465.ちょっとした心配といつもの日常
中途半端な時間に書き掛けのメモを不注意でアップしてしまいました!
大変失礼いたしました。
さっくりと表面を香ばしく焼いたパンのサンドイッチを口にすると、千切りにしたキャベツと、甘じょっぱく味付けされた薄切りながらしっかりとした歯ごたえの肉の食感が続く。
「これ、すごく美味しいわ」
「よかったです。味噌って風味の強い肉の臭み消しにすごくいいんですね! 僕もこんなに合うとは思わなくて、驚きました」
嬉しそうに言うエドに、次々と口にした領主邸のメンバーから美味しいという声が上がる。
「エド、これは伯父様が仕留めた肉なのか?」
「はい、猪の肉を薄切りにして、薄く小麦粉を付けて味噌に砂糖を少しと、生姜と蒸留酒で味付けをしました。味は少し強めにしたほうがパンに合うと思ったんですが、猪肉のいいところを消してしまってるかもしれません」
ウィリアムは首を横に振ると、もうひと口かぶりついて、ゆっくりと咀嚼する。
「すごく美味しいよ。猪は煮込みで食べることが多いから、こういう料理は新鮮だな」
「私もこの味、好きだな。お米が欲しくなるかも」
マリアもうんうんと頷いて、ね、コーネリアに水を向ける。コーネリアはいつもの席に座っていたものの、名前を呼ばれてはっと顔を上げた。
「あ、はい。本当にすごく美味しいです。お味噌ってそのままだと塩辛いものだと思っていましたが、本当に色々な料理に使えるんですね。これも、すごく美味しいですよ」
「どしたのコーネリア。体調悪い?」
「お口に合いませんでしたか?」
マリアが首を傾げエドが心配そうに聞くと、コーネリアはいえいえ、と笑う。
「本当に、何でもないんです。元気ですし、料理長の料理は今日も素晴らしいです」
「それならいいけど」
「夕飯は、猪肉の塊を入れたポトフにしますね。二日前から塩に漬けてあったものを野菜の出汁と一緒にゆっくりと煮込んで、冬野菜をたっぷり入れたものですよ」
「わあ、楽しみです」
嬉しそうに笑っているものの、やはりいつもの我を忘れて興奮している様子は見られなかった。マリアと目配せをしあったものの、どうするのが正しいのか判断が出来ず、ほんの少し、気まずい空気になってしまう。
「ウィリアムは、午後は何か予定があるの?」
「今日は訓練が休みなので、団欒室で本を読もうかと思っています。その後は少しフェリーチェと散歩をしようかなと」
名前を呼ばれたことが分かったらしく、メルフィーナの足元で昼食のおかずを何かもらえないかとうずうずしていたフェリーチェが顔を上げる。
「いいわね。冬が来て少しむっちりしてきたから、たくさん遊んであげてちょうだい」
「すみません、僕が骨ガラとかあげちゃうのが、良くないのかも……。猪の骨も喜んでいたので、少し肉がついてるのをあげちゃいました」
「いえ、犬の体調管理は飼い主の仕事だもの。フェリーチェ、晴れた日に出かけて、遊びましょうか」
犬の縄張りとしては城館内は十分な広さがあるし、中庭や前庭で走らせることは多いけれど、逆に景色が変わり映えせず飽きてしまっているのだろう。
「またフリスビーをしましょうか」
食事時のコーネリアはムードメーカーだが、フェリーチェも領主邸のアイドルである。わふっ、と嬉しそうに答えるフェリーチェに微笑むと、食堂の空気がふわりと和らぐ。
――それにしても、何かあったのかしら。
ここ数日、コーネリアの様子がおかしいことは、すでに領主邸の主要メンバーの全員が気づいていることだ。メルフィーナもそれとなく何かあったのかと聞いてみたけれど、何でもないと笑うばかりだった。
実際、普段はあまり大きな変化があるわけではない。マリアの質問には的確にアドバイスをしているし、ため息が増えたというようなこともなかった。
食事時にはしゃいでみせないからといって、どうしたのかと強く尋ねるわけにもいかないだろう。
それでも、やはり心配である。
「その時はコーネリアも、一緒に行きましょう。冬はどうしてもこもりがちになるから、たまには思い切り外の空気を吸った方がいいわ」
「はい、是非」
その笑顔に陰りのようなものは見られない。
だからこそ心配になってしまうと思いながら、サンドイッチをぱくり、と口に入れた。
* * *
「心配だよねえ。コーネリアが元気ないと」
両手で魔石を包み、ぽつりとマリアが漏らす。
