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335.かっこいい彼女たち

 針子たちと別れ広場に戻ると、ひっきりなしに大鍋を補充して配布されていたスープもとうとう底を突いたらしく、混雑していた領主邸のブースはすっかりと人がはけていた。


「メルフィーナ様、おかえりなさい。鍋類はおおかた片付いて、あとは手伝いを頼んだ人たちに領主邸まで樽を運んでもらうところです」

「お疲れ様。ずっと任せてしまってごめんなさいね。本格的な片付けは後でやるから、ラッドも奥さんとお祭りを楽しんできてちょうだい」


 そう言って、エドとクリフの分もと告げて銀貨を三枚、ラッドに手渡す。こうした報酬のやり取りには慣れているのだろうし、人の目も多いということもあるのだろう、ラッドも領主邸にいる時より丁寧に頭を下げて礼を告げる。


 領主邸の管理する場所にメルフィーナがいるとずっと人が訪ねてきてそこで拘束されるので、祭りの前半はアレクシスやマリー、ウィリアムとの団欒も兼ねて祭りを見て回っていた。普段とは品ぞろえが違う屋台が立ち並ぶ通りを歩いたり、新しい店を覗いたりしていたけれど、このお祭りは基本的に家に着くまで明るい時間内に終わるということで、まだまだ人が多いとはいえ、お祭りもピークを過ぎた雰囲気があった。


「メル様! やっと会えたー!」


 ぽすん、とメルフィーナのスカートにレナが飛び込んでくる。その後ろから兄のロドとユリウス、小さな少女を抱いた男性と困ったように笑う女性が近づいてくる。


「レナ、あなた領主邸でいつもこんな振る舞いをしているの?」

「今日は特別! お祭りだから」

「こいつ、しょっちゅうメルフィーナ様に甘えっぱなしだよ。時々一緒に寝てるしさ」

「しょっちゅうじゃないよ、たまにだもん!」

「それが甘えたっていうんだろ」


 レナはぷう、と頬を膨らましているけれど、時々メルフィーナの寝室に潜り込んでいるマリアとしては、中々耳に痛い話である。


 やりとりからして、二人はロドとレナの両親のようだ。二人とも優しそうな雰囲気だった。


「ニドとエリは楽しんでいる?」

「はい、先ほどエンカー村に着いたばかりですが、とてもにぎわっていますね。去年とは随分雰囲気が変わりましたが、とても楽しいです」

「人が一気に増えてしまったから、誘導や治安維持も含めてまだまだ試行錯誤の段階ね。今後メルト村で行うお祭りのモデルにもなるだろうから――あら」


 男性に抱かれた女の子がメルフィーナに手を伸ばしたことで言葉が途切れ、メルフィーナは覗き込むように見つめて、唇を綻ばせる。


「まあ、サラ。会うのは久しぶりだけれど、随分大きくなったのね」

「はい。最近は少しずつ喋るようになってきました。サラ、メルフィーナ様だぞ」


 小さな子供の年齢は分からないし、外国人の容姿になるとなおさらだ。マリアには二歳から三歳くらいに見えるけれど、その仕草はあどけなく、焦げ茶色の瞳で不思議そうに覗き込むメルフィーナを見つめていた。


「ふふ、本当に可愛いわ。ふくふくとしたほっぺで、健康そうね」


 メルフィーナの相好が分かりやすく崩れていて、声もいつもよりかなり甘い。伸びてきた小さな手に指を掴まれて、嬉しそうに笑っている。


「ロドもレナも、妹が可愛くて仕方がないでしょう? ユリウス様も戻ってこられたし、一緒に暮らしたい?」

「うーん、俺は仕事場に行くのが大変になるから、今のままでいいかな。あ、でも冬場は現場の仕事は減るから、その間は戻っていいかも」

「レナは領主邸にいるよ。会いたくなったら会いに行けばいいし」


 マリアの感覚では二人ともまだまだ子供だというのに、親元が恋しいという感覚はあまりない様子だった。特にレナは、あっさりとしたものだ。


「いいの? ユリウス様がいれば実家で暮らしても構わないのよ?」

「いいよ! レナにはやることがあるから!」

「んじゃ、俺もそうするよ。レナがいないとユリウス様も戻ってこないだろうし、ウィリアム様とは冬の間しか会えないしさ」


 それで話はまとまったらしい。メルフィーナとしては家族を離したままでいるのはあまり望ましい状態ではないと思っている様子だけれど、当の本人たちはあっさりしたものだった。


