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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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434.魔石と浄化と神殿の話

 普段仕事をしている時に過ごすことが多い執務室ではあるけれど、主であるメルフィーナを筆頭に秘書のマリー、セドリック、マリアにオーギュスト、コーネリアとユリウスに加え、アレクシスと揃うとさすがに手狭に感じられた。


 特に男性陣は全員背が高く一人でもそれなりに嵩張るので、セドリックとオーギュストは自分たちは立ったままでいいと言われたけれど、別室からソファを運び入れて腰を下ろしてもらう。


 それなりに深刻な話になる。文字通り腰を据えて、時々お茶で唇を潤しながらのほうが集中して話をすることが出来るだろう。


「まずは、改めて遠征お疲れ様、アレクシス。今年はプルイーナが出現しなかったと聞いたけれど、何か他に変わりはなかったかしら」


 アレクシスの一行がソアラソンヌから発つ前に放たれた先触れからも、プルイーナ討伐の簡単な概要は聞いていた。アレクシスも承知しているのだろう、メルフィーナの言葉にしっかりと頷く。


「ああ、それについてまず、話をさせてくれ」


 そう言って、腰に提げた小物入れから出した小箱は、彼の大きな手にすっぽりと収まる程度だ。麻の紐で何重にも厳重に結ばれているのが、何だか禍々しく感じられる。


「ここに、浄化されていない魔石が入っている。メルフィーナ、君はこの中で最も魔力の耐性が低い。聖女に魔石の浄化を願うまで、外に出ていた方がいいかもしれない」


 ぱちぱちと瞬きをした後、首を横に振る。アレクシスの話の腰を折りたくないので耐性がどうにかなったことについては、また後で話せばいい。


「大丈夫よ。気持ち悪くなったら、すぐに席を外すから」

「では、凝視しないように気を付けてくれ」


 そう注意をすると、アレクシスは慎重に紐を解いて、蓋を開ける。


 途端、魔力の圧力が風になって体にぶつかってきたように感じられた。


「今年は拝めないかと思っていましたが、プルイーナの魔石ですね」


 重たげな声でオーギュストが呟く。コーネリアはじっと見つめたあと、すぐに視線をそらし、細く息を吐いた。マリアとユリウスは身を乗り出して、アレクシスの持つ小箱の中身を覗き込んでいる。


「これがプルイーナの魔石なんだ。思ったより小さいんだね」

「これでも通常の魔石の何倍も大きいんですよ聖女様。いやあ、火の魔石は充填するとかなり長い期間使えますが、このサイズだとどれくらい持つんでしょうね。出力も高そうだ」


 二人とも耐性が高いことと、好奇心の方が先に立つらしく声は僅かに弾んでいる。対照的に、マリーとオーギュスト、セドリックは複雑そうな硬い表情のままだった。


「アレクシス。この魔石は、オアシスで見つかったものなの?」

「ああ、報せのあった荒野の奥にある泉の中に沈んでいた。例年より魔力の濃度が濃く、いつ魔物化してもおかしくない状態だったので持ち運ぶかどうか随分迷ったが、放っておけば風が止み、浄化された泉が再び深刻な魔力に汚染されるのが目に見えていたからな」

「私を呼び出しても良かったのに」

「周囲に神殿の私兵が潜んでいた。オルドランド家の騎士が後れを取ることはないが、万が一にでも聖女に何か起きたら、申し訳が立たない」


 アレクシスが硬い声でいい、マリアは唇をぎゅっと引き締める。


「……神殿の妨害があったの?」

「妨害というほどのことでもない。ただ荒野に騎士を残すこと、荒野の探索をすることに反対し、最後には捜索に神殿の人間も関わると言い出しただけだ。最後の提案を断った後、神殿の人間が荒野の関所周辺を徘徊していたので、不審者として数名捕らえて牢に放り込んできた」

