389.女性冒険者と世間知らず
今日は二回投稿しています。
「え、じゃあ二人は双子なんだ?」
「はい、全然そう見えないと思いますけど、一緒に母のお腹から出てきました。生まれた時から姉は大きくて、私は小さかったそうですよ」
「そのまんま、一回もテレサに背を抜かれなかったなー」
「姉さんが大きくなりすぎなのよ。羨ましいけどね」
「アタシはテレサの魔法属性のほうが羨ましいよ。よく反対だったらよかったのにって言われてたもんな」
あはは、と明るく笑うガードルードからは、言葉ほどの屈託は感じられない。
「それにしても上等なワインだな。こんなにいいワインを飲むのは初めてかもしれない」
「うん、少し水で薄める?」
「いい、いい。ワインはそのまま飲むのが絶対美味いって」
「その分量が減るけどね。せめて味わって飲んでよね」
テレサはそう言いながら、ガードルードが厨房から持ってきたチーズを四等分に切り分けてくれた。男の人の手のひらにちょうど載るくらいのサイズで、濃い黄色のチーズだ。どうぞ、とそのまま手渡しされて、ガードルードほどでなくてもテレサも結構ワイルドだと思う。
――あ、これ領主邸のチーズだ。
小ぶりな丸のままのチーズに押された焼き印は、領主邸のエール樽に押されているのと同じマークだった。メルフィーナの関わっている事業だと一目で分かるように考案された、花押と呼ばれるシンボルだ。
チーズの皮は、固い物は残していいと言われている。これはかなり固くなっているので、皮は中身を食べる器代わりなのだろう。
エンカー地方を出たあとでも、こうしてメルフィーナの影響を感じると、なんだか少し、嬉しくなる。
「チーズって、前は貴族様の食べ物だったんですけど、最近はソアラソンヌでよく見かけるんですよ。安くはないんですけど、奮発したら買えるくらいの金額なんで、お祝いで食べる人も多いんです」
「後は酒場の豪華なメニューのひとつだな。あの豪華な乾燥ハムみたいなのと一緒にパンで挟んで食べると、すごく美味い!」
「生ハムね。乾燥ハムとほとんど変わらない見た目なのに、口に入れるとこう、全然違うんだよねえ」
コーネリアと目配せをし合って、ふふっと笑う。
乾燥ハムは塩を擦り込んだ豚肉を月兎の葉と呼ばれる水分を吸う性質のある葉で包んで干し肉状にしたもので、確かに見た目は生ハムにそっくりだ。
――ここにメルフィーナがいたら、二年も寝かせて肉の中にアミノ酸が増えて、なんて言ってたんだろうなあ。
塩気のあるチーズをつまみながら白湯をたまに傾ける。ガードルードはチーズがワインに合う! としきりに喜んでいた。
「マリア様は、酒が飲めないのか?」
「うん、あんまり得意じゃないんだ。珍しいよね」
こちらでは子供でも……それこそレナくらいの年の子でもエールを当たり前に飲むらしい。
領主邸では子供の飲酒は控えるように言われていて、基本的には水、お茶の時間には果物を搾ったジュースが出たりする。子供たちはそれを不思議そうにはしているけれど、出される飲み物の方が好みなので不満はなさそうだった。
「珍しいけど、たまにいるぜ。エールもちょっと飲むだけで全身真っ赤になっちまうから、湯冷ましばっかり飲んでる冒険者もいるしな」
「冒険者って、どんな仕事するの? 今回は護衛だけど、他には?」
「まあー、冒険者って一言に言っても色々だな。小競り合いで決闘の代理を務めるのが専門の奴もいるし、「探索」の才能があるやつは森や山を歩き回って資源を探したりしてるし。チビたちはどぶ浚いとか雨の後の道の掃除とか、町の雑用をこなしたりしてるよ」
「チビって、子供も働いてるの?」
決闘の代理というのも気になるけれど、チビというからには相当小さな子供を連想する。マリアが食いついたことが意外だったようで、ガードルードはきょとんとした様子だった。
「冒険者には徒弟制度がないので、親がいなくて、孤児院に入るのを拒んだ小さな子供も所属していたりするんですよ。そういった子供のために、ギルドが後見になって一部屋を複数人で借りることが出来る制度もあります」
「まあ、家賃はきっちり報酬から抜かれるんだけどな。それに、そういうところは誰が金をくすねた、誰が隠しておいたパンを盗み食いしたってしょっちゅう殴り合いになるからあんまり居心地よくねえし」
