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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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478.来訪者と祈り

 大神官ベロニカ。


 ハートの国のマリアにおける攻略対象の一人であり、ルートを神殿に設定した場合、特に深く関わって来る人物である。


 彼女の特異なところは、その他のルートでもマリアの最大の協力者であり、かつ、攻略対象の中で唯一の女性であるという点だろう。


 平等と博愛を標榜する聖職者の最たる地位を持つベロニカが、マリアに特別な想いを抱くことに悩み、聖女として敬い慕いながらそれが大神官としての使命なのか、個人的な思慕なのかと揺れ動くストーリーは背徳的かつ耽美なシナリオで、一部に熱狂的なファンがいたほどだ。


 ベロニカルートであろうとそれ以外のキャラクターを攻略中であろうと、神殿の頂点としてマリアの最大の味方であったことは変わらない。時に助言し、時に便宜を図るお助けキャラクターの一面も持ち合わせていた。


 ――ユリウスが奔放な色気を放つキャラなのに対して、ベロニカは対照的で、禁欲的すぎて却って官能的だって言われていたのよね。


 目の前にいる――アナスタシアと名乗る女性は、そんな「ベロニカ」とは随分イメージが違う。ドレスが純白なのは、白をイメージカラーとする神殿の者らしいけれど、たっぷりと上質な布を使ったデザインは貴族らしい豪奢で贅沢なものだ。


 出会ったばかりの頃、コーネリアが治療した兵士の血で白い聖服を汚してしまったことに、自分は不注意が多くてよく怒られてしまうのだと苦笑していたことに比べると、あまりに世俗的に感じる。


「姉上?」

「ルドルフ、こんなに美しい方と同行して、まさかあなた、あちこちに連れ回したりしていないわね?」

「心外です! 僕は冬の道行きに困っていた方を見過ごせなかっただけですよ。目的地も同じでしたし、姉上だってその状況なら僕……私と同じことをしたはずです」


「……信じましょう。でもあなた、軽率よ。成人している女性と旅を共にするなんて、アントワーヌ夫人に悪い噂が立ったら、どうお詫びするつもりなの?」

「そ、それは……」

「あなた、婚約者は決まったの? お二人のことだから候補者くらいは内定していると思うけれど、成人した以上相応の責任が伴うと、自覚してもいい年よ」

「あ、姉上」


 しおしおと萎れていくルドルフに、ほ、ほほ、とベロニカが口元を隠して肩を揺らし、笑う。


「公爵夫人、弟君は本当に、困っていた私を助けてくださっただけですわ。それに、私はすでに夫と死別して社交界にもほとんど出入りしていませんし、貴族としてはほとんど隠居の身ですので、そのような心配はいりませんわ」

「そ、そうなんです! 神の国に渡られたご夫君がエンカー地方に所縁ゆかりのある方だったそうで、ご夫君の思い出を偲んでのご旅行なのだそうです」

「本来なら夏に行うべきなのですが、夫との思い出がこの季節でして。長い間自宅に籠っていましたが、ある時ふと、外に出なければならないと思い立ち、そう考えたらいてもたってもいられなくなって、家人が止めるのを振り切って半ば飛び出してしまったんですの」


 本当に、いい年をして考え無しで、お恥ずかしいですわと続けるベロニカに、ルドルフは気遣うような目を向ける。


「そんな事情なら、紳士として放っておけないでしょう。断じて、後ろめたいことは何一つありません」

「分かったわ。優しさは、あなたの素晴らしい美徳のひとつよ。でも姉様も、あなたが何か悪い縁に巻き込まれないか心配なの。一度歯車が狂えば、それは人生すら狂わせるかもしれないのよ。――分かってくれるわね?」


 メルフィーナ自身が母親の軽率な振る舞いで、その後の人生が大きく狂ったことをもう理解出来ない年ではないだろう。ルドルフはぐっと口をつぐむと、しずしずと頷いた。


「はい、姉上」

「いい子ね。アントワーヌ夫人、到着早々身内のもめ事を見せてしまって申し訳ありません。エンカー地方で滞在する宿などは決まっていますか?」

「それなのですが、弟君を後見人として、公爵閣下に客人として北部での便宜を図る書状を頂きました。できましたら、良い宿など紹介していただけると助かるのですが」


 アレクシスとしては、ルドルフの――政略結婚をしてまで同盟を結んだクロフォード家の後継の同行者を無下に扱うことは出来ないだろう。当然、その流れになるはずだ。


「それでしたら、狭く小さな屋敷で申し訳ないのですが、我が城館に滞在なさってください。ささやかですがおもてなしさせていただきます」

「それはとても助かりますわ。どうぞよろしくお願いいたします」


 丁寧に礼を執り、ベロニカは優雅に微笑む。


「それぞれの部屋に案内させますので、しばらくおくつろぎください。見ての通り手狭な屋敷ですので、従僕は使用人用の宿舎に滞在していただくことになります。――マリー、申し訳ないけれど、私に代わって二人の案内をお願いしてもいいかしら?」


