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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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403..よくない想像と冬の魔物

 セドリックが静かにユリウスの言葉を咀嚼している間、メルフィーナはソファの背もたれに体を預けて、冷たくなっている指先をさすっていた。


「だが、その死体がロマーナの妃……天与ディヴィナだったというなら、間違いなく亡くなったということだろう? それならば少なくとも、不死にはあたらないはずだ」

「何かしらの条件があるんだろうね。ところで僕は、昔実験の最中にうっかりナイフで指を飛ばしてしまったことがあってね。まあ先っぽだったし、実験がいいところだったんで縛って止血してそのままにしておいたんだけど――いやそんな怖い顔をしないでくれ。ほら、今は何ともないんだ」


 ユリウスが両手を広げて見せると、セドリックは非常に不愉快そうな様子ながらまじまじとその十指を見て、ふん、と鼻を鳴らす。


「いや、冗談で言ったわけじゃないよ。本当に指は無くなってしまって、再び生えてきたんだ」

「そんなことが……いや、一度あったな」

「うん、そう、聖女様が無自覚に職人の指を生やしてしまったことがあったね。僕は自前の魔力で置き換えたみたいだけど、ここで分かることがある。四肢のような大きな部位はともかく、指先程度の軽度の欠損ならば、魔力による補填が出来るということ。つまり、魔力は使いようによっては肉体に未知の影響を与えるということだよ」


 興味があることに対する時、ユリウスはとても饒舌になる。この時も例にもれず、話しながら考えをまとめるように、弾むような口調で言った。


「そして、聖女様の治療魔法は回数制限がないことはある程度実験済みだ。無くなった肉体の部位が生えてくる……つまり、肉体を新規に造ることに比べれば、今ある肉体を衰えさせないまま維持するなんて、とても簡単なことじゃないかな?」

「だが天与ディヴィナは神の国に旅立ったんだろう? その説が事実なら、今でも天与ディヴィナは生きているはずじゃないか」

「多分、肉体はともかく、心がもたないんでしょうね」


 出た声は、我ながら意気消沈した響きだった。

 体を永遠に若く保つことが出来たとしても、心を鋼にすることは出来ないのだろう。


 実際、マリアは健康的な少女だけれど、強いストレスを感じるたびに体に不調を来していた。心因性の熱を出したことも、嘔吐が続いたこともあるし、今もショックを受けて寝込んでいる。


 その心の在り方は、存在の特異さとは裏腹に、あくまで「普通の女の子」の枠組みに収まっている。


天与ディヴィナに何があったのかは知らないけれど、自分たちが築いた国を血縁ではない次の皇帝に引き継いで国を出たということは、何か大きな問題が起きたのではないかしら。深く傷ついて今のマリアのような状態になって、周囲のフォローも望めなかったとしたら……きっと、生きていくことは難しいわ」


 フレイルという状態がある。


 加齢や生活習慣、強いストレスによる心因性を原因とした健康障害であり、進行すると自立的な生活が行えなくなっていく。摂食に問題が出ることも多く、筋力が落ちて自分では立ち上がることが出来なくなり、やがて衰弱死するケースもある。


 その状態に陥れば、治療魔法による回復を行うことも出来なくなっていただろう。


 栄華を極めた帝国のたった一人の妃。多くの子を産み、夫に愛され、生涯を幸福に暮らすはずだった女性の、あまりに孤独な最期を想うと、胸が痛くなる。


 ――全ては、想像でしかないわ。


「それに、多分天与(ディヴィナ)はそう最近の聖女ではないと思う。少なくとも我が愛するフランチェスカ王国の初代国王の王妃殿下よりは前の聖女だろうしね。聖なる乙女は王墓に眠っているはずだけれど、さて、本当に王の隣に彼女は横たわっているのかな?」

「初代王妃が生きている可能性もあると?」

「僕は、可能性は低いと思うよ。もし生きていたとしても、今の聖女様ほどの力は残っていないと思う。これまで何人、神の国から聖女がこちらにやってきたのかは知らないけれど、あんな存在がゴロゴロいたら目立たないわけがないからね」


「一度召喚されたら数百年単位で間が空くか、もしかしたら前回の聖女がいなくなって一定期間が過ぎたら次の聖女が降臨するといった、何かしらの仕組みが働いている可能性があるわ」

「もし聖女が入れ替え式で、レディや聖女様が嗜んだ「書物」通りなら、少なくとも最年長の公爵閣下が生まれて名付けられた間は聖女が不在であるでしょうしね」


 その言葉に頷いて、ざらり、と胸を撫でる嫌な気持ちに薄く眉根を寄せる。


 ブラン王国の宰相の息子とフランチェスカ王国を建国した「マリア」は、ハートの国のマリアとそっくりの経緯をたどり宰相の息子の攻略ルートを選んだのだろうけれど、果たして彼女は自分たちと同じゲームをしたのだろうか?


 ましてロマーナの皇帝は、ハートの国のマリアでは追加ディスク扱いで本編のルートですらない。どういう経緯でロマーナの皇帝と結ばれたのか……天与ディヴィナもまた、神の国と呼ばれる場所でハートの国のマリアをプレイしたのだろうか?


