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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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240.芋掘りとジャガイモ料理

 普段は主であるメルフィーナ以外は数人の管理人と、セレーネの主治医であるサイモンあたりしか出入りしないメルフィーナの個人菜園は、がやがやと村の若者達で賑わっていた。


「みんな、ちゃんと手を洗って靴を替えた?」

「はい!」

「大丈夫!」


 子供たちの元気な声に笑って広い圃場とは別に分けた、小さな畑の区画に向かう。植えてあるものは同じだけれど、今年は子供達にも収穫をしてもらおうと、メインの圃場とは別に少し離れたところにちょうどいいサイズの畑を作ってあった。


「収穫のサインは、こうして葉っぱが黄色く枯れかけ始めた頃よ。雨が降らない日が続いて、畑の土が乾いている時がいいわ。そのほうが長く保存が利くの」

「うわー、懐かしい」


 ロドが感嘆の声を上げるけれど、セレーネとレナは植えてあるものが何か分からないらしく、きょとんとした顔をしている。


「これが収穫出来ていた頃は、レナはうんと小さかったものね。ロド、抜いてみてくれる?」


 マリーが子供達に、古布を縫って作った手袋を配っていく。用土は柔らかく作ってあるし、芋は素手でも掘れるけれど、子供の肌は薄く傷つきやすいものだ。


 早速手袋をはめると、ロドは畑の端の茎の根元を掴む。きっと以前も、村で収穫の手伝いをしていたのだろう。ぐっと力を籠めるとぶちぶちと根が切れる音が立ち、土と共にごろり、と黄金色の塊がこぼれ出した。


「これ、ジャガイモですか」

「そう、今日はジャガイモの収穫日よ」


 ジャガイモは平民の主食なので王族のセレーネにはなじみのない食べ物だろう。レナも目をきらきらとさせて兄が掘り出す芋を見つめていた。


「メル様! レナも掘っていい?」

「勿論、セレーネもやってみて。昼食はジャガイモを使った料理を出してもらう予定だけど、自分で収穫したものはとっても美味しいのよ」

「はい、姉様!」


 去年も種芋の保持のためにメルフィーナの圃場ではジャガイモを作っていたので、食卓にジャガイモ料理が上がることは何度かあった。

 だがそれらはメルフィーナと菜園の管理人によって行われたので、こうして子供たちが芋掘りに参加するのはこれが初めてである。


 元々、この菜園は出入りするのに厳しい条件を設けてある。出入りの際は菜園の土に数日埋めた後天日干しした靴に交換が義務付けられているし、外部から来た人間には服も取り換えてもらうくらい徹底している。


 城館の住人は特に立ち入り禁止を設けていないけれど、用も無いのに出入りするには面倒が多い区画だ。その分安心して実験作物を育てることが出来るので、最近はハーブや薬草の研究に凝っているサイモンはよく通っている。


 子供たちはあっという間に収穫に夢中になったようで、自分の掘った芋が一番大きい、つるりとしていて形がいいとそれぞれ張り合っている。


「小さな芋も取りこぼさないようにしてね。種芋には十分に使えるから」

「はい!」

「メル様、掘ったお芋、どうすればいい?」

「並べて土の上に置いておいて。少し乾かしたほうが保存が利くから。抜いた葉っぱは端っこにまとめておいてくれる?」


 子供たちは声を揃えて返事をすると、そこからはまた収穫に夢中になっていった。


「芋って、こんな風に土から出て来るんですね。あちらの人が沢山いる畑も、芋の収穫をしているんですか?」

「ええ、今年からはエンカー地方でもまた芋の栽培を始めるから」

「でも、疫病は……」

「念のために種芋は保存しておくし、今年は村での作付けも最小限にして、まずは実験的に植えていくことになるわね」


 マリアが降臨し、目に見える影響が出ていることから、おそらく疫病も鎮まっている可能性が高いけれど、対外的には試験期間として植えていくという形をとるしかない。


 けれど、おそらく今年の冬からは、各家庭でジャガイモの入ったポトフやシチューが食べられるようになるだろう。


 ――トウモロコシの作付け面積も、少しずつ減らしていくことにはなるわね。


 トウモロコシは北部を飢饉による致命的な影響から救い、エンカー地方に最初の富をもたらしてくれた作物なだけあって、寂しい気持ちもあるけれど、トウモロコシの平焼きパンのサンドイッチはすっかり定着した料理になったし、堆肥目的で飼育している家畜の数が非常に多いエンカー地方にとっては、飼料としても優秀な作物だ。


 今後も大切に育てていくことになるだろう。

 子供たちに収穫してもらった畑はメルフィーナの寝室よりすこし狭い程度の面積だったので、昼食前にはすっかり掘り起こしが終わっていた。畝に沿って綺麗に並べられたジャガイモは色も艶も良く、このままでも十分美味しそうだ。


 大きなものを選んで籠に取り、子供たちにそれぞれ運んでもらう。手を洗い、大きな圃場に合流すると、こちらも予定通り午前中で収穫が終わったようだった。


「みんな、お疲れ様」

「メルフィーナ様!」

「お疲れ様です、メルフィーナ様!」


 村の農家から収穫に来てくれた青年たちは、皆一様に嬉しそうな表情だった。全員手にジョッキを持っていて、すでにエールを飲み始めているようで、畑の端に急ごしらえで作ったオープンキッチンでは、エドがさっそく収穫したジャガイモで腕を振るっている。


