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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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472.弟と妹とよくある名前

「そういえばさ、弟くんが来るなら、私の設定もちょっと変えたほうがいいのかな」

 目元をとろんとさせて、クッションを抱えながらマリアが首を傾げる。


「設定?」

「ほら、今はメルフィーナの妹ですって自己紹介しているけど、弟くんには嘘だって分かるじゃない?」

「ああ。それは、そのままでもいいと思うわ」


 炭酸水に少しだけ口を付けて、グラスを置き、メルフィーナも姿勢を崩す。おしゃべりをしながら食べて飲んでの繰り返しだったので、さすがにお腹が膨れてきた。


「こちらでは身分を明かしたくない場合、誰某の親族です、弟妹ですって名乗るのは珍しくないし、それは別に嘘というわけではなくて、私が実妹としてマリアを後見している、という意味だから」

「親族にもそれで通っちゃうの?」

「そうね、後見する本人にそれなりの立場や身分があることが前提になるから、流石に未婚では無理があるかもしれないわ。でも、マリアはアレクシスに全面後援を宣言されているから、もう私の妹って名乗らなくても問題はないわ。必要なら称号を付けてもらって、マリア・アリマって名乗ってもいいけれど」


 マリアが社交界に出るならば、公爵夫人の妹と公爵家の永年後援なら、対外的には後者の方が強固な立場と言えるかもしれない。


 それで自分の立場がどう変わるのかピンとこないらしくマリアは首を傾げていた。少し酔っているのだろう、その仕草がおかしくて、くすくすと笑う。


「でも、もうエンカー地方の人たちには私の妹ってことで話が通じているし、マリアが嫌でなければルドルフにもちゃんと言うわ。こちらがマリーとマリア。二人とも大切な私の妹よって」


 マリーはうっすらと笑って頷き、マリアもえへへ、と照れくさそうに笑っている。


「じゃあ、メルフィーナの妹のままでいるよ。最近は照れずに自己紹介できるようになってきたし」

「エンカー地方に来てから、どんどん弟と妹が増えていくわね。――セレーネは元気にしているかしら」


 会話の流れから、かつて自分を姉様と呼んでくれた少年の面影を思い出して、しんみりと呟く。

 入れ替わるようにマリアが訪れて随分賑やかに過ごしていて、随分時間が過ぎたような気持ちもあるけれど、セレーネが領主邸を発ってから、まだ一年も過ぎていないのだ。


 今はルクセンと断交状態であるので、セレーネとは手紙のやりとりひとつ発生していない状態だ。すっかり元気になっていたし、しっかりした子なので、どこでも上手くやるだろうけれど、彼の「姉」としては心配に思う気持ちもある。


「エンカー地方が発展していけば、いずれまた道が交わる日が来ます、きっと」

 マリーの言葉に、こくりと頷く。

「そうね、きっとその日がくるわ」


 エンカー地方とルクセン王国が再び交流を始めることがあるならば、それはセレーネの働きかけによるものだろう。


 彼が十分に力を付けて、周囲を十分に納得させ、メルフィーナに交流の再開の交渉をしてくる日がきっとくる。


 メルフィーナも、セレーネ以外からのルクセンの交渉は全て拒否をする構えだ。


「交流回復の日がセレーネの成果になるように、私も頑張っていかなければね」


「でも弟くん、メルフィーナに他の弟や妹が出来ていたら、やきもち焼かないかな。メルフィーナみたいなお姉ちゃんがいたら、下の子は絶対お姉ちゃんが大好きでしょ?」

「ルドルフとは仲は良かったけれど、あの子は年の半分は領地で暮らしていたし、そんなことはないと思うわ」

「そうかなぁ。だって冬の寒い時期に、わざわざ会いにくるくらいだよ。もうそんなの、めちゃくちゃ大好きでしょ」

「あの子は昔から、思い込んだら一直線なのよね。勿論会えるのはとても嬉しいけれど、私はルドルフよりも、同行しているアントワーヌ夫人という方が気になるのだけれど」


 その名前にマリアがぎょっとしたような顔をして、マリーとコーネリアも少し弛緩していた表情を引き締める。


「メルフィーナ、アントワーヌって」

「多分偶然よ。マリア゠ジョセフィーヌとは関係ないと思うわ」

「偽名ではあるでしょうが、偶然としても、なんというか……すごいタイミングですね」


 コーネリアがため息交じりに言って、マリーもその言葉に頷く。マリアは話題についていけない様子で、パチパチと瞬きをしていた。


「え? 偽名? どういうこと?」

「マリア様が「メルフィーナ様の妹」と名乗っているように、身分を明らかにしたくない、けれど高貴な身分として遇される必要がある場合、女性は偽名に夫人をつけて名乗ることが多いんです。例えばお忍びの王族の一人が地方領地の社交界に参加するとき、その地方の貴族や領主がこちらはブリタニア王国の伯爵家の出身のエリオット夫人である、と紹介すれば、実際にその家が存在しなくても、「エリオット伯爵夫人」として社交界では遇されます」


