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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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382.あの問題

旅の間のトイレ事情について触れています。苦手な方は読み飛ばしても大丈夫です。

 旅の時間の大半は、馬車に揺られるだけの単調なものだった。


 特に季節が冬ということもあり、箱馬車に籠り外の景色を楽しむということもない。御者をしてくれているクリフと騎乗で護衛をしてくれているオーギュストを思えば退屈だと言うのも申し訳ないけれど、暇を持て余してしまう。


 時々同乗しているユリウスやコーネリアと話したり、持ち込んだカードゲームをしたりしたけれど、ユリウスには全然勝てないし、コーネリアはそもそも勝つ気がないのでいまいち盛り上がりに欠けるものだった。


「でね、地面には穴を掘って、用が済んだら魔法で埋めればいいし、周りはこう、土を持ちあげて壁みたいにしたらどうかなって思うんだけど」

「街道沿いは盗賊が出ることもあるので、あまり護衛の視界から外れるようなことは推奨できないんですが、聖女様なら問題ないだけの高さの壁を作れそうですね。むしろ襲われたときは、そうした壁を作って内側に逃げ込んでもらった方がいいかもしれません」

「そのほうが臭いも気にならないでしょうし、いいかもしれませんね」


 なんの話かというと、移動中のトイレ問題である。


 単身で荷馬車で移動する行商人もいないこともないけれど、基本的に馬車での移動は盗賊を警戒して十から二十ほどの馬車で隊列を組むことが多いらしい。そうなるといちいちトイレのために止まっていられないので、男女に分かれて同乗し、したくなったら例の壺にするスタイルになる。


 同じ部屋で衝立で仕切られていても大分抵抗があるというのに、狭い馬車の中でとなるとさすがにきつい。お互い様だと言われても限界まで我慢してしまいそうだし、幸い今回は馬車一つに顔なじみしかいないメンバーでの移動なので、トイレ休憩を挟んでもらうことになっている。


 この際街道の端の草むらでというのは仕方ないけれど、日本のように細かく管理されているわけでもないので街道から少し外れれば草が生い茂っているし、逆に見晴らしが良すぎるのも落ち着かない。


 出来れば排泄物も深く埋めて隠してしまいたいというのも、マリアとしては当然のエチケットに近いけれど、これは中々理解してもらうのが難しかった。


「レディもそうですが、神の国の人々というのは、環境を快適にすることに並々ならぬ執念があるようですね」

「あっちが快適すぎるっていうのもあるんだけどね……正直、王宮でもちょっとそれで頭がおかしくなりそうになってたし」


 食事と衛生が気になるのは、どうしようもない。メルフィーナもある日突然日本人だった記憶が戻ったと言っていたけれど、それ以前と以後とでは心情的に大分苦労したのではないだろうか。


「聖女様はまだ土魔法はあまり使ったことがありませんよね。とはいえもっと複雑な水と風は随分使いこなしているので、おそらく問題なく出来ると思いますが」

「水と風のほうが複雑なんだ?」

「魔法に必要なのは属性とイメージなので、その属性を持っていても頭の中で発動のイメージがきちんと出来ていないと、上手く効果が出ないんですよね」


 一番難しいのは火で、最も簡単なのは土なのだとユリウスは言う。


「やはり、形のあるものが最もイメージしやすいですね。僕個人の感覚だと土、氷、水、風、火の順で難しいと感じます」

「火かあ。メルフィーナからも、火関係の魔法はあんまり使わないようにって注意されてるんだよね」

「火は制御するのが難しいですし、単純に危ないですしね。魔法の火は出した当人が簡単に消すことが出来ますが、その火が草木に燃え移った場合は水で消火するしかありません。森に燃え移った場合大変な災害になることもありますし、都市部で火事を出したら取り返しがつきませんから。これはレディが教えてくれたことですが、魔法の火は火のように見えて実は火そのものではなく、熱を魔法使いが火とイメージしているから火に見えるのではないかということでした。何でも、物が燃えていないものは厳密には火とは言わないらしくて」


「あ、それは私も習ったことある。ええと、燃焼は酸素と結合して起きるんだっけ。だから酸素がないと火は燃えないし、燃えたものの炭素と酸素が燃焼で結びついて二酸化炭素が出る、とかだったはず……」

「この辺りは是非、腰を据えて研究してみたいところですね! つまり、火魔法は厳密には熱魔法であり、氷魔法も水魔法と実は同種ではないかというのがレディの考察で――」


 ユリウスは、興味のあることを喋り出すと後はもうスイッチが壊れたラジオのようなもので、相手が聞いているかどうかもあまり気にしない様子で話し続ける。コーネリアは微笑みながらうんうんと頷いているし、マリアも興味があるところはちゃんと聴いて質問を返す。


「それにしても、マリア様はユリウス様にトイレの話をするのに、抵抗がないんですねえ」


 一通りユリウスが捲し立て終えた頃、コーネリアはのんびりとした口調で言った。


「うん、まあ、普通の男の人なら話しにくいけど、ユリウスはなんというか……」


 なんと言っても微妙に悪口になりそうな気がして、一度言葉を切る。

 ユリウスは何を言っても大して気にしないだろうけれど、ううん、としばらく言葉を選ぶことになった。


「……ユリウスの方が年上なのは分かっているけど、なんていうか、うちの弟に似てるんだよね」


 ゲームの「ユリウス」は妖艶でお色気たっぷりのキャラクターとして描かれていたので全くそうは思わなかったけれど、目の前にいるユリウスは好きなことに一直線で周囲が見えていない、好きなことをわーっと捲し立てる、子供のようなところがある。