「……それって、後で何か問題にならない?」

「この季節に荒野の周辺にいる人間に、まともな目的などないだろう。統治者として当然の対応をしただけだ」


 騎士二人が率いる隊を残して討伐隊そのものは引き上げることになったそうだが、そうした動きを受けてアレクシス自身も荒野に残り、探索にも参加したらしい。


 公爵自らが行うことではないだろうと思うけれど、神殿の動きもあって、この魔石を回収し損ねていたら、また別の問題が起きた可能性もある。


 真円を描く白く濁った魔石を眺めて、メルフィーナは眉を寄せる。


「これを証拠に、神殿に奉じたはずの魔石が荒野に戻っていた、とまでは言えないわね」


 これほど大きな魔石が他にあるものかと思うけれど、反面、魔石に名前が書かれているわけでもない。神殿がプルイーナの発生に関与していたという証拠にするには、少々分が悪いだろう。


「これまで延々と渡してきた魔石を見せろと要求することは出来ますが、まず間違いなく拒絶されるか、あるいはすでに模造品を用意している可能性もありますね。ぱっと見は濁った水晶みたいなものですし、魔力を取り除いたと言われれば難しいかも」

「「鑑定」持ちはそれなりの数がいるけれど、魔石の鑑定結果は読み解けないものね……本当に、うまく出来ているわ」


 人間と魔石だけはなぜか日本語、こちらでは神聖言語と呼ばれる文字で表示される。メルフィーナとマリアには本物か模造品かすぐに分かるし、コーネリアとユリウスもある程度は読み解けるけれど、全ての人に明らかに示すことができる結果とは言い難い。


 けれど、もし代々のプルイーナがこのひとつの魔石から発生していたのだとしたら、これを押さえたことには大きな意味がある。


 少なくとも北部は、プルイーナという最大の脅威から解放されたことになるのだから。


「あの、一応軽く浄化しとこうか? 領主邸には他に人もたくさんいるし、ちょっと危なくない?」

「そうだな、頼まれてくれるか?」

「聖女様、もう少し観察させてください!」


 ユリウスの言葉を無視して、マリアはじっと小箱の中身を見つめる。執務室の中に風がびゅうびゅうと吹き荒れて、髪を押さえて目を閉じる。


 それが収まった時には、小箱の魔石は完全に透明な石に変わっていた。


「ああ……」

「この状態なら安全だろう。目がくらまない程度に、好きに観察するといい」


 アレクシスに魔石を手渡されユリウスはがっかり半分喜び半分という様子で魔石をつまみ上げ、天井にかざして矯めつ眇めつしている。


「この件について、オルドランド家は……いや、北部は、神殿に抗議と釈明を要求するつもりだ。場合によっては全面戦争も辞さない構えになるだろう」


 ふっと、あまり良くない笑みを浮かべて、唇を湿らせるようにお茶に口を付ける。


「私闘と戦争を禁じている連中が、自ら火種を放つことになるとは、皮肉な話だ」

「……この件は、どこまで伝わっているの?」

「魔石を見つけた二つの部隊の騎士と兵士たち、あとは私が連れていた騎士一人だ。全員に箝口令を敷いてきたが、思うところはあるだろうな」


 プルイーナが現れず、プルイーナの魔石が荒野から見つかった。事実としてはそれだけだ。


 例年より発生が遅かったにしても、魔物になりかけの生き物がいたならともかく、魔石だけがそこに転がっているのは明らかに不自然な状態である。戦いに参加し続けてきた騎士や兵士ならば、様々な可能性を考えているはずだ。


「神殿と、敵対してもいいの? 今後は彼らの協力を得られなくなるかもしれないし、神殿と事を構えることで教会からも治療を拒絶される可能性だってあるのに」

「それでも、見て見ぬふりをすることは出来ない。……私の父も、弟も、祖父も、多くの血族がサスーリカに食われ、プルイーナに弾き飛ばされて荒野に血を染みこませて果てていった。これを看過すれば、代々のオルドランド家の男たちと、それを支えた女たち、それに追従した騎士の家系の献身に背くことになる」


 いつもどこか冷たく人を突き放しているような印象の強いアレクシスの声に、熱がこもる。


 この人は、決して冷たい人じゃない。


 燃え滾る苛烈さを、厚い氷の中に閉じ込めて自分を律しようとしている、そんな人だ。


 その抑えが、外れかけている。


 その気配にごくりと、無意識に喉が鳴った。


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