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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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448.デートの始まり

 ようやくモルトルの森の輪郭が明るくなりはじめた早朝のことだ。用意した服を身に着けて寝室から出ると、いつもより早起きのマリーとセドリックはすこし驚いたような表情を浮かべ、すぐにそれをいつもの顔の下に隠してしまう。


「やっぱり、変かしら? 浮いて見える?」


 たっぷりと布を使った綿のワンピースに、腰のやや高い位置でベルトを締めたドレスに、いつもは一部を編み込んで垂らしている金の髪も、今日は両サイドで三つ編みにして、高い位置で編んでいる。普段の服装とは随分趣が違う、裕福な商会の奥様風の服装と言えるだろう。


「いえ、お似合いです、と言っていいのか……」


 生粋の高位貴族であるメルフィーナに、平民の服が似合うというのは侮辱にこそなれど決して褒め言葉とは思われないだろう。生真面目な性格のセドリックは言葉を選べなかったようで、もごもごと語尾を濁してしまう。


「普段と違う魅力があると思います。ただ、平民というには少し高貴な雰囲気が隠せていませんね」

「高貴かどうかはともかく、着慣れないのは確かね」


 金の髪に澄んだ緑の瞳。手入れのされた肌に傷ひとつない手と、メルフィーナの外見の特徴はどこからどう見ても貴族のものだ。子爵家や男爵家の娘が大商会の主と結婚したという設定としても、やはり少し不自然だろう。


「手袋を嵌めて帽子で髪を隠せば、少しは誤魔化せると思います。あとは出来るだけ人と会わずに、会話もしないほうがいいでしょう」


 そう言って、マリーが手にしていた帽子をかぶせてくれる。いつものような日よけ用のものではなく、布ですっぽりと頭を覆う形のものだ。


「そうするわ。どのみち、のんびり過ごすのが目的だし」


 そんな話をしているうちに、別館からアレクシスがやってくる。


 こちらもいつもの騎士服とは違い、長袖の丈の長いチュニックに腰をベルトで締め、マントを身に着けている。腰に佩いているのはいつもの長剣ではなく、やや刀身が短く幅も細い。騎士の剣ではなく、兵士や平民が護身用に身に付けるためのものだ。


 今日のアレクシスは、いうなれば武装した商人風だろう。とはいえ、商人としてはかなり体格が良いので、やはりこちらもすこしちぐはぐな感じがしてしまう。


 だが、そのちぐはぐさがいつも完璧な氷の公爵然としているアレクシスに、妙な人間みを与えているのも確かだった。設定に対して目の前にいる人物に隙がある、というべきだろうか。商人や商家の人間が見れば自分たちとは異質な存在であると一目でわかるだろうし、彼らと取引をしている者も、何かがおかしいと思ってしまうだろう。


 その完璧でなさが。


 ――普段と違う魅力って、確かにそうだわ。


 普段、不機嫌そうに言葉を発しなくなればアレクシスにはもう取りつく島がない。高い身分もあいまって、話はここで終わりだと言外に告げられれば、大抵の者はすごすごと引き返すしかなくなるだろう。


 だが、今のアレクシスは突っ込みどころが多すぎて、その分人間らしさが強調されているように感じる。


「ふふ、素敵ね、アレクシス」

「こんな恰好をするのは初めてだ。似合っていないことは分かっている」

「いえ、意地悪で言ったんじゃないわ。本当にそう思ったのよ」


 公爵位を継ぐ前はお忍びで市井に出たこともあったと耳に挟んではいたけれど、その時も精々騎士か兵士に扮していたのだろう。商人というにはあまりに愛想がなくて、そのギャップが逆にメルフィーナには好ましく思えた。


「私はともかく、アレクシスはコスプレ感強いわね」

「コスプレ?」

「ええと、本来の身分とは違う服を演技で着るという意味で……何だかそのままになってしまったわね」


 メルフィーナは普段から、質はいいけれど貴族の服としては完全に失格の簡素な服を着ているので、少しグレードを下げただけでそれほど違和感はないと自分では思っている。


 だが公爵であり騎士でもあるアレクシスが商人に扮するのは、やはり無理があったかもしれない。


「設定のおさらいをしましょうか。あなたは商会を継いだばかりの商人で、妻を帯同してエンカー地方に支部を作るためにはるばるヨウホウからやってきた。私はその奥さんで、二人は新婚旅行も兼ねている」