 ――とてもよく似ているけれど、彼女たちと今の私たちは、少しずつ違う気がする。


 以前アレクシスから借りた手記によれば、フランチェスカのマリアが降臨した時に流行していたのはおそらく麦角菌による麦角中毒だ。


 麦角菌はライ麦や大麦といった麦類に寄生する子嚢菌の一種で、アルカロイドを生成し、摂取すると強い幻覚や精神錯乱、頭痛や嘔吐から、四肢のしびれ、壊死といった様々な症状を呈する。


 ――天与ディヴィナは上下水道の整備によって疫病を鎮めたと言っていたから、赤痢かコレラが当時流行っていたのかしら。


 状況は少しずつ違えど、そこに住む人たちが切実に救いを求めていたのは変わらないだろう。そうして現れた「聖女」はあらゆる人々の救いであり、かつ、決して見逃すことの出来ない存在でもある。


「既得権益を持っている者にとって、聖女様は喉から手が出るほど……いや、多少教会や神殿の不興を買う手段に出ても惜しくないほどの利権だろうねえ。逆に現在の王家には、取り込めないならいっそ抹殺した方がマシだと思う存在だろうし」


 現フランチェスカ王国は、「マリア」を手に入れることで前身のブラン王国から分離し、そして彼女の生存中にブラン王国を併呑して今の大国になった。


 当時と全く同じことが、マリアが選んだ「誰か」によって為される可能性は、決して低いものではないはずだ。今のフランチェスカ王家がどの程度マリアについて詳しく知っているかは分からないけれど、圧倒的な力を持つ聖女マリアを見れば、建国に関わった天から遣わされし聖なる乙女を連想せずにはいられないのではないだろうか。


 ふぅむ、とユリウスはくちびるを笑みの形に歪める。


「聖女様にとっては第一王子殿下かルクセンの皇太子殿下のどちらかを選んでもらえれば一番トラブルが少なく済みそうだけど、わが国の第一王子殿下はすでに聖女様の不興を買った後でしたね」

「ええ、かなり毛嫌いしているようですから……」

「どうだい友よ。いっそ君が聖女様を娶ることを考えてみないか? 一国の主だって狙えるポジションだ、挑戦してみる価値はあるんじゃない――待ってごめん! 悪かったからぶたないで!」


 セドリックが振り上げた拳に両手で頭を抱えて、ユリウスはあっさりと降参の声を上げる。


「返事が分かっているのに人をからかうな」

「なんだい。聖女様はあの通り、努力家だし中々可愛いじゃないか。おまけに強大な力までついてくるんだから、男なら狙ってみたくなるものじゃないか」


 不満そうに唇を尖らせたものの、もう一度セドリックが拳を見せつけるように振り上げると、ようやく口を閉じる。


 ユリウスは頭はいいのに、幼馴染の友人の逆鱗の場所を見誤って時々鉄拳による制裁を受ける。そんな場合ではないというのに、その光景にふっ、と笑みが漏れた。


「私は、甥に家督を譲るまで継承に問題が出る縁を結ぶつもりはない。それがどんな相手でもだ」

「ユリウス様、セドリックは真面目なんです。あまりからかわないであげて下さい。それに、マリアには……」


 想う相手がいる。それが今はまだ甘酸っぱい感情の萌芽でしかなかったとしても、周囲の都合でそれを摘み取って適当な攻略対象とめあわせるのは、可哀想だ。

 彼女は貴族ではない。家と領地のために犠牲になるのが当たり前の立場ではないのだから。


 今の時点でマリアがあちらの世界に戻れるなら、それが一番いい。


 そうでなければ、彼女がこちらでつつがなく生きていけるように、考えなければならないことが山のようにある。


「まあ、冬の間は色々と考えなければならないでしょうね。今年、プルイーナが出現しないとなれば荒野はすぐさま封鎖して人の出入りの一切を制限したあと、信頼できる騎士と兵士を編成して荒野を探索しなければなりませんし」

「まだ何かあるのか?」

「そりゃああるさ。なあ友よ。浄化していない魔石から魔物が再発生するのにどれくらい時間がかかると思う?」


 魔石は手に入り次第神殿によって浄化され、魔力を充填してエネルギー源として供給される。例外と言えば四つ星の魔物だけで、その魔石は神殿によって回収され、長い時間を掛けて清められることになっている。


 もし魔石を浄化せずに放置すれば、再び同じ魔物が発生すると言われているけれど、その間隔についてはメルフィーナも聞いたことがなかった。セドリックも同様だろう。静かに首を横に振る。


「サスーリカはまあいいさ。俊敏で狂暴とはいえ狼や熊の魔物に比べれば強すぎるということはないし、生き物の気配がないといっても、おそらく夜行性の野生生物があの荒野にはいてそれがサスーリカに変異しているんだろう。でもプルイーナは違う。あの強さの魔物が毎年決まった時期に出現するなんて、魔力溜まりという魔力の供給源があったとしても、不自然なんだ。……まあ、核になる魔石がそこにあるなら、話は別だけれどね」


 ユリウスは目を半月型に細めて、メルフィーナに顔を向ける。


「これは相当、神殿が深く事態に関わっていると思いますが、レディはどう思いますか?」

「そうですね……」


 言葉にするのは、気が乗らない。


 とても憂鬱だし、なぜそんなことをと思うと苦々しい気持ちになる。


「おそらく、神殿が回収した魔石は再び魔力溜まりに戻されるんでしょう。一年の時をかけて魔石が魔力を吸収し、プルイーナが復活する。ユリウス様は、そう考えているんですね?」


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