358.秋の収穫
マリアが連れてきた鷹はマントに包んだまま蓋付きの籠に入れると、大人しくその中に納まっていた。ひとまず天幕の暖かい場所に置いて様子をみることにする。
鷹は繊細な生き物だ。必要以上の光や音は遠ざけたほうがいいし、怪我が治っているとはいえ治療魔法では失った血は戻らない。当面、食事を与え保温する必要があるだろう。
ウルスラを天幕に仕舞ったところでウロウロとしていたフェリーチェも落ち着きを取り戻したらしく、今はウィリアムと落ち葉を舞い上げて走り回って遊んでいる。
「子供って元気だねえ」
「私達も一応、あちらではギリギリ子供の年齢だけれどね」
「体を動かすのは好きだけど、さすがに風の子とはいかないかなあ」
マリアとそんなことを言い合いながら、ベンチを並べて小さなストーブを置き、温かいお茶を淹れてまったりとしていると、ようやくコーネリアたちが戻ってくる。
満面の笑みを浮かべたコーネリアとロドは、いかにも採取に満足したという様子だ。スヴェンが片手で鴨の脚を掴んで逆さづりにしていて、遅くなった理由はあれだろうと誰ともなく目を見合わせた。
「ただいま戻りました。たくさん採れましたよ!」
そう言ってコーネリアとロドが下ろした籠には、栗やクルミといった比較的ごろごろと落ちていたものとともに、西洋梨のような形をしたカリンの実や小ぶりな山りんご、濃い紫に色づいた山ぶどう、土がついたままの山芋に割れたアケビやザクロが入っている。やや詰め込み過ぎて、籠から苦情が聞こえてきそうなほどだった。
「スヴェンさんすごいんですよ。途中の川にいた鴨を弓で一発で仕留めたんです。それはもう、鮮やかで」
「弓は祖父に教わったのですが、久しぶりだったので無事に命中してよかったです。半矢で獲物を逃がすことは絶対にするなと厳しく教えられたので」
照れくさそうに笑うスヴェンは、茶色の髪に薄い茶色の瞳の朴訥かつ穏やかそうな青年だ。悪疫の際にコーネリアと親しくなったということで、今日はチームが一人足りないということで助っ人に入ってくれることになった。
オルドランド家の騎士や兵士はプルイーナ戦のため、弓も一通り修めると聞いていたけれど、スヴェンはエンカー地方の若者で、志願して兵士候補になったと聞いている。
「もしかして、祖父って猟師のゴドー?」
「はい、そうです。メルフィーナ様には、犬と暮らせる機会を頂いて祖父は本当に感謝していました。メルフィーナ様のお役に立つようにと私も兵士になるよう言われたくらいです」
「あら……、そうだったのね」
「勿論、私自身の希望もありました。祖父の跡は父が、その跡は兄が継ぐことになっていましたが、私はエンカー地方に骨を埋めたいという気持ちがあったので」
如才なく笑って告げるスヴェンの隣で、コーネリアがマリアにこれは甘酸っぱくて、こちらは炒め物にしても美味しくてと説明していて、ロドもこれは木に登って採った、こっちは岩に登って採ったと自慢気な様子だった。
「釣り竿があれば魚も釣れたのですが、釣りは時間がかかるのでまた今度ということになりました」
「湖に氷が張ったら、氷に穴を開けて釣るそうです。冬のお魚は脂が乗っていて美味しいらしくて」
「野菜も雪に埋めてしばらくすると、身がしまって甘くなるものも多いですよ。汁物にすると美味いです」
スヴェンの言葉にうっとりとしているコーネリアは乙女のような様子だけれど、彼女の瞳を輝かせているのは冬の味覚であり、色っぽい話でもなさそうなことに苦笑が漏れる。
「色々採れてすごいけど、今日はキノコ狩りじゃなかったの?」
マリアのもっともな言葉にコーネリアはうふふ、と頬に手を添えて笑う。
「キノコはきっと皆さまが沢山採ってきてくれると思ったので、私達は他の物を採ろうかということになりまして。栗は焚火で焼いただけで美味しいですし、こちらの芋も焼いても汁物に入れても美味しいんですよ」
「自由だなあ」
「勝負っけがありませんねえ」
オーギュストも苦笑しているけれど、彼女にしてみればキノコ狩りで一位を取るより今日の昼食がより彩りよく美味であることが一番大切なのだろう。
スヴェンが羽を毟ってくると告げて、ロドも手伝いに近くの沢に行ってしまう。コーネリアはベンチに腰を落ち着けると、マリーが出したミルク入りの温かいお茶を嬉しそうに傾けていた。
「この季節は鴨も脂が付いてくるので、汁物がすごく美味しいそうですよ」
