469.福笑いと微表情
きゃあきゃあと団欒室から明るい子供の声が聞こえて来るのに足を向けると、ちょうどマリアがロド、レナとゲームをして遊んでいる様子だった。コーネリアはサラの手遊びの相手をしていて、なんとも和気あいあいとした空気である。
団欒室はマリアが作業に使っていることも多いので、ロドとレナは自室でサラと共に過ごしている。
セレーネがいた頃は、団欒室は子供たちの遊び場であり、学びの場でもあった。ロドとレナは冬以外は仕事をしていることもあり、今はマリアの作業室として使っていることも多いけれど、気兼ねなく遊べるように子どもたちのための部屋を用意した方がいいかもしれない。
手持ちの魔石が尽き、マリアもしばらくはのんびりすることにしたらしい。テーブルを覗き込むとお手製の福笑いをしているところだった。
「マリア様、もうちょっと上、あっ行きすぎ!」
「馬鹿、教えたら面白くないだろ」
「もー、二人とも気が散るから! えーと、目はここで……」
「あはは!」
マリアが作ったのだろう、おかめの形に切り抜いた顔は中々上手く出来ている。
「ふふ、マリア、上手いわね」
「メル様! メル様もやろうよ」
「私、こういうのはてんで駄目なのよね。絵もあまり得意ではないし」
視線を向けても、マリーとセドリックが何の反応も返さないのが答えのようなものである。むしろこの二人のほうが、この手のことはそつなくこなすだろう。
マリアが目隠しを外すと、明るい笑い声が響く。
左右のバランスは悪くないけれど、吊り目気味で唇がやや下すぎて、鼻の下が伸びているような出来栄えだ。
「もう、ロドもレナも完璧に置いちゃうから私一人お笑い担当みたいになっちゃうじゃん」
「こういうの、なんとなくどこに置けばいいか分かっちゃうんだよな。土台のほうの形を崩しとくほうがいいかも」
「うん、なんかわかっちゃう」
「分析」と「解析」を持っている兄妹は却ってそれがつまらないという様子だ。橋の建設に関わり、複雑な水の流れまで計算してしまう二人である。福笑いや神経衰弱のような遊びは、簡単すぎてつまらないのだろう。
「もっと運要素の強い遊びか、体を使う遊びの方がいいかもしれないわね」
「外は雪だしねー。雪合戦くらいしか思いつかないや。コーネリア、やってみる?」
「いえ、わたしは大丈夫です。見ているだけでも楽しいですよ」
穏やかに笑ってそう言うコーネリアに、レナはぴょん、と椅子から飛び降りて近づき、膝に抱かれているサラを覗き込む。
「コーネリアさん、サラ、私が見てるから遊んでも大丈夫だよ?」
「いえ、サラちゃんと遊ぶの楽しいですよ。小さくて可愛い盛りですね」
そう微笑んで、小さな手を握り、握手のように上下に振ると、何をするのも新鮮に感じる時期のサラは楽しそうにきゃっきゃっと笑っている。
それを見下ろすコーネリアの微笑みは、母親のように慈愛の籠ったものだった。
「なんかさ、コーネリアさん、元気ない?」
「え? そんなことはないですよ」
「でも、寂しそうに見える」
コーネリアは首を傾げ、頬に手を添えた。メルフィーナが見てもほんの少し、いつもより元気がないようには見えるけれど、寂しそうという様子ではない。
「おい、レナやめろ」
「え、でも」
「そうやって人の顔から細かいことを読み取るなって、前も言っただろ」
がみがみと言う兄にむう、と唇を尖らせたものの、レナはしぶしぶという様子で席に戻った。
「コーネリアさん。嫌な気持ちになっちゃったらごめん」
「いえ、ロド君が謝ることではないですよ。それに、嫌な気持ちにもなっていませんからね」
レナのこともフォローするように言って、それからコーネリアは不思議そうに首を傾げた。
「わたし、寂しそうな顔をしていましたか?」
ロドは気まずそうにして答えず、レナは先ほど兄に言われたばかりだからか、唇を尖らせている。
「レナには、微表情が分かってしまうのかもね」
「微表情?」
「人の目は、自分で意識するよりずっと沢山の情報を認識しているわ。でもそれをどういう情報か処理するのは、目ではなく脳の仕事なの」
そう言って、つん、と指先でこめかみのあたりに触れる。
