372.現地調査と同行希望
「出ると決まったなら一刻も早く動いたほうがいいでしょうね。プルイーナの出現までにはまだ時間がありますが、それでもすでに冬が来ています。少なくとも雪が降り出す前に行って戻って来るのは、譲れません」
方向性が決まったことですっかり調子を取り戻したらしく、きりりと表情を引き締めたオーギュストの言葉に、メルフィーナも頷く。
プルイーナの出現はある程度時期が決まっていて、年越しを境として前後四週間だと聞いていた。
そう遠からず雪が降り始める時期である。足回りのことも考えれば出来るだけ急いだほうがいいだろう。
「ソアラソンヌまで馬車で三日で、そこから冬の城まで四日から五日ほどよね」
「はい。そこから先は馬が使い物にならなくなるので、徒歩で半日ほど歩いてプルイーナとサスーリカを待ち受ける陣を組む場所があります。今回はそこからさらに歩くようですが……」
女性にしては体力がある方だとは言え、マリアをつれての現地調査は何が起きるか分からない。出来るだけ負担が掛からないよう余裕を持たせて、かつ、安全には最大限の配慮をするべきだろう。
「少なくとも十日から二週間は見ておいた方がいいわね。現地に着いてから不測の事態が起きる可能性もあるし、出来れば魔力耐性の高い護衛の騎士か兵士をあと数人はつけたいところだけれど」
「ああ、じゃあ僕も同行しますよ」
護衛に関してはアレクシスに依頼すれば手配してもらえるだろうか。そう思っていると、ケーキを食べきったユリウスが軽く手を挙げて告げる。
「ユリウス様がですか?」
「これでも当代一の魔法使いです。魔物は魔法では倒せませんが、頭の使い方はこの国一番だと自負しています。バックアップは任せてもらっても構いませんし、それ以外にも何かの役には立つと思いますよ」
「では、わたしも同行します」
ユリウスに引き続き、コーネリアがにこにこと笑みを浮かべながら同じように手を挙げて続けた。
「わたしは神官としてプルイーナ戦には毎年参戦していましたし、陣までの移動にも慣れています。それに、女性が同行した方がマリア様も安心できるでしょうし、天幕の中まで一緒にいられる者がいた方がいいと思います。なんと言いますか、あの荒野は、気味が悪いので」
大抵の事には動じないコーネリアをして気味が悪いという曖昧かつ不穏な表現に、メルフィーナも自然と姿勢が伸びる。
メルフィーナにとってはゲームの舞台のひとつであり、伝聞でしか知らない場所ではあるけれど、そこは北部最大の懸念にして多くの騎士と兵士の命を呑みこんできた土地だ。
実際にその場に立てば、きっと恐ろしい気持ちになるのだろうと想像するくらいは出来る。
「あちらでの野営の対処法や、もしマリア様の手の回らないところで怪我人が出たら、その治療もお任せ下さい」
ユリウスは本人が言う通り、膨大な魔力量と知識を持つ象牙の塔の第一席である。攻略対象としての実力は申し分なく、実戦だけでなく魔力溜まりに関しても、彼の目を通して見ればゲームの知識以外の発見もあるかもしれない。
コーネリアは治療を必要とする現場に足を運び続けた神官であり、おっとりとした性格とは裏腹に非常に有事に強いことは、メルフィーナもすでに知っている。突発的な魔物の討伐にも足を運び、悪疫の際には思いもよらない胆力を見せてくれた。
なにより騎士も兵士も男性職である。オーギュストはともかく、慣れない男性に囲まれて半月近くを過ごすのはマリアも気づまりだろう。気心の知れたコーネリアが傍にいてくれれば、随分心強いに違いない。
「二人とも、すごく寒くて、きっと大変な仕事になると思うけれど、いいのかしら……」
ユリウスはメルフィーナに雇われている錬金術師だし、コーネリアも家庭教師の名目で滞在してもらっている。
