表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

441/575

441.魔力過多と後遺症

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 すう、と一呼吸置き、膝の上で軽く手を握る。


 緊張でほんの僅か、湿っていることに苦笑してカップを取り上げ中身を飲み干した。


「これはたとえば、だけれど、荒野のオアシスに潜性の魔力を込めた魔石を安置して、周辺が常に潜性の魔力の影響を受ける土地にしたとしたら、どうかしら。泉の水を浴びたり飲んだりすることで妊娠による魔力過多を癒すための施設を傍に置いて、出産まではそこに滞在できるようにするの。最初は希望者に声を掛ける形で、小規模なものになると思うけれど」


 命に関わる問題だ。後がない、切羽詰まった者の一縷の望みに臨床を持ち出すのは、メルフィーナとしても気が引ける。

 医療倫理という言葉は萌芽すらないこの世界で、その折り合いをどうつけていくかも、これからの大きな課題になるだろう。


「それこそ、泉――オアシスですか、の水を求めて、商人たちが押し掛けることになるでしょうね」

「荒野が今の状態なら、来るでしょうね。商人というのは利益のためなら大陸を横断し大海を渡り、生身で空すら飛びかねない、そんな生き物ですから」


 マリーとオーギュストがぽつりぽつりと言い合うのに、メルフィーナも頷く。


 人が滞在するということは、食事や物資などの供給が発生するということだ。どうしてもそれを扱う商人とは無縁ではいられないし、そして商人にとって情報とは血肉のように流れるものだ。


 管理しているオルドランド家が関係者以外は立ち入ることまかりならずと触れを出しても、そう遠からず、漏れるところから漏れるだろう。


「今でも荒野に続く街道の管理は公爵家がしているそうだけれど、ある程度の規模になることを見越して、オアシス周辺を囲う形で城壁を造って、完璧に支配したほうがいいかもしれないわね」

「それなら、実際に稼働するまでは、罪人の流刑地になると噂でも流しておくのがいいかもしれません。実際地の果てみたいなところでしたし。それ以降は利用者の名誉のために、保養地であると改める必要はありますが」


 保養地という名目はいいかもしれないと頷く。


「それから、私は魔力過多で後遺症が残った人を見たことはないから教えてほしいの。……この後遺症は、時間の経過とともに緩和したり、完治するということはあるのかしら」


 メルフィーナの言葉に、マリーが軽く頭を横に振る。


「私が知る限りでは、一度魔力過多の影響が出ると、それが治るということは、ないように思います」

「そうですね。北部の貴族だとあまりにひどい場合、別荘で静養という名目で幽閉することも多いですが、一度なってしまったら酷くなることも、良くなることもないそうです」


 その言葉に、慎重に考えをまとめる。

 ここにいるのは、セドリック、マリア、コーネリアを除けば本人か身内がこの問題と関わってきた人たちだ。


 踏み込まずに話すことは出来ないけれど、彼らの傷をいたずらにつつくような真似はしたくない。


「ユリウス様。魔力が強い個体で、心臓以外の臓器が魔石に変化することはあるのでしょうか。――ユリウス様?」

「あ、ええ、そうですね」


 それまで黙っていたユリウスが、水を向けられてゆっくりと顔を上げる。ぼんやりとした表情をしていたけれど、パチパチと瞬きをして、それから頷いた。


「象牙の塔で、高い魔力に曝した実験用の小動物が死んだ後で解剖したことがあります。七割ほどは衰弱死でしたが、二割は心臓に何らかの問題が出ていました。残り一割が、それ以外の部分、位置はまちまちですが、内臓に心臓と同じような肥大や硬質化が見られました」

「肥大や硬質化が進むと、魔石に変わる、という理解でいいのでしょうか」

「断言はできません。魔物を解剖すれば確実に魔石は心臓の位置ですので、そうだとしても他の部位では魔石になることができないのでしょう」

「メルフィーナ、何が知りたいんだ」


 唇に指を当てて考え込んでいると、アレクシスが静かな声で尋ねて来る。


「我々に気遣う必要はない。それは、北部の将来のために大切な話なのだろう?」

「ええ……。魔力過多の後遺症について、そもそもなぜ後遺症が残るのかというのが不思議だったの」


 魔力が強い者は、相応に肉体が強い魔力耐性を持っているものだ。それが弱い者が強い魔力に曝されたときに起きるのが魔力過多であり、それが続くと心や体に悪い影響が出てしまう。


 そして、魔力の強い者同士では子供が出来にくい。魔力耐性の強い男性が必要である北部にとって、魔力の弱い女性との間に子供を作り続けることが「北部の問題」の根幹だ。


「小さな傷は清潔にしておけば自然と治るし、悪い風が入って熱が出ても、安静にしていればいずれ熱も下がるように、人間の肉体には、元に戻ろうとし続ける力があるわ。それなのに、魔力過多の後遺症は良くなることも悪くなることもないなんて、おかしいと思ってね」

