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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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267.新たな妹と家族の喧嘩

 身支度を済ませ、セレーネが使っていた部屋に移動したマリアを迎えて階下に降りる。食堂に入ると、領主邸のメンバーは揃っていた。


 セドリックはすでに旧交を温めていたけれど、マリアに関しては顔を合わせた者は限られていて、言葉を交わした者はさらに少ない状態が続いていた。


「遅くなったけれど、紹介するわね。彼女はマリア。エンカー地方に滞在することになった、私の妹よ」


 黒髪に黒目、顔立ちなどもメルフィーナと似たところはないけれど、メルフィーナの実弟、ルドルフも言われなければ姉弟と分からないほどだったし、これがエンカー地方において最も安全な肩書だろうと、その立場を名乗ってもらうことになった。


「マリアです。……その、よろしくお願いします」


 こちらの世界の人に対してかなり強い人見知りが出ているマリアは、ぎこちなく言って軽く頭を下げた。


「さ、マリアも座って。朝食にしましょう」


 メルフィーナから離れたがらないマリアのために隣の席を勧め、その向こうにはレナが、反対側の隣にはマリーが腰を下ろす。


「最近朝食をみんなと摂れていなかったけれど、何か変わったことはなかったかしら?」

「一部でトウモロコシの収穫が始まりましたが、今年はかなりの豊作が見込めるそうです。一部差し入れしてもらいましたけど、去年より大分大きいです」

「今朝の朝食にも使ってみました。パンにしなくてもかなり食べ応えがあります」


 パンとサラダ、チーズと野菜のオムレツに、肉団子の入ったスープが今日のメインだけれど、トウモロコシとスライスした玉ねぎをマヨネーズで和えたものも添えられている。スプーンですくってパンに乗せ、ぱくりと食べてみると、なるほど粒が大きくて優しい甘さが際立っていた。


「美味しいわ。スイートコーンって言われても信じてしまいそう」

「市場では早速、茹でたトウモロコシに塩を塗って焼いたものが人気が出つつあるそうですよ。手軽ですし、腹もふくれるので」

「大工なんかは肉っ気がなくて物足りないと言って、結局平焼きパンのサンドイッチを追加で食べているそうですが」


 ラッドとクリフの言葉に笑って頷く。元々は家畜の餌としか見られていなかったトウモロコシだが、すっかりエンカー地方の日常に根付いたようだ。


 メルフィーナが食事に口を付けたところで、食事が始まる。一通りラッドとクリフからエンカー地方の近況を耳にいれ、一段落したところでマリアの向こうに座っているレナに声を掛けた。


「マリア、仕事をしたいと言っていたけれど、よければしばらくレナについてみない?」

「ええと、レナさんって」

「私! レナだよ!」


 隣に座っていたまだ幼い少女が元気に言ったことで、マリアはぽかんとした表情でレナを見た。


「あなたがレナさん?」

「うん!」

「ええと、何歳?」

「六歳! じゃなくて、今年の年明けで七歳になりました!」

「その年でもう働いているの?」

「メル様のお手伝いをしてるの」


 マリアは複雑そうな表情でメルフィーナに視線を戻し、懐疑的に言った。


「……私をこれくらいに見た方がいいって言ってた子って、この子?」

「平民は独り立ちがすごく早いのよ。レナは大分早い方だけど、十歳くらいで親元から離れて修行に出るのも普通だし、子供時代がすごく短いの」

「そっかあ。ええと、じゃあレナさん、よろしくお願いします」

「レナでいいよ。レナはマリア様って呼んでいい?」

「そうね、私の妹だから、それでいいと思うわ。それと、マリアの護衛としてセドリックが付くから、よろしくね。しばらくはレナの仕事を見せてあげてくれれば、それでいいわ」

「はい!」


 マリアとしては呼び捨てでも構わないと言いたいところだろうけれど、そこは一線を引いておくべきだろう。


 ――マリアはかなり男性を警戒しているから、レナと一緒のほうが気楽よね、きっと。


 レナの行動範囲は城館内がメインだし、仕事も午前と午後で二時間ずつと短く設定していて、残りは手習いをしたりフェリーチェと遊んだりと自由時間が長いので、マリアがまずは領主邸、それから城館内に慣れながら出来ることを探すのに、ちょうどいい。


「しばらくレナについて、私は大体執務室か菜園にいるから、何かあったら相談して」

「うん、頑張る。ありがとう、メルフィーナ、お姉ちゃん」


 照れくさそうに言うマリアに、こちらまで少し照れてしまう。


 本当はすぐにでも家族の元に帰りたいだろうに、マリアなりにこちらの世界に馴染もうと歩み出している。


 少しでもマリアが楽にこの世界で生きていければいい。かつて同じ場所から来た同胞として、そう思わずにはいられなかった。





  ***


 菜園のテラスに向かうと、アレクシスが椅子に座っていた。眠っているのかいないのか、瞼は伏せられている。


「アレクシス、向かいの席、いいかしら」


 声をかけるとゆっくりと瞼が持ち上がり、青灰色の瞳が覗く。


「ああ」

「朝食、食堂に来ればよかったのに」

「私がいては、他の者が委縮するだろう」

「みんなそろそろ慣れたわよ、きっと」


 確かにアレクシスはあまり親しみやすい雰囲気ではないけれど、乱暴なことをしたりしないし、領主邸では最もよく顔を出すお客さんだ。エドなどはむしろ、公爵様がいると冷たいお菓子を作り放題だと親しんでいるくらいである。


