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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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260.菜園ランチと打ち合わせ2

 温かいお茶で口を湿らせて、ちぎったパンの上にベーコンとスクランブルエッグを乗せてパクリと口に入れる。パンからはたっぷりとバターの香りがして、美味しいけど食べ過ぎには注意が必要そうだった。


 この世界に来てからの二か月で随分体重が減って制服のスカートもぶかぶかになってしまったけれど、さすがにそれを嬉しいと思うことはできない。もし今すぐ帰れたら、パパもママも弟の健太も、とても心配するだろう。


 家族のことを思い出して、ツンと鼻の奥が痛くなるのを誤魔化すように、葡萄ジュースを飲み干す。


「あのさ、メルフィーナ。今更なんだけど、私って本当に「聖女」なのかな」


 メルフィーナはきょとんとしたようにこちらを見るけれど、それはこちらの世界に来て、あの嫌な王子にお前が聖女かと言われた瞬間から、ずっと抱いていた疑問だった。


「異世界から来たってだけで、無条件に聖女になるとも思えないんだけど、もしかして「マリア」は他にいるというオチだったりしないのかなって」

「それは間違いないと思うわ。あなたがこの世界に来てから、明らかに空気が違うもの」

「くうき?」


 首を傾げると、メルフィーナはええ、と頷く。


「体が軽くなって、体調が良くなって、息が深く吸えて……そういう変化があったの。今まで意識していなかったけれど、ずっと軽い体調不良のデバフを掛けられていて、それが外れたような、そんな感じ」

「そんなにはっきり判るほど違うの?」

「ええ。それに人間だけじゃないわ。作物の成長も、明らかに良くなっている。これからトウモロコシの収穫が始まるけど、すでに例年より一回りくらい大きく膨らんでいるそうよ」


 メルフィーナの視線は、テラスの向こうの畑に向けられる。なんとなくその視線を追うと、緑が濃く鮮やかな畑が広がっていた。


「これは私が勝手に思っているだけだけれど、もしかしたら魔物も全体的に弱体化しているんじゃないかしら」


 それからメルフィーナは、エンカー地方にも過去二回、魔物が出たことを話してくれた。

 ゲームの中では魔物は、狂暴な野生生物に近い扱われ方をしていた。攻略対象が魔物討伐を必要としているキャラなら、魔物が出て、攻略対象に協力することで好感度が上がるというシンプルな仕組みだ。


「魔石って魔物から取れるんだ。そのあたりのことはゲームでは出ていなかったよね?」

「あまり必要のない設定だものね。もしかしたら追加のファンブックが出たら、そこに書かれていたかもしれないけれど」

「……私がこの世界にいるだけで、世界中の人の体調がよくなるってことなの」

「ええ、だから、ある意味マリアは生きているだけでこの世界を祝福しているってことだと思うのよね」

「ということは、私がプレイヤーだとしたら、この世界はライトモードってことなのかなあ」


 ハートの国のマリアのライトモードでは、聖女マリアは存在するだけで飢饉を鎮め、セレーネの体調不良を回復させる。攻略対象によって魔物を退治したりもするけれど、それもマリアの祈りによって弱体化した魔物を攻略対象が倒すという形だった。


「モードを選んだ記憶なんかないんだけど」

「私もゲームのシナリオに乗っかってここでトウモロコシを育ててみたら豊作になったから、こういったらなんだけど、基本はそんなに難易度が高くない感じがするわ」


 メルフィーナと二人で腕を組み、うーんと唸る。モードの確認なんてやり方は分からないし、これもやはり、棚上げになる。


「やっぱり、確定している情報が足りないよね。なにを考えても、想像になっちゃう」


 もしも、本当に存在するだけでこの世界の人たちの体調が良くなっているのだとしたら。

 ここから立ち去ることは、良くなった分の体調が悪くなるということではないだろうか。


 元に戻るだけだと考えることも出来るだろうけれど、今の状態で体が弱っている人は、それがとどめになるかもしれない。

 そう思うと、のしかかる責任がずしんと重たく感じられる。


 ――私、自分が聖女だって、認めたくないんだ。


 この世界で生きていくには、聖女としての能力を武器にしていくことが、きっと一番いい。いるだけで体調が良くなって、豊作になって、魔物まで弱くなるなんて、この世界では最強なんだろう。