「レディは、子供が生まれた後も母親の体の中に何らかの魔力の供給源が残ってしまい、それによって魔力過多の症状が出続けているのが後遺症の正体だと思っているのですね」


 ユリウスにはメルフィーナの想像が理解できるらしい。正確に言い当てられて、頷く。


 かつてアルファと呼ばれる人狼は、マリアに浄化されれば自分は死ぬだけだと言った。

 心臓が魔石となって、体に魔力を流し続けることで生き永らえさせているのだと。


「魔石化まではしていなくても、臓器や肉体のどこかにそれに近い状態のものが出来てしまったとしたら、元々肉体の耐性が低い人は、ずっと魔力過多の状態が続くのかもしれません。そしてマリアがユリウス様を起こすことが出来て、今の元気なユリウス様を見る限り、同じことが出来るのではないかと思うの」


 勿論、これも今はただの希望的観測でしかない。


 ちょっとした風邪から菌が入って手足が麻痺したり、脳症を起こして後遺症が残れば、風邪が治っても元の機能を取り戻すことは難しいこともある。


 魔力過多も、もしかしたらそうした症状のひとつである可能性だって十分にある。

 けれど、もしも母親の肉体の中に何らかの魔力供給源が残ってしまっている状態だったとしたら、潜性の魔力が満ちた場所で過ごせば、肉体の恒常性が勝利し、体内からその供給源を消失させることも出来るかもしれない。


 研究が進めば、その供給源を外科手術で取り除いたり、いずれはもっと簡単な方法だって見つかるかも。


 出来るかもしれない。

 駄目かもしれない。


 今は全てただの予想であり、可能性だ。


「修道院に預けたり別荘に幽閉するくらいなら、保養地でのんびり過ごさせるという選択もあると思うの。それで、静養したら回復したから戻ってきたって形に出来たら、とてもいいと思わない? それなら貴族や騎士階級の家の面目だって――アレクシス?」


 隣を振り返ると、アレクシスが俯き、片手で目元を押さえていた。

 テーブルの角を挟んでその横に座っているマリーに至っては、両手で顔を覆い、肩を震わせていた。


「マリー、どうしたの?」

「いえ、いいえ……」


 マリーは首を振って、震える声で、顔を上げないまま、言った。


「あと二十年早く、メルフィーナ様がこの世界に生まれてくださっていたら……母は、無事でいられたかもしれません。せめて亡くなる前に、これが分かっていれば」

「マリー……」


 マリーが指で涙を拭くのにハンカチを差し出すと、目元を押さえて、ゆっくりと顔を上げる。


「でも、そうしたら弟だって生まれることはありませんでした。――辛いことが多かったけれど、嬉しいことも、出会えて良かった人も、たくさんいましたし、それに、これから北部がどんどんよくなっていくのを、メルフィーナ様の傍で見ていくことが出来ます」


 マリーは涙を拭いて、いつものかすかに微笑むようなものとは違う、不器用に口角を上げた笑みを作った。


「昔、言いましたよね、メルフィーナ様。やりたいことを全部やって、みんなで幸せになろうって」

「まだ、エンカー地方に来たばかりの頃ね」

「はい。あの時はまだ、私やセドリック卿や、領主邸のみんなのような小さな範囲だと思っていましたけど――ふふ、本当にメルフィーナ様は、みんなを幸せにする、光のような方でした」

「マリーったら。今言ったことは、私ひとりじゃどうにもならないことばかりよ」

「光は、そこにあるだけでいいんです。暗闇の中では、人は前に進むことは出来ないんですから」


 マリーがメルフィーナに贔屓的であるのは今に始まったことでもないけれど、流石に頬が熱くなってくる。


「アレクシス。あなたは、大丈夫?」

「ああ。――君の意図は解った。ヘルマンとその妻については、君に任せよう。独断でここに来たことは完全に隠蔽することは難しいが、当面は謹慎による蟄居という形にすればいい」


 そう言って、僅かに目元を赤くして、アレクシスはため息を吐くように言った。


「いずれ慶事の折にでも、恩赦を与えればいいだろう。そうだな、公爵家に、新しい家族を迎える時にでも」


 その言葉にぱちぱちと瞬いて、それから頬が火の点いたように熱くなる。


 君主の結婚や新しい子供の誕生は慶事として大々的に祝われ、一般にも食事やエールが振る舞われる一方、犯罪者や君主の不興を買い没落した者への恩赦という形で表されることもある。


 時には斬首刑すら流刑に減じるほど、恩赦は強力なカードだ。なるほど、それならヘルマンの行いを無効にすることも可能だろう。


「そ、そうね。まあ、その話も後にしましょう」


 親しい人しかいない場であったとしても、皆の前でそんなことを言われるとは思っていなかった。


「メルフィーナ、早めに話し合った方がいいと思うよ」


 マリアの至極もっともな言葉に頷いて、今度はメルフィーナが両手で顔を覆い、肩を震わせる番だった。


年内にここまでは書いておきたかったのですが、ままならずでした。

少し回復してきましたが、もう少し更新が不安定になるかもしれません。

出来るだけ早く通常に戻れるようにいたします。

お気遣いのコメント、メッセージをありがとうございます。

皆様も体調に気を付けてお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版

i1016378



コミカライズ

i1016394


捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

i924606



i1016419
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