27.職人の願い
「炭については購入をお考えで?」
「いえ、村で焼こうと思っています。レンガ用の窯が空いたらそちらを転用できるので」
トウモロコシの乾燥小屋もそろそろ役目を終えた小屋が出てきたので、そのまま森から切り出した木材の乾燥場所に使っている。
炭は非常に優良な素材だ。そのまま土壌改良に使えるし、それが燃え尽きて残る灰には洗剤の代用品、肥料や料理のあく抜きと、利用法は多岐に亘る。炭を焼く時に出る木酢液は害虫駆除にも使えて、まさに煙まで捨てるところがない。
そしてエンカー地方には、すぐ傍にモルトルの森と呼ばれる大森林があり、木材の供給には困らない土地だ。炭を生産する環境を整えておくに越したことはない。
「できれば、今後とも炭は安定して作っていける状態にしておきたいですね」
「ふむ……メルフィーナ様、ひとつご相談なのですが。もしよければ、職人を数人、村人として受け入れていただくことはできませんかな」
急な申し出に、メルフィーナは驚きに目を瞬かせた。
「派遣ではなく、こちらに移住するということですか?」
リカルドは重々しく頷く。
「……以前刃物や道具の補修だけでも来てほしいと頼んだことがあったのだけれど、その時は来てもいいという職人が見つからなかったの。エンカー地方は人も少ないから仕方のないことだとは思うけれど、移住して仕事を請け負ってくれる方がいるのかしら」
この冬の間だけとか、飢饉が収まるまでという条件ならば、メルフィーナも理解できる。
だがこの小さな村しかない土地に定住し、仕事をするとなると職人としても相当の覚悟が必要になるはずだ。
「ああ……それは、職人の仕事が集中する時期だったということもあるのでしょうが、おそらく領主様は、ギルドを通して申請されたのでは?」
「ええ、それはもちろん。個別の職人に声を掛けるあてもありませんでしたし」
ある程度大きな街や村になれば、職人はギルドに所属しているのが当たり前だ。
それはギルドを通して徒弟に入り、一人前になるまで鍛えられるしか職人になる道がないからともいえる。
職人に仕事を依頼して適当な仕上がりにされても、ギルドを通していれば別の職人にやり直しをしてもらえたり、粗雑な仕事をした職人に罰を与えてくれるから、依頼人もギルドに紹介を頼むのが一般的だった。
「職人にとって、食い扶持を稼ぐための仕事の有無も大事なことではありますが、どのような仕事をしたかという実績も大切なのです」
リカルドにしても、今は目の前の風変わりな領主を気に入り仕事をさせてもらいたいという気持ちがあるけれど、そもそも今回の仕事を請け負ったのは、飢饉が起きており、飢えずに食事が出来ることと、冬前の貯えを増やしたいという気持ちが大きかった。
もしその状況でなければ国の端の端まで出向いて家を建てる仕事と聞かされて、受ける気になったかは分からない。
「大きな街で一度に大量の仕事が請け負えるならともかく、鍬や鎌を研ぐだけの仕事というのは実入りも悪いですし、普段は行きたがる者はいないでしょうな」
「では、なぜ移住までしてくれるのかしら。それこそ、実績を積めなくなってしまうのではなくて?」
「先ほどの話に戻りますが、ギルドを通しては領主様の求める仕事をこなす職人は見つからないでしょう。ですが、この領にはギルドがないことで、ご希望の職人が見つかることもあるのです」
ギルドとは、同職互助団体のようなものだ。その身分や技能を守り、発展させていくための機関であり、仕事を一括で独占し、管理する。
職人はそこから外れては職人として身を立てられないからこそ粗雑な仕事をこなさないよう襟を正し、腕を磨くという一面もある。少なくともそれがメルフィーナの知識だった。
「つまり、紹介していただけるのは、ギルドを通すことのできない職人、ということでしょうか」
メルフィーナの頭にぱっと思い浮かんだのは、ギルドを相手にトラブルを起こしたり、大きな仕事を失敗したり、犯罪を犯したというケースだ。
「そういうことになりますな。本人に問題はなくとも、ギルドとの関係が悪く仕事を回してもらえない職人というのもいるものです。今に始まった問題でもありませんが、出来るなら才能ある職人に安定した生活の中で安心して仕事が出来る環境を与えてやりたいという気持ちがありましてな」
「その場合、リカルドが身元保証人ということになるのでしょうか」
「ええ、私が人格を保証できる職人を連れて来ましょう。――この件に関しては、ギルドはあてになりませんからな」
この世界で職人になるにはギルドに登録する義務がある。それもあってだろう、後半は潜めるような、小さな声だった。
色々な理由でギルドと揉めた職人は、腕はあっても行き場がない。
他の町に移住すればいいが、同じ領内だと結局噂が回ってしまう。
この世界には聖職者や職人の遍歴があり、腕に覚えのある冒険者も領を跨いで活動することが多いので、土地に縛られた農奴でない限り、他所の土地への移住はそう難しいものでもない。
元の場所から移動して、移動先で一年と一日暮らせば、新しい土地の住人として認められる。
この場合受け入れ先がエンカー村なので移動先には問題ない。あとは現在住んでいる土地で、借金やトラブルで連れ戻そうとする者がいるかどうかが問題だけれど、リカルドの口調だとそれも問題なさそうだった。
「それでは、こちらで工房と家を用意しましょう。こちらは私の私費で支払うので、お願いできるかしら?」
「工房はともかく、家まで良いのですかな」
「ええ、こちらも願ったり叶ったりの申し出なの。開拓村にはどうしても専門の職人が少ないので。出来ればこちらとしても、長く定住して仕事をしながら村から弟子を取ってもらって、後進を育成していただければありがたいですね。職人は技術の担い手、大事にしなければなりませんから」
「その条件でしたら喜んで来る職人は多いでしょう。いやはや、弟子を抱える親方という立場でなければ、私が来たいくらいですな!」
「あら、リカルドならいつでも歓迎するわ」
すでにソアラソンヌで親方をしているリカルドだ、もちろん本気ではないだろう。
ひとしきり笑い合った後、リカルドと話し合って陶器職人と鍛冶師には心当たりがある。大工も数人、声を掛けてみるということで話が決まった。
「エンカー村はもしかしたら、十年後は職人の町なんて呼ばれるようになるかもしれませんね」
「名物の料理があり、領主様の酒があり、そして職人が集う街ですか。いやあ、夢がありますなあ」
ワッハッハッ、と大笑いするリカルドにメルフィーナもクスクスと笑う。
未だ未来は見通せず、不透明なままだけれど、十年後もその先も、明るい未来を信じられる日々が続けばいい。
次はご飯回です




