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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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386.晩餐と家族の肖像画

 もうどんな豪華な部屋に連れていかれても驚かないぞという意気込みで案内されたのは、想像していたよりこぢんまりとした部屋だった。


 広さ自体も領主邸の食堂程度で、長テーブルのお誕生日席に一際豪華な椅子が一脚と、長辺に向かい合う形で二脚ずつの計五席。そのうちの一つに既にユリウスが着席していて、マリアとコーネリアに軽く手を振る。


 おそらく貴族の挨拶としては大分駄目な感じなのだろうけれど、コーネリアはなぜかユリウスには小言は言わず、さりげなくマリアに誕生日席の右隣を勧め、自分はその隣に腰を下ろした。


 天井からは魔石のランプを使ったシャンデリアが下がっていて、足元は厚い絨毯が敷かれている。暖炉で火が焚かれていて暖かく、テーブルの上にはすでに料理が並べられていた。


 部屋は想像より小さかったけれど、大広間に端まで声が届かないような長いテーブルが置かれていて、その上に所狭しと大皿が並べられているような状況よりは、大分気が楽だ。


 とはいえ、領主邸と比べればここも十分に内装に凝っていて、置かれている調度も手の込んだものばかりであり、貴族の屋敷の一角らしい重厚な雰囲気だった。


 誕生日席の背後の壁には大きな家族の肖像画が掲げられている。立派な毛皮のマントを羽織った壮年の男性と同い年くらいの女性に、少年が二人描きこまれていた。少年たちはまだ小学生くらいの年頃に見えるけれど、盛装して背筋をぴんと伸ばしている。女性はくすんだ灰色の髪をアップにしていて、男性三人は青灰色の髪が特徴的だった。


 ――あれって、アレクシスだよね。


 少年のうち、年長の子には面影がある。最初はウィリアムかと思ったけれど、彼には兄弟はいないと聞いているのでおそらくアレクシスとその弟――ウィリアムの父親なのだろう。


 壮年の男性は渋みのある厳しい表情をしていて、いかにも貫禄がある様子だった。アレクシスがあと一五年くらい年を取ったら、あんな感じになるのかもしれない。


 女性は、どこか感情が抜け落ちたような無表情に見える。この世界の絵画にはよく見られる手法だそうで、あまりモデルに表情を付けることはしないらしい。


 それにも拘らず、女性の目には妙に鬼気迫るような迫力があった。じっと見ていると、絵の向こうから見つめ返されるような、ぞくりとするような生々しさを覚える。


 ――アレクシスのお母さんなのかな。


 だとすれば、メルフィーナと同じ公爵夫人のはずだ。それなのに華やかな雰囲気は少しもなく、まるで厳しい修道女や融通の利かない生活指導の教師のような印象だった。


 今マリアが身に着けているのによく似た形式のドレスだけれど、色はずっと暗い。宝石も暗褐色の色合いが多くて、顔色も心なしか暗く彩色されていた。白い肌と明るい髪色の男性三人と比べると、なんだか影のようにくすんで見える。


 じっと見ているとなんだか怖くなってきて、目を逸らしたところでアレクシスが入室してくると、メイドや男性使用人たちがワインを注ぎ、一礼して部屋から出ていった。使用人が料理を給仕するというスタイルではないようで、ドアが閉まると顔見知りだけになって、少しほっとする。


「遠いところ、よく来てくれた。ここでは儀礼的な振る舞いは必要ない。肩の力を抜いて、領主邸と同様に振る舞ってくれ」


 アレクシスはそう言うと、金属製のワイングラスを傾ける。

 アレクシスがそう指示してくれたのか、ここまで来た宿の食事とは違い個別の皿に料理が盛られた形式の晩餐だった。パンは見慣れた白いパンで、スープもエドがよく作ってくれるカボチャのポタージュスープの味がする。


 時々アレクシスがメルフィーナからレシピを買っているというのは聞いていたけれど、サウナといい、細々としたところでエンカー地方の習慣を取り入れているのを感じる。


 肉団子とポロ葱のシチューにひき肉と野菜がゴロゴロと入ったパイ、酸味が強い野菜のマリネに林檎のソースの掛かったオムレツなど、全体的に野菜を使った料理が多めだった。


「美味しい……」


 領主邸で出される料理ほど洗練はされていないものの、味付けは薄味だけれど香味野菜で香りづけがされていて、しかもそれが強い主張をしていない。ニンニクも生姜も風味付け程度で、胃腸に負担が少なそうな味付けだった。


