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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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373.リュックサックと子供時代

「毛皮ってあったかいけど、荷物が嵩張るね」


 裏に毛皮を張ったマントを持ちあげて、マリアが小さく息を吐く。


「あちらではもこもこに着ぶくれたほうがいいわ。寒さもそうだけど、風も吹くらしいから屋外では帽子を被って、耳から口まで覆うマスクも作るから、それも着けてちょうだい」

「そこまで要る? こっちの兵士の人たちは毎年行ってるんだよね?」

「肺が凍るほどの寒さというわけではないみたいだけれど……肌がガサガサに荒れるかもしれないわ」

「あ、お願いします」


 素直に頭を下げたマリアに肩を揺らして笑う。

 とはいえ、メルフィーナ自身が日焼けや肌荒れをしないため、おそらくマリアもそれが適用されるだろう。とはいえ、体を冷やすのは良くないので念には念を入れた方がいい。


「金属が使われているものは全てあちらでは使えないので、代替品を用意する必要があります。不用意に触れるとやけどをするので」

「靴は大丈夫ね。ベルトは出発までには新しいものが届くようにしているわ」


 食糧と天幕はルーファスが手配し、現地に届けてくれることになっているので、こちらで準備するものはそう多くはなさそうだ。


 また、魔力耐性の強い騎士とともに、陣までは女性の冒険者を二人つけ、交代で警護にあたってくれるという。


「あとは陣から魔力溜まりまでの道程の食糧や細々としたものを入れるカバンかしら。軽い携帯食を用意するけれど、運搬に馬が使えないのは不便ね……」

「マリア様の荷物は俺が持ちますよ。野営をしないならそう大した量ではありませんし」

「それくらい自分で持つよ。あ、いいものがあるよ!」


 ちょっと待ってて、とマリアが執務室を出て行き、オーギュストがその後を追ったものの、二人はすぐに戻って来た。


「これ! ずっと仕舞ってたけど結構サイズ大きいから使えると思う」


 そう言って、マリアが取り出したのは、エンカー地方に来た時に背負っていたナイロン製のリュックサックである。マスコットがいくつもぶら下がっていて、某アウトドアブランドのロゴが入っていた。


「真っ黒なんですね。布も何か、不思議な感じがします」


 興味をそそられたらしいユリウスにマリアがリュックを手渡すと、面白がるように掲げたりひっくり返したりした後、うーんと首を傾げる。


「布のように見えますが、布ではありませんね。特にこの、開閉のための金具は王宮に抱えられた彫金師でも再現が難しそうですし」

「ファスナーだよ。あっちでは身に着けるものにはなんにでもついてたし」

「なんにでもですか?」

「うん、カバンだけじゃなくて、靴とかスカートとか上着、開け閉めが必要なのは結構なんにでも」


 リュックがコーネリアの手に渡り、それはすぐにオーギュストに回される。マリー、セドリックと順番に回されて、全員が興味深そうにしていた。


「このままではそれなりに目立ちそうですが、いいですね。背負子とはまた違って、機動力もよさそうですし」

「こっちにリュック的なものってないの?」

「どうなのかしら。言われてみればエンカー村やメルト村で似たようなカバンを見たことはないわ」


 リュックは前世の記憶で知っているけれど、何しろ貴族女性が自分で持ち歩くのはせいぜい日傘か扇くらいのものである。メルフィーナ自身、カバンと名のつくものを持ち歩いたことはほとんどない。


「両手を自由にしておく雑嚢はこう、肩から斜め掛けにするものですね。背負う形だと口は紐を通して絞り、この背負う部分も紐で出来ていて、簡易な荷物入れになるものです。背負子もありますが、そちらは旅のためのものというより村や町などで滞在している宿から市場までの間に背負うことが多いです」

「ナップサックみたいなものかな。小学生の頃家庭科の授業で作ったなあ」


 そもそも日本での旅行などと違って着替えを持ち歩くという感覚がこちらにはない。旅は過酷なものであり快適さとは縁遠く、共同体から共同体へ移動しては補給を繰り返すので、街道を使い順路もしっかりと決まっている。


 とはいえ、下着も含めて着たきりで過ごすのは、マリアにはかなりきついだろう。


 聖女としてというより、メルフィーナやアレクシスのための現地調査である。出来るだけ快適な環境を用意してあげたい。


「これと、似たようなものを作れないでしょうか」

「マリー、リュックが必要なの?」

「私にというより、エンカー地方で小規模な商業活動をしている者には、需要があると思います。現在エンカー地方には色々な商人が訪れますが、村自体が拡大し続けているので」