「あ、でも後見人がいないと男性は人足、女性は娼館くらいしか働き先がないので、後見人がいなくて子供でも自活の道がある冒険者ギルドは、すごく有難い存在なんですよ。北部ではオルドランド家が未成年の雇用に減税の特権を与えているくらいですし」
「そうなんだ……」
孤児院があるのに、そこに入るのを拒んで労働をするということは、相応の理由だってあるのだろう。三人とも、かなりマリアに気を遣った表現をしてくれているのは伝わってくる。それでもなお、この世界の親のいない子供の過酷さがひしひしと伝わってきた。
「まあでも、冒険者はいいもんだよ。自由だし、後見人も要らないしね。アタシらみたいな「いない子」でも、魔力があるおかげで食いっぱぐれることもなかったしさ」
「いない子? って何?」
聞き慣れない言葉に問い返すと、ガードルードが開きかけた口をテレサがぱっと手のひらで塞ぐ。
「あ、ええと……まあ、ちょっと村の中で扱いが面倒な立場の子供、ってところですね」
テレサは言葉を濁して、肘でガードルードの脇を打つ。イテッ、と声を出した後、ガードルードはへへっ、と笑った。
「ま、色々あって、アタシらは生まれた村から出るのがすごく早かったんだ。女二人だとろくな生き方は出来ないことが多いけど、幸いアタシは魔法が使えるようになるのが早くてね。安い稼ぎだけど魔石ギルドで風の魔石を作りながら、テレサとソアラソンヌの端っこで暮らし始めてさ」
「私も十三歳くらいから魔法が使えるようになったので、そこで二人で冒険者になったんです。冒険者は、紹介状が必要ないですし、決まった年数を勤めれば所属するギルドのギルド長が後見人になって転職できる制度もあるので」
「ま、結局この稼業が水に合って、冒険者を続けてるんだけどな」
ということは、二人は十三歳よりもっと早くに二人で暮らし始めたということだろう。
こちらの世界では十歳くらいから親元を離れて働きに出るのも普通らしいけれど、勤め先が養育と教育を担っている部分もあるというのはメルフィーナから聞いたことがある。
十六歳が成人だというし、独立するには、やはり早すぎるのではないだろうか。
「後はテレサがいい男を捕まえて嫁に行ければ、言う事ないんだけどなあ」
「もう酔ってるの? 冒険者なんてしてる女を妻にしようなんて酔狂な男、そうそういないわよ」
「テレサは可愛いし、真面目だし、いい線行ってると思うんだけどなあ」
「姉さんの面倒見るので手一杯で、男なんか相手にしてる暇はないわよ」
二人はあっけらかんとしていて、言葉ほど悲壮な人生を送ってきたようには見えない。
性格は違うけれど、互いを大事にしている姉妹という感じだし、二人の間に家族の絆があるのも伝わってくる。
二人は立派に働いているし、アレクシスがマリアたちの護衛に付けたということは評判の良い冒険者のはずだ。そんな彼女たちの境遇をあれこれと想像して憐れむなんて、逆に失礼だろう。
「私、外に出るようになったのも最近で、すごく世間知らずでさ。知らないことが一杯あるんだ。良かったら色々聞かせて」
「おう! んじゃこないだ騎士団が討伐してきた巨大な猪について話すか。輿に載せた猪を兵士二十人で運んで、ソアラソンヌの大通りを練り歩いててなぁ」
「あったねえ。その猪は領都近隣の畑を荒らし回っていて、食べ物が一時高騰したので、広場で解体されて市民の振る舞いになったんですよ」
「大分野菜で嵩増しされてたけど、冬になると新鮮な肉を食う機会なんて滅多にないから、美味かったなあ」
それは魔物ではなく、ただの巨大な猪だったらしい。ただのとは言っても、間違いなく人間が相対すれば命に係わるような獣だろう。
どうやって討伐したのかは騎士や兵士たちの武勇伝として語られるらしく、それを元に吟遊詩人が物語にして各地で謡うことで、討伐した貴族家の評判も上がるという仕組みらしい。
貴族が領民を庇護する話は、特に貴族側にも好まれるし、領民もいざとなったら守ってくれるという意識があるほうが働く意欲が増すので、好んで謡われる題材なのだという。
「へえー、面白い」
「ソアラソンヌでは冬の娯楽としてあちこちの酒場で吟遊詩人が謡ってるから、聴く機会もあると思うぜ」
「いや、マリア様に酒場勧めちゃ駄目でしょ」
あはは、と笑い声が上がり、オーギュストが夕食が出来たと声を掛けにくるまで、ささやかな女子会は盛り上がることになった。
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