407.魔力の「鑑定」と風魔法
しばし、沈黙が落ちた後、マリアはウルスラの羽を広げて見下ろしながら、ぽつりとつぶやいた。
「もし魔力に種類があるなら、魔力の「鑑定」って出来ないのかな」
「「鑑定」自体が微小ながら魔力と「才能」を利用して行うものですから、「鑑定」で魔力を調べるのは、自分の目で自分の眼球を観察するようなものじゃないですかね」
「自分の目で自分の目は見られないけど、鏡に映せば見ることが出来るよ」
マリアの言葉は思ったことをそのまま言っただけという風だったし、実際あまり深く考えてのことではなかったようだけれど、ユリウスは虚を衝かれたような表情をして、考え込むように黙ってしまった。
「あー、あとは「鑑定」の内容をさらに「鑑定」してみるとか? なんかそういうの、漫画とかではたまに見かけた気がするけどどうなのかな。人間の「鑑定」の内容が分かるのは私とメルフィーナだけだけど、ちょうど二人ともここにいるし」
「「鑑定」すると結構デリケートな内容も分かっちゃうけど、いいの?」
「ちょっと恥ずかしいけど、メルフィーナなら別にいいよ。あ、でもメルフィーナが嫌なら別に」
「いえ、相手の同意なく個人情報を覗くようなことをしたくないだけだから、合意が取れているなら構わないわ。私もマリアに見られるのが嫌だとは思わないし」
マリアはハートの国のマリアをプレイした者同士ということもあるし、健康診断の結果を見せ合うようなものだ。苦手な人は苦手だろうけれど、一方的に見るのはあまり良い行為だと思えないだけで、見せ合うことにはそう大きな抵抗はない。
「試すなら、レディが聖女様をというのがいいと思います。聖女様は魔力の量は桁外れに大きいですけど、その分繊細な調整はとても苦手そうなので」
「あー、魔法使おうとして別の魔法が出たりしてるもんね……」
「それだけではなく、レディはとても「鑑定」の使い方が繊細ですから」
思いもよらない言葉に、メルフィーナ自身が目をぱちぱちとさせる。
魔力の量が少なく、属性を持っているにも拘らず風魔法を発動させることも出来ず、「分離」できる量はごく少量で、「合成」に至っては発動させようとして魔力中毒で昏倒すると、異能の力に関してのメルフィーナの実績は散々なものだ。
唯一まともに使えるのが「才能」を利用した「鑑定」で、これはエンカー地方の産業の開発に大いに役に立っているので不満もないけれど、ユリウスやマリアのように高出力の魔法を使うことに憧れがないわけではない。
「おそらくですが、「鑑定」に関する処理能力は聖女様よりレディのほうが数倍優れています。日頃から品種改良のために延々、種を「鑑定」していたでしょう?」
「「鑑定」にはほとんど魔力を使わないですし、私が出来ることはそれだけですから」
「この場合、問題は魔力の量ではなく、「鑑定」を処理する能力ですね。通常ならそれだけ「鑑定」を繰り返していれば脳が処理能力の限界を超えるものです。象牙の塔にも定期的に熱を出して倒れる者はいましたので」
「ああ、私が「鑑定」を覚えたての時にそこらじゅうを「鑑定」して頭が割れそうになって倒れちゃったけど、あれのことかな」
あれは痛かったなぁ、と渋い表情をするマリアに、ユリウスはおかしそうに笑って頷く。
当たり前に使えていたので意識したこともなかったけれど、そういえば以前レナも頭を使い過ぎてメルフィーナの前で頭痛を起こしたことがあったし、ロドもそれはよくあることだと当たり前のように言っていた。
「レディは元々、随分優秀だったようですが、そもそも物を覚えたり計算したりする能力が高いのだと思います。これは「才能」由来ではなく、単純に生まれつき脳が強いのでしょう」
「脳が強い……初めて言われました」
「メルフィーナって記憶力いいもんね。絵とか本の文章とか、見たら全部一回で覚えちゃう人がいるってネットで見たことあるけど、もしかしてああいうのもできるの?」
「できないし、考えたこともないわ」
前世から反復練習をしたりコツコツ努力したりするのは得意な方ではあるけれど、一度勉強すれば全部覚える器用さがあったわけではない。メモを取ることもあるし、忘れたくないことは文章にしてまとめておくのもよくやる習慣だ。
「実際、メルフィーナの方が器用そうだし、試してみようよ」
本当に「鑑定」されること自体にはなんの抵抗もないらしく、マリアは無邪気に手を差し出してくる。そのてらいなく向けられる信頼に小さく苦笑してその手を取り、「鑑定」を発動させると、いつものように脳裏に忘れていた記憶を思い出すように情報が浮かんでくる。
有馬マリア
年齢 16歳
身長 158cm
体重 51キロ
魔法属性 地・水・火・風・氷
能力 「幸運」「鑑定」「分離」「合成」「祈祷」「再生」「治癒」「回復」「浄化」
健康状態 不安障害(回復中)
配置 調整者
更新履歴 ―
能力の多さは流石というべきだろう。その項目に「魅了」や「誘惑」に類する文字がないことに、なんだかほっとする。
更新履歴が初めて見る短さなのは、この世界にきてまだ一年が過ぎていないという意味だろうか。
――配置が聖女ではない?
