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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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471.ほろ酔いと思い出話

「ワインを炭酸水で割ったものだから度数は高くないけれど、苦手ならグラスに口をつける程度でいいわ。今日は身分の上下や慣習は気にしないパーティだから、遠慮はしないでね」


 ガラスのグラスを軽く掲げると、乾杯! とマリアが言って、率先して口をつける。マリーが僅かに目を瞠ったものの、そういう会であるとすぐに納得したらしい。


「あ、これ爽やかで美味しいね。私でも飲める」

「私とマリアのものは、少し甘くしてあるわ。食事には甘味がない方が合うかもしれないけれど」

「あっちでも、女子に受けそうだね、これ」


 一口、口を付けて本当に気に入ったらしく、マリアはくいっとグラスの中身を飲み干してしまう。


「このグラスは、不思議な形をしているのですね。来客用のゴブレットと形は同じですが、全てガラス製だなんて。特にこの持ち手は、細くて割ってしまいそうで少し怖いです」

「ですね。そっと扱わないとという気持ちになります」


 ワイングラスの脚をおそるおそる持って、マリーとコーネリアがカクテルに口を付ける。味は気に入ってくれたようで、二人ともマリアに倣ってくい、と一気に飲んでしまった。


「あ、こっちでもワイン用のグラスってこの形なんだ」

「香りとか風味を味わおうとしたら、結局この形状に行きつくんでしょうね」

「神の国でも、ゴブレットはこの形なのですか?」

「うん、と言っても、私は使うのは初めてだけど。あっちだとお酒は二十歳になるまで飲んじゃダメって法律で決まってるからさ」


「二十歳ですか……それは、エール類もということですよね」

「私の住んでた国ではそう。外国だと違うんだっけ」

「確か、ヨーロッパだと十六歳とか十八歳とか、国によって違うわね。ドイツだとエールやワインは十四歳から飲んでも良くて、ウイスキーみたいな強いお酒は十八歳からだったんじゃないかしら」


「じゃあ、私はドイツならお酒OKということで。そういえば、こっちのエールもちょっと飲んでみたかったんだ。みんな飲んでるから気になってて」

「その前に、お腹に食べ物を入れましょうか」


 飲酒に慣れていないマリアは特に、急にアルコールを入れない方がいい。マリアも頷いて、薄く焼いたクレープにチーズと細く千切りしたキャベツに少しだけ刻んだリーキと塩を混ぜたものを挟み、くるくると巻いて口に入れる。


「うん、美味しい! マリーさんもコーネリアも、お昼食べてないし、どんどんいっちゃおう」

「おつまみも飲み物もセルフサービスだから遠慮なく作って食べてね。私の給仕も気にする必要はないわ」


 メルフィーナはクッションにもたれかかってゆったりと姿勢を崩し、マリアはいそいそとエールをついでくると、ソファに深く座り座面に踵を乗せて、ちょこんとソファの上で脚を抱える体勢になってジョッキを傾けている。


 この世界では常識外れの姿勢であるけれど、そういえば時々メルフィーナのベッドにもぐりこんだ時にはこんな風に膝を抱える体勢になっていたので、落ち着くのだろう。


「エールっていわゆるビールだよね。もっと苦いかと思っていたけど、案外そうでもないんだ」

「これは特別製のエールだから。ホップの量を調整してあまり苦くないように、かつ麦の風味がたっぷり出るように調整してあるの。その分日持ちはしないからエンカー地方でしか飲めないのよ」


 輸出用のエールは日持ちするよう、苦みと抗菌作用を併せ持つホップを大量に入れ、かつアルコール度数を高く設定しているためもっと苦みが強く、ガツンとした風味の中にフルーティな味わいがあるものだ。あれはあれで美味しいものだけれど、初心者としては今日の発酵日数が短く味わいがマイルドなエールの方が向いているだろう。


 マリアは気に入ったらしく、大きめのジョッキを両手で持って呑んでいる。クレープを摘みながら様子を見ていたけれど、悪酔いしている様子はなさそうでほっとした。


「マリア様、エールのお代わりを取ってきましょうか?」

「ううん、いいよ。メルフィーナも言ったでしょ、今日は給仕とか気にしなくていいって」


「コーネリア、さっきのカクテルが気に入ったなら、私が作るわ。今度はジンジャーエールベースでハイボールなんてどうかしら」

「あ、私も飲みたい!」

「マリアは、間に水を挟んでね」


 あはは、と明るく笑うマリアに、段々趣旨を飲み込んだらしいマリーとコーネリアも表情が解れてくる。まだ姿勢を崩すほどではないものの、先ほどより肩から力が抜けたようだ。


 生まれた時から身分制の中で育った二人には、いきなり無礼講だと言ってもすぐに受け入れるのは難しいだろう。マリアが明るくてよかったと思いながら、氷を入れたグラスにジンジャーシロップとウイスキーを混ぜたものに炭酸水を注ぐ。


「あ、これは、わたし、かなり好きかもしれません」

「炭酸水とジンジャーシロップで飲みやすいけれど、ベースに使っているウイスキーはかなり度数が高いから、ゆっくりと飲んでね。いずれはこちらでもカクテルが流行するといいのだけれど、皆は先に飲み方を覚えておくといいわ」

「飲み方ですか?」

「ええ、カクテルはお酒とそれ以外のものを混ぜてつくるのだけれど、この通り飲みやすいから、ついペースを忘れて飲んで酔ってしまうことがあるの。こういう女性だけの気楽な席ならいいけれど、悪い男の人が傍にいるかもしれないでしょう?」


