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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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402.「マリア」

 ロレンツォが退出してその気配がすっかり消えると、体から力が抜けた。


「メルフィーナ様、大丈夫ですか?」


 考えることが多すぎて、頭が熱を持っているのが分かる。額を手のひらで押さえると、背後に立っていたセドリックが気遣わしげに声を掛けてくれた。


 マリーはまだソアラソンヌから戻っておらず、今日は人の耳を憚る話になる可能性があったので、ロレンツォが立ち去った応接室にはメルフィーナの他にはセドリックとユリウスがいるのみだ。


 こんな話になるとは思っていなかったけれど、それはつくづく、正解だった。


「ええ、大丈夫よ。……セドリック、そこに座ってちょうだい」


 第三者がいる時はすぐに動けるようにメルフィーナの少し後ろに控えているけれど、今はメルフィーナと彼の幼馴染だけだ。こちらを気遣うような表情のまま、セドリックはテーブルを囲む形で設えられたソファの、ユリウスの向かいに腰を下ろす。


「ちょっとした手掛かりでも得られればと思っただけだったのに、思わぬ当たりを引いてしまいましたね。けれどこれで、随分多くのことが分かりました」

「……正直、私にはあまりよく理解が出来なかった。お前たちが荒野で見つけた古い死体が、相当昔のロマーナの妃だったからといって、だから何だと言うんだ?」

「君は本当に野暮な男だなあ。いや、まだ謎は多いけどね、それを抜きにしてもあの話に歴史の浪漫のようなものは感じないのかい?」


 呆れたように言うユリウスに、セドリックはゆるく首を横に振る。元々彼は好奇心で動くタイプではないし、数百年も昔のことに本当に興味はないらしい。


「さっきの商人君の話から、まず荒野が……正確にはプルイーナやサスーリカがなぜ生まれたのかは分かっただろう?」

「………」


 むっつりと唇を引き締めるセドリックにユリウスは苦笑を漏らしながらメルフィーナに目を向ける。それに頷いて、細く、息を吐いた。


「伝承では、荒野にはかつて人が住んでいたと言われているわ。そういったものが建てられていたなら流石に痕跡が残っているはずだから、おそらく、そこに市壁や城のようなものは建設されていなかったのね」

「僕が来たばかりの頃のエンカー地方のように、小さな領主邸と平民が暮らす家が並んでいたんでしょうね。数百年前なら、それこそ平屋しかなかった可能性もあるかな。だから住人が移動するときに、次の街をつくるための建材としてすっかり持ち去ることが出来たんだろうし」

「荒野の周辺には大きな川が流れていないのに、どうやって街を形成したのか不思議だったけれど、水場があるなら、現在のそれよりずっと大きくて豊かだったのでしょうね。最初からある程度の住人はいたのだと思うわ。そこにある日、マリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌが住み着いた」


 彼女がなぜそこにたどり着いたのかは想像するしかない。何かの理由で国を出て、そこである必要があったのか、それともたまたまだったのか、何らかの経緯を経て荒野になる前の土地に彼女は流れ着いた。


「岩屋のマリアは聖女様と同じ存在だった。これは起きた結果からして明らかだしね」

「どうにも、分からんな。結果というのは、そこが荒野になったということか?」

「君って、つくづく聖女様に興味がないんだねえ。朴念仁もそこまでいくと、もはや才能だよ」


 半ば感心したように言うと、ユリウスは噛み砕くように言葉を続ける。


「聖女様がエンカー地方に来てから起きたことを考えてみなよ。その土地の住人は全体的に体力が向上して気分も軽やかになっている。土地は豊かになりあらゆる農作物が豊作続きだ。結果的に住人がよく働くので産業は発展し、豊かさを求めてどんどん人が集まって来るのに魔物が出ることもない。人が人を呼び、土地はどんどん賑やかになる。集落から村へ、村から町へ、さらに人が増えて都市へ。豊かで安全な土地は無分別に巨大化を続ける一方だ」