 個人の馬車を領内に入れるのはそれなりの税が掛かるので、小規模な行商人は乗合の馬車で訪れて、エンカー村で商品の売買をすることが多い。

 村の中を走る乗合馬車もあるけれど、お金もかかるし、荷物の大きさや量によって割り増しされることになるのでほとんどの行商人は徒歩での移動になるのだという。


 村の規模が大きくなっていけば、仕入れにせよ販売するにせよ、訪れる行商人の荷物の量も増えていく。


 村から村への移動には大変な手間が掛かるので、商人は決して商機を逃すまいと端から端まで徒歩で移動することが多いらしい。

 メルフィーナの代理で村に出ることも多いマリーは、そうした行商人を見る機会も多いのだと言う。


「これは使わない時は小さく畳むことも出来そうですし、見た目よりたくさん入って丈夫そうですので、欲しがる者はそれなりにいると思います」

「ファスナーもそうだけど、素材がナイロンだからなあ。全く同じのは難しいんじゃないかな」

「帆布で作ってみるのもいいかもしれないわね。お針子に頼んでみて、試作品を売り出してみましょうか」

「聖女様、僕も背負ってみていいですか?」

「あ、じゃあベルトの長さを調節するよ。といっても私も腰でしょってたから大丈夫かな」


 すっかり話が脱線してしまったのに苦笑する。ユリウスは楽し気に団欒室を歩き回っているけれど、青い髪を優美に伸ばしているユリウスとナイロンのリュックはなんだかやけにミスマッチだった。


 必要なものの確認が終わり、ユリウスとコーネリアは団欒室を退出していった。マリーが新しいお茶を用意してくれたのでのんびりと傾けていると、不意に、ぽつりとマリアが呟く。


「レナは大丈夫なのかな。もうすぐ出発だけど、ここ数日元気がないから、心配なんだよね」


 レナは部屋に閉じ籠ることが増えた。


 ロドが怒って引きずり出そうとするのを、メルフィーナがそっとしておくようにと止めたほどだ。


「ユリウス様も行き先が荒野でなければ同行を許したと思うけれど、今回はさすがに無理だし、仕方ないわね。こちらでもフォローをしておくわ」

 レナはユリウスの魔力に中てられて倒れたことがあり、ユリウスはそれを目の前で見ている。


 到底、レナを魔力に晒される場所に連れ出す気にはならないだろう。


「レナは頭のいい子だもの、本当はちゃんと判っているわ。でも、あの子は置いて行かれることが多かったから、気持ちがついていかないんでしょうね」


 まだ幼い子供だ。環境が変われば不安定になるし、それが繰り返されれば別れや旅立ちに過敏になるのも仕方がない。


「セドリックがエンカー地方を離れた時も、たくさん泣いていたのよ」


 水を向けると、セドリックはささやかに苦笑を漏らす。


「ユリウス様が眠ってしまって、あの子、自分に出来ることをしようとすごく頑張っていたの。本当は、レナがユリウス様を起こしてあげたかったんでしょうね」


 マリアがこの世界に来ていなければ、何年掛かっても、きっとレナはそれをやり遂げただろう。

 コーネリアの魔法を解明しようと自傷までした子だ。ユリウスを目覚めさせるために子供時代を捨てて、目的を果たす以外のことを置き去りにして、どんな手段だって使ったはずだ。


「あまり小さいうちから思いつめたり我慢したり、気持ちを抑え込むのは良くないわ。大人になってから反動が出るもの。ああして拗ねてみせるくらいが健全よ」

「私も、そう思います」


 両親の愛情が欲しくて子供であることを早々に止めたメルフィーナの言葉に、たった五歳で親元を離れて公爵家に入ったマリーが頷く。


 マリーの肩を抱いて軽く頭を添わせると、ふ、と細い体から力が抜けたのが伝わってきた。


「木に登って抗議しないだけ、レナは我慢強いほうよね?」

「メルフィーナ様……意地悪です」

「ふふ」


 メルフィーナが笑うと、マリーも目を細めて、口元を優しく綻ばせる。


「急いで大人になることなんてないのになあ」

「そうね。そうならなければならない時は、必ず来るわ。だからそれまでは、領主邸の可愛いレナでいていいのよ」

「メルフィーナ様、そういう行いには甘いですよね。ウィリアム様の時も、追い返すこともしませんでしたし」

「あら、オーギュスト、私を誰だと思っているの」


 その言葉にメルフィーナは微笑む。

「私はお飾りの妻であることを拒絶して、翌年には未曽有の飢饉が訪れると知っていたのに公爵家を出奔して王都に向かうこともしなかった公爵夫人よ」


 あの時メルフィーナにあったのは、自分の人生に課してきた努力の全てが無駄だったことへの悔しさと、レールを敷かれたような理不尽な運命への怒りだった。


 今思えば、全てを捨ててただ楽に生きるだけなら、他に方法もあっただろう。


 持参金はしばらく引き出すことが出来ただろうし、手持ちの宝石や毛皮を売れば当面暮らしていくのに困ることのない現金も手に入ったはずだ。

 もしかしたらこことは違うどこか遠い場所で、小さな商店でも営んでいる未来もあったのかもしれない。


 今抱えている悩みも未来のことも何一つ関係ない、平民のメルフィーナとして気楽に生きることが出来たかも。


 ――でも、私はここでよかったわ。


「突飛な行動は人のことを言えた義理でもないし、欲しい物のために走り出す子の応援をすることはあっても、それを咎めたりなんてしないわ」


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