 立場が高くてイケメンな攻略対象を選び放題で、皆から大事にしてもらえる。


 でも、この世界で生きていく覚悟なんて、全然つく気がしない。


 ただ突然大きな波に押し流されてこの世界に流れ着いた普通の人間で、困っていたところを同じ世界から転生したメルフィーナに助けてもらった。

 そんな立ち位置でいたいと思うのは、ずるいだろうか。


「神殿は、マリアがこの世界に来ることを知っていたとアレクシスが言っていたわ。推測だけど、教会と王宮もある程度はそれを掴んでいたと思うのよね」


 そんなことを考えているとは知らないメルフィーナの言葉に、うつむきがちになっていた顔を上げる。


「どうしてそう思うの?」

「マリアが来る直前まで、領主邸ここにはセレーネがいたから」


 セレーネはゲームの攻略対象の一人で、隣国の王太子という立場の少年だ。病弱で健気で可愛くて、持病の療養のために隣国の王宮に滞在していたところをヒロインと出会い、恋に落ちる。


 だから本当はセレーネもヒロインが降臨した時に、王宮にいなければおかしかったのに、入れ違いで王都に戻ったのだと聞いた。


「いくら飢饉がひどいからって他国から預かっている王太子を地方貴族に預けるなんて、普通に考えたらあまりあり得ることではないのよ」

「つまり、いずれ聖女が王宮に現れると分かっていて、攻略対象になりそうな人間は遠ざけたってこと? でもなんで、セレーネが攻略対象だってわかるの?」


 セレーネは隣国の王太子とはいっても、背が低くて幼く見える、いわゆるショタ枠のキャラクターだ。

 ほんの少し暮らしただけで、この世界で男性が背が高くて偉そうで力が強くて魔法も強い方が「えらい」という価値観で回っているのは、なんとなく理解できた。


 それでいくと、セレーネはこの世界的にはあまり魅力のある男性とは言えないだろう。少なくとも預かっている王太子を北の端っこに預ける理由になるものだろうか?


 そう不思議に思ってると、メルフィーナはものすごく渋いお茶を飲んだような表情になった。


「ど、どうしたの?」

「……あのね、人間を「鑑定」すると、出るのよ。自分と領主邸で預かっている女の子しかしたことないけど、鑑定結果が「NPC」と「悪役令嬢01」だったの」

「NPCって、いや、悪役令嬢はともかく、01って」


 それでは、まるでゲーム管理用のファイル名みたいだ。

 そう思って、ぞっとした。服の下の肌がびっしりと鳥肌が立ったのが分かる。


「私は子供の頃に神殿で「祝福」を受けているし、セレーネも自国の教会で同じように「祝福」されているはずよ。神殿は私が「悪役令嬢」だと知っているはずだし、セレーネは何番が振られているか分からないけれど、「攻略対象」となっていても、不思議じゃないわ」

「つまり「悪役令嬢」や「攻略対象」が確認された時点で、教会や神殿はいずれ聖女が来るってわかるってこと? あれ、でもそれって、聖女や悪役令嬢、攻略対象の知識がないと難しくない?」


 そこでメルフィーナは、今から二百五十年ほど前に同じように疫病が流行り、聖女が降臨し、攻略対象らしき人々が王都に集結したと記された手記が残っていると教えてくれた。


「その当時の聖女も「マリア」で、北部の公爵は「アレクシス」だったそうよ。さすがに「メルフィーナ」がいたかどうかは分からなかったけれど……」

「でも、メルフィーナはアレクシスの奥さんでしょ? 手記が残っているなら、名前くらい……」


 言いかけて、その手記を確認したはずのメルフィーナがいたかどうか分からなかったという言葉に、口をつぐむ。


「もし二百五十年前にも「メルフィーナ」がいたのだとしたら、きっと夫に全然思い出してもらえなかったんだと思うわ」


 出会ってからずっと優しくて、朗らかだったメルフィーナの目が陰る。口元は微笑みの形になっているのに、全然楽しそうじゃない。

 まるで、泣くことが出来ないから、代わりに笑っているみたいな、そんな感じがして。


「だとしたら、そのアレクシスって、ろくでもない大馬鹿ね!」

「マリア?」

「だから二百五十年前の「マリア」にも選ばれなかったのよ。私だってごめんだもん!」

「……そうね、そんな薄情な夫だったら、妻のほうだって願い下げだったと思うわ」


 うん、とその言葉に、力強く頷く。

 少なくとも、二百五十年前は北部の大領主――アレクシスは、ヒロインに選ばれなかったらしい。

 だったら、「メルフィーナ」も悪役令嬢にならずに済んだはずだ。


「その時の「メルフィーナ」は、旦那のことなんか忘れて、きっと楽しく暮らしていたと思うわ!」


 思わず拳を握って力説すると、メルフィーナはクスクスと肩を揺らして笑う。


 やっといつもと同じメルフィーナに戻ってくれて、心から、ほっとした。

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