表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

424/575

424.錬金術師の提案

「ははぁ、なるほど。厄介なことになりましたね」


 慌ただしく食事を終えたメルフィーナたちと執務室に場所を移し、エドが用意した溶けたチーズをたっぷりと載せた魚のシチューを切り分けたパンで掬い、ぱくりと口にしながらユリウスはどこかおかしそうに言う。


「確かにレディや聖女様には判断が難しいところですね。あの騎士殿もタイミングが悪い。せめてあと半刻早いか遅いか、どちらかなら少しはマシだったでしょうに」


どこか他人事のように、というか完全に他人事として話を聞き終えたユリウスは、のんびりとした口調だった。


「夕飯時に呼び出してしまって申し訳ありません。荒野に同行していたユリウス様に、妙案がないかと思いまして」

「手っ取り早いのは、監視を続けたまま公爵家に連絡して引き渡すことでしょうね。何を言われても知らぬ存ぜぬで通せば閣下が適切に「処理」すると思いますが、レディも聖女様もそれは気が進まないでしょうし」

「それはそうだよ……ヘルマン卿がそこまでひどいことをしたとは私は思わないし、それに奥さんは連れてこられただけで、それこそ何も悪くないわけだし」

「ふむ……聖女様に連座の概念を教えるのは家庭教師殿にお任せするとして、それなら選べる手はそう多くありませんね」


 スプーンからこぼれそうなチーズをおっと、と器用にくるくると回し取ってもうひと口、口に入れる。


 以前のユリウスは、食事など体が維持出来て頭が回る程度の糖分があればいいと言わんばかりだったというのに、マリアの浄化によって目を覚ましてからはきちんと食事を摂るようになった。

 それ自体は喜ばしいが、身近な人間のこと以外は基本的にどうでもよさそうな様子は相変わらずのようだった。


「ひとまず、治療を聖女様が行うのはやめておいた方がいいでしょう。荒野やどこか出先でならともかく、レディの側でそれをするのは先のことを考えると、良くないと思います」

「どういうこと?」


 不思議そうなマリアにユリウスは口角を上げて笑う。


「聖女様は戻れるものならば神の国に――この場合は元いた世界にというべきですか――に戻りたいのでしょう? ならばエンカー地方に限らず、決まった拠点で聖女として振る舞うのは避けたほうがいいです。昨日までここにくれば救いが与えられたのに、今日たどり着いたらもう救いの存在はいなくなっていた。それが一番よくない。人の恨みを買いますし、場合によってはその拠点の管理者に恨みが向かうことになります」

「それは、拠点を決めなければいいということ?」

「決めるにしてもしかるべき強権のある場所で強固な権力の下で、ということですね。聖女様は救いを求める相手の取捨選択がお得意ではないでしょうし、誰を救って誰を拒むか、その判断を適切にできる誰かの保護の下で行わないと、きりがありませんよ」


 言わずもがな、メルフィーナもそれが得意とは言えないだろう。この世界の基準で言えば、自分も相当に「甘い」自覚はメルフィーナにもある。


「候補としては王家か、神殿か教会にそれなりの立場を用意して入るか、そうでなければ聖女の御旗の下に新しい組織を立ち上げるかですかね。放浪して出先で人を救って回る聖女になるという手もありますが」

「ユリウス」


 セドリックの冷たい声に目を細めて、ユリウスはひょいと肩を竦める。


 マリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌを思い出したのだろう、マリアは硬い表情で、膝の上でぎゅっと拳を握っていた。


「結局選べる道は、先人が一度は轍を付けているということでしょう。聖女様が今までと同じように過ごしたいなら、聖女としてではなくレディの妹君として悲劇には知らん顔を貫くしかないと思いますよ。名前が残らなかっただけで、もしかしたら実際、そういう生き方をした聖女様も過去にいたかもしれません」


 執務室に沈黙が落ちる。


 その道を選んでも、マリアを責める者はここにはいないだろう。けれどそれは、今ここにいるメンバーが寒さに耐え、飢えに怯え、病に冒されていないから言えることだ。


 飢えも病も、この世界にはそこらじゅうにありふれている悲劇で、いちいちマリアが救っていてはきりがないし、メルフィーナもマリアがそれをする必要はないと思う。


 それはマリアに個人的な好意を抱いているからというわけではなく、社会の抱える問題はその社会が解決していくべきで、それが出来るからといって、誰か一人にその役割を強いても、結局後から何倍にもなってツケを払う瞬間が来るだけだ。


「今回はこっそり治してあげて、あとは知らん顔するとか、それでは駄目……?」

「どうでしょうね。城館の兵士と騎士殿とその奥方には口止めが出来るでしょうけど、騎士殿の奥方の魔力中毒がどの程度のもので、周囲がどれくらいそれを把握していたかにもよるでしょうし。心が壊れるほどの魔力中毒に冒されながら、健康な赤ん坊を抱いてケロリとして元の場所に戻れば、結局エンカー地方の城館を訪れれば救いが与えられるらしいと噂が流れるでしょう。何しろ、同じ救いを求めている者はいくらでもいるのですから」

「それは……ううん……」

「持って回った言い方をしていないで、最も良策だと思うやり方を言ったらどうなんだ?」

「君って、本当にレディ以外の人にも興味を持った方がいいよ」


 呆れたように言われて、セドリックはむっとしたように眉を寄せる。


「最初に言った通り、僕が最も適切だと思うのは飛び込んできた鳥をそのまま飼い主の元に戻すことさ。鳥がまず間違いなく絞められると分かっていても、それはエンカー地方には関係のない問題だからね。でもそれでは心が痛むから、どうにかしたいという話だろう」