 こちらの世界では、子供の頃からエールを水代わりに飲むのでアルコールに対して耐性を持つ人が多い。実際、エンカー地方では十代にならない子供達も当たり前のようにエールを飲んでいる。


 だが、今年からエンカー地方産の蒸留酒が市場に出回り始めることになっているし、その出荷数はどんどん大きくなっていくだろう。

 需要があれば、供給が生まれる。先日隣村でウインナーを見たように、エンカー地方産でない蒸留酒も、遠からず産声を上げるはずだ。

 そうして、これまで経験したことのない酩酊に陥る者も増えてくるだろう。


 強い酒の飲み方について説明書なども付ける予定ではあるけれど、それが強い効力を示すとは、メルフィーナも思っていない。結局お酒の飲み方は、失敗して覚えるのがもっとも手っ取り早いのだ。


「少し心配していたのだけれど、マリアもお酒は大丈夫そうね」


 クレープと水を間に挟んではいるけれど、カクテルにエール、ハイボールとちゃんぽんで呑んでいるにも拘らず、少し頬を赤らめている程度で、けろりとしている様子だ。


「うち、パパもママもお酒が好きなんだよね。特にママは全然酔っ払わないみたい。パパが、ママを口説くためにバーに誘ったのにママが全然酔わなくて、焦って自分が沢山飲んじゃってママに介抱されちゃったんだ。マリアもお酒には気を付けるんだよって、お酒を呑むたびに言ってたよ」


 家族の話をするマリアの声と表情は、ただ懐かしむような嬉しそうなものだ。

 やはり少し酔っているのだろう、マリアがこんな風に家族の話をするのは、初めてだった。


「それでもご両親は結ばれたのですね」

「うん、ママ、酔っ払いながら好きです結婚してくださいって泣くパパを見て、この人には私がついていてあげなきゃいけないって思ったみたい」

「ハッピーエンドじゃない」


 マリアの様子から見るに、お酒に強い体質は母親に似たのだろう。にこにこと笑っていて、酔い方も良いようだ。


「でも、その時はまだお付き合いもしてなかったのに、カッコよく口説き落とすはずだったのにってパパはぼやいててさ。でもパパ、リビングに高いお酒を飾っててたまに呑んでたから、お酒自体は好きなんだろうなあ。もしかしたら、その時のデートで呑んだお酒だったのかも」


 それは今の時点では、確認できないものだ。マリアも話していてそれに気づいたらしく、グラスに入れてある水をくい、と飲み下す。


「メルフィーナはお酒の思い出ってある?」

「私は、昔は全然飲めなかった……ような気がするわ。少なくとも思い出というほど強い記憶はないわね」


 前世のことは輪郭が曖昧で、自分と地続きであるという意識はあるし、エピソードとしては覚えているけれど、その時の細やかな感情はおぼろげな印象になっている。


 両親がいて、弟がいて、歩いて行ける距離に祖父母の家があった。ゲームが好きで、友達も少ないがそれなりにいたような気がする。思い出そうとすれば懐かしさはあるけれど、強くその場所に戻りたいという恋しさまではなく、もうその場所は、自分の居場所ではないのだと納得するような気持ちがある。その程度だ。


「下戸だったの? 今は結構呑めるんだよね。あ、この話しても、大丈夫かな」


 マリアはちらりとシャルロッテを見るけれど、メルフィーナは鷹揚に頷く。

 領主邸内で見聞きしたことは外に漏らさないよう、住人には書面で念を押してあるし、後でもう一度酒の席の話だと念を押しておけばいいだろう。


「ええ、やっぱり体に影響されるんでしょうね。性格も結構違うし」

「あ、そうなんだ?」

「以前はもう少し出不精で、本を読んだりゲームをしたり、Wikipediaを読んでいるのが好きだったわ」


 今でも積極的に体を動かしたいとは思わないけれど、それでも前世に比べれば出かけるハードルは随分下がっている気がする。


「マリーは、子供の頃はお転婆だったのよね」

「あ、それちょっと気になる。今は落ち着いてて大人! って感じなのに」

「随分昔のことです。昔は、何だか腹の立つことがすごく多くて、いつも怒っている子供でした。だからそれが、言動に出ていたんでしょうね」


「マリーさんがそんな風に怒るのも、何だか想像がつかないなあ」

「いえ、でもマリーは多分、今でも怒ったら領主邸で一番怖いと思うわ」

「コーネリアも怖そう……。大人しい人が怒るのが、一番怖いっていうもんね」


 マリーとコーネリアがお互いに視線を向けて、すぐにきっぱりと言った。

「おそらく、コーネリアのほうが怖いと思います」

「マリー様には敵わないですよ」


 意図した様子ではなかったのに、その言葉はあまりに息がぴったりだったので、マリアはツボに嵌まったらしく、おかしそうに笑っている。メルフィーナも手を口元に当てて、クスクスと笑いが止まらない。


「ふふ、あら、私もちょっと酔っているわね」

「いいじゃん、楽しいし!」


 美味しいお酒と食べ物と、女性だけの気安い会話にマリーとコーネリアも気持ちが解れたように、肩を揺らして笑っていた。




 なお、シャルロッテは一滴も飲んでいないというのに白皙の頬を紅潮させて、呑みも食べもせずに画用紙に木炭を走らせ続けている。


 メルフィーナとマリアのあちらの世界の話も、まったく耳に入っておらず、脳にも到達していない様子だ。


 趣旨とは随分ズレるけれど、彼女は彼女なりに、この席を夢中で楽しんでいる様子だった。

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