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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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435.神殿の疑惑と元神官の願い

 しばらく、重たい沈黙があった。


 神殿と教会は、この世界において医療と冠婚葬祭の多くを担っている重要な機関だ。戦争を禁じる以外の政治への介入はほとんどしない一方で、修道院の運営と慈善活動の取りまとめをし、子女の一部が修道院に入ることも珍しくないことから、貴族との結びつきも強い。


 メルフィーナも、王都にいた頃はクロフォード家の慈善活動の一環として神殿の経営している孤児院に定期的に顔を出していたし、嫁いだことで疎遠になってしまったものの、顔見知りの修道女や神官も何人かいた。


 貴族の中には神官や神父を主治医代わりに呼び出しては秘密や相談を打ち明け、個人的な友人のように扱う者も多いと聞く。見栄と誇りでがんじがらめの貴族にとって、世俗から離れた立場である彼らは良き友人として扱いやすいということもあるのだろう。


 その神殿と真っ向から事を構える。それがどれほど大きな影響を及ぼすことになるのか、今の時点では想像も出来ない。


「勿論、明日神殿に乗り込むような真似はしない。この分だと他の四つ星の魔物の存在も随分ときな臭い。向こう一年は各地の大領主と秘密裏に接触し、魔物の発生地の調査を行うことになるだろう」

「東西南北の大領主が手を組めば、フランチェスカ王国から神殿を放逐することも出来るかもしれないわね」

「少なくとも、今持っている権利の大部分は手放して組織の再編を行うのは確定となるだろう。長い間、神殿と教会の内部については王侯貴族でも触れてはならない特権に守られてきたからな。いい機会だ、膿は全て出させてもらう」


 アレクシスの声はあくまで落ち着いたものだ。


 けれど、そこに宿る怒りに気圧される。そばにいるだけでこうなのだ、その怒りが自分に向けられたらと想像するだけでヒヤリとする。


「コーネリア。神殿にいた身として、何か思い当たることはないか? 今思うと奇妙だと思った動きや、指示なんかはなかったのか?」

「そうですね……」


 オーギュストの問いに、それまで呆然としていたコーネリアがゆっくりと顔を上げる。金色がかった茶色の瞳が、どこに視点を当てていいのか迷うように揺れていた。


「わたしが所属していた神殿は、西区の小さなところでしたし、特に特別な指示はなかったと思います。荒野の討伐に赴いたことも何度かありますが、一行について荒野に向かい、陣に控えて怪我人が出たら癒すのが仕事でした。他にも、色々な治療院を回って多くの現場に携わりましたが、その土地に何か特別な噂などが流れている場合は報告を行うということ以外、特別な指令を受けたこともありません」

「特別な噂って、例えば?」

「人や家畜、作物の病の流行ですとか、目立つ犯罪が多発している、代官の不正の流言が広まり、民衆の不満が目に見えて高まっているとか、そのような話です。神殿は手紙を届ける事業も行っていますし、そのような報告は王都の大神殿に集約され、大きな異変に備えるのだと教えられました」


 コーネリアが神殿を出奔したそもそもの理由も、メルフィーナの傍に侍り、身の回りのことを探るよう指示があったからだと言っていた。


 ここ数年のエンカー地方の変化は、なるほど異変と言っても過言ではないだろう。コーネリアがエンカー地方を訪れる直前に彼女が所属していた西区の神殿と多少のトラブルがあったこともあり、メルフィーナも神殿の動きを警戒していた時期だ。


 すでに顔見知りで、個人的に好感を持って手紙のやりとりをしていた彼女に、そうした命令が下されたのも、ある意味当たり前だったのかもしれない。


「わたしに、信仰心にやや問題があることはおそらくバレていましたので、何か特殊な事情があったとしても、伝えられることはなかったかもしれません。伝えられていたとしても、何かが出来たとも思えません。わたしでは、あの水場にたどり着くことも出来なかったわけですし」


 コーネリアがオアシスの前で魔力の濃さに耐えきれずに進めなくなったことは聞いていた。


 冷たい強い風が吹き続ける不毛の荒野で、オアシスに近づくほど魔力汚染が濃くなっていくと聞いている。


 かつてのメルフィーナならば、陣と呼ばれている前線基地に滞在できたかも怪しいだろう。


「神殿が毎年、討伐の度に回収されていた魔石をオアシスに戻していたとしたら、よほど強い耐性を持った人がそうしていたはずだよね」

「それこそ、大神官ベロニカとか?」


 マリアの言葉に、思ったことがポロリと口からこぼれてしまった。しまったと思ったものの、一度口からこぼれた言葉を拾って呑み込むことは出来ない。


 神殿のトップである大神官ベロニカは、ユリウスと並ぶ強い魔力とその耐性を持ったハートの国のマリアにおける攻略対象の一人だ。


 神職にいるせいか、ゲームの中ではセレーネと違い、魔力過多による問題を抱えている様子はみられなかった。


「ユリウスがオアシスまで行けるなら、ベロニカも行けると思うけど、でも、なんでそんなことをする必要があったんだろう」

「堂々巡りね。そもそも非常に怪しいというだけで、本当にそうしていたのか今のところ確たる証拠はないのだもの。結局、真実を知るには審問をするしかないのだと思うわ」


 メルフィーナとしても、出来ることならば神殿が潔白であってくれれば、それに越したことはないと思っている。


「本当に、プルイーナの毎年の発生に神殿が関わっていたのだとしたら、閣下に、北部の人々に、どう申し開きをしても許されるものではないと思います。神殿という存在そのものが許せずとも当然ですし、大神官ベロニカ様以下、全ての神官や修道女、その見習いたちも連座で、荒野に首を並べられても、文句が言えることではありません」