エンカー地方は北部の一地域ではあるけれど、オルドランド家からは独立した土地だ。二人には必ずしも、プルイーナ対策に参加する必要はない。
「あ、ええと、調査に行きたいのは私の希望だから、二人に大変な思いはさせたくないかな」
ようやく正気付いたようにマリアが顔を上げる。ユリウスもコーネリアも、年上らしく微笑まし気な目をマリアに向けた。
「聖女様には助けてもらった恩がありますし、何より友達ですから。やりたいことの手助けをするくらい友達なら普通ですよねきっと」
ユリウスの言葉に頷くと、コーネリアは頬に手を当てて、ほう、とため息を漏らす。
「わたしはすでに聖職を失った身ではありますが、プルイーナ討伐は本当にひどい状態の怪我人を診ることになりますから、少しでも被害が軽くなるならお手伝いさせていただきたいんです。それに、頑張ったらきっと料理長が美味しい食事を用意して待っていてくれると思うので」
毎日美味しいですけれど、と幸せそうに言うコーネリアには、迷いは見られなかった。
ユリウスは出来ることをやると言っているだけだし、コーネリアは慈愛の人だ。それぞれがマリアと同行する理由は、それだけでいいのだろう。
「マリアも、それでいい?」
「うん、正直すごく心強いよ!」
オーギュストも含めて、領主邸でもよく一緒にいる面子だ。マリアも安心して調査に挑めるだろう。
「二人が一緒に行ってくれるなら、私も随分安心できるわ。じゃあ、すぐに出立の用意を始めましょうか。セドリック、オーギュスト、コーネリアも、必要な物資について意見を聞かせてもらえる?」
「お任せください」
「ちょうどルーファス様が来ているので、馬や天幕は領都のほうで揃えてもらいましょう。あとは防寒具や糧食に関してですが――」
「はいっ! メル様! レナも! レナも調査に行きたいです!」
話がまとまりかけたところで大きく手を挙げたレナの言葉にメルフィーナが返事をする前に、隣に座っているロドがごつんと後ろから拳骨を落とす。
「痛い!」
「馬鹿! お前が行けるわけないだろ!」
「なんで!? レナも役に立つよ!」
もう一度、無言で握った手を振り上げたロドに素早くユリウスが割り込む。
「まあまあ、落ち着いて。暴力はいけないけど、ロドの言うとおりだよレナ。向かう先は寒さの厳しい荒野の魔力溜まりだし、レナは人より魔力耐性が強いわけでもないからね。体が小さいほうが魔力の影響を受けるということは知っているだろう?」
「寒さにも、体が小さい方が弱いですよ。子供はすぐに風邪をひきますし、風邪はわたしには治せませんから」
「ったく、「演算」持ってるくせに十日から二週間分のお前の分の食料や水がどんくらいの荷物になるか、計算もできないのか? 足手まといどころか足を引っ張ることにしかならないから、大人しくここで待ってろ」
ユリウス、コーネリア、ロドに立て続けに言われて、レナは頬をぷっくりと膨らませてユリウスの手を振り払い、椅子から飛び降りる。
「レナだって役に立つもん! 子供扱いしないでよ! お兄ちゃんのばかっ!」
「おい! こらっ!」
「いいよロド、僕が行く。レディ、必要な物資のリストが出来たら見せてください。何か追加が要りそうならそこでお願いしますので」
衝動に背中を押されるように団欒室を飛び出していったレナを追いかけようとするロドを止めて、ユリウスはそう告げるとレナの後を追って団欒室から出て行ってしまう。
半刻ほど前とそっくりな光景に、メルフィーナとマリー、セドリックはなんとなく笑ってしまったけれど、当事者にとっては微笑ましいでは済まない光景だったようだ。
マリアは真っ赤になった頬を両手で覆ってううう、と低く唸り、オーギュストは手のひらで額を押さえて、なんとも苦悶するような表情を浮かべていた。