444.聖なる魔石の製作
マリーとセドリック、アレクシスを伴って団欒室に入ると、すでにマリアとオーギュスト、ユリウス、コーネリアが揃っていて、小さな箱の前でマリアが難し気な表情を浮かべているところだった。
「あら、もう始めてしまった?」
「ううん、魔石のサイズについて、ユリウスから色々聞いてたところだよ」
マリアの向かいに腰を下ろし、彼女の前で蓋を開かれた箱をメルフィーナは覗き込む。
箱の中身は先日ソアラソンヌから届いたばかりの、縦三列、横二列に並んだ計六個の魔石である。魔石もある意味天然のものなので、それぞれが少しずつサイズが違っているけれど、形はどれも誂えたように同じだった。
全て取り出した後浄化したままの空の魔石で、ここにそれぞれの属性の魔法を込めることで火の魔石や水の魔石として利用することができるようになる。
大抵の魔石は魔物から取り出されると神殿に収められて浄化され、すぐに属性付きに加工して販売され、中の魔力を使い切ると再び魔力を充填して再利用されるので、空の魔石を手に入れるのはオルドランド家を通しても少し時間が必要だった。
「以前、氷の魔石をたくさんくれたことがあったけれど、あれにはアレクシスが魔力を入れてくれたのよね?」
「ああ、私の魔力は使い道がないからな。それに、手に入りにくいだけで空の魔石の方が安価だ」
「今でも地下室で便利に使わせてもらっているわ」
手を伸ばして、魔石をひとつ、とりあげてみる。見た目は小さくて少し濁りのある水晶のようで、先日見たプルイーナの魔石と比べるとずっと小さい。うっかり手を滑らせて絨毯の上に落としたら、見つけるのは手間がかかりそうだ。
「これに火の魔力を込めたら、十年くらいは使えるっていうの、コスパ良すぎじゃない? その分高いみたいだけど、ほとんどは魔石本体の値段みたいだし」
「魔物から採れるものだから、絶対数が少ないのよね。人工で作れるものでもないでしょうし」
領主邸でも一度火の魔石の魔力が切れたことがあるけれど、魔力の充填自体は新しく火の魔石を買うよりずっと安価だと聞いたことがある。何度再利用できるかはその魔石の強度次第なのだろうけれど、一度の充填でかなり長い期間使うことができることを考えれば、世代を跨いだ財産といえるだろう。
「人工魔石に関しては、象牙の塔でも長年研究はしていますが、難しいですね。ある程度以上の大きさの魔石を抱えている魔物というのは、一体でもかなりの脅威なので。一番多く「産出」されるのが四つ星の魔物の眷属で、全体の七割ほどはそうだと思います。とりわけ、プルイーナの眷属の魔石はその中でもかなり大きな割合を占めていましたね」
「そんなに? ……あの、もしかして、プルイーナが出なくなったことで、魔石の供給って」
「相当滞ると思いますよ。今年はともかく、来年以降からは魔石の価格も上昇するでしょうし」
プルイーナの魔石は神殿に納めていたというけれど、その眷属であるサスーリカも魔石を持っていて、これはオルドランド家の取り分となるらしい。
何しろ一度に百匹ほどが出るというのだ、その全てから魔石が採れるとすれば、市場にとってかなり大きなウエイトを占めることになるだろう。
これは、魔石の供給はオルドランド家を介したサスーリカの魔石があることを前提にしていると言っても過言ではない数だ。
――魔石がいくら高価とは言っても、人の命に贖えるほどのものではないでしょうけれど。
遠征のための物資や食糧の確保、冬の城のメンテナンスや負傷、死亡した騎士や兵士の家族への補償も含めれば、到底サスーリカから採れる魔石を定期収入だと思うのは難しいだろう。
「四つ星の魔物は、放置しておけば人の住めない土地が広がり続ける恐ろしい魔物だったのだから、出ないに越したことはないわよ」
「うん……」
「魔石の道具は高価で、そのほとんどは裕福な商人や貴族が独占しているわ。供給が滞ってもすぐに社会全体が困るものでもないし、魔石が完全にこの世から消えてしまって、多少不便になったとしても、人は代替法を見つけ、代わりの道具もいずれ発明されると思うわよ」
複雑そうな表情を浮かべるマリアにフォローを入れる。
確かに魔石を利用した道具は、とても便利なものだ。安全に火や光、水を利用することが出来て、一部の道具は前世の家電よりも利便性が高いくらいかもしれない。
水の魔石や火の魔石がひとつあるだけで、旅がどれほど楽になるのか、その利便性は計り知れない。水場を計算せずに隊列を組むことが出来れば移動の速度は大幅にアップするだろうし、当てにしていた水場が涸れていて隊商が全滅するという悲劇を免れることもできる。
魔物は恐ろしい存在で、四つ星の魔物の討伐に関わる人々に多くの悲劇をもたらしたけれど、一方で魔石が多くの命を救い人の暮らしの快適さを底上げしてきたことも事実だろう。
どちらがより良く、素晴らしいかはメルフィーナにも判断は出来ない。
だから結局は、人の命に代わる価値などないという自分の価値観を信じるだけである。
「とりあえず、今日はレディが考案した潜性の魔力を込めた魔石――長いのでここでは聖魔石と呼ぶことにしますが――を作製してみましょう。どの程度の大きさでどれくらいの効果があるのか、魔力過多にはどの程度の範囲で効果があるのか、身に帯びているだけでいいのか、それとも肌に直接触れている方がよいのか、なにか道具を通す必要があるのか。他の属性の魔石のように長く使うことができるかについても検証が必要ですし、そもそも聖魔石をスムーズに作ることができるかどうかも調べなければいけませんしね!」
何もかもが初めての試みである。思いつくことは全て試してみたい気持ちもあるし、かといって拙速になることがないよう慎重に事を進めていかねばならないと自分を戒める気持ちもある。
そんなメルフィーナとは対照的に、久しぶりの新作の実験ということもあってだろう、ユリウスは目を輝かせて待ちきれないという様子だ。手にしていた魔石を元の位置に戻して、メルフィーナも頷く。
「マリア、お願いできる?」
「うん、やってみるね」
気を取り直したように頷いて、マリアは指を迷わせ、ひとまず一番小さな魔石を指先で摘み上げた。
豆粒ほどの魔石は目立たず軽いし、アクセサリーに加工してもそう目立つことはないだろう。傍に置くだけでいいなら、指輪の内側に魔石を埋め込んで、妊娠中にその指輪を嵌めてもらうという方法も取れるかもしれない。
「うーん……魔力~~入れ~~!」
魔石を手のひらに置いて、その上からもう片方の手で蓋をするように覆い、マリアは唸るように唱えた。少し長くなった黒髪が、風でふわふわと逆立っている。
――ピシリ。
その場にいる誰もが自然と息を殺して成り行きを見守っていたため、とても静かだったので、その乾いた音はやけに大きく響いて聞こえた。
「あ」
マリアが小さく声を上げ、顔を上げてメルフィーナを見、それからゆっくりと、蓋をしていた手を持ち上げる。
「………」
「割れてしまっているわね」
マリアの手のひらの上、少し濁った小さな魔石は、真ん中から見事に真っ二つになっていた。




