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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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283.豊かさといつもある問題

 馬車に乗り、移動した先は少し久しぶりのメルト村だった。

 開け放した馬車の窓から見えるのは、そろそろ最後の収穫の段階に入ったトウモロコシ畑である。


「二人とも、あまり帰してあげられなくて、ごめんなさいね」

「全然! そんなに離れてないし、たまにあっちから会いに来てくれるから、離れて暮らしてるって感じもあんまりしないよな」

「ねー、お兄ちゃんはずっといるしね」

「こいつ」

「あはは」


 じゃれ合う兄妹は微笑ましいけれど、メルフィーナの感覚からすればロドは勿論、レナなどは親に甘えたい盛りだろう。二人の頭を優しく撫でたところで馬車が減速し、完全に止まったところでドアが開く。


 セドリックが馬車を降りるメルフィーナをエスコートし、随伴の兵士がマリーを、ロドとレナはぴょんぴょんとタラップを踏んで馬車を跳び降りた。


「メルフィーナ様! おいで下さりありがとうございます」

「ニド、久しぶりね。元気そうで何よりだわ」

「おかげさまで、元気にやっております」


 ニドは元々大柄で屈強な農奴のリーダーだったけれど、この二年でますます頼もしくなった。小ざっぱりとした服に身を包み、どことなく品のある雰囲気も出てきた気がする。


「中々顔が出せなくてごめんなさいね。春の終わりから、ずっとバタバタしていたの」

「本来、頻繁に領主様が視察してくださること自体珍しいことですから。メルフィーナ様を煩わせるようなトラブルが起きなかったのが幸いです」

「なー父ちゃん、なんか喋り方変わってない?」

「ちょっとセドリック様みたーい」

「こら、お前たち! ちゃんとメルフィーナ様に礼儀正しくお仕えしているんだろうな!?」

「頑張ってる!」

「それなりに!」


 メルフィーナの前で息子と娘にじゃれつかれて、厳しく接しようとしているようだが目のあたりが嬉しそうに細められていた。ニドはとても子供を大事にしている父親なのだ。


「ふふ、子供には誰も敵わないわね。――それにしても、メルト村も建物が増えたわね」


 馬車が停まったのは、新しく建設を始めたと報告が挙がっていたメルト村の広場だった。レンガ敷で、中央にシンボルになるものを置くための台座が設えられているのはエンカー村と同じスタイルだが、後から造られたためより洗練されたデザインになっている。


 エンカー村は一階はレンガ造り、二階以上は木造と漆喰で造られた、いわゆるハーフティンバー様式を採用した建物が多いけれど、メルト村は三階部分の上に屋根裏がついた四階建てが多く、採石場がエンカー村より近いこともあって、石造りの建物がメインだ。全体的に武骨な雰囲気である。


 ――エンカー村は華やかで、メルト村は堅牢という感じがするわね。


 そう離れていない、同じ領主が治めている二つの村だというのに、片や建築と輸出により商業活動が盛んなエンカー村と、北部の穀倉地帯のひとつになりつつあるメルト村とで随分雰囲気が変わるものだ。


「随分住人も増えたようね。人手は足りているかしら」


 ゆっくりと歩いて広場を抜ければ、建物の高さはぐっと低くなっていく。この辺りは最初にメルフィーナが手を入れた住宅街で、メルト村の村長であるニドの家もこの辺りにある。


「はい、むしろ収穫期が終わっても出稼ぎから帰りたがらない者が多くて困っているくらいでして。エンカー地方にいれば人足から農夫まで、何かしらの仕事はありますから、それはそれで構わないのかもしれませんが」

「元の住人と問題が起きたり、治安の面で不安はないかしら?」

「多少はありますね。私の力不足によるものですが……」

「開拓の人足と農夫として雇われてるのに、自分たちももっといい仕事をさせろってうるさいんだよ」

「こら、ロド。大人の話の最中だ。レナと先に家に戻っていなさい」

「チェッ」


 ロドは小さく舌を打つと、レナの手を取ってずかずかと歩いて行ってしまう。


「すみません、生意気盛りでして。メルフィーナ様にご迷惑をおかけしていないでしょうか」

「まさか。こちらが心配になるくらい懸命に働いてくれているわ。時々、申し訳なく感じるくらいよ」

「それならいいのですが……あれは私と似て向こう見ずなところがあるので、メルフィーナ様の近くに置くのが心配になる日も多いのですが」

「ふふ、ニドによく似て、明るく周りを引っ張ってくれているわ」

「はは、そう言って頂けると、ありがたいですな」


 笑ったことでニドも少し肩から力が抜けた様子だった。


「職人として移住してきた方たちはそうでもないのですが、農夫や人足としてこちらに来た者は、徒党を組んで不満を託つ者たちがどうしても出てきてしまいます。出来るだけ班を組みなおし、開拓地を分けたりと手を打ってはいるのですが、開拓地の権利を寄越せと主張する者が集まって、酒の勢いで元々の住人とトラブルを起こすこともままあります」