 元々領主邸にある冷蔵庫は製氷も出来るけれど、今の人数分を十分に満足させるだけの機能はない。そのうち大きめの冷凍庫付きの冷蔵庫を発注して厨房に置こうと思っていた。


「明日にはソアラソンヌに戻るのに、喧嘩したまま別れたくないの。だから、仲直りしない?」


 ここにきた本題を切り出すと、アレクシスはぱちぱちと瞬きをした後「あれは喧嘩だったのか」と意外そうにつぶやいた。


「喧嘩だったと思うわ。お互い、少し熱くなりすぎちゃったから」


 アレクシスはおそらく喧嘩自体をしたことがないのだろう。貴族は常に冷静であることを求められるし、教育される。それはメルフィーナも同様だった。


 ――でも、昨日はかなり、よくなかったわ。


 ダンテス領の住民たちの起こした事件について、すでに終わったことだと告げたメルフィーナではなく当時オルドランド家の騎士だったセドリックと傍にいて事情を全て把握しているマリーを追及し、事情を聴き出した後は今からでも罰を与えるべきだと言うアレクシスと、すでに与えた恩赦を取り上げるのは領主としての信用を損なうというメルフィーナの意見が対立し、その場にいる全員が止めに入るほどの舌戦に発展してしまった。


 結局はエンカー地方の内部で起きたことで、全ての裁量権はメルフィーナにあることで決着したけれど、そこからアレクシスとの空気は微妙なものになっていた。


 メルフィーナは普段、声を荒げることさえ滅多にない。マリーやマリアの前でかなり厳しく声を上げてしまって、二人に引かれていないか、そちらも心配になる。


「もう、マリーやセドリックを責めるのはやめてあげて欲しいの。判断したのは私だし、主の判断を尊重するのは仕える者として当たり前というのは、あなたにも分かるでしょう」

「そうだな。昨日のことは、私が悪かった」


 アレクシスがあまりにあっさりというものだから、一瞬面食らい、身構えていた毒気がすうっと抜けてしまう。


「私も、心配してくれたことは嬉しいわ。その、大声を出してしまって、ごめんなさいね」

「いや、冷静になれば君の言う通りだ。こうして歩み寄ってくれたことを感謝する」


 アレクシスの言葉は淡々としているけれど、二心がないのはなんとなく伝わってくる。そもそも遠回しな物の言い方をする人ではないので、本当にそう思っているのだろう。


 しばらくは穏やかに会話をして、出立の準備と荷物について騎士が問いかけにきたのを機に、アレクシスは菜園を後にした。


 なんとなく、オーギュストと視線を交わして相手の出方をうかがうような空気になったけれど、先に口を開いたのはメルフィーナだった。


「……アレクシスって、あんなに簡単に謝る人だったかしら」

「まあ、あの頃の閣下は色々と抱え込んでいて、セドリックから送られてくるメルフィーナ様の報告も流し読みでしたので。……あれで、閣下もメルフィーナ様に無関心だったことを後悔していたと思いますよ」


 ダンテス領の住人たちの起こした事件については隠蔽されていたものの、セドリックはメルフィーナの近況をアレクシスに送り続けていた。元々監視役として付けられた護衛騎士であることは承知していたし、メルフィーナもそれを容認していたけれど、アレクシスは最初の冬が来るまであまりそれらに目を通していなかったらしい。


 性格的にかなり気を遣って詳細に手紙を書いていただろうに、セドリックが気の毒に感じるほどだ。


「私の事なんか気にしなくていいのにね」

「そうもいかないでしょう。それに、俺は今の閣下の方が良いと思いますよ。なんというか、随分人間らしくなったような気がしませんか?」


 そう言って笑うオーギュストに、メルフィーナも苦笑する。


 アレクシスがそんな状況になるとは考えられないけれど、彼が荒くれ者に誘拐されたら、メルフィーナもきっと、とても心配するだろう。


 大切な家族だ。身代金を要求されれば、無理をしてでも支払うはずだ。


 それがマリーでも、ウィリアムでも変わらない。


「そうよね。アレクシスの家族は、もう数えるほどしかいないのだもの。何かあったと知ったら心配になるに決まっているわよね」


 アレクシスの背中を見送りながらぽつりとつぶやいた、メルフィーナの視線から外れたところで、オーギュストが額に手のひらを当てているのを見た者は、ひとりもいなかった。


荷物=エールの樽とチーズ

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