アレクシスが聖魔石のペンダントを手にソアラソンヌに戻ってから一週間ほどが過ぎた。その間も、仕入れた魔石が間断なくエンカー地方に送られてきて、マリアが聖魔石に加工する日々が続いている。
領主邸の強みは、今の時点でマリアだけでなくユリウスも揃っているということだろう。すでに属性を付与された魔石はそのままマリアが聖魔石に変えることが出来るし、空の魔石にはユリウスが属性を入れればいい。
ユリウスは浄化前の魔石――放置すれば再び魔物が発生する可能性の高い状態の魔石に潜性の魔力を入れたらどうなるのかという実験をしたがっているけれど、今年の北部は魔物の出没が激減しているということと、魔石は取り出したら近くの神殿に卸すのがルーティンとなっているので、中々手に入れるのが難しい状態のようだった。
メルフィーナは、時々団欒室で作業をしているマリアとユリウスと共に、これからできる可能性のある実験やその結果について意見を交わし合ったり、時々エドとともに料理を楽しんだりする日々で、コーネリアの様子を心配する余裕もあるくらいだった。
「こんなにのんびりしていていいのかしら」
色々な事実が明らかになり、事態はもっと緊迫するかと思っていたけれど、やることは少し変わっても意外と日常の延長が続くばかりだ。領主邸は多少心配なことはあっても今日も平和だし、冬の時間はゆっくりと過ぎていく。
「今は、待機の時ですね」
メルフィーナの呟きに、聖魔石を作っているマリアの後ろに立っているオーギュストが、軽い口調でそう答える。
「現在、公爵家の者が東西南の四つ星の魔物が発生する場所の調査の準備を始めていますし、遠からず、東部の状況は、多少明らかになると思いますよ」
「だね。そのためにせっせとこれを作ってるわけだし、急いては事を仕損じるって言うし」
護衛騎士の言葉にマリアもそう続ける。
四つ星の魔物が現れる土地は魔力で汚染されていて、耐性の強い者でなくては長時間の滞在は難しく、その震源地となれば赴ける者は更に限られる。
魔力耐性の強い者の多い北部の騎士ですら、アレクシスと共にプルイーナと対峙出来る者は数えるほどしかおらず、その一人であるオーギュストもオアシス周辺は「中々にきつい」ものだったそうだ。
マリアが傍にいて、常に浄化がある程度働いていてもそれなのだから、マリアがいない状況での調査は困難を極めるだろう。
その調査に赴く騎士には、聖魔石を護符として持たせることになっていて、今マリアが作っている、やや大きめの聖魔石もそのためのものだ。その調査そのものが、聖魔石の実験の側面もある。
この件は秘密裏に行われるので、冒険者に依頼することは出来ない。忠誠心の高い、魔力耐性がそれなりにある騎士を選抜して行うので、時間もかかるだろう。
――アレクシスは、どうしているかしら。
北部の問題を抱える女性たちだけでなく、土地の安寧を守るために常に戦いを強いられてきた男性たちもまた、救いたい。ずっと北部の悲劇を見続けてきたアレクシスも、今は自分の場所で頑張っているだろう。
応援しているし、全て上手く行ってほしいと思う。
だから、会いたいとか寂しいとか、口に出すことは決してするつもりはないのだけれど。
「メルフィーナも、アレクシスに会いたいよね。これをとっとと片付けてさ、二人とも暇になったらまた旅行でも行ってきなよ」
だから、まるで心でも読まれたようなタイミングで、無邪気に言われてしまって、ぱちぱちと瞬きをする。
マリアは手に包んだ魔石に視線を落としていて、特にこちらに気を払っている様子はない。多分今の言葉も、何気なく口にしただけなのだろう。
「ふふ、私、マリアのこと、大好きだわ」
「えっ、なに急に!? ちょっ、驚いて魔石が割れたらどうするの」
「ふふっ」
声に出して笑うと、気持ちが軽くなるのが分かる。
悲劇や世界の問題を前にしていても、実際に来てしまえば、それは日常の延長だ。
食事が美味しいのも、ちょっとした心配も、飼い犬が可愛いことも、この寂しさも。
不意に友人の一言で救われる瞬間だって、全て愛しい、メルフィーナの日常だった。
この度、捨てられ公爵夫人は~の書籍版が重版していただけることになりました。
お手に取って下さった皆様、本当にありがとうございます。
これから書籍版も読んでみたいという方は、現在品薄が続いているようですが、しばらくすれば解消するかと思いますので、お待ちいただれば幸いです。
書籍版は細かい設定の改定や書き下ろしなども収録されていますので、これからもweb版ともどもご愛読いただれば嬉しいです。