 今日は家族でのんびりすればいいとメルフィーナが告げると、挨拶を済ませて彼らは祭りを楽しむべく、人ごみの中に交じっていった。


「ユリウスも、なんだか家族みたいだね」

 身長は一家の父親よりずっと高いし容姿もまるで違うというのに、ロドとレナを含めて兄妹と錯覚するほど馴染んでいる様子だった。

「去年の夏から冬までロドとレナの実家で一緒に暮らしていたから、仲良しなのよ。無事に戻ってきて、随分喜んでいたわ」

「そうなんだ。なんかいいね」


 ゲームのユリウスといえば、色気たっぷりの雰囲気と思わせぶりな言動でヒロインを翻弄するキャラクターだった。魔法の研究のために気負いも悪意も無くとんでもないことをするし、最初にヒロインに接触してきた理由もこれまでとは違う魔法を使う存在だからというものだ。


 今のユリウスは、なるほどちょっとマッドだなと思うことはあるけれど、ゲームの中のような退廃的な雰囲気はかけらも感じない。レナやロドに交じっていると、屈託なく好奇心の強いだけの少年のように見えることさえある。


 その後は、メルフィーナの元にひっきりなしに客人が訪れた。


 どこかの大きな商会の会頭であるとか、水運をまとめているリーダーであるとか、祭りで供されている加工肉の輸出を検討してほしいという願い出などもある。基本的にそういう申し出は文官たちを通して陳情が通常のルートらしいけれど、メルフィーナと顔をつなぎたいという者は多いらしく、お祭りの熱気にまぎれてということのようだ。


 メルフィーナもそうなることは織り込み済みで、領主邸のブースに戻ったのもこういうやりとりも領主の仕事のひとつだからだという。


 セドリックや兵士たちの誘導があるとはいえ、訪ねて来る一人一人に、メルフィーナはきちんと対応していた。その左右にはマリーとセドリックがついていて、ウィリアムはすぐ傍でメルフィーナの様子を見ている。


 アレクシスはメルフィーナの領主としての仕事を邪魔しないようにだろう、少し離れたところにいた。


 面倒がる様子もなく相手の名前を聞いて、話を聞いて頷き、それならどこそこに相談するといいとか、その条件では無理だとはっきり問答している様子は、マリアから見ても毅然としていて、すごく。


「かっこいいんだよなあ、メルフィーナって」


 思わずぽつりと言葉が漏れる。幸い聞こえたのは、隣にいたオーギュストだけらしい。


「そうですね。普段は親しみやすさでつい忘れそうになりますけど、メルフィーナ様はかっこいいです」

「だよね! 難しそうな話をされてもサッて答えているし、だからって気難しい感じはしないし」

「領地や事業を完全に把握していなければ、ああはいきません。領のことは家臣に任せて遊興貴族になるのが夢だとたびたび仰っていますが、俺としてはメルフィーナ様がそうなれるかは、大分懐疑的ですね」


 確かに、メルフィーナがそうなる姿はマリアにもあまり想像が出来ない。


 本人がどう思っているかはともかくとして、メルフィーナは勉強熱心で知識を仕入れるのに積極的で、かつ、それを実践するのもおそらく好きだ。


 その結果として領地の発展や事業展開が行われている一面もあるだろうし、のんびりだらだらスローライフはメルフィーナには刺激が少ないのではないだろうか。


 そんなことを考えていると、兵士の一人に案内されて、二人の男性が近づいてくる。

 褐色の肌と、長い金髪を緩く結んだ青年に、長身で黒髪の戦士という、そこに立っているだけで自然と周囲の視線を集めてしまう派手な組み合わせだった。


「ごきげんよう、マリア様。先日は昼食を共にしていただき、光栄でした」

「こんにちは。ええと、レイモンドとショウって呼んでいいのかな」


 攻略対象たちは全員が当たり前のように美形だけれど、ショウとレイモンドは本編の登場人物たちとは少し毛色が違う。それを知っているだけに、マリアも少し緊張してしまう。


 ショウもレイモンドも追加ディスクの攻略キャラだけれど、ショウは特に秘密めいたキャラクターだった。


 属性としてはアレクシスに近いけれど、アレクシスは領地を治める立場である一方、ショウは簒奪された国を取り戻すために戦う人だ。


 本編が攻略対象たちとの仲を深める過程で発展や治水、宮廷での作法や魔法の発展に関するイベントが多いのと裏腹に、追加ディスクは国盗りと戦記物の色合いが強い。愛憎成分もかなりたっぷりとしていて、場合によってはレイモンドとショウ・ライオンの間で諍いが起きるシーンもあった。