「エンカー地方での取引を無事に終えて、あとはソアラソンヌでしばらく滞在する予定。仕事が上手く行った後で羽振りがいい、だったな」

「そうね。一日しか使わない「設定」だけれど、だからこそうんと楽しみましょう」


 アレクシスと「デート」をすることになったものの、エンカー地方内ではメルフィーナの顔を知らないものはほとんど一人もいないと言ってもいいだろう。


 この恰好をしていれば大人たちは見て見ぬふりをしてくれるかもしれないけれど、子供たちはそうもいかない。いつものようにメル様と慕わしい声を上げながら取り囲まれて、なんでそんな恰好をしているのかと根掘り葉掘り聞かれるのがオチだ。


 ならばいっそのこと、少しだけ足を延ばして別の村に出かけようという流れになるのはごく自然なことだった。


 冬のさなかということもあり、遠出をするのは現実的ではない。ナターリエの経過観察もあるし、そう長く留守にすることも出来ない。


 なので、早朝に出かけて街道を半日ほど進んだ一番近い村に向かい、のんびりと過ごして今日は一泊して、明日の日が暮れる前に戻ってくるというコースにした。


 エンカー村から一番近いのは、畜産を主な産業にしている村だ。ソアラソンヌを中心に羊や山羊、豚を卸している村で、羊毛を染色する小さな工房などもあるのだという。


 エンカー地方から最も近いということで、アレクシスは普段素通りすることが多いらしいが、一応公爵家が押さえている部屋もあるのだという。これは最初の年にメルフィーナがアレクシスたちの滞在を渋ったあと、オーギュストが今後のために手配したということらしい。


「結局使っていないなら、もう解約してしまってはどう?」

「いや、我々は冬以外は騎馬で駆け抜けるが、馬車を引く従者たちはそこで宿泊することも多い。部屋はあるに越したことはないだろう」


 騎馬ならば数時間駆け抜ければエンカー地方に着いてしまうのでその方が早いけれど、この世界で夜に馬車を進ませるのは命知らずのすることだ。整備された街道でもいったん脱輪すれば暗闇で直すことは困難だし、夜行性の獣が出ることもあるだろう。


「使用人が泊まることが多いので、公爵家から紹介された取引のある商人と名乗れば不自然ではないはずだ」


 なるほどと頷く。いつもアレクシスがこちらに来る側なので、そうした話を聞くのは中々新鮮だった。


 手をつないで階下に降りると、その足音を聞きつけたらしく、エドがひょいと厨房から顔を覗かせる。


「おはようございます、メルフィーナ様、公爵様。朝ごはん、作っておきましたよ!」

「ありがとうエド。早起きをさせてしまって、ごめんなさいね」

「いえ、いつもこれくらいの時間です。仕込みが短かったので、簡単なものになってしまいましたが」

「嬉しいわ。ありがとう」


 エドは照れくさそうに笑い、手にしていたバスケットはアレクシスが持ってくれた。


「楽しんできてください。ええと、デート、でしたっけ」


 二人で出かけるのに、逢引きという言葉はどうにもしっくりこなくて、デートだと言っているうちに領主邸の中ではその単語が認知されるようになってしまった。それはそれでなんだか恥ずかしい気もしてしまう。


「ええ、行ってくるわ」


 玄関から外に出ると、すでに馬車は用意されていた。アレクシスのエスコートで乗り込み、明り取りの窓から外を覗く。


「マリー、セドリック、後はお願いね」

「はい、お気をつけて、楽しんできてください」

「どうぞ、留守はお任せを」


 二人がそう答えると、馬車がゆっくりと動き出す。


 普段ならばようやく起き出して、寒さに震えながら顔を洗っているような、そんな時間だ。けれど少しも眠気は感じなくて、並んで座るアレクシスにそっと体を寄せる。


「寒くないか?」

「いえ……暖かいわ」


 最近は二人きりになることも多かったけれど、馬車の小さな密室の中というのは、初めてだ。


 温室で二人で過ごすより、距離が自然と近い分、とても親密な気持ちになってしまう。


「ふふ、どうしよう、もう楽しいわ」


 くすくすと笑うと、アレクシスに肩を抱かれる。キスをされるかなと思ったけれど、軽く頬を寄せられただけだった。


「私もだ」

「え?」

「こうしているだけでも……浮かれたような気分になってしまう」


 囁くように言われて、アレクシスでもデートに浮かれたりするのかと思って。


「楽しみましょうね。今日はずっと、二人きりだもの」


 そう囁き返して、メルフィーナの方から軽く口づけてみたものの、後ほんの少し触れるだけで不謹慎なことになってしまいそうで、その後朝食のバスケットを開くまで、口を開くことも出来ずに寄り添い合ったままだった。



連休中、留守にするので更新もお休みになります。15日から再開できると思います。

皆様も良い連休をお過ごしください。


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