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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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392.岩山と古い住居

死を連想させる描写があります。苦手な方はお気をつけください。

 荒野の土は乾いていて、歩くたびにざくざくと靴の底で音が立つ。


「マリア様は、とても健脚ですね。お疲れではありませんか?」

「うん、大丈夫だよ。むしろ馬車に乗ってるより、歩いてるほうが楽なくらいかも」


 ヘルマンの言葉に笑って答える。


 馬車の移動は正直、それほど楽なものではない。ずっと座っているのでお尻は痛くなるし、揺れている乗り物に乗るのはじわじわと疲れが蓄積していく。休憩で腕や体を伸ばした後は、そこらじゅうを走り回りたくなるくらいだ。


 メルフィーナの馬車はそれでも大分楽なのだとコーネリアは言うし、商人たちはもっとダイレクトに揺れが伝わる馬車で何か月と旅をするという。そこまでいくともう慣れなのかもしれないけれど、荒野で歩いているほうが、ここに来るまでの馬車の移動より大分体も楽だった。


「この新しい靴は、マリア様の考案であると伺いました。移動するにも訓練するにも、本当に快適で、騎士たちにも大変愛されています」

「あ、ありがとう。私一人じゃなくて、いろんな人に協力してもらったんだけどね。職人もすごく頑張ってくれたから、そう言ってもらえると嬉しいな」


 そんな会話をしながら、大分先に行ってしまっていたユリウスにようやく追いつく。マリアたちが到着するまでにあちこち見て回った後らしく、興奮に頬を赤らめていた。


「この辺りは、昔大きな都市だったそうですが、近くに河がないこともあって僕は多少懐疑的だったのですよね。魔物がいない時期でも、人が暮らすには必ず水が必要ですから。もしかしたらあの大きな水たまりは昔はさらに大きかったのではないでしょうか。それこそ都市の暮らしを支えることが出来る程に。もしくはここいらは交易路の中継地で、今のソアラソンヌやエルバンと別の地域をつないでいた可能性もあります。どちらにせよ大分昔のことでしょうから資料を探すのは困難でしょうね」


 興味があることに出会うと言葉を捲し立てるのは、ユリウスの癖だ。マリアとオーギュストはもう慣れているけれど、ヘルマンはこれまで静かに同行していたユリウスの興奮状態に、やや面食らっている様子だった。


 岩山は、近づいてみれば遠くから見ていたよりずっと大きくて、見上げれば崖のようでもあった。一つの岩ではなく、同じような形の岩がいくつも隆起して連なり、ひとつの山のようになっているのが分かる。


「晴れた日なら冬の城の高楼からも、うっすら隆起しているのが見えていたんですが、近づくとこうなっていたんですね」


 オーギュストが呟くように言う。マリアも周囲を見回したけれど、大きな岩山がそそり立っている様子は雄大で、でこぼこと隆起した岩の陰影の濃さになんだかしり込みしてしまう。


「マリア様! ここ! ちょっと見てください! 何かありますよ!」


 そうした情緒とはまったく無縁らしい魔法使いの、興奮した声に苦笑してそちらに向かう。


「ここだけ石が細かいね。崩れちゃったのかな」

「多分崩したのでしょうね。周囲を見る限り、この岩はかなり硬くて、崩れる時はもっと大きく割れて地面に落ちてもそうそう砕けないようですし」


 言われて周囲を見れば、なるほどマリアの腕だと一抱えでも足りないほどの大きさの岩がごろごろと落ちている。あれがユリウス曰く、崩れても砕けなかった岩だろう。


 その点ユリウスが見つけた場所は、拳大の石が岩肌に堆積するように積み上がっていた。とはいえ、大きな砂利の山のようなものなのでマリアなら意識にひっかかることもなく素通りしていただろう。


「おそらく魔法で崩したか、何かを埋めた跡だと思います。つまり、これをどかした先に何かあるんじゃないかなと」


 そう言いながら、すでにユリウスの中では次の行動が決まっていたらしい。手をかざすと砂利の山はざらざらとさらに小さく崩れ、あっというまに砂状に変化してしまった。


「地魔法の応用です。少しコツが要るので、今度やり方を教えますね」

「あ、うん、ありがとう」


 使う機会があるかは分からないけれど、なんでも出来ないよりは出来た方がいいだろう。そんなことを想っているうちにざらざらと音を立てて崩れた砂礫の向こうから、ぽっかりと開いた穴が見えてきた。