 そう紹介されれば、その身分に相応しい立ち振る舞いや教養があればそれで充分なのだとコーネリアが説明をしても、マリアはピンとこないらしい。


「なんか、メルフィーナの妹として、って言われた時も思ったけど、ガバガバすぎない?」

「顔写真があるわけでもないし、情報の伝達は正確でもない世界だもの。身分のある人が「この人はこういう立場の人だ」っていう、その身分を保証することが全てなの。王の愛人が伯爵夫人を名乗っているうちに、その伯爵家があることが既成事実になってしまって、土地や財宝を与えられて本当に伯爵家が生まれていたなんてこともあるし」


 それらは愛人に対するものであったり、私生児として生まれた子供たちに与えたものであったりと形式は様々だけれど、そうした立場の子供達はきちんと貴族として遇され、強い権力を有している。


 そうした慣習から、王の褥から貴族が生まれると言われているほどだ。


「そういう事例はあちらの世界にも普通にあったわよ」

「えー、普通なんだ……」


 マリアは少し呆れたような顔をしているけれど、それほど権力を持っている人間の発言は力を持つということだ。


「平民が仕事に就く時も、しっかりと身元を保証する推薦人が必要なくらいですから」

「転職する際は最初の就職先に紹介状を書いてもらえないと転職先も見つからないくらい、誰が誰の立場を保証するというのはとても大切なことなんです。神殿を飛び出したわたしは後見人もいなくて紹介状も持っていなかったので、メルフィーナ様に拾ってもらえたのは望外の幸運でした」

「コーネリアはともかく、紹介を繰り返されているうちに詐欺師が貴族社会に紛れ込んだりすることもあるのだけれどね。そうなると、もう最初の紹介者が誰だったのかも辿れなくなることもあったりするし」


 偽造の難しい身分証や戸籍制度があるのが当たり前の社会で育ったマリアとしては、そのシステムは穴だらけのように思えるのだろうし、実際穴だらけだ。


「ルドルフと同行しているアントワーヌ夫人も、実際にアントワーヌ家の既婚女性という意味ではなく、まだ年若いルドルフが無茶をしないようにどこかから付けられたお目付け役なのだと思うわ」

「帝国風の名前ですよね。本名はアントワネットか、アンリエッタあたりでしょうか」

「アントワネット……」


 マリーに視線を送るマリアの言いたいことは分かるけれど、それはこちらの世界では通じない繋がりだ。


「マリアが考えてるアントワネットも、本国の呼び方はマリア・アントーニアよ。帝国にアントワネットやアンリエッタって名前の女性はすごく多いし、私たちの身近にも、同じ名前の人がいるわ」

「えっ、誰?」

「アントーニアは、男性名にするとアントニオになるの」


 マリアはあっ、と声を上げる。フランス革命の悲劇の王妃から一転、先日エンカー地方を発ったばかりの立派な髭を蓄えた顔なじみの商人を思い出しているはずだ。


「つまり、そのあたりはこちらの世界ではよくある名前で、よくある偽名なの。あまり神経質になる必要はないと思うわ」

「そっかあ……なんか、すごいタイミングだしヒヤッとしちゃったよ」


 気のいい商人を思い出して緊張感が解けたらしく、マリアはグラスに手酌でワインを注ぎ、くいと傾ける。


「怪しいと思ったら、何でも怪しく思えてくる状況よね」


 神殿が何を意図しているのかもまだ何一つ明らかになっていない。メルフィーナたちがやろうとしていることに、どう反応するかも未知数だ。


 マリアから瓶を受け取って、マリーとコーネリア、そして自分の分のグラスに少し濁った白ワインを注ぐ。


「警戒するに越したことはないけれど、考えすぎても消耗するもの。その時にならなければ分からないことは、時が来た時に考えましょう」


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