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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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244.職人とギルドの産声

 河港の傍で停まり、オーギュストのエスコートで馬車を降りる。ロドとレナが乗った馬車は一足早く到着していて、ドアが開いたままになっていた。


 元気のいい兄妹のことだ、馬車から飛び出してその勢いのまま、どこかに走っていってしまったらしい。


「ゆっくり歩いて探しましょうか。見晴らしはいいし、そのうち見つかると思うわ」

「はい、姉様」

「セルレイネ殿下、メルフィーナ様、人が多いので、我々から離れないようご注意ください」


 今日はセレーネも一緒なので、メルフィーナの護衛にあたるオーギュストの他に、城館内の詰め所から身辺警護にあたる兵士が二人、同行してくれている。


「気を付けるわ。確かに、随分人が多いわね」


 オルレー川が大きくカーブしている外側の土地で整備が進められている河港は、多くの職人や人足でにぎわっていた。

 人足の数が減っているという報告は聞いていたけれど、それでも中々の賑わいである。夏を迎えて上半身を露出している職人や人足も多く、少々目のやり場に困る。


「リカルド」


 よく知った顔を見つけて声をかけると、職人に囲まれていた禿頭の親方が驚いた顔を向け、それからにかりと笑う。


「メルフィーナ様、視察ですかな?」

「ええ、と言ってもロドとレナがお休みだから、お散歩についてきたようなものなのだけれど……馬車は先に着いているようなんだけど、あの子たちを見なかったかしら?」

「この辺りはただでさえ体格のいい職人が多いので、小さいのがちょろちょろしていると中々目に入らないですな。あの二人はこの辺の現場に慣れているので、その辺にいると思いますが」


 リカルドがぐるりと周囲を見回すのにつられるように、メルフィーナも視線を川の方へ向ける。


「中州にも、もう資材を運んでいるのね」


 向こう岸とのちょうど中間にあたる場所に、やや大きめの中州がある。以前は雑草がまばらに生えていたけれど、今は除草後に石を敷き詰め、その上に木材が積み上げられていた。


「ええ、ちょうどいい足場にもなりますし、冬が来るまでにはあの中州まで橋脚の土台を造っておくくらいのスケジュールでやりたいと思っています」

「かなり急な進行ではない? 早く完成するに越したことはないけれど、無理のない範囲で構わないのよ?」


 工事を急がせて、事故が起きるのがもっとも恐ろしいことだ。労働者を消耗させず、安定した進捗を保つのが望ましい。


「エンカー地方は木材には困りませんし、砂礫はそこらじゅうで手に入るので、むしろ土台づくりまではそれほど時間はかからないと思います。問題は橋を組むための石の切り出しと運搬ですね。石工の数が限られていますし、運搬にもそれなりに時間がかかりますので」

「そうね……。城壁の計画も進んでいるし、石の需要はこれからどんどん上がっていくから、出来れば石工を増やせればいいのだけれど」


 エンカー地方には元々急峻な崖も多く、そこから採石できるので運搬の距離はそう長いものではないけれど、採石もその運搬も、それなりの重労働である。


「案外、村から弟子を取って一から育てたほうが早いかもしれませんな。城壁の建築ともなれば完成までかなり長い期間がかかるでしょうし、完成後も保守や補修の仕事は続くでしょうから、ギルドの誘致を考えたほうがいいかもしれません」

「ギルド……そうね」


 エンカー地方に初期からいる職人のほとんどは、そのギルドからつまはじきにされた人たちである。メルフィーナ自身、ギルドのやり方にあまり良い印象を持っていないし、彼らをメルフィーナに紹介したのは他でもないリカルドだった。

 メルフィーナの考えていることが分かったのだろう、リカルドも苦笑して、髪の生えていない頭をかりかりと掻いた。


「確かにギルドは専横がすぎる一面もありますが、基本的には職人をまとめ、仕事を回し、いい加減な仕事をさせないためのものでもあります。私もソアラソンヌのギルドに思うところはありますが……もしかすれば、メルフィーナ様の下ならば、上手く機能するかもしれないという期待もあります」

「でも、その場合エンカー地方の大工ギルドのギルドマスターはリカルドになっちゃうわよ?」


 信頼関係を重要視するならば、誰も来たがらなかったエンカー地方に多くの職人を紹介し、今も面倒見よく声をかけて、最終的には自らが親方の座を捨ててエンカー地方に移住し今も建築の最前線に立っているリカルド以上に信頼できる相手はいない。