「洞窟の入り口のようですね。おそらく長いこと密閉されていたでしょうから、少し風を送っておきましょう」


 衝動的なように見えて、ちゃんと慎重なところも持ち合わせているユリウスが軽く手をかざし、それに合わせてふわりと空気が動いて、穴の中に風が吹き込まれていく。


「……象牙の塔の魔法使いというのは、すごいですね。これだけの魔法を連発して、体調が悪くなることはないのでしょうか」

「僕はこの通り大男ですし、生まれつき耐性がかなり強いのです。それに最近、とてもいいことがありましてね。しばらく余裕があるのですよ」

「いいこと、というのは?」

「空気の入れ換えが済みましたね! まずは僕が入ってみるので、皆はあとから合図したら来てください、倒れるにしても全員でバッタリいったら全滅するだけなので!」


 ヘルマンの問いかけなどすでに聞こえていないらしく、ユリウスは砂礫を飛び越えてとっとと中に入って行った。


「いつもあんな感じだけど、悪気は全然ないんだ。気を悪くしないであげてね……」

「ヘルマン卿、本気であの方はああいう方なだけなので、気にしないでください」


 マリアのフォローにオーギュストも続いて、同僚の肩を軽く叩く。それにヘルマンも苦笑しつつ、そうします、と答えた。


「マリア様! すごいですよ! 来てください!」


 穴の向こうからユリウスのはしゃいだ声が聞こえてくる。内部の壁に音が反響しているらしく、少しワンワンと響いていた。


「マリア様、先導しますので、少し後ろからきてください。ヘルマン卿、しんがりをお願いします」

「承知した」


 オーギュストが魔石のランプに光を灯し、騎士二人に挟まれて中に入る。内側は入口よりも上部に向かって広がっていて、それなりに広い空間になっている。中に入ってすぐにぼろぼろの布が落ちていて、それを支えていたらしい木の柱が朽ちて倒れていた。


 地面は思ったより平坦で、踏み固められている。ほんの数歩進んだところで、前を歩くオーギュストが腕を広げ、マントで視界を遮られた。


「オーギュスト?」

「マリア様、少し後ろを向いて、待っていて下さい」


 硬い声に息を呑んで、すぐに後ろを向く。マリアより大分背の高いヘルマンにはオーギュストの肩越しに向こうが見えるようで、うっすらと眉を寄せていた。


「ユリウス様、これはマリア様には刺激が強すぎます。少し不用意ですよ」

「あぁ、確かに、そうかもしれません。いやあ、興奮してしまってつい」


 二人の会話は短く、ばさりと布を掛ける音の後、オーギュストが戻ってくる気配がする。


「マリア様、ここは誰かの住居だったようです。家の主と思われる者が、奥で亡くなっていました」

「えっ」

「死体はすでに白骨化していて危険はなさそうです。それも目隠しをしたので、中を見たいなら見て頂いても大丈夫だと思いますが、怖いなら外に出てもらったほうがいいと思います」

「……こんなところに住んでいたなら、魔力溜まりのことも何か分かるかもしれないし、見てみるよ」


 オーギュストはあまり気が進まない様子だったけれど、過保護に守られるためにここに来たわけではない。毅然と言うと、護衛騎士は困ったように微笑んで、どうぞ、と道を開けた。


「気持ち悪くなったらすぐに言って下さい。連れ出しますから」

「うん、ありがとう」


 さらに奥は、なるほど、人が住んでいたのだと分かる小部屋になっていた。


 部屋の中心には囲炉裏のようなものがあって、鉄の棒を組んで作った五徳が掛けられている。その上に載っている鍋の中身は黒ずんでいて、底の方に何かがこびりついているだけだ。


 岩肌をくりぬいて作った棚には古ぼけた壺が並んでいて、その隣には木箱がひとつ。ユリウスが中を検めたらしく、麻の袋の中に脱穀していない穀類が入っていた。


「見てください、これはガラスの器ですね。この住居がいつからあるかは分かりませんが、プルイーナの討伐は少なくとも百年以上行われているはずですので、それ以前のものであることは間違いありません。その頃にガラスの器を使っていたということは、相当な富豪のはずですが、なぜこんなところで暮らしていたんですかね。落ちぶれたなら真っ先に換金するでしょうし、別荘と言うにはあまりに質素ですし。盗品で、足が付くのを恐れて持ち歩いていたというには綺麗に飾ってありますし、謎が多いなあ」


 ユリウスの声を聞きながら、奥にあるベッドに視線を向ける。


 そこには石をくりぬいた台に藁を敷き詰め、その上から布を掛けたベッドがあった、シーツ代わりの布を巻きつけているのが、白骨化しているというこの住居の主だろう。


 こんな荒野で、一人で暮らしていたのだろうか。それともこの人が生きていた頃は、この辺りも人が沢山暮らして生活を営む場所だったのか。

 自然と祈るように手を合わせて、それからふう、と息を吐いた。


「メルフィーナならここを見ただけで色々分かるんだろうけど、古い家って以外は、私にはよくわからないや」


 何しろこの世界そのものが、マリアにとっては歴史の教科書に載るようなレベルで古い時代という印象だ。そこから百年以上昔と言われても、違いがよく分からない。


「マリア様、この主を「鑑定」してみるのはどうですか?」

「あー……ユリウス、それで私を呼んだんだ」

「いえ、無理強いは決してしませんよ。ただ、この場所をレディに報告する時に、興味があるかなぁとは思いますけど」


 人間の「鑑定」の意味が分かるのは、メルフィーナとマリアだけだ。結果を書き写して届けることは出来るけれど、慣れない文字は書き損じる可能性もあるし、今マリアが「鑑定」してしまったほうが手間もないのは分かる。


「まあ、折角ここまで来たんだしね」


 遺体の「鑑定」は気が進まないけれど、あの魔力溜まりの傍にある人の住居の痕跡だ、出来るだけ情報は持ち帰りたい。


 もう一度、ちゃんと冥福を祈ってから深く息を吸って、手をかざし、「鑑定」を発動させる。


  マリア=ジョセフィーヌ・アントワーヌ

  年齢 -

  身長 -

  体重 -

  魔法属性 -

  能力 -

  健康状態 -

  配置  -

  更新履歴 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・




「………」

「マリア様? どうかしましたか?」


 オーギュストの案じるような声が聞こえる。それからユリウスも、不思議そうに自分の名前を呼んだ。

 ちゃんと聞こえていた。けれどそれはとても、とても、遠くから響いてくるようで、返事をすることが出来なかった。


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