メルフィーナが悪役令嬢で、ユリウスが攻略対象であることはすでに確認済みだ。おそらくこの場でセドリックを「鑑定」しても、攻略対象と出るだろう。
それなのに、ゲームのヒロインであり聖女であるはずのマリアはなぜ調整者なのだろう。
――調整者、どこかで見たことがあるわ。
少し考えて、アレクシスから借りた古い手記の記述を思い出す。
そう、確かにあそこに書かれていた。聖女とは尊い存在であり、この世界の調整者でもあるのだと。
「メルフィーナ? どう?」
「……ええ、「鑑定」は出来ているわ。でも、「鑑定」の「鑑定」って、どうしたらいいのか分からないわね」
マリアの声にはっと我に返る。黒い瞳が不思議そうにメルフィーナを見つめていた。
「私が読んだ漫画では、鑑定結果の文字に意識を向けたりするって感じが多かったかなあ。とりあえず能力のどれかを意識して見てみるとか?」
「そうね、やってみるわ」
何もかもぶっつけ本番で、本当に出来るかも分からないことだ。ひとまず思考は棚上げにして、本来の目的を試してみることにする。
メルフィーナにとって「鑑定」は、この二年半毎日のように繰り返してきた馴染んだ作業だ。
農作物の種の選別はいくつやったか分からないほどだし、肉眼ではそこにいるかどうかも分からない酵母菌や乳酸菌の選別も行ってきた。
脳の力云々についてはよく分からないけれど、最も得意な能力である自負もそれなりにある。
――とりあえず、風の魔法から。
他の情報に気を取られないよう、目を閉じて視覚を遮断する。頭の中で踊るように流れて来るマリアの持つ属性のうち、風の文字に意識を向けると、その文字だけ浮かび上がるように印象が強くなった。
魔法は、属性と魔力さえあれば手足を使うのと同様に自然に使えるのだという。メルフィーナも発動することは出来ないけれど、なんとなく風を起こすという感覚自体は理解できた。
風の魔法は空気を動かす力だ。そこにある空気を魔力によって把握し、支配する。メルフィーナの場合は動力炉はあってもエネルギーを供給できないから動かすことが出来ない状態なのだろう。
けれど、マリアの「鑑定」の中で感じるのは、これまでメルフィーナがエネルギーだと思っていたものとは似ていて、少し違うものだった。
――あ。
下ろした髪が舞い上がるのが分かる。頬の柔らかい皮膚にうねる髪が触れるのがこそばゆい。
冬用のワンピースの布が揺れて、温室内の暖められた空気をかき混ぜるのが分かる。
冬の北部での越冬が難しい植物を育てている関係もあり、あらかじめ大きめに造った温室だ。ほんの指先の数ミリほどしか「鑑定」を発動させることの出来ないメルフィーナには把握することなど出来ないほどの面積があるのは間違いない。
けれど、解る。
鉄骨を走らせガラスに区切られた温室の隅々まで頭の中で把握して、思い描くまま好きに動かすことが出来る。
床の板張りの僅かな隙間、木製のテーブルと、その上に置かれた陶器の食器の境目、ぬるくなった紅茶から立ち昇る柔らかな熱や、マリーとセドリックが自分を呼ぶ空気の震えまで、全部「解る」。
「メルフィーナ様!」
「えっ?」
気が付けばマリーがマリアに触れていたメルフィーナの手を握り、セドリックは焦ったような顔でこちらを見ていた。きつく握ってくるマリーの手が冷たくなって震えていて、二人ともひどく青ざめている。
「メルフィーナ様、大丈夫、ですか」
「ええ……大丈夫。大丈夫よ」
ゆっくりと、温室の中を見回す。
全てが「解って」いた感覚は一瞬で遠のいて、まるで夢から覚めたような心地だった。そこにいる全員の髪がぼさぼさになっていて、まるで突風でも走り抜けた後のような有様になっている。
「私、魔法を使ったの?」
「ええ、見事な風魔法でした。体調は悪くありませんか? 吐き気やめまいは?」
魔力中毒になっていないかと確認しているのだろう、ユリウスの言葉に、首を横に振る。
それどころかとても爽快な気分だった。体が軽くて、頭の中はすっきりとしている。
今はすっかり慣れて意識しなくなっていたけれど、マリアがこの世界に来たばかりの頃に感じていた、あの体調の良さを思い出す。
「……私、分かった気がするわ」
メルフィーナの肉体は魔力耐性が低く、体に悪影響を及ぼす魔力をエネルギー源にして魔法を発動させようとすると無意識にストッパーが掛かってしまう。
けれど、マリアが使っている魔力はそうではない。ユリウスの言ったように、とても似ていて同じ効果を出すことが出来るけれど、肉体を損ねないエネルギーとしての魔力だ。
それはきちんと自分の中にも備わっていたのに、これまで見つけることができなかった。けれどマリアの魔力を「鑑定」したことで、まるでだまし絵の別の意味を説明された後のように、今はきちんとその力を感じることも、扱うことも出来る。
もう一度、今度は手のひらの上で小さな風を起こしてみる。ふわふわとその風にあおられて、下ろした金の髪が宙で揺れる。
空になったカップを手に取って一度深く息を吸う。
怖い。
でも、出来ると「解る」。
――水素と酸素から、水を「合成」。
「レディ! 素晴らしいです!」
興奮気味のユリウスの声に顔を上げる。手に持っていたカップの中には、透明な水がなみなみと満ちていた。
かつて自室で「合成」しようとして意識が暗転したことを思い出し、安堵に力が抜けてへなへなと椅子に座り直してしまって、またマリーとセドリックに大変な心配をかけることになった。