「キノコや木の実もたくさんあるし、アヒージョ……油で煮てみましょうか。肉のうまみと野菜やキノコのうまみが油に溶け出して、すごく美味しいのよ。厚めに切ったパンと合わせてもいいし、ワインともエールともよく合うわ」
「それは、とても素敵ですね!」
温かい飲み物を飲んで体も温まったらしく、頬を赤くしたコーネリアが嬉しそうに笑う。ややして、羽を毟って首と脚を落とし、すっかり丸鳥状態になった鴨を持ってロドとスヴェンが戻ってきた。
片方は鳥を生きたまま連れて帰り、もう片方は食材としか見ていない。中々対照的な結果になったものだ。
一応キノコ狩り勝負ということで、テーブルの上に成果を並べてみたものの、ユリウスチームはなぜか毒や幻覚作用のあるキノコばかりだし、マリアチームはトリュフの塊をいくつか取ったところでウルスラに遭遇したらしく、成果は少ない。コーネリアチームはこの有様なので、相対的にのんびりとキノコだけ探して採取していたメルフィーナたちの勝利となった。
「トリュフを見つけたのはすごいわ。土に埋まっているから、探すのは大変だったんじゃない?」
「それが、フェリーチェが掘り返して持ってきてくれたんだ。トリュフって犬で探すんだっけ?」
「豚に探させる方法はあるというけれど、その場合豚が食べちゃうから、首に縄を付けてこう、見つかるとぐいっと首を絞めて離させるみたいね」
「え、豚、可哀想じゃない?」
「この辺りではキノコ食はそれほど広まっていないみたいだし、放っていた豚が食べ放題だったでしょうね」
黒い塊にしか見えないトリュフを手に取って「鑑定」してみる。黒トリュフらしく、セドリックにナイフを借りて両断すると、トリュフの特徴であるマーブル模様が綺麗に浮いていた。
「私、トリュフって食べたことないけど、美味しいの?」
「味より香りを楽しむものだけれど、美味というより珍味かしら」
両断した片割れをマリアに渡すと、近づけてクン、と鼻を鳴らす。メルフィーナも同じようにしてみたけれど、まず最初に香るのは湿った森の落ち葉のような匂いだ。
「……なんか、土の匂い?」
「ほんのりナッツの匂いもするわね。栗や楢の木から生えていたのかしら?」
「あとはちょっとチーズっぽいかも」
マリアは、微妙に良さが分からないと素直に表情に出している。トリュフは高級食材だが、分かる人には分かるという一面が強いものだ。
メルフィーナも前世で何度か口にする機会はあったけれど、美味しいと飛び上がるようなものではなかった。
「スタンダードにパスタに削って入れてみたり、オイルに漬けてみたりしてみましょう。生は結構好き嫌いが分かれるけれど、削って乾燥させて塩と混ぜたものをステーキに使うと割と万人受けする味になると思うわ」
「ステーキ! いいね!」
先日サーロインステーキを出した時のことを思い出したらしく、マリアが嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
鴨はアヒージョの他、一部はグリルに使わせてもらうことにして、栗や芋は火を焚いて熾火にした後で埋めて蒸し焼きにする。
調理が進んでいくと、辺りに肉と果実のなんともいい匂いが漂ってきた。
「ザクロはちょっと酸っぱいから、蒸留酒に漬けて果実酒にしてみようかしら。甘酸っぱくて美味しくなるわ。山りんごも使わせてもらっていい?」
「勿論です。メルフィーナ様にお任せすると、何倍も美味しくなって戻ってくるでしょうし」
「ふふ、漬け上がるのに二か月くらいかかるけれど、ちょうど一番寒い時期だから、果実酒で温まるのもいいわね。カリンはジャムにして、チーズと合わせるのもいいわね」
「冬も楽しみですねー」
秋の味覚を楽しんでいる最中なのに、もう冬の味覚に思いを馳せているコーネリアにクスクスとマリアが笑う。
「そうね、冬もきっと、いい季節になるわ」
かつては過酷で失うばかりだった冬も、寒さを遠ざけ、食料を確保し、ゆっくりと裁縫や新しい料理や技術の試作に挑戦できる季節にしていければいい。
離れたところで戦う人に思いを馳せれば胸は痛むけれど、戦えない自分も暖かい場所で美味しいものを用意して待つことはできる。
不安に心を押し潰すのは止めよう。
自由に生きると決めた時から、先の見えない理不尽な運命に立ち向かう覚悟は、もうついているのだから。




