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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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426.魔力過多の治癒と公爵夫人の囁き

 方針が決まったなら急いだほうがいいというコーネリアの言葉に、その足でヘルマンの妻、ナターリエを休ませている領主邸と通路で繋がっている別館の客室に向かうことになった。


 成人し、かつ既婚者でもある女性の寝室である。是非付いていきたいと言うユリウスは、後できちんと報告すると約束してなんとか本館に置いてきて、セドリックとオーギュストはドアの前で待っていてもらい、コーネリアと共にマリアとマリーと四人で室内に入る。


 ベッドと休憩用のソファにクロゼットがあるだけの簡素な客間だが、今は大きな火鉢が二つ置かれていて、中はかなり暖かい。


「アンナ、お疲れ様。こんな時間まで残ってもらってごめんなさいね」


 ベッドのそばに置いた椅子に座ってナターリエについていたアンナが立ち上がり、礼を執る。領主邸に勤め始めた頃は元気さが目立っていたけれど、彼女も随分落ち着いた振る舞いをするようになった。


「私は大丈夫です。家にも使いを出してもらいましたし」

「もう遅いから、今日は領主邸に泊まっていってちょうだい」

「ありがとうございます。あの、火鉢、ナターリエ様が寒いとおっしゃるので物置きから兵士さんに運んでもらいました。勝手なことをして申し訳ありません」

「いいのよ。気を遣ってくれてありがとう」


 本来なら客人に関することは女主人に伺いを立てるところではあるけれど、領主邸の本館内を自由に動ける者は限られているし、ナターリエを一人にしたくなかったのだろう。領主邸のメイドの中で一番の古株であるアンナがそう判断したならそれでいい。


 ベッドに横たわっているナターリエは、一目見ただけでひどく衰弱している様子だった。


 冬用の綿を入れたキルトの毛布を掛けていて分かりにくいけれど、お腹はまだそうと分かるほどには大きくない。呼吸は速く浅く、汗は出ておらず、唇は乾燥してひび割れていて、目もとが落ちくぼんでいる。

 髪は水気を失ってぱさぱさしていて、まだ若いはずなのに枯れ枝のような様子だけれど、その顔立ちにはまだどこかあどけなさが残っていた。


「眠っているのね」

「先ほどまでは起きていらしたのですが、目を開けているのも辛い様子で、目を閉じているうちにお眠りになりました」

「そうなのね。……アンナ、夕飯がまだでしょう? エドが用意してくれているはずだから、食べてきてちょうだい」

「はい。……あの、食事が終わったら、朝までナターリエ様についていてもいいですか。明日は他のメイドに交代してもらいますけど、夜中に一人にするのが心配で」


 確かに、目を離したうちに呼吸が止まっていても不思議ではない様子だった。突然来客があったかと思えばこの状態で、アンナも戸惑っているだろうに、その気遣いにふっと微笑みが漏れる。


「ありがとう。じゃあ、私たちが部屋を出る時は、呼びに行かせるわ。そう長くは掛からないと思うけれど、食事はゆっくりとしていいから」


 アンナは頷くと、何度もナターリエを振り返りながら部屋を出て行った。

 気が強くてはっきりものをいうタイプだけれど、後輩のメイドの面倒見もよく、優しい子なのだ。


「マリー、今日はもう休んでもいいのよ?」


 魔石のランプの明かりに照らされるマリーの表情は青ざめている。元々あまり感情を表に出さないけれど、今は明らかに強張っていた。


 その言葉に、マリーはゆっくりと左右に首を振る。


「いいえ、メルフィーナ様のお傍にいます。何か用があればすぐに仰せつかれますし、それに」


 私も、いつまでも逃げていたくないのです。その言葉は本当に小さなものだった。

 マリーはメルフィーナの言葉を優先してくれるけれど、意外と強情な一面もある。あまり言葉を重ねても逆効果だろうし、本当によくない様子ならば、何かしら頼みごとをして席を外してもらうことにした。


「メルフィーナ様、椅子を」

「ええ、ありがとう」


 コーネリアに言われて、先ほどまでアンナが座っていた椅子に腰を下ろす。目線が近くなるとますます衰弱ぶりがはっきりとしたナターリエの手を取る。


 その手はやせ細り骨が目立ち、ひんやりとしている。なるほど、これではとても寒いはずだ。


 あまり同情心に引きずられ過ぎないよう、気持ちを引き締めて目を閉じ、集中しながら「鑑定」を発動させる。



 ナターリエ・フォン・ヘルマン

 年齢 18歳

 身長 166cm

 体重 41キロ

 魔法属性 氷

 能力 なし

 健康状態 妊娠 魔力過多 衰弱(重症) 脱水(中度)

 配置 NPC

 更新履歴 ・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・



 見た目からも伝わっていたけれど、やはりかなり消耗が激しいようだった。一度息を深く吐いて、振り返らないままマリアに問いかける。


「マリアは、浄化の時は浄化されろ~って言葉にしているのよね?」

「うん、あんまりかっこよくないけど、他にやり方もわかんなくて。あ、前は声に出していたけど、最近は念じるだけで出来るようになったよ」


 要するに、言葉そのものにはあまり意味はないのだろう。マリアは浄化や祈りの度に複数の魔法が漏れていたし、そう念じることで発動する魔法の方向性を定めているように感じる。