 元々、開拓地というのは開拓した土地の半分を領主の独占地に、残り半分を開拓民全員の共有財産とするのが一般的だ。その後に、開拓民の中で懐に余裕がある者が自分の独自の財産として共同体から土地の権利を買い取り、独占していく流れになる。

 元々のエンカー地方もそうだったし、メルフィーナも権利関係で揉めないように、あえて未開拓の荒野から着手を始めたほどだった。


 小作人や農奴は、土地の権利を持たないその土地に住む労働力であるが、今のエンカー地方のように仕事があふれ労働力を必要としている土地には、仕事を求めて他所の土地から出稼ぎにくる形態の職業が自然に発生するようになる。


 そういった人々をまとめて雇用し、仕事を采配するのはその土地を任されている村長の仕事だ。


「その人たちは、日雇いの人足として雇っているのよね?」

「はい、ですので元々開拓した土地の権利が発生することもありません。それは明白なのですが、等しく仕事をしているのだから権利もあるはずだと声高に叫ぶ者もおりまして」

「兵士たちには伝えてあるのか」


 低い声でそう尋ねたセドリックに、ニドははい、とかすれた声で答える。


「しかし、大声で喚く以上のことはしないので、注意を促す程度のことしか出来ないのが現状でして。元々の住人たちの間にも、不満が高まっているところです」

「難しい問題ね」


 メルフィーナは頬に手を当てて、ため息を吐く。

 エンカー地方は長い間入植を繰り返した厳しい開拓地である。そこに住むのは僅かなめぐみを糧に森を切り開き、地を耕してきた住人達だ。


 メルフィーナが知識を提供し、暮らしが豊かになったとはいえ、その過酷な日々を忘れることができるほどには、時間が過ぎたわけでもない。


 彼らには、この土地を開拓し、生きのびた誇りがある。同時に、この土地に対する責任感や愛着も強い。長く開拓を続けていくうちに各家が血縁で結ばれており、団結力もある。

 豊かになってから現れた人々に同じ権利をと言われても、到底承服することは出来ないだろう。


 一方、出稼ぎや日雇いの賃金を目的として集まった人々と違い、彼らは土地を持つ自由民であり、現在は金銭に余裕がある者が多い。小作人として人を雇う余裕がある者と、そうでない者の間に軋轢が生まれるのは、どうしようもないことだ。


 こうした問題は、開発が進めばどんな土地でも起こりうるもので、特効薬もない病のようなものだ。上手くやるものは一年と一日を納税して暮らすことでエンカー地方の住民となり、財産を形成していくだろうし、そうできない者もまた、多くいるだろう。


「契約時に条件を徹底し、それが守れないなら雇い止めをすると宣告するのが順当かと思います」


 マリーの言葉に頷いて、それから小さく苦笑する。


「それもだけれど、雇われる側にも不満が溜まりにくいよう、福利厚生を手厚くするよう促したほうがいいわね」

「ふくり……?」

「たとえば、その日の賃金の他に昼食は雇い主が出すとか、真面目に一定期間働いてくれたら報酬に色を付けるとか、働く側への賃金以上のメリットね。大抵の不満は、衣食住が満たされればそう大きくはならないはずよ。あとは、一年以上真面目に働いた者には、ニドや他の顔役が推薦してくれれば領民として住居を提供するとか、そこから開拓する土地には一定の権利を与えるとかね」


 出稼ぎや日雇いの人足たちは、エンカー地方にとっては川から流れてきた根無し草のようなものである。そのまま根を張って暮らすならば、相応の待遇も必要になるだろう。


「それでは、移住希望が殺到するのではないでしょうか」


 ニドの問いかけに、メルフィーナは頷く。


「ええ、だから推薦の審査は厳しくする必要があるし、ニドたちがこの人ならメルト村の住人として迎えても構わないと思える人を選んでもらうことになるわ」

「それは、責任重大ですね」


 首長に強い権限を与えることで治安の維持を図るのは、効果的である反面、汚職や不正を招きやすい。

 だからこそ権限を与える相手を選ぶ必要があるし、ニドの次にメルト村の村長になる者が現れた場合は、その特権は外すよう、あらかじめ宣言しておく必要もあるだろう。


「信頼しているわ、ニド。それから、こうした問題はどんな場所でも、どんな時代でも起きるもので、あなたの管理能力の問題というわけではないの。だから、あまり深刻に責任を感じないでちょうだい」

「はい。……信頼に応えられるよう、精いっぱい努力いたします」


 ますますキリリとしてきたメルト村の村長は、胸に手を当てて深く頭を垂れた。


 住人が増えれば相応の摩擦も大きくなってしまう。領主としても、出来る限りそれが過熱しすぎることのないよう、コントロールしていかねばならないと、メルフィーナも胸に刻むのだった。


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