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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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259.菜園ランチと打ち合わせ1

 今日は外で昼食を食べないかと誘われて頷いたのは、いつまでも寝室の中に籠ってはいられないと思ったからだった。


 正直に言えば、メルフィーナの部屋で寝込んでいる間、焦りはあったけれど、反面居心地は良かった。

 王宮にいた頃は室内に常に誰かが控えていて落ち着かなかったし、監視されているみたいであまり気分が良くなかったけれど、ここではそんなことはなかった。


 部屋を訪ねて来るのがメルフィーナだけだったのは、気を遣ってくれたからだろう。本来なら人の食事を運ぶような立場じゃないはずなのに、メルフィーナは少しもそれを恩に着せようとはしなかった。


「少し日差しが強いけど、風が気持ちいいわね」


 メルフィーナの服を借りて外に出ると、周囲は静かだった。メルフィーナが暮らしているのは城館の母屋で領主邸と呼ばれている部分だそうだ。城館としての機能自体は他の建物にあり、こちらはほとんどメルフィーナの生活の場になっていて、使用人も少なく、気心の知れた人しか出入りできないようになっているのだという。


 前庭に出て、メルフィーナの後ろについてしばらく歩くと、高い柵に覆われた場所に着く。ここで一度靴を替えて門をくぐると、その先には畑が広がっていた。植わっているのは色々な種類の野菜で、果樹も少しはあるようだった。

 農場というより、規模の大きい家庭菜園のように見える。レンガ敷の小道を歩き、木造の家まで五分ほどだった。


「ここ、私の隠れ家なの。といっても領主邸の人には出入りが制限されているわけじゃないから、適当に色んな人がお茶をしに来るんだけど」


 テラスには、すでに料理が並べられていた。メニューは薄く切ったベーコンにスクランブルエッグ、夏野菜のマリネにジャガイモのポタージュ、それから白いパンとヨーグルト。飲み物は温かいコーン茶と葡萄ジュースの二種類が用意されている。


「美味しそう。なんだか、すごくお腹空いてきた」


 ここに来てから出される料理は、元の世界とよく似ている。ぱっと見て何が使われているのか分からない料理はひとつもないし、食べても馴染みのある味だった。

 きっと、メルフィーナがそう取り計らってくれているんだと思う。


「食欲が戻ったみたいで、よかったわ」


 そう言って笑うメルフィーナは、なんというか、ものすごく心が広くて優しくて、きれいなお姉さんという感じだ。

 プレイしていた乙女ゲームの登場人物であるメルフィーナと見た目は同じなのに、名乗られなければ多分メルフィーナだと分からないくらい、印象が全然違う。


 あまり接した人数は多くないけれど、こちらの人はなんというか、相手を気遣うというのが上手ではない気がする。敬っている態度なのに事情を押し付けてきたり、丁寧に振る舞うのにこちらの言葉は聞いてくれなかったりする。少し一人になりたいという頼みすら聞き入れられないまま、強引に要求ばかりしてきて、ちぐはぐで、混乱してしまう。


 メルフィーナはそんなことは全然なかった。笑ってくれて、思いやってくれているのが伝わってくる。メルフィーナだってこの世界に生きている人のはずなのに、この世界のためになにかしたいと思えないと言っても、それは当たり前だと言ってくれた。


「……好きになっちゃうよね、それは」

「え、ああ、ベーコン? ふふ、こっちでは燻製ってあんまり一般的じゃないから、製品として安定させるのは結構大変だったんだけど、中々美味しく出来ているでしょう?」

「うん、卵も美味しい」

「肉も野菜も果物もあちらの世界の方が美味しいんだけれど、案外卵だけは、こちらの世界のほうが美味しいかもしれないわ。品種かしらね?」

「飼い方とか、エサ? 抗生物質が入っているかいないかとかもあるかも」

「やっぱり平飼いにするとまた味が変わったりするのかしら。エンカー地方では鶏はほとんど鳥小屋で飼われているのよね」


 メルフィーナは見た目と違って、かなり食いしん坊だ。食べ物の話は特に弾む。思わず漏れた言葉も、ベーコンへのものだと信じて疑っていない。


 ある日、知らない場所に放り出されて、家族にも友達にも会えなくなって、不安で怖くて仕方が無かった。

 その気持ちを理解して寄り添ってくれた相手を、好きにならないはずがないのに、メルフィーナには全くそういった意識はないようだった。


 ただ、同郷の人間に会えた喜びと、案じるような気持ちだけが伝わってくる。


「マリア、大分顔色もよくなったわね。よかったわ」

「ごめんね、迷惑かけて。あと、寝室、私が奪っちゃったよね?」


 初日にメルフィーナの寝室に泊めてもらった直後から体調を崩してしまったので、元々の部屋の持ち主であるメルフィーナを追い出す形になってしまった。いい加減他の部屋に移動しなければならないだろう。

 メルフィーナの気配が強いあの部屋にいるととても気持ちが落ち着くけれど、ずっと居座るわけにはいかない。回復するまで待ってもらったのだから、そろそろちゃんとしたところも見せたい気持ちもある。