 魔法は、属性さえあれば、肉体の魔力耐性が許す限り教わらずとも使うことが出来る。


 ただし、どのような形で発動させるかは個々人のイメージによるので、一番目で見て分かりやすい地魔法でも単純に穴を掘るのが得意な者もいれば、魔力を操って精巧な彫像を造ることが出来る者まで様々だ。

 マリアの魔力を「鑑定」してから分かったことがいくつかある。


 この世界の魔力とマリアの魔力は似ているようで違うこと。そして、当たり前に使いあらゆる不具合を出すこの世界の魔力は肉体と精神に悪い影響を与えること。


 さらに、メルフィーナと同じく「鑑定」を持つユリウスには、マリアの魔力を行使できない――その鑑定結果を理解できないことがすでに分かっていた。


 ユリウスの立てた、いくつかの仮説のうち、聖女の力は女性しか使えないかもしれないというものと、「才能」の固定年齢と関わりがあるのではないかというものがあった。


 「才能」はおおむね十二歳までに出現し、十六歳までに「祝福」を受けなければその後は消失していくとされている。


 マリアやメルフィーナが利用している魔力の学習にもその限界年齢が関わっている可能性があるかもしれないと、ユリウスは珍しく、少し悔し気な様子だった。


 メルフィーナがマリアの魔力を「鑑定」したのは年明け前のほんの少し前、十八の終わり頃なので、その仮説が正しいならばメルフィーナもマリアと同等の魔力の利用はできないはずだ。


 けれどメルフィーナにはあらかじめ日本の――こちらでは神の国と呼ばれる世界の言葉が頭の中に入っていて、記憶を取り戻したのは十六歳の時。つまり、神の国の言葉を正しく理解し利用するためには、それくらいの年齢が限界ではないかというのがユリウスの立てた仮説だった。


 神殿が神聖言語と呼んでいるらしい日本語をこれから習得すればユリウスにも聖女の魔力が使えるようになるのかという疑問には、ユリウスは確かではないものの、感覚的に出来ないだろうと言っていた。


 魔法属性があれば本能的にその属性の魔法が使えるのと同じように、出来ないこともまた、なんとなく理解できるらしい。


 とはいえ、メルフィーナはそこに存在するだけで広く影響を及ぼしているマリアと比べれば、出来ることはささやかだ。


 マリアがあふれ出る泉なら、メルフィーナは手押しポンプ程度だろう。


 それでもリスクなく聖女と同じ力を使うことが出来る――魔法や魔術を使えるようになり、かつ、魔力中毒になることもないのは、相当なメリットだった。


 今ならば、一度は仕方ないのだと諦めたものさえ、もしかしたら拾うことができるかもしれないという希望を抱かずにはいられないほどに。


 ――強くイメージして。


 更新履歴に集中することで魔石を浄化したことがあるけれど、マリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌの更新履歴の長さを考えると、肉体の時間を巻き戻している可能性があるのは想像できる。


 それがナターリエのお腹の子供にどう影響するか分からない。


 ――肉体の回復というより、彼女の体を蝕む魔力を、包み込んで中和するイメージで。


 手を握りながら「鑑定」を発動させたまま集中すると、不意に耳が音を拾わなくなり、周りからふっと音が消える。


 ――あ。


 あの時と同じだ。

 周りの全てが「解る」。


 後ろにいるマリーとマリア、コーネリアがどんな顔をしているのかさえ、手で触れているように理解できた。


 マリアは真剣にこちらを見ている。


 マリーは心臓の鼓動が速い。いくら室温を高くしているからといって、背中に汗をかいて、それなのにぎゅっと握った拳は冷たくなって、小さく震えていた。

 

 コーネリアは、両手を胸の位置で祈るように組んで、目を伏せている。


 掃除の行き届いた室内。魔石のランプから放たれる熱の魔力の波。そしてナターリエの体に流れる血液や微細な筋肉や内臓の動き。


 彼女が抱いている不安、恐怖、痛み、呼吸の苦しさ、義務感、覚悟といった感情の波まで伝わってくる。


 目の前の衰弱しきった女性……まだ少女と言える年頃の彼女の姿と相まって、あまりにも悲壮で、胸が痛む。


「大丈夫よ、ナターリエ」


 ナターリエは、ほんの少し何かが違っていればそうなっていただろうメルフィーナ自身だ。


 貴族の義務として、果たすべき役割として、絶望的な道をそれでも進まなければならなかった彼女の中に詰まった苦しみを、残らず取り除いてあげたい。


「きっと、全部いい方向へいくわ」


 彼女の心と体を蝕む魔力を薄め、散らし、消失させていくイメージを練りながら、こんこんと眠り続けるナターリエに語り掛けるように、囁き続けていた。


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コミカライズ

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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

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