 シチューをすっかり平らげて優雅にお茶を傾けながら、ユリウスはからかうように流し目を向けて、ふっと笑う。


「君が苛立つのは、レディがこのことで頭を悩ませるのが煩わしいからだろう。でもこれは、今後の聖女様の活動の指針とレディの立ち位置を考えるなら、意外と幸いな問題だよ。少なくとも病に冒された国王や他所の王族みたいな断りにくい相手が治療せよと押しかけて来るよりは、よっぽどね。僕や家庭教師殿がいつでも横にいて助言できるとは限らないんだから、レディと聖女様、両方に自分のことを考えてもらわないといけないだろう」

「マリアの後援はするつもりですが、私もですか?」

「ええ、むしろこれに関しては、レディの判断がもっとも重要であると僕は考えていますよ! 聖女様は機会が訪れればいずれ自分の国に戻りたいと考えているので継続的に聖女の活動をするのは難しい。そうした判断をご自身が下すことも、適切な権力の下に身を置くのも気が進まない。かといって騎士殿を見捨てるのは寝覚めが悪い。全てを解決するなら、動いたほうがいいのは聖女様ではなく、レディでしょう」


 ぱっと両手を開いて、ユリウスは明るく笑う。


「騎士殿もその妻子も、エンカー地方から帰すわけにはいきません。おそらく騎士殿もその覚悟は決めてここに来たはずです。妻子さえ無事なら自分はどうなってもいいなんて、泣かせる話じゃないですか。その覚悟に報いて、彼にはレディの奴隷になってもらいましょう」

「ユリウス様、それは……」

「待って、奴隷制度ってあるの? それって、農奴とは違うの?」


 マリアには刺激の強い言葉だったのだろう。メルフィーナは表情を曇らせて、マリアはぎょっとしたように声を上げた。


 農奴は自分の身柄を領主に売り渡した存在で、その代金を支払えば平民の立場に戻ることができる。ただし他の階級との結婚は認められておらず、農奴同士の両親から生まれた子供も生まれつき農奴であるので、一家で平民になるのはとても難しい……というよりほぼ不可能だろう。


 時々思いがけない能力を持った農奴が人の目に留まった場合は、所属するコミュニティや領主が身分を平民に回復させた後に取り立てるというケースも無いではないけれど、それだって滅多に起きることではない。


 移動の権利を制限され、基本は単純な労働力として、社会を構成する人権を制限された階級だ。


「所有者には農奴が最低限生きていけるだけの仕事と環境を与える義務があります。養いきれないからという理由で不当に虐待したり命を奪ったり、他の領主に農奴を転売することは大法典で禁じられています。農奴の所有権は領主やその土地の代官などに限定され、個人的な豪農などは小作人を雇うことになるわけですね。奴隷には、そうした保障がなく、身柄の転売も認められています。また、身分の回復も許されておらず一生を奴隷として生きることになります。刑罰としての奴隷適用で一番多いのは、恩赦により死罪を免れた犯罪者……この場合は元々、ある程度の身分や財産、功績のあった者ということになりますが……と、その連座で二親等までの家族です」


 コーネリアは言葉を選ぶように、いつにも増してゆっくりとした口調で言った。


「一般的な死罪とその連座の場合、その家の家族全員と使用人の全てということが多いので、その家そのものは重要な役割があるので残したいけれど、罪を犯した者とその妻子に後を継がせるのは外聞が悪い、という時などに適用されることが多いです。修道院に入れることでは贖えず、かといって一族郎党をというには反発が大きすぎる微妙な政治的判断を必要とするとき等ですね。騎士爵家や下級貴族家にとっては、罪を犯した者だけを追放する恩赦にも近い判断になるわけですが……」


 コーネリアが言いにくそうにしている言葉を、オーギュストが気が進まないという様子で続ける。


「ヘルマン卿は奴隷に、妻は巻き込まれただけで奴隷とするのが気が咎めるなら修道院に入ってもらうことになりますが、子連れで修道院には入れないので、無事子供が生まれたらその子は孤児院にということになるでしょうね」

「それじゃ、家族がバラバラになっちゃうじゃん」

「それが罪を償うということです。妻まで奴隷とするとその子も奴隷階級になってしまうので、かなり恩情のある判断だと思いますよ」


 マリアは到底納得できないという様子だし、メルフィーナも子供に不自由な思いをさせたいとは思わない。


「妻子に関しては、母子ともに亡くなったことにしてエンカー地方の住人として迎えればいいわ。騎士の栄誉は地に落ちるけれど、ヘルマン卿と家族として暮らしていくことも可能なはずよ」


 日本のように厳密な戸籍制度があるわけでもないし、他所から来た流民や行商人が町や都市に住み着くことも無いわけではない。口裏を合わせる必要はあるけれど、それ自体は難しくはないだろう。


「お兄様は、私も説得します。ヘルマン卿は長くオルドランド家に仕えた騎士ですし、きっと許してくれるはずです」

「では、騎士殿の身柄に関してはそういう方向で行きましょう。その上で妻子の治療に関してですが、こちらは聖女様ではなく、レディが行えばいいと思いますよ」


 ユリウスの言葉に緩みかけていた執務室の空気が再び強張ったけれど、当のユリウスは頓着した様子を見せず、いつものように無邪気な笑顔だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版

i1016378



コミカライズ

i1016394


捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです@COMIC【連載中】

i924606



i1016419
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