 ユリウスの言葉は、そのままエンカー地方に当てはまるものだ。


 水源があり、元は痩せた土地をメルフィーナが開拓し続けたとはいえ、マリアが来てから発展は明らかに加速した。


 想像以上にエンカー地方で冬越しをする者が多いのだと、つい先日も思ったばかりだった。


「魔物が出ないから市壁は造られない。土地は繁栄を極めていく――そこでころりと聖女様がこの世を去ったら、どうなると思う?」

「……魔物は、人の多い所に発生するわ」


 ようやく理解が追い付いたらしく、セドリックがさっと青ざめる。


 人が増えきった上に魔物への対策が全く為されていない土地から聖女が消えたらどうなるのか。ユリウスの言うように、結果が証明していると言えるだろう。


「聖女様が存在していたということは、それまで魔力が浄化され続けていたわけだから、おそらく最初からプルイーナが出現したわけではないだろうね。最初は北部らしいオオカミや猪の魔物といった、ちょっと普通の人間には手に負えなくて凶暴な魔物が頻繁に出ていただけだと思うよ。住人たちは春から秋にかけて逃げ出して、冬の間は取り残された人たちが身を寄せ合って生き抜いて、また春がきたら残った財産や建材目的に荒野を訪れる一団がいたんじゃないかな」

「おそらく、そこで生まれ育って畑を持っていた、他に行き場のない人たちは即席の壁を造るなりして、かなり長く住んでいたのだと思うわ。……豊かに暮らしていたのに、流民になる決断を出来る人は、そう多くはないのでしょうね」


 そうしている間に、いずれかのタイミングでプルイーナとサスーリカが現れた。強い魔力を放つ二種の魔物は人々を襲い、更に大地を汚染して、荒野は草もまばらな人の住めない場所になったというのが大まかな流れだろう。


「待ってくれ。ということは、このままではエンカー地方も」

「何も対策をしないままでいると、同じことになるだろうね。東部から王都に人が流れているというけれど、彼らに聖女様は今は北部の端の領地に滞在していると知られたら、その足先がどちらに向かうかなんて、目に見えているじゃないか」


 ストレスのためだろう、ズキズキと痛むこめかみを指先で押さえて、メルフィーナも頷く。


「……豊かさを求める人たちと魔物が発生する仕組みを考えれば、聖女が現れたら、彼女を手に入れた男性は基本的に国を興すしかないのでしょうね。荒野にいた人たちはマリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌを聖女と認識していなかったのだと思うわ」


 ()()()そこに住んでいる者が健康になり、()()()農作物が豊富に実るようになった。人が増えても()()()魔物が出現する様子はなく、時が過ぎていき、やがてそれに疑問を抱くこともなくなっていった。


「あの水辺がかつては都市を支えられるほど巨大なものだったなら、岩屋は水辺を挟んで都市の対岸にあったのかもしれませんね。あの岩は地面と同じ色をしていたので、おそらく地魔法で土地を隆起させて作ったものでしょうし、聖女様の魔法の使い方を見ればそれくらい容易いでしょう。たどり着いた聖女……紛らわしいので天与ディヴィナと呼びましょうか……彼女と土地が豊かになったことを結びつけた者はいなかったんでしょう」


 天与ディヴィナがそこにどれくらいの期間暮らしていたのかは分からない。彼女は亡くなり、そして全てがこの世界の仕組みに巻き込まれることになった。


 セドリックは眉間に深い皺を寄せ、考え込むように黙り込んだ後、ややして口を開く。


「更新履歴がとても長かったというのはどういう理由なんだ?」


 真剣な表情の幼馴染とは裏腹に、ユリウスは実に興味深そうに金色の瞳を輝かせて言った。


「それもあの商人君が話していただろう。天与ディヴィナは一三〇歳まで生きてなお少女のような容姿だったというじゃないか! 「鑑定」は嘘を吐かないんだから、なにもひねくれた考えをする必要はないよ。岩屋のマリアがマリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌであり、百三十歳まで生きた同名の存在がいたことも分かった。そして状況から岩屋のマリアが聖女という特異な存在だった可能性も高い。ならそのまま考えればいいのさ。聖女とは不老不死か、それに準じる存在だってね!」


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