「本当に、素晴らしい料理ですね。歓待を感謝いたします」


 思わず漏れた言葉に同調するように、コーネリアは素直に称賛し、ユリウスももりもりと食べているので不味いとは思っていないのだろう。


 慣れない重ね着をしているし、ソース一滴でもこぼすのが怖くてゆっくり食べていると、アレクシスはちらりとこちらを見て、すぐに視線を逸らす。


「今日は形式的にこのような形になったが、明日からは居室に食事を運ばせよう。ドレスも無理に着る必要はない」


 アレクシスが、マリアが居心地の悪い思いをしていると察してくれたらしいことに心底驚く。

 正直、どんな恰好をしていても全く気が付かないだろうと思っていた。


 そんな考えがよっぽど透けて見えたらしい。アレクシスはちぎったパンを口に放り込み、ゆっくりと咀嚼してからワインを傾け、静かな口調で告げる。


「今回の件で、出現を待って討伐する以外為す術のなかったプルイーナについて、新たな事実が分かった。その上君は、北部のために危険な調査を買って出てくれた恩人であるし、ここにいる間はメルフィーナに代わって快適に過ごせるよう取り計らうのは、当たり前のことだ」

「あ、あー。ありがとう」


 やっぱりメルフィーナのためじゃんと口にしなかったのは、我ながら大人の態度だったと言えるだろう。

 アレクシスがメルフィーナに気を遣っていることが嬉しいし、マリアとしても細々と自分に気を遣うアレクシスなど想像も出来ないので、むしろ納得することが出来た。


「現在、冬の城で一足早く逗留の準備を整えているところだ。君たちが荒野に着く頃には陣の設営も終わっているだろう。可能な限りの食料と物資は現地に用意しておくことになる」


 そうしてアレクシスは、確認のように、オーギュストの他に一人、一行の護衛の騎士が付くこと、案内人として「遠見」の「才能」を持った冒険者と共に、マリアとコーネリアと寝食を共に出来る女性の冒険者が二人、同行することを告げる。


「全員がある程度以上の魔力耐性を持っている。足手まといにはならないだろう」

「むしろ私とコーネリアが一番体力なさそうだね」

「最も貧弱なのは、間違いなくわたしですねえ。荒野には何度も行ったことがありますので、がんばります」

「私は初めてだし、全然想像もつかないから、頼りにしてるよ」


 実際、コーネリアはとても頼りになる。何を見るべきか、そこからどう判断するべきか、どういう状況ではどう振る舞うのが良いかを都度教えてくれるし、ここまで移動する間だけでも、何度彼女のさりげないアシストに助けられたか分からない。


 逆にユリウスは致命傷以外かすり傷と思っていそうなところがあるので、細やかな部分では全くと言っていいほど頼りにならない。大丈夫、いざとなったらそこら一帯を焼き払えばそれで済むことですよと笑って言いそうだし、実行しそうな怖さがあるのでギリギリまで頼りたくないということもある。


「冒険者たちには、君のことは貴族出身の水と地の魔法使いであり、コーネリアはその侍女という説明をしてあるので、話を合わせてくれ」

「わかった。……なんで水と地なの?」

「君は自分の飲料水は自前で出すと聞いていたし、地の魔法は他の属性と違って、言い訳が利かないからだ」


 荒野はずっと強い風が吹いているので風の魔法は目立たないし、火の魔法はメルフィーナから使用を控えるように忠告を受けている。氷の魔法も使えるけれど、この季節に氷を出す用事もないだろうと思うと、なるほど理に適っていると頷いた。


「装備品については明日の夜、オーギュストが戻ってから確認してもらうことになる。足りないものがあればそこで補充し、明後日の昼に同行する騎士と冒険者との顔合わせと打ち合わせを行うので、明日は休養を取るか、ソアラソンヌの貴族街で買い物を楽しんでも構わない」

「買い物はいいかな。またしばらく馬車での移動になるんだよね? 今のうちに脚を伸ばして休むことにするよ」

「わたしもふらふらと出歩ける立場ではないですし、休養に充てることにします」

「僕は少し出かけてきます。レナに何か面白いお土産を探しに」


 そこからは、和やかな雰囲気になって夕食を楽しむことになった。


 料理は十分に美味しいし、全員何度も共に食事をしている相手ばかりだ。今更公爵だ大魔法使いだと緊張することもないはずなのに、それでも少し緊張が抜けないのは、アレクシスの後ろに掛かった肖像画に、何か重苦しいものを感じるせいかもしれなかった。


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