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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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348.魔法制御とお肉の熟成

「聖女様の力は、非常に大雑把というか、いっそ雑なくらいであると思います」


 心から楽しそうな表情で言うユリウスに、マリアは渋い表情を隠さなかった。もはや表情を取り繕う気すら起きないほど、ユリウスのあけすけな言葉に晒された後なのだろう。


「逆に、魔力なんて目に見えないものをどうやったら細かくコントロール出来るのか、そっちのほうがわかんないよ」

「人は通常、肉体の維持に必要な分の呼吸をしますし、寝ている間は呼吸の数が減り、走り回れば非常に増え意識せずとも必要に応じて制御しています。魔力も同じですよ。出したい効果に対してどの程度の魔力が必要かは自然と分かる……というより、それが分からないと魔法は発動しないと言っても過言ではありません」

「うーん……メルフィーナは? やっぱり自然と分かるの?」


 納得いかない様子のマリアに聞かれて、メルフィーナは緩く首を横に振った。


「私は、風の属性はあるけど魔法は使えないの。魔力が少ないことと魔力の耐性がないからだと思っていたけれど、もしかしたら魔力の使い方を理解できていないのも理由のひとつなのかしら?」


 属性のあるなしは神殿で「祝福」を受けたときに伝えられたけれど、貴族の、特に女性にとっては魔法の有無はさほど重要視されることもなく、それ以前も以後も魔法を発動させたことは一度もなかった。


「マリアは発動はするのだから、一応使うことは出来ているのではないかしら?」


 彼女が水を出したりグリセリンを「分離」するのは何度もこの目で見ている。確かに劇的な力であり、細やかな制御が出来ているとは言い難いけれど、それが大きな問題になるようにも思えない。

 だが、ユリウスには別の意見があるようだった。


「聖女様の場合は使えているというより、力業で発動させている、というのが近いですね。聖女様、試しに水を出してもらえますか?」

「ええー、まだやるの……」


 ユリウスの言葉にレナが桶をさっと持ち上げる。どうやら同じことを散々やらされた後らしく、マリアは食傷気味にボヤきつつ、素直に空っぽの桶の前に手をかざす。


「水~出ろ~出ろ~!」


 半ばヤケのように念じると、ふわりと空気が動き、マリアの黒髪を揺らす。翳した手から揺れる水の玉が現れて、それはあっという間に大きくなって、マリアがふう、と息を吐くとぱしゃん! と音を立てて桶の中に落ちる。


「ね? 水魔法だけでなく風魔法も発動していたでしょう?」

「え、あっ、そういえばそうですね」

「おそらく打ち消し合って効果として視認できないだけで、火や氷、地の魔法も出ていると思うのですよね。僕も現在確認されている全ての魔法属性を持っていますが、今聖女様がそうしたように水と風の魔法を同時に扱うのは、かなり繊細な制御が必要になります。聖女様の場合、とりあえず全ての魔力を放出して、その中から水よ出ろと念じることで水魔法を発動させているのだと思います」

 風が吹くのは水魔法に引きずられた副産物で、火や氷や地はただ見えないだけだというのがユリウスの仮説らしい。

「それはなんというか……無駄が多そうね」


 一般的に魔法使いは魔力に対する耐性があるけれど、他の人がマリアと同じことをすれば体が耐えられないだろうことは想像に難くない。ソフトの出力の高さにハードが付いていかないはずだ。


「ええ、おそらく聖女様の本来の魔法は、こんな桶に水を満たすようなものではないのでしょう。純粋に水魔法だけを行使するなら、それこそ雨を呼び、川を氾濫させ、山を崩すことすら可能かもしれません」

「確かに書物のマリアは、祈ることで雨を降らせていたけれど」


 ちらりとマリアを見ると、ふたたびぐったりとテーブルの天板と仲良くなっていた。


「この二人と話していると、自分がどんどん人外っぽい気がしてくるんだけど」

「実際聖女様は我々の言う「人」の枠の中に納まりきらない存在だと思いますよ。全ての人間が聖女様のような力を持っていれば、それこそ大地が裂けて粉々になるまで人は己の欲を満たすために争い、今のような社会を形成することは不可能だったはずです。欠損さえリスクなしで満たすことが出来れば、当然ながら教会や神殿の抑止など働くこともなかったでしょう」

「それはちょっと、大袈裟じゃない?」


 懐疑的に聞くマリアに、ユリウスはからからと笑う。


「人の欲というのは計り知れませんが、生憎というべきか幸いというべきか、我々一人一人はその欲望に対して持っている肉体の性能は非常にか弱いものです。たとえばそこにいる友人は、おそらく単騎では王国で一番の剣の使い手でしょう。彼に剣を握らせれば農民が束になって襲い掛かっても敵うものではありません。二十人や三十人くらいなら、たとえ相手が武器を持っていたとしても相手にならないでしょうね」


 水を向けられて、セドリックはむすっと唇を引き締めるけれど、その言葉を否定はしなかった。


「ですが、これが五十人になれば雲行きは怪しくなってきます。何しろ人間一人を斬り伏せるというのはそれなりの力が必要ですし、それを三十回も繰り返せば単純に疲れてきますから。腕が疲労し、剣が重たくなり、息が上がって来る。人間の肉と骨を叩き切ることで剣自体も脂でぬめり、切れ味も悪くなってくる。それに構わず襲い掛かられ続ければ、どんな剣豪もやがては戦闘職ではない農民の誰かに討ち取られる瞬間が必ず訪れます。ですがもし、友人が回復魔法の使い手で際限なく肉体の疲労を回復し続けることが出来ればどうでしょう。飛んだ腕を即座に再生し、呼吸も、睡眠すら制御できたとしたら」


