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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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271.寝室談義と護衛騎士の交換

「あのさ、城館内での護衛って、外すことが出来ないかな……」


 二人きりで話がしたいというマリアの要望で寝室に招くと、言いにくそうに組んだ指をもじもじとさせながら言われ、メルフィーナは少し困った表情を浮かべた。


「確かに城館内は人の出入りが制限されているけれど、文官や兵士や職人がそれなりの数の出入りがあるし、護衛は付けた方がいいと思うけれど……何かあったの?」


 マリアが領主邸に滞在して、そろそろ一か月近くが経とうとしている。そのうち半分ほどは寝込んでいた時間だけれど、外に出るようになってからはそれなりに領主邸の人たちとも上手くやっている様子だったので、その言葉は少し意外だった。


「ずっと男の人が後ろにいるって、落ち着かなくて。それに、セドリックは攻略対象者だし、何がフラグになるかもしれないと思うと、息苦しいというか」


 メルフィーナには随分心を開いてくれたマリアだけれど、ぼそぼそと言いにくそうに言葉を重ねる。本人も、最初からあまり望みのない願いだと思っているのだろう。

 それでも言葉にしたということは、現状が彼女にとってそれなにり強く変化してほしいと願うものだということだ。


「それに、セドリックが私の護衛をしているのは、王様にそう命じられたからだよね。今はメルフィーナのところにいるんだから、セドリックは王都の仕事もあるはずだし、戻った方がいいんじゃないかなって」

「いえ、セドリックはしばらく、ここにいてもらうわ。というより、今帰すと不味いことになるわ」


 地方の大貴族であるオルドランド家と違い、宮廷伯であり代々騎士団長を輩出している家系のカーライル家は、王家の直臣である。その爵位こそ伯爵であるけれど、宮廷政治に口を出す地位と権力を持った政治家の一面もある。


 騎士団を掌握し、王位継承に問題が起きた時には選王侯として発言する権利すら有した高位貴族だ。当然というべきか、代々カーライル家の王家に対する忠誠心は極めて高く、だからこそ聖女マリアの護衛騎士に選抜された。


 セドリックも三男として伯爵家の継承権を最初からほとんど度外視される立場であり、十代半ばで北部に仕官するという経緯がなければ、あの性格である。一直線に王家に忠誠を捧げただろう。


 その彼が、マリアの望みとはいえ王宮の追っ手を振り切って姿を晦ました。

 マリアの自由は教会と神殿と王室によって保障されたものという建前があったとしても、セドリック自身は王家に仕える貴族である。


 今の彼の立場は、極めて微妙なものだ。


 聖女の護衛騎士としては王家の欺瞞を振り払い、その役割を全うした実直な騎士。

 王家の騎士としては、主人の意向に背いた背信の騎士として扱われるだろう。


 セドリックの立場がこの先どうなるにせよ、今は「聖女マリアの忠実な騎士」という立場を貫き続けるしかない。


 マリアをエンカー地方に置いて王都に戻れば、教会と神殿への建前上、背信で彼を裁くことは出来ないだろうけれど、別の難癖をつけて解任や投獄があってもおかしくない状況だ。


 その事情をマリアに噛み砕いて説明すると、マリアは肩を落とし、きゅっと唇を引き結ぶ。


「ごめん、我儘言って。ここに私を連れてきてくれたのはセドリックなのに、セドリックの立場がそんなことになっているなんて考えもしなかった」

「いいのよ。マリアのせいじゃないし、そう思われるのを避けたくて、私もセドリックも説明を避けていたんだから」


 実際、聖女の自由を保障しておきながら王宮に留めたり追跡をしたりと、ルール違反をしているのは王室の方だ。マリアの望みを叶えることは、任務に真摯で実直な性格であるセドリックの騎士道に沿うものでもあったのだろう。


「マリアは、セドリックが苦手?」


 マリアはぐっと口をつぐみ、言葉を探すように眉を寄せて、天井を仰ぎ、膝の上で握った拳にぐっと力を籠める。


「王宮にいた時の、置物みたいな頃に比べたら、今は大分マシになったよ。でも、それは、メルフィーナがいるから」

「私?」

「セドリックが笑ったり喋ったりするのって、ほとんどメルフィーナがいる時だけなんだよね。それ以外は、ずっと仕事だから私の後ろにいるって感じで……レナやマリーさんとはそれなりに話すけど、私とはまだ距離があって……それは私のせいもあるかもしれないけど」


 攻略対象だけあって、セドリックは魅力的な人だ。見た目も華やかではないが整っているし、背も高く、「剣聖」の「才能」に恥じない実力がある。性格も生真面目すぎるきらいはあるけれど、融通が利かないということはないし、気心が知れた相手には軽い冗談を口にすることもある。


