245.不器用な休日
リカルドと別れて五分もしないうちに、目的の二人を見つけることができた。
二人は大柄な職人たちに囲まれていて、団子のように人が集まっているところに視線を向けたところ、レナの高い少女の声でようやく判別が出来たくらいだ。
「それでね、ここの部分は、上流にこの曲がっているところがあるでしょ? ここからの水の流れで、雨期はすっごく流れが速くなるの。だから、川のこの部分を削ってしまうか、土台は雨期を避けて造って、他のところより大きく頑丈にした方がいいと思う」
小さな手に地図を持って、ここからここ、と指を指すレナに、体格のいい職人たちが腰を曲げたり腰を落としたりして、その言葉を真剣に聴いていた。
「だが、ここだけ橋脚を大きくすると、美観が悪くなっちまうからなあ。遠目で見て不格好な橋になっちまう」
「川を削るっていうのも、それはそれで大変な仕事だからな。水の流れが他より速いって確証がないと、手を付けるのは難しいかもしれない」
どちらも選び難いという様子の職人に、レナは小さな手をぎゅっと握りしめて熱弁する。
「でも、来年の雨期まで待って確認してたら、工事が止まっちゃうでしょ。その間に造った土台が流されたりしたら、また最初からやり直しだよ」
「ううん……確かにエルバンの辺りでは川の蛇行を削って捷水路を作るって言うのは、割と一般的だと聞いたことがあるな……」
「そう! レナは、この出っ張ってるところを削ったほうがいいと思うの。雨期以外でも流れが緩やかになるから、港のまわりの水の流れはゆっくりなほうがいいでしょ? それに、橋が大丈夫でも水が溢れちゃったら周りの畑に被害が出たり、井戸水が濁ったりするかもしれないから。えと、ち、ちす?」
「治水な」
「そう、それ! だから、ええと……」
大人たちに囲まれても全く怯む様子なく話していたレナが、へなへなとその場にへたり込む。
「レナ!?」
大人に一歩も引かないレナの熱弁を離れたところで聞いていたけれど、明らかに具合の悪い様子に驚いて駆け寄る。周りにいた職人たちがぎょっとメルフィーナに視線を向けた。
「どうしたの、レナ。大丈夫!?」
「メル様……。大丈夫だよ、頭わーってなって、熱くなっちゃっただけ」
「……熱があるわ」
頬が火照っている様子に、額に手を当てると明らかにメルフィーナの手のひらよりかなり熱い。朝の時点では元気そうだったのに、今は目がぼんやりとして、速く短い呼吸を吐いている。
「本当に大丈夫だよ。図形とか水の流れとかを考えていると、よくあるの」
「よくある……?」
「俺もあれこれ考えてると頭がカーッってなって痛くなること、よくありますよ。水でも被ってしばらくぼーっとしていれば治まるんで、大丈夫です」
隣にいた兄のロドが、事も無げに言う。本当によくあることで、心配しなくて大丈夫だと思っているのが、その笑顔から伝わってきて、メルフィーナの背中に冷たい汗が流れた。
「ロド……二人とも、今日はお休みでしょう。ロド、レナを馬車に連れて行って、休ませてあげて」
「いや、でもせっかく来たし、早く決めちゃったほうが工事も進むし」
二人が日常的に発熱を繰り返しながら数年早く橋が架かったからといって、それを喜ぶような治世者になりたいとは思わない。
けれど、二人がとても頑張ってくれているのは……それが自分のためであることも、よく分かってしまう。
父親のニドに、恩を返せと言い含められているらしい二人の子供を、その「才能」頼りに酷使することなど、あってはいけない。
「二人が有能なのはよく分かっているわ。私もいつも、助けられているもの。でも、二人だけに頼り切って工事を進めて、無理をさせてもしロドとレナが倒れてしまったら、そこから計画が崩れるのは、きっとあっという間よ」