 それはもう、人の形をした兵器のようなものだ。マリアも言わんとすることは分かったようで、うーん、と低く唸る。


「でも、セドリックはそんなことはしないでしょう。する理由もないだろうし……」

「ですが、それを「する」者は必ず現れます。ええ、人と言うのは欲深いものなので」


 実際、そうだろう。この世界で戦争が起きないのは治癒を神殿と教会が独占し、その特権をもって戦争を禁止しているからというのが大きいけれど、歴史を紐解けば戦争が一切行われていなかったわけではない。小規模な小競り合いから領地同士の戦闘まで理由も規模も様々だ。


 神殿や教会という抑止のなかった前世でも、どれだけ文明が発展しても、人は争いをやめることは出来なかった。


「この能力を持っているのが聖女様で、この世界の人間は幸いだったのでしょうね。その気になれば世界を支配するのも容易い、聖女様の持っているのは、そういう力ですから」




     * * *


 一足先に領主邸に戻り、マリーとセドリックを伴って地下室への階段を下りる。地下室全体の温度が低いけれど、その最奥は氷の魔石を使った冷凍室になっているので、非常に低温に保たれていた。


「ユリウス様とマリアは、あまり相性がよくないかもしれないわね」


 ぽつりとぼやくと、マリーはおもわし気に表情を曇らせる。


 ユリウスは決して悪人ではないけれど、では善良な人間かと言われると善良の定義にもよると言わざるを得ない、微妙なラインの人物だ。知識欲が旺盛で、好奇心が強く、そしてその欲望を抑えることが苦手で、かつデリカシーもあまりない。強く注意すればそれ以降は改善するのでマシかもしれないけれど、逆に言えば、注意されていないことにはまったくの無頓着だ。


 出会い頭にマリーはそのあけすけさに傷つけられたし、メルフィーナも無邪気な無神経さに肝を冷やす一面があった。


 今のマリアは精神的に安定しているように見えるけれど、エンカー地方に来たばかりの頃のマリアがユリウスと関わらずに済んだのは幸運だったのではと思うほどである。


「マリア様は努力家なので、頑張ってしまうのが裏目に出ることも、あるかもしれません」

「いざとなったらオーギュストが止めてくれるとは思うけれど、心配ではあるわね」


 三分割された地下の小部屋のうち、かつてユリウスが一年近く眠っていた部屋に入る。魔石の出力を弱くしてあの頃よりやや温度は上がっているけれど、それでも保管した氷が解けない程度の低温が保たれた室内は、今は牛や豚の枝肉が天井からフックで吊るされていた。その中のひとつを触れるギリギリの位置で指をかざし、「鑑定」を発動させる。


「こちらのお肉はもう良さそうね」

「では、下ろしますね」


 セドリックが肉を吊るしていたフックから外してくれる。脂がにじみ出しててらてらと輝き、良い塩梅だ。


「寒いから、早く出ちゃいましょう」


 いい加減見慣れてはいるけれど、地下室に肉が吊るされている光景というのは中々怖いものだ。そそくさと外に出ると、魔石のランプの明かりが廊下を照らしていてそれにほっとする。


「肉を塩にも漬けずにずっと保管しているというのに、未だに慣れません。これも吊るしたのは大分前ですし」

「長いと一か月程度はエイジングするものね。でも、とても美味しいでしょう?」

「はい。……贅沢な話ですが、以前はあれほど潰したての肉が特別な食べ物に思えていたのが不思議なほどです」


 肉の長期保存が難しいこの世界では、肉は家畜を潰したらすぐに食べるか、大量の塩で漬けて保存性を上げたり干し肉にしたりするのが一般的だ。ステーキやローストビーフのような食べ方は一部の貴族しか出来ないとても贅沢な料理であるけれど、肉を寝かせるという技法がないため、硬くて歯ごたえがありすぎる料理である。


 前世では食肉は通常、特に牛肉はエイジングと呼ばれる熟成期間を置くのが当たり前だった。それにより肉の死後硬直が解けて肉質が柔らかくなるだけではなくアミノ酸といったうまみ成分が凝縮されて、風味を深く引き出すことが出来る。


 今日のために下ろした肉は子牛の腰の部分、いわゆるサーロインと呼ばれる部位だ。


 すっかり疲れている様子のマリアに、マッシュポテトを付け合わせにして、美味しいステーキを焼いてあげようと思う。


「今は、子牛はレンネットを取るために潰しているし、基本的に成牛はミルクと農業用だけれど、いずれ食用牛として特別な育て方を試してみたいわね」

「特別な育て方をすると、どうなるのですか?」


 不思議そうに聞いたマリーに、思わず表情が綻ぶ。


「とても美味しいお肉が取れるわ。脂肪分が肉に網のように入って柔らかくて、厚いステーキにしてもナイフがすっと入り、薄切りにしてさっと熱湯に通しただけで口の中で解けていき、幸福感だけが残るような素晴らしさよ」


 マリーとセドリックがごくり、と喉を鳴らす。


「いつか二人にも食べさせてあげたいわ、特別な牛のお肉というのは、それはそれは美味しいものなんだから」


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