 親友(ユリウス)に対しては懐の深さを見せ、邪険に扱っているように見えて彼の心をとても気遣っていた。

 きっと愛する女性が出来れば、心身を賭して守り、とても大事にするだろう。


 けれど、十六歳で心に余裕があるとは言えない状況のマリアには、セドリックの性格が重たく息の詰まるものであるのも、仕方のないことなのだろう。王宮から連れ出してくれた恩があるといっても、だから全てを肯定的に受け入れろというのも難しいはずだ。


 それに、メルフィーナが常に騎士を後ろに置くようになったのも、エンカー地方に来てから……もっと言うならば、メルフィーナが誘拐された事件以降のことだった。


 王都のタウンハウスにいた頃は、屋敷の中で常に後ろに騎士がついていたわけではなく、彼らが屋敷内をウロウロと歩き回っていることもなかった。騎士や兵士の仕事はもっぱら屋敷の周辺の警備と、女主人であるレティーナや侯爵令嬢であるメルフィーナが外出する際のボディガードである。


「公爵家から侍女を斡旋してもらいましょうか? 外出するときは騎士を付けてもらうけれど、城館内なら侍女をつければいいわ。女性なら、少しは気が楽かもしれないし」

「ううん、メルフィーナにも侍女がついてないのに、私にそうしてもらうのは悪いよ。ごめん、余計なこと言っちゃって。今のままで大丈夫だから」

「待って」


 そのまま引き下がろうとするマリアを引き留めて、唇に指を当てて、考える。

 ようやく寝室から出てきて、それなりに交流をするようになってきたマリアに、あまりストレスをかけたくない。


 マリアを気遣っているということもあるけれど、この世界のために何かをしたいと思えないと、マリアは言った。


 彼女の聖女の能力が無意識のものに限られているのも、この考えが大きな影響を及ぼしているのではないだろうか。

 ゲームのマリアは豊穣をもたらし魔物を退けあらゆる悪疫を遠ざけて、攻略対象を幸福と栄華に導く存在だった。


 確信はないものの、マリアは現状どのルートにも入らず、聖女であることを拒み続けている。

 今のマリアが襲い掛かって来る魔物に対して自衛の手段を持つとは思えない。


 もしかすれば、マリアを前にすれば魔物はなす術もなく消え去る可能性もあるけれど、無意識でもこれほどの影響を周囲に振りまいているマリアが、意識的に聖女の力を発揮すれば、より指向性の高い力を発現させることができるのではないだろうか。


「メルフィーナ?」

「そうね、じゃあ、しばらくセドリックとオーギュストを交換してみるというのはどうかしら。オーギュストは攻略対象ではないし、性格もあんな感じだから、少しは気が楽かもしれないわ」


 黙り込んだメルフィーナに不安げな様子を見せるマリアに、微笑んでそう告げる。


 ――こんな打算を、マリアに知られたくない。


 彼女に親切にするのは、必ずしも下心があるからというわけではないと思う。もし領主邸の地下に秘密を抱えていなくても、きっと同じことをしただろう。

 それでも、願わくばマリアにこの世界を少しでも好きになってもらい、聖女の力に目覚めて欲しいと願うのは、やはり眠り続ける友人のためだ。


「うん、オーギュストさんなら、楽かも。丁寧な態度ではあるけど、なんか私のことは比較的どうでもよさそうな感じだし」

「そう? 好奇心が強いし、結構マリアにも興味がありそうだけれど」

「それは、自分の知らないことを私が知っているからって理由だと思う。セドリックやアレクシスもそうだけど、あの人、私自身にはそんなに興味ないんじゃないかな、多分」


 攻略対象だというのに、マリアに興味も向けずにいられるなど、あり得るのだろうか。

 マリアが心を開けばまた違ってくるかもしれないけれど、どちらにしても、この世界を受け入れ切れていないマリアに恋愛の話をするのも酷だろう。


「じゃあ、明日から交換してもらえるよう、二人には話しておくわ。また何かあったら言ってね」

「うん……あの、メルフィーナ。我儘ばっかり言うけど、セドリックのこと、出来るだけ庇ってあげてほしい。もし駄目なら、私がちゃんと、王宮に私が望んだことだからって言うから」


 マリアも、気後れすることが多いにせよ、優しい少女だ。それに微笑んで、頷く。


「もちろんよ。セドリックは私にとっても大切な騎士だもの。ルール違反の王宮に、むざむざと渡したりはしないわ」


 マリアはようやくほっとしたように表情を綻ばせた。


 思えばセドリックと知り合ったばかりの頃の自分も、彼の生真面目さに困らされることは多かった。マリアのように、騎士や侍女について回られることに慣れていないなら、騎士の中の騎士のようなセドリックが重たく感じても仕方がないだろう。


 ――きっと、時間が解決することもあるわ。


 マリアもセドリックも過ごしてきた環境が違うだけで、善良で、いい人だ。

 そのうち打ち解ける日が、きっと来るだろう。


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