「コーネリア……」


 コーネリアは何かを言いかけて、唇をぐっと引き締める。


 大抵のことはあまり深く考えないうちに過ぎていくのだと、かつて彼女自身が言っていたことがある。実際、コーネリアが何かに耐えるような表情をするのを、初めて見た。


 何か声を掛けてやりたいと思う。けれど、今のコーネリアの気持ちが明らかになりつつある残酷な現実の前に、どう受け止められるかも分からない。


「ここは内輪の場だ。言いたいことがあるなら、心のままに言えばいい」


 どうすればいいのか迷っているメルフィーナの隣で、アレクシスが思いのほかあっさりと、そう水を向けたことに驚いて、思わず隣を見る。


「――どうした?」

「いえ、なんでもないの」


 あの、人の話を頭から聞こうとしなかった人が自分から話せばいいと言い出すとは思わなかったし、自分では言えなかったその言葉をアレクシスが言ってくれたことが嬉しかった。


 けれどそれは、それこそもっと私的な場で伝えればいいだろう。


「コーネリア。言いたいことがあるなら、言った方がいいわ。気持ちは隠していたって、消えてなくなるものではないから」


 コーネリアは頷くと、重たそうに口を開き、何度か言葉を選ぶように声を出しかけては引っ込めて、それからようやく、話し出した。


「神殿の全てが、北部を裏切っているわけではないのだと、思います。治療院に勤める神官たちは皆真面目に傷ついた者を癒そうとしていますし、日々真面目に修行をして暮らしています。……貴族の家から修道院に移動したばかりの少女たちも、家から捨てられて、蹲って泣きながら、必死で自分の居場所を見つけようとしている子たちばかりです」


 神殿や修道院はその門を閉ざし、内部のことは内側にいる者にしか分からない。


 そこに馴染めず危険と分かっていても外の仕事にばかり志願していたのだというコーネリアだが、かつて「内側」にいた者として、言わずにはいられない様子だった。


「もし神殿が本当に四つ星の魔物の発生に関わっていて、それが広まれば、誰もが神殿はただ邪悪な組織であったと思うようになるでしょう。報いは受けるべきです。神殿にいた身としてその時が来たら、わたしも甘んじて罰を受ける覚悟もあります。けれど……誰かに、皆様にだけでも、それを覚えていて欲しくて」

「コーネリア」


 マリアが立ち上がり、コーネリアの僅かに空いたソファの隣に強引に座って、その肩に両腕を回して抱きしめた。


「私は連座なんて考え方、嫌いだよ! この世界には、必要があるのかもしれないけど、それでも絶対好きになれない!」

「いえ、あの……」

「コーネリアはたくさん私を助けてくれた! メルフィーナと同じで、心を支えてくれた! コーネリアがいなければ荒野にたどり着く前に心が折れていたかもしれないし、浄化も出来なかったかもしれない。罰に連座があるなら、恩に連座があってもいいと思う!」


 マリアの言葉は真っすぐで、彼女の感情がそのままあふれ出したようなものだ。

 だからこそ、強くそう思っているのが伝わってくる。


「これまで神殿に、助けられた人たちだってたくさんいたんでしょう。一部の人がやったことでみんなが一方的に悪者にされて、その人たちまで罰を受けるなんて、そんなの駄目だよ。きっと、傷つく人が沢山いるよ」


 コーネリアにしがみついたままどんどん涙声になっていくマリアをゆっくりと抱き返し、コーネリアは静かにまぶたを下ろした。


「マリア様……」


 ため息のような声には、彼女の中に眠る複雑な感情の全てが込められているようだった。


「いやあ、これは相当、慎重に事に当たる必要が出てきましたね、閣下」

「うるさい」

「いっそ何も聞かずに薙ぎ払ったほうが、心情的には楽だったのでは?」

「黙れ」


 機嫌の悪そうなアレクシスの返事にも、まるで堪えた様子のないオーギュストの前に置かれたカップに、マリーがポットに残った紅茶を全て注いでしまう。


 ちょうどカップの縁からこぼれる直前の量だけ残っていたお茶は明らかに色が濃くて、大分渋くなっていそうだ。


「マリー様……」

「メルフィーナ様、新しいお茶を淹れてきます。少し小休止を取った方が良さそうですし、そろそろいい匂いもしてきました」

「ええ、エドの焼き菓子が焼き上がった頃ね」


 メルフィーナも笑って、それに頷く。


「アレクシス、新しいお菓子を紹介するわ。きっとあなたも気に入ると思うから」


 積もる話は始まったばかりだというのに、もう数日分のカロリーを使った気分だ。

 糖分を摂って、お茶を飲んで、少し落ち着くのが良いだろう。


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