「はい、勿論です」

「セドリック、私は執務室にいるので、あなたはマリーについていてあげて。マリア、アンナ、ロイドは私と一緒にきてちょうだい」

「あ、うん!」

「はい、メルフィーナ様」


 女主人としててきぱきと采配を振るい、案内はマリーとセドリックに任せて領主邸に入る。階段をのぼり、踊り場で折り返してルドルフとベロニカの視界から完全に消えてすぐに、歩く速度を上げる。


「ねっ、ちょっと! メルフィーナ、あれ!」

「分かっているわ」


 マリアの焦った声に応えて執務室に入り、一度、深く息をする。


「アンナ、大事な話よ。大急ぎで別館にいるエリに伝えて。コーネリアと一緒に人目につかないよう裏口から出て、メルト村のニドの家に向かうように」

「は、はい」

「次に連絡があるまでそこでしばらく待機するようにと」

「分かりました!」


 メルフィーナの雰囲気が常とは違うと分かったのだろう、アンナはお辞儀をすると、すぐに執務室を出て行った。それを見送り、緊張で痛むこめかみを押さえながら執務机に座る。


「ロイド、これから手紙を書くからすぐに公爵家に……アレクシスに早馬を送るように手配をしてちょうだい。城館の人間以外で、一番早く届くように」


 ベロニカが現れた目的が何かは知らないけれど、あえて神殿のトップに君臨する者が直接やってきたからには、何らかの意図があるはずだ。


 神殿は武力組織を持たないはずだが、大陸中にネットワークを所有し、王族、貴族に対する影響力も大きい。


 神殿で生まれ、修道院で余生を過ごす王族、貴族など少しも珍しくはないのだ。神殿で妊娠中の妻が静養している王族も、老母が静かに余生を過ごしている貴族もいるだろう。

 どこからどんな方法でアプローチしてくるか、全くの未知数だ。


 領主として情けない話だけれど、メルフィーナ一人の裁量でエンカー地方を守れるかどうかすら、分からない。


「それでしたら、私が直接届けに参ります」


 出来る限り早くこちらへ、信頼できるある程度の数の騎士と兵士を連れてと手紙をしたためていると、ロイドがしゃんと背を伸ばして告げる。


「私は預かりの家令見習いとして、一時的ですが公爵家の奥向きへの出入りも許されていますし、城門から最短でルーファス様に会いに行ける身です。現在エンカー地方にいる者で、最も取次が少なくすむのは、私だと思います」


 それに、雪中での馬の駆り方も教わりましたので、とロイドは明るく言った。


「ルーファス様から、家令は冬の間、領主に代わって領地を見回るのも仕事のひとつだと言われて厳しく教わりました。こんなに早く役に立てるとは、光栄です」


 冬の移動は、本当に危険だ。

 かつてマリーやユリウス、レナとともに馬車を熊に襲われ、身に染みている。


「……ごめんなさいね。戻ったばかりなのに、無茶をさせてしまうわ」

「メルフィーナ様の傍で仕える栄誉を頂いているのです。どうか、ただ行ってこいと」


 状況をまとめたひっ迫した、けれど短い手紙に封蝋をする。

 あの愛情のこもった手紙をもらった、最初の返信がこれであることに胸がぎゅっと竦むけれど、今はそれどころではない。


 ――どうか、みんな無事に。


 手紙に口づけをして、祈り、顔を上げる。引き出しから革袋を取り出し、大銀貨を数枚添えて、ロイドに手渡す。


「ロイド、あなたを信頼し、この手紙を任せます」

「承りました」

「――あなたの進む道に、幸いだけがありますように」

「御前を、失礼いたします」


 礼を執り、ロイドは颯爽と執務室を出ていく。


 そのやりとりを、石を呑んだように見ていたマリアが祈るように両手を組んでぎゅっと目をつぶり、震える息を吐いたのが、二人きりになった執務室にやけに大きく聞こえた。



今回来客の前でマリーは公爵令嬢としてふるまっているので、メルフィーナの口調がちょっとだけ違います。

セドリックがマリーに黙って付いたのもそのためです。

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