあるけれど、領都近くの農村と開拓民の作った村では、習慣や価値観の違いなどもあるだろう。

 そうした違いが決定的な断絶を生まないよう、エンカー地方を第二の故郷と思えるように采配を振るうのもメルフィーナの仕事である。


「食料は何度も計算したけど、大丈夫。乾燥トウモロコシとトウモロコシ粉だけでも春までなんとかなるけど、トウモロコシ畑の跡地には蕪と豆を植えてこれも収穫できる見込みだし、いざとなったら家畜を潰せばいいわ」

「そこまでする必要があったのですか」


 直接的な報復をしなかっただけ、彼に譲歩してもらっているし、セドリックの本音としては今からでもメルト村に滞在している難民たちの首に縄を付けて、ダンテス伯爵に突き出したほうがいいと思っているのだろう。

 その方がこの世界の「作法」に沿っているのは、メルフィーナも分かっている。


「セドリック、エンカー地方は広大だし、モルトルの森の開拓はまだまだ進んでいないわ。私たちに足りていないものが何か、分かる?」

「人間の数、ですか」


「そう。経済が発展すれば自然と人は増えるでしょうけど、国の端という不便な立地では、金山でも出てくれない限り爆発的に人が増えたりはしないでしょう。幸い農業に向いた土地だし、出来るだけ沢山食料を作って輸出したいので、最初は農奴でも難民でも、入植して働いてくれる人がいれば万々歳よ」


「そんなことを言って、メルフィーナ様は今回の農奴たちも、いずれ平民に繰り上げるおつもりでしょう」

「……そんなに性急なことは考えていないわ。元々の住人との兼ね合いだってあるわけだし」


 セドリックはそうですか、とあっさりと応える。反論されたわけでもないのに、そう簡単に矛を下げられると妙に後ろめたくなるのも不思議な話だ。


「……働けば働くほど得るものが大きい方が、人は一生懸命働いてくれると思わない?」

「そういう者もいるとは思います。もっとも、エンカー村やメルト村の住人があれほど懸命に働く理由は、別にあるでしょうけど」


 メルフィーナは重々しく頷く。

 長く命の危機と隣り合わせの開拓に従事してきた人たちだ。それは、働くほど収入が得られる状態になれば沢山働いてくれるだろう。


「まあ、そんなに心配しないで。問題が起きない保証はないけど、起きたら起きたで、みんなで対処していきましょう」

「分かりました。メルフィーナ様がされることは、結局最後はいい結果になりますからね。私もその判断を信じます」

「期待が重いけど、私も頑張ります」

 セドリックがひとまず納得してくれた様子にほっとしたのもつかの間、メルフィーナの護衛騎士は僅かも温もりの無い目で告げた。


「ただし、面と向かってメルフィーナ様のやることに異論を唱える者を前にすれば、私も理性的ではいられないかもしれませんが」

「セドリックは大丈夫よ。むしろ私の暴走をマリーと止めてくれる側だもの」

「私とマリーで歯止めになるならそれでもいいですが――私は、このようなスケジュールは無茶だと何度もお止めしたはずですが」


 セドリックのお説教が始まりそうな様子に肩をぎゅっとすくめる。

 ただでさえ職人に依頼し、予算を決裁し、買い付けの指示や物資の差配など机上でやるべきことが山積みだったけれど、新しく住人が増える分だけその仕事は増えた上に、今日の衣装の用意と現地へ農民たちの迎えをマリーに頼んだことで、メルフィーナの仕事はさらに圧迫された。


 ダンテス伯爵との取引だけはメルフィーナが直々に来る必要があったので、今日はメルフィーナの執務室にはマリーが籠ってくれている。

 秘書が有能で働き者で助かる一方、負担を増やしてばかりいるのが申し訳なく感じてしまう。

 本格的な冬が来れば時間が出来るはずなので、そうしたらじっくりと労わりたいところだ。


「少し仕事が落ち着いたら、メルト村に視察に行きましょう。「共同住宅」の様子も見たいし」


 今回の事態を受けて、リカルドには追加の工事を頼むことになった。最悪雪が降ったら一冬ここに滞在させてもらうと冗談のように言っていたけれど、彼にも随分無理をさせてしまっているだろう。


 ――来年以降も来てもらえるように、手厚くお礼をしないとね。


 この世界は土地だけは余っているので、特に農村では二世帯以上が壁続きの住宅で暮らすということはほとんどない。長屋暮らしが水に合わない者も出てくるだろう。


 来年も収益が上がればそれぞれ独立した家を建てて移動してもらえばいい。残った長屋は、また別の利用法もいくつか考えている。


「分かりました」

 セドリックはあっさりと告げたあと、付け足す。

「外出から帰宅まで、しっかりお守りさせていただきます」


 エンカー地方は本来陸の孤島と言っても過言ではないほど孤立した土地だ。今回のことがイレギュラーであって、そうそう同じことが起きるとも思えないけれど、護衛騎士はまた、少し過保護になってしまったような気がする。


 ――立地的に城塞化は大袈裟だろうけど、自警団や防犯についても、考えていかなければならないかもしれないわね。


 本当に、考えることは次から次に出てくる。

 新米の領主には荷が重いわ。マリーとセドリックにそう言えば、温く微笑まれそうなことを考えていた。

ちょっとしんどめのお話はひとまずここでおしまいです。

人口を増やしたいと思っていたのに、このパートの最中に

逆にガッツリと減ってしまいました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいて優しい気持ちになれる良い作品を楽しませていただいてます。 [一言] 質問です。 3話目に『そのほかに周辺には農奴を集めた小規模な集落がいくつか点在している。 』とあったので、メル…
[気になる点] >「元々エンカー村さえ二百人ちょっとの村ですものね。 39、略取では >今は建築ラッシュなので大工の仕事は多いけれど、人口が千人程度のエンカー村と、元農奴たちを平民の身分にして新たに…
[一言] 長屋跡地の利用法って、何だろ?
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