 マリアは体を動かしているほうが好きだったけれど、弟は家で本を読んでいるのが好きなタイプだった。無口ではなかったのでよく身に着けたうんちくを聞かされたものだ。


「弟君と、仲が良かったのですねえ」

「まあ、うん、仲は良いと思うよ。勿論、喧嘩もすることもあったけど」


 理屈っぽい弟に生意気だと憤ることはあったし、あっちもがさつな姉だとため息を吐くこともあったけれど、たまには姉弟で買い物に出ることもあったし、そう年が離れていない姉弟としては仲が良かった方だと思う。


 そんな話をしていると、馬車の動きがゆっくりになって、しばらくして完全に止まる。ドアがこんこん、とノックされてオーギュストの声が掛かり、コーネリアが内側の鍵を外してドアを開ける。


「そろそろ休憩にしましょう。俺はお茶を淹れておきますね」


 オーギュストのエスコートで馬車を降りると、街道の脇の少しくぼんだ場所に馬車が停められていた。クリフが用意した桶にマリアが水を出すと、オーギュストの馬も合わせて三頭の馬が飲み始める。


「コーネリア、ちょっと、用を済ませてくるね」

「はい、わたしはまだ大丈夫ですので、行ってらっしゃい」


 早速移動中に話していたことを試すべく、こそこそと馬車から少し離れる。

 休憩は体を伸ばすことと共にトイレ休憩も兼ねているので、オーギュストも気を利かせてこちらを見ないようにしてくれていた。


 ――気を遣うよなあ。他の貴族の人たちって、どうしてるんだろう。


 多分女性は移動自体をあまりしないのだろうけれど、お嫁に行くときは半月以上馬車で移動することもあるらしい。


 どう取り繕っても、出るものは出るので、そこはもう、割り切るしかないのだろう。

 辺りを見回して下草が少ない場所を選び、大分扱うのが上手くなってきた魔力を練る。そう厚さは必要ないけれど、周囲から視界を遮るための壁を想像する。


 ――魔法は、イメージ。


 マリアを中心に風が吹いて、草がざあざあと音を立てる。また風魔法が発動してしまっていると思っていると、ざらざらと石や砂がこすれるような音が立ち、地面からぼこぼこと盛り上がりながら、壁が生えてきた。


 正直ちょっと気持ち悪い生え方だったけれど、完成するとつるりとしていて、泥で作った壁のような見た目になる。触れてみるとひんやりとしていて、粘土のような柔らかさはなく、どちらかというと陶器に近い触り心地だった。


「これが土魔法……」


 日本ではそれなりにファンタジー小説や漫画も読んでいたので、これで色々出来そうな気もしてわくわくするけれど、今はとりあえず本来の目的を果たすことにする。同じ要領で四方に壁を作り、完全に周りを囲んでから、次は地面に穴を穿った。


 あまり浅くても跳ね返りそうで嫌だなと出来るだけ深くと念じると、ぽっかりと足元に丸い穴が開く。丸くくり抜いたような形で、底が見えないけれど、深い分には構わないだろう。


 用を済ませると腰から提げているポケットの中を探り、小さなポーチを取り出す。中には黄色いスポンジが入っていて、水を出して含ませるとふわふわと柔らかくなった。


 見た目は少し目が粗いくらいで、日本で見かけるスポンジとほとんど同じだけれど、海で採れる天然のものらしい。これで清拭し、使い終わったら再び水の玉を出して中に入れて、削った石鹸を入れ、風魔法と混ぜて攪拌する。


 洗浄を終えると水はそのまま穴に捨てて、スポンジに含まれた水分も魔法で取り除き、元のようにやや硬くなったものをポーチに押し込む。水と風の魔法が使えるマリアとユリウスにしか扱えないけれど、繰り返し使えるトイレットペーパーのようなものだ。


「ふー……やっと落ち着いて出来た」


 やはり、トイレは孤独にするに限る。しみじみとそう思いながら穴を埋めてみんなの元に戻ろうと思った時、ふと、地面に口を開いた真っ暗な穴が気になった。


 底が見えないほど深いけれど、一体どれほど深く穴を空けてしまったのだろう。試しに近くに転がっていた石をこん、とつま先で蹴り入れてみたけれど、丸く深い穴に落ちて行った石が底に着いた音は、とうとう聞こえてこなかった。


 もしかしたら、底などないのではないか。そう思うと、少し怖くなってしまう。


「……うん、考えないことにしよう」


 ただでさえ旅には細かいストレスが多いのだから、気にしても仕方ないことは、気にしない。


 気を取り直して穴をふさぎ、壁が壊れるようにイメージすると、カチカチに固まっていた壁はぐずぐずと崩れて土くれに戻っていく。水を出して手を洗った後は、それをまたいで街道に戻る。


「マリア様、おやつの用意もできてますよ~!」

「やった! 今日は何?」


 トイレを済ませて合流するのも少し気まずいものだけれど、コーネリアが笑って手を振ってくれたので、マリアも軽い足取りで皆の元に走り出した。



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