「人の表情から目の動き、瞳の潤み方、眉の角度に瞼の震え方。唇の開き方や呼吸の深さ、浅さから心拍数を読み取ったり、喉の動きから唾液の分泌量を予測したり、やろうと思えばかなりの精度でその人の感情を読み取ることが出来る、らしいわ」
「らしいなんだ」
私には出来ないもの、とマリアの言葉に苦笑で返す。
レナは無邪気な少女だが、「解析」と「演算」の「才能」を持った子供である。人と同じものを見ていても、そこから受け取る情報の量と質は全く違っているのだろう。
同じく「分析」と「演算」を持っている彼女の兄に視線を向ける。
「ロドにも、それが分かるの?」
「うん、まあ」
気まずそうに頷くロドは、それについてネガティブな感情を持っているようだった。
もしかしたら、既に友人関係かどこかで、嫌な思いをしたことがあるのかもしれない。
「分かることを後ろめたく思う必要はないわ。それはあなたたちの持つ能力のひとつで、遠くまで見えるとか、人より耳がいいというのと変わらないもの。でも、人の気持ちはとても繊細なものだし、隠していることを人前で指摘するのはトラブルになる可能性もあるから、それを言葉にするときは慎重にしなければいけないわ」
誰だって、他人には隠したい本音のひとつやふたつは抱えているものだ。
それは嘘をついているというより、社会性によって覆われているものであり、不躾に外に漏らさないことで周囲との関係を円滑に進めるためのものでもある。
まだ幼いレナには分かりにくいし、同じ能力を持っているらしいロドは妹に対して細やかに物事を教えるのを苦手としているので、これまで丁寧に教えられることが無かったのだろう。
「レナも、言いたいことがあっても全部言葉にしたりはしないでしょう? 人に知られたくない度合いは人それぞれだから、これからは気を付けましょうね」
「……はい」
レナは神妙に頷いて、それから顔を上げる。
「コーネリアさん。ごめんなさい」
「いえ、本当にいいのですよ。二人にそんな能力があるなんて、驚きました」
「便利なことも多いんだけどな。あ、この人いま仕入れ値を誤魔化してるなって分かるときもあるし」
「レナも、屋台で何か買ってあげるから一緒にあっちに行こうって声を掛けてきたおじさんがいたけど、絶対そんなつもりじゃないって分かることあるよ」
その言葉に隣に座っていたロドがガタッ、と音を立てて椅子から立ち上がる。メルフィーナも驚いて息を呑み、目を見開いた。
「レナ、待って。それについて詳しく聞かせてちょうだい」
「おい、まさかついて行ってないよな!? 他の子供たちにはちゃんと注意したのか!?」
「リカルドさんに言ったら、次の日から現場に来なくなってたよ」
当のレナは、何にそんなに反応しているのか分かっていない様子だ。
おそらく現場責任者の権限で何かしら動いたのだろうけれど、荒っぽい職人たちの相手をしているリカルドにとっては現場から遠ざけるなりエンカー地方から追い出すなりすれば、それで話は済んだという認識だったのだろう。
実際、メルフィーナに細かくそれらを報告するのはリカルドの仕事とは言い難い。
「後でリカルドに、どう処理したのか聞き取りしないといけないわね……」
「兵士の巡回もありますので、滅多なことは起きないと思いますが、その方がいいと思います」
「……ここに、ユリウスがいなくてよかったね」
マリアのしみじみとした言葉に、なんとなく、レナとサラ以外の全員が浅く首を縦に振る。
レナを可愛がっていて、手段を選ばないところのある魔法使いが今の話を聞いたら、何が起きるか分かったものではない。
エンカー地方は人の出入りが非常に少ないのんびりとした土地で、その頃から暮らしている住人は今でも防犯意識の面ではかなり緩い。
だが、今は外からの来訪者も多いのだ。大きな事件が起きてよそ者への排斥感情が生まれないとも限らない。
今後治安の面では更に注意が必要になっていくだろう。
ひとまず人の多いところには兵士の詰め所――交番のようなものを造ろうと、密かに心に決めるメルフィーナだった。
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