 本編もそれなりに重い展開があるけれど、基本はイケメンと恋愛を楽しむための物語だ。それと比べれば、追加ディスクのイベントはかなりヘビーなものが多かった。


 この世界では戦争は教会と神殿によって抑止されているというけれど、政変や革命が決して起きないわけではないということだ。

 この二人がいて、ゲームと目的が同じならば、そう遠くない未来であまり良くないことが起きるのだろう。


「はい、よろしければそのように呼んでいただければ幸いです。ショウの名まで覚えて下さったとは。メルフィーナ様に聞かれたのでしょうか?」

「あ、うん、そう。あの後ちょっとね」

「では、改めまして、私の護衛であり右腕でもある、ショウ・ライオンです。ライオンは称号であり、彼自身は貴族の出ではありません」

「私はマリア。事情があって家名は名乗れないけど、メルフィーナの妹です」


 マリアとメルフィーナの容姿には血のつながりを感じさせる共通点はこれっぽっちも無いけれど、メルフィーナがそうだと言いマリアが否定しなければ、そう扱われるのがこの世界の決まりのようなものらしい。


 メルフィーナの両親が出てきて公的に否定すれば話は別だろうし、相続が絡めば承認されることもないけれど、日常においてはDNAどころか血液型さえ証明されていない状態だと、本人たちの認識こそがつながりの証明になるのだという。


「マリア様は、エンカー地方に来る前はやはり南の方でお過ごしでしたか? 私の母国、ロマーナは南部と隣接していて習慣も近しいですが、この辺りとは随分違っているので、お寂しく感じることもあるのではないでしょうか」

「いえ、私は王都の方から来ました。南には行ったことがないです」

「なるほど。タウンハウスでお過ごしでしたか」

「別のところですけど、まあ、王都内ですね。あはは」


 会話をしているうちに隣のオーギュストがいつの間にか真顔になっているし、レイモンドの後ろにいるショウはほんの少しだけれど、苦い表情を浮かべている。


「あの、私は駆け引きとかからっきしだからはっきり言いますけど、私から何か探ろうとかしないほうがいいですよ。これは本当の話ですけど、私自身は有益な情報とか全然持ってないですし、なによりメルフィーナも許さないと思います」


 驚いたようにぱちぱちと瞬きするレイモンドに苦笑して、わざと肩を竦める。


「レイモンドはメルフィーナと友達……友達なのかな? いい関係を築けているみたいだし、この間も商会の人にすごくお世話になったって言っていたから、私のことで揉めて欲しくないんだ。私がぽろっと余計なことを言って、それがレイモンドが知ったらまずいことだったとしたら、メルフィーナを悩ませることになるから。私のことで知りたいことがあったら、私じゃなくてメルフィーナに聞いた方がいいと思う。メルフィーナは、そこらへんちゃんとしている人だからさ」


 そう言うと、ふ、とオーギュストからため息のような、苦笑を漏らしたような音が聞こえて来る。ちらりと視線を向けると、護衛騎士は口角をあげて笑っていた。


「あら、レイモンド、ショウ、来ていたのね。なんの話をしていたの?」

「いえ――さすがメルフィーナ様の妹様だと、感服していたところでした」

「そうなの?」

「はい。これが商人の醍醐味のひとつでもあるのですが、どれだけの人間と知り合って話をする機会が多くとも、輝かしい人に出会うことは稀ですので」


 突然の誉め言葉に妙に焦って、両手を突き出し、頭と一緒にぶんぶんと左右に振る。


「いや、大した話はしてないよ。雑談していただけだから」

「ふふ、マリアは時々、私でも驚くようなことをするものね。慣れていないと、少し刺激が強すぎるかもしれないわ」

「確かにそうですね」


 メルフィーナが笑いながら言った言葉に、オーギュストはうんうんと、なぜか大袈裟に頷いてみせた。


「あら、オーギュストもそう思うの?」

 メルフィーナに水を向けられて、オーギュストは悪戯っぽく目を細め、胸に手を当てて優雅に礼を執る。


「勿論です。マリア様もかっこいいなと、しみじみと思っていたところでした」

「……セドリック、やっちゃっていいよ」


 その直後、護衛対象をからかう悪い騎士の脛に罰が下った。


 オーギュストの悲鳴のあと、一拍の間をおいて誰からともなく笑い声が起き、拗ねたマリアとそんな意図はなかったと抗弁するオーギュストのやり取りも、祭りの熱気の一幕に紛れていくのだった。


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