 とはいえ、今日のメニューはシンプルに収穫したばかりのジャガイモを洗い、櫛切りにして軽く小麦粉を振って揚げたフライドポテトがメインである。それだけでは寂しいだろうと養鶏場から鶏の肉も取り寄せ、こちらはフライドチキンになっている。


 汗をかいた後のシンプルで塩の利いた料理とエールはごちそうだ。用意した麦茶もちゃんと飲むように声をかけて、子供達は普段メルフィーナが実験資材を置くついでに寛げるよう改装した家のテラスに招いた。


 日陰に入れば風は十分心地よく、汗と太陽の熱で火照った肌を優しく冷ましてくれる。


「冷たい麦茶って美味しいねー」

「さっぱりするよな」


 エンカー地方に来たばかりの頃は沸かして作った麦茶を常温にしたものを急いで飲んでいたけれど、今はアレクシスから譲られた氷の魔石である程度安定して氷を作ることができるようになった。エール樽一杯に作った麦茶に氷を入れて作った冷たい麦茶は、農作業のいいお供になる。


「できれば、氷はある程度安価で買えるようにしたいわね。氷室を作ってみようかしら」


 エンカー地方は冬が長く、氷を切り出すこと自体には全く困らない。冬の間は厄介に思えるけれど、気温が上がってくると冷たいものも恋しくなってくるものだ。


「メル様、氷室ってなに?」

「冬の間に氷を切り出しておいて保存する、地下や洞穴、専用の建物のことよ」

「それって、夏までもつものなの? 溶けたりしない?」

「ちゃんと保存すれば大丈夫よ」


 勿論ロスはあるけれど、それをしても十分な量の氷を保存できるはずである。

 とはいえ、天然の氷は何かと不純物が混じっていることも多いので肉や野菜の保存庫としての利用がメインで、人の口に入るのは、人工で作るほうが衛生的だろう。


 ――魔石は高価だけれど、一度買えば長く使うことができるし、製氷庫のようなものを作ってみてもいいかもしれないわ。


 とはいえ、メルフィーナの手持ちの氷の魔石はほとんどが領主邸の地下に使われている。魔石を手に入れるには魔物を倒すしかなく、そして魔物は出来るだけ遠ざけたいものであり、中々のジレンマだ。


「メルフィーナ様! お昼お持ちしました~!」


 冷たい麦茶を傾けながらそんなことを考えていると、アンナの元気な声が響く。どうやらエドが作る振る舞いが一段落したらしい。


「今日収穫したお芋で作ったフライドポテトと、こっちはガレット、お芋とバターとミルクで作ったマッシュポテトとフライドチキン、こっちがお芋と鶏肉のグラタンで、えーと、これが」

「ジャーマンポテトね」

「はい、です!」


 午前中の収穫ですっかりお腹が空いていたらしい子供たちはわっと表情を明るくする。メルフィーナがフライドポテトをフォークで刺し、口に入れる。


 収穫したばかりの芋は粉感が強い。よく揚がった表面はカリッとして香ばしく、中はしっかりと火が通ってほこほこと温かい。


「みんなもどうぞ」


 わっ、と子供たちが料理に手を伸ばす。麦茶のお代わりを配っているマリーにも座るよう、ベンチの隣を促し、オーギュストも向かいのロドの隣に腰を落ち着けた。


「お芋、美味しい! これまでで一番美味しい!」

「これまでも何度か出てたでしょう?」

「あのね、自分で掘ったら、もっと美味しくなったの! これ、レナが掘ったお芋も入ってるのかな」

「きっと入っているわ」


 えへへ、と嬉しそうに笑って、スプーンでマッシュポテトを掬い、幸せそうに口にする。


「さっきの畑から芋をより分けて、近いうちに皆で何か作って、それをご飯にしましょうか」


 メルフィーナの脳裏に、前世のコロッケを作る歌が思い出されて、つい口元が綻んでしまう。


 コロッケは作る事自体はそう難しくないけれど、工程が多い。子供たちにそれぞれ分業しながら作ってもらえれば、それもいい経験になるだろう。


「作りたい!」

「俺も、やってみたいです!」


 セレーネも嬉しそうに頷く。


「ウィリアムがいたら、きっと張り切ってお芋を掘ったでしょうね」

「今日掘った芋は秋植えの種芋になるから、冬の収穫には来てもらいましょうか」

「きっと喜ぶと思います!」


 ウィリアムを弟のように可愛がって面倒を見ていたセレーネは、にこにこと笑ってジャーマンポテトを口に入れ、熱かったのだろう、手のひらで口を押えて、慌てて麦茶を流し込む。


「ウィリアム様がまた来たら、今度こそオセロで勝ちたいな」

「公爵様も来るかな? また皆で遊びたいね」


 子供たちにとって、去った冬はとても温かく楽しい記憶として残っているのだろう。


「そうね、きっと無事に仕事を終えて、来てくれるわ」


 汗をかいて、収穫したものを食べて、笑い合って。

 とても楽しい日だった。


 その言葉が果たされることはなかったとしても、誰もがこの時は、ただ無邪気にそんな未来を思い描いていた。


次回から少し不穏回に入ります。

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