「俺達、元気が取り柄だから大丈夫ですよ!」
「そうだよメル様。頭熱いのも、すぐ治るから!」
「……マリー」
「はい。レナ、失礼します」
マリーがまだ蹲るレナに声をかけ、小さな体をひょいと抱き上げる。レナは驚いたように目をパチパチとさせていたけれど、マリーは構わず歩き出した。
「えっ、あの、メル様? マリーさん?」
「今日の二人は、すごく悪い子です。後でうんとお説教するから、ロドも馬車で待機していなさい」
「え、ええー……」
納得がいかないという様子ではあるけれど、ロドはメルフィーナと連れ去られる妹を交互に見て、マリーの背中を追いかけた。
この場では何を言っても無駄だろう。現場から離し、落ち着いた場所でしっかりと無茶をしないよう、具合が悪くなったらすぐに休むよう、そもそも体調に影響が出ない塩梅を身に付けるように、きちんと説得する必要がある。
無垢なだけに無茶をしようとする兄妹にどう言うべきか悩んでいると、あの、と隣から控えめに声をかけられた。
「姉様、二人をあまり、叱らないであげてください。二人の気持ち、僕はすごくよく分かります。きっと、姉様の役に立てるのが嬉しかったんです」
それまでずっと黙っていたセレーネが、おずおずと告げる。
その優しさに苦笑して、分かっているわ、と努めて穏やかに返す。
「これまで、二人がお手伝いをしてくれているなんて気分で、きちんと雇い主として待遇を決めてこなかった私が一番悪いのよ。ちゃんと反省して、二人の仕事について考えて、あの子たちにも謝らないといけないわね」
セレーネはほっとしたように微笑んで、頷く。
「二人は、頑張り屋なんです。周りが止めないとどこまでも働いてしまうんだと思います」
そう、一番悪いのは自分である。あの二人が真摯に自分を慕ってくれていると知っていたのに、出会った頃の子供のままの気分で仕事を任せて、細かく見てこなかったのは本当に手痛い失敗だった。
――これでは、やりがい搾取って言われても、文句は言えないわ。
肩を落とし、小さく息を吐く。
「みんなも、話の途中で割り込んでしまってごめんなさいね。さっきの件は私が聞いて、改めて指示を出します」
「はいっ、あのっ、領主様、その……あの子たちは、すごく頼りになる仲間だと、俺、私達は思っていますので!」
「俺たちも、小さい子供だと忘れてました! 俺達が止めるべきでした! すみませんでしたっ!」
頭を下げる職人たちを宥め、仕事に戻るように告げて、セレーネに苦笑を向ける。
「お散歩どころではなくなってしまったわね。私たちも馬車に戻りましょうか」
「でも、姉様はいつもそんな感じですよ。何かいきなりわーって決まって、それがすごく大事になって」
「もう、セレーネまで……」
「僕、そういう姉様が大好きなんです」
雪の精のようなセレーネに微笑まれて、肩を落とし、メルフィーナも笑い返す。
「でも、少し反省するわ」
「いやあ、そのままのメルフィーナ様でいてください。横で見ていると最高に面白いし、みんなそう思っていると思いますよ」
護衛騎士に軽口を叩かれて唇を少し尖らせ、それから、気持ちを立て直す。
今日は休日なのだ。出先で仕事の話をするのが、そもそも間違っていた。
大人が、特に領主である自分が率先して仕事ばかりしている姿を見せるのも、良くなかったのだ、きっと。
「レナの様子を見て、大丈夫そうならみんなの邪魔にならないところでフェリーチェと遊んで、屋台で昼食を食べましょう! 今日はもう絶対お仕事なんてしないし、させないんだから!」
「はい!」
護衛の兵士たちも口元に笑みを浮かべている。
仕事もそうだけれど、休み方もうまくやらなければならない。
この後はもう、休日を満喫すると決めるメルフィーナだった。