 そう告げると、リカルドは虚を衝かれたように目を見開き、すぐにんんん、と腕を組んで唸りだした。


「私は、そのう、現場の方が好きといいますか。やっと一職人としてしがらみもなくなり、今が一番楽しいわけでして……」

「リカルドが後進の職人のために目を光らせてくれるなら、私も安心してギルドの設立ができるのだけれど……」


 リカルドはまた唸り出してしまう。禿頭に血管が走るほど、悩ませてしまったらしい。


「何も今すぐというわけではないわ。ギルドを作るといっても今日作って明日から機能させるなんて無理な話でしょうし。必要な人材とか、設備とか、準備をしていくから、そのアドバイザーから始めてみない?」

「……職人が安心して腕を磨き、依頼者が安心して職人に頼れるようになるのは、私の望むところでもありますので、ひとまずは、その形で」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 にっこりと笑うと、リカルドはとほほ、と言わんばかりに肩を落とす。


「ふらりと現れて散歩などと言いながら、重要なことをポンポンと決めていかれますなあ。メルフィーナ様は出会った頃から、全然変わりません」

「あら、私、そんなだったかしら……」

「やけに大きな地下室が欲しいと言われて何故と聞けば、エールを造るのが夢だと言われる。そこからたった一年半ほどで、今やエンカー地方のエールは帝国にまでその名が届いているというではありませんか。こんな恐ろしい方は、私は他に知りません」


 重々しく言われて、少し焦ってしまいついマリーとオーギュストに視線を向けるのに、二人はなぜかやけに納得したような顔をしている。


 ――あれ、味方がいないわ。


「私が初めてこの地に来た時には、まばらにあばら小屋が立ち並ぶ土地だったというのに、今や真新しく立派な村が出来、堀に囲まれた城館が出来、今は新たに港を造って橋も同時に架けようとしているのですよ。メルフィーナ様はもう少し、自覚を持たれるべきでしょう」

「言いたいことはあるけれど、ええ、はい……分かったわ」


 エンカー地方の急発展は、飢饉による不景気が上手く働いたという側面が多分に大きい。

 職人や人足は飢えから逃れるために続々とエンカー地方に来て仕事をしてくれたけれど、通常時ならば北の端まで出稼ぎになど、そうそう人が集まったとは思えない。


 けれどここで、ただタイミングが良かっただけだと言っては、ますます周囲に呆れた目を向けられてしまいそうだ。


 空気を読むことも、たまには大事だろう。

 しおらしく頷くと、リカルドはにかりと笑い、職人らしく武骨な礼をする。


「私は大工としてはそれなりの腕があると自負していますが、ギルド運営に関してはずぶの素人です。ですが、メルフィーナ様と共にこの地がどこまでも豊かに花開いていくのを見ていきたいと願う者の一人でもあります。多少老骨が入っていますが、それでよろしければ、いくらでも力の限りを尽くしましょう」

「! ありがとうリカルド、よろしくお願いします」


 リカルドは人望があるし、メルフィーナ自身も深く信頼している。彼がいれば百人力だと嬉しく思っていると、リカルドはまた、カリカリと頭を掻いた。


「私は少々、心配になることもありますが、このようなご領主様に、力を貸したくないと思う者などいるのですかねえ」

「よからぬ者が近づかないよう、私も目を光らせているところです」

「メルフィーナ様の筆頭秘書は実は物凄く怖いお方なので、まあ、大丈夫ですよ。いざとなれば斜めにこう、すればいいだけなので」


 マリーはクールな表情で言う。四本指を揃えてリカルドの左肩から右脇に掛けてシュッ、と手を斜めに滑らせたオーギュストは……何か物騒なことを言っている気がする。


「それなら安心ですな」


 リカルドは朗らかに笑っていたけれど、少しその笑みがぎこちない気がした。

 なんとなく、周囲にいた職人たちもだまりこみ、シンと静まり返っている。


「お仕事を中断させてしまっているわね。みんなも今日も頑張って、お水は適宜、飲んでくださいね」


 そう声をかけて歩き出す。


 「こわ……」「ちびるかと思った」という囁き声は、川から吹いてくる風に流れ、メルフィーナの耳には届かないまま消えていった。




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