「領主邸には他にベッドもあるし、気にしないで。あなた、とても疲れていたのよ。回復してよかったわ」


 ずっと気を張り詰めていた反動は大きく、最初の三日は高熱を出して寝込み、その後も時々吐いたり突然泣き出したりと、我ながらとても情緒不安定な状態だった。

 ここに来てそろそろ一週間が過ぎ、それも随分治まってきたようだ。


「心の傷は自分にも見えないし、触って血が流れているか確認も出来ないから厄介なのよね。自分で自分の傷に気づかないこともあるくらいだし」

「うん。……なんか、思ったよりキてたんだなあって自分でもちょっとびっくりしちゃった。迷惑かけてごめん」

「そんなこと、気にすることはないわ」


 メルフィーナの微笑みに照れくさくなって、葡萄ジュースに手を伸ばす。思ったより爽やかな味がして、少し驚いた。


「このジュース美味しい、ちょっと酸っぱくて爽やかだね」

「こっちの葡萄の品種はあまり糖度が高くないから、少し砂糖と酸味料を入れてあるわ。少しずつ品種改良もしていっているんだけど、甘くて大きい葡萄が穫れるようになるのは大分先ね」

「品種改良ってどうやるの? 交配?」

「まだ交配まではいかないわね。「鑑定」を使って今ある品種のいい所の強化をしている最中だから。でもいずれは交配も視野に入れていきたいわ」


 「鑑定」は、これまでの会話でもたびたび出てきた、メルフィーナの持つ能力だ。この世界には「才能」というものがあり、それは魔法とはまた違うらしく、魔力もあまり消費しないのだという。


「――あのね、少し相談があるの。私の知識の基について、周囲には説明しておこうと思っているの」

「それって、メルフィーナが転生者だって話すということ?」


 聞き返すと、ええ、とメルフィーナは、真面目な表情で頷く。


「マリアにはエンカー地方に滞在してもらうとして、居場所をぼかしておかないと、王都から色んな人が来そうでしょう? 聞いた限りでも、ヴィルヘルムは大分厄介そうな感じだし」

「あー、うん、なんかむしろ逃げたら追って来るタイプだよね。ゲームの中でもそういう描写があったし」


 そう言って、あの顔が綺麗なだけの高圧的な王子を思い出して、ぐっと眉間にしわが寄る。


 画面の向こうで言われる分にはキャラクターの魅力のひとつだった傲慢な態度も、実際目の前で、自分に向かって放たれるのは不愉快だった。出来れば二度と会いたくないし、喋りたくない。


「少なくとも私の周囲には事情を把握している協力者がいた方がいいと思う。そして協力してもらうには、どうして私があなたの味方をするのかきちんと説明しておく方が何かとスムーズだと思うの」


 メルフィーナの言葉に頷いて、それから急に、心配になった。


「メルフィーナは、今まで転生者だっていうのは隠していたんだよね? 私のために、それを開示していいの?」

「これまで秘密にしていたのは、説明しても納得してもらうのは難しいと思っていたからよ。実は私には前世の記憶があって、それはこことは全く違う異世界で――なんて、どう言ったってちょっと危ない人じゃない? でも今は、マリアがいるから」

「そっか、私がいる時点で、少なくともここと違う世界は「ある」ってことになるもんね」

「ええ、それに、私も周りの人たちに、そんなバカなと笑い飛ばされないって信じられるようになったのもあるわ」


 そう言うメルフィーナは、なんだかとても嬉しそうで、我ながら単純だけど、そんな様子を見ると私も嬉しくなってしまう。


「なら説明に協力するよ! うーん、でも、乙女ゲームって言っても通じないよね」

「ええ、それに、遊戯の中の世界って言われて、どう思うかもわからないし」


 こちらではゲームというのは、基本的に娯楽のための狩猟に使われる言葉なのだという。恋愛シミュレーションという概念自体が、そもそもあるわけがない。


 誰かが作った、一人の女の子が色々なハイスペックな男性と恋をする遊びというのは、おそらく説明の時点でふしだらな感じがするのだろう。


「あっちの世界には別の世界の予言書のようなものがものすごく沢山あって、この世界はその一つだったってことにしちゃうのはどう? 私たちはたまたま、二人ともその予言書を読んでいた、みたいな」


 そう言ってみて、ふと、妙に嫌な感じがした。メルフィーナもそうだったらしく、口元に手を当ててうっすらと眉間に皺を寄せている。


「……あちらの世界の漫画や小説やゲームって、まさか本当にそうじゃないわよね? 流石に違うと思いたいけど」

「物語の制作者は実は本当に予言者で、自覚がないまま他の世界の予言を色んな方法で世に出しているってちょっと面白いけど、確認しようがないもんね」

「解像度の高さ低さもあれば、未完の物語だってたくさんあるでしょうし」

「それは、制作者の予言者としての能力が関係しているとか? いやでも、だったらハートの国のマリアのキャラクターファンブックのオリジナルストーリーとか、どういう扱いになるのってなっちゃうよね」


 結局、なぜハートの国のマリアなのか、どうして「マリア」が転移し、メルフィーナが転生したのか、今の時点では情報が少なすぎて、想像するにしても荒唐無稽になってしまうだろう。


 優しくて、大好きになってしまった人と、風通しのいいテラスで昼食を囲む素敵なランチタイムだというのに、話は混沌としていくばかりだった。


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