表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
233/573

233.兄妹と建築と心境の変化

「こっちの灰色の石は、アーチ型の橋や、壁が水に接してる水車小屋に向いてると思う。こっちの白い石は、水の近くで使うと灰色の石より早く駄目になる、と思います!」

「その代わり白い石はある程度小さくても使えそうだな。灰色の石は出来るだけ大きく、形も同じに整えないと、大きさの違うところから傷んでいく……気がする」


 ロドとレナの兄妹がそう言うと、ちらりと大工の親方であるリカルドがこちらに視線を向ける。メルフィーナはそれに首肯して、微笑んだ。


「灰色の石はとても硬くてその分加工に手間がかかるけれど、とても丈夫よ。白い石は柔らかくて加工がしやすいけど、水に浸食されやすいから橋や水車小屋の建材としては不向きで、でも、建物に利用する分には問題なく使えるわ。「鑑定」でも確認したから間違いないわ」


 メルフィーナがそう告げると、リカルドははぁー、と感嘆のため息を吐いた。


「たしかにこっちの石はソアラソンヌでも城壁や貴族の屋敷に良く使っていて、問題ないというのは経験として知っていますが、そう説明されると驚きますな」

「エンカー地方に花崗岩が採れる丘があってよかったわ。採掘の計画を立てて、採掘できるよう運搬用の街道を造っていかないとね」

「メル様! 私もお手伝いしたい! 多分、お手伝いできると思う!」

「俺も、やらせてください、メルフィーナ様」

「勿論、こちらからお願いするわ」


 「解析」を持っているレナは先ほどそうしたように、石の種類や品質について見抜く能力がある。「分析」を持っているロドはレナより計算能力が高く、すでにリカルドが新しいものを作るたび、意見を聞きに来るようになっていた。


「瓶詰も基礎研究は大分落ち着いたし、こちらを手伝ってくれると私も助かるわ。でも、絶対に無理はしないこと。あなたたちはまだ、たくさん食べて遊んで学ぶことが仕事の年頃よ」

「レナはともかく、俺もう、十三だよ、メルフィーナ様。いっこ上のエドだって立派に働いているんだから、俺もちゃんと働くよ」


 最近は子供扱いをされるほうが抵抗があるらしく、ロドは少しだけ唇を尖らせた。そういう仕草がメルフィーナにとってはまだまだ子供のように思えるのだけれど、確かにこの世界では、すでに徒弟に入ったり騎士の小姓になったりしてもおかしくない年齢だ。


 ロドはニドの跡を継いでメルト村の村長になるのかとなんとなく思っていたけれど、最近は出来ることを手当たり次第にやってみる方式らしい。元々活発で人好きする少年だったこともあり、どこに行っても上手く溶け込んでいる。


「そうね……じゃあ、採掘の手伝いをお願いできる? 事故が起きないように、過重労働になりすぎないように、土地を見て、人を見て欲しいの」

「わかった! 任せてくれよ!」

「レナは、まだ領主邸の中でお手伝いしたい」


 隣にちょこんと座ったレナの消極的な言葉に、メルフィーナは小さな頭を優しく撫でる。


「レナはまだ小さいから、外に出て働くのは私も賛成できないわ」

「うん。……ごめんね? メル様」

「レナはもう、たくさんお手伝いしてくれているでしょう? 瓶詰の完成も、樽のサイズの改良も、とっても助かっているのよ?」


 レナは、領主邸から離れたくないのだろう。土地や家族にそれなりの愛着はあっても、ロドのようにエンカー地方の要職に就いて発展に寄与したいという気持ちも、それほど強くない。


 レナにはレナの夢がある。有能だから、稀有な「才能」を持っているからという理由で無理強いはしたくない。


「今年造って欲しいのは、城館内では迎賓館と使用人用の宿舎の増築、後はメルト村を城塞都市化する計画を具体的に行うことですが、その前に下水道の整備を行いたいと思います」

「雨季や雨の続いた時に速やかに排水し、水を川に誘導する配管、ということですが、そんなに必要なものなのでしょうか」

「今はまだ人口密度……土地当たりに住む人間の数が少ないので問題は起きていませんが、人が増えれば建物が密集しはじめますし、そうなると家屋や家畜小屋、畑など人の手の入った部分が多くなり、水の逃げ場がなくなります。いずれ城壁を築くことを前提にするなら、下水道は先に作っておいたほうがずっとスムーズに進むわ」


 リカルドはふむ、と頷くものの、あまりピンと来ていない様子だった。


 エンカー地方は糞尿を垂れ流すことなく下肥として利用しているので、悪臭や衛生の悪化という意味では現状、下水を必要とはしていないけれど、豊かな水源に加えて夏になる前の雨期が存在する。


 まだまだ人の手の入っていない部分の多いエンカー地方は雨期でも床上浸水したりすることはないけれど、人が増え、街道を敷き、土地を壁で囲うようになれば、土地の排水の問題は切っても切れないものになるだろう。


「下水道のルートに関しては草案を出して実際現地を見ながら決めて行きましょう。ロド、そちらも協力してもらえる?」

「勿論!」

「下水道はレンガで造るとして、他の建築も並行して進めていくなら、もう少し窯を造ったほうがいいかもしれないわ」

「そっちも、ルートが決まったらどれくらいの数が必要か計算して、窯の数を決められると思う」


 力強いロドの言葉に頷く。

 ロドの「分析」はきっと最適なルートを見つけてくれるだろう。


 「才能」は使い続け、また本人も経験を積むことで精度が上がっていく。

 最終的にロドがどんな生業を選ぶのかはまだ分からないけれど、いろいろな経験をして欲しい。


「いやあ、もうしっかり建築家の卵みたいだな。「才能」ってのは、凄まじいものですね」

「あら、ロドは確かに「才能」のある子だけれど、それ以上に努力家なのよ。冬の間はずっと読み書きの練習をしていたし、城館内で仕事の手伝いをしながら窯の見学に行ったり、各工房を回ったり、沢山学んでいたもの」


 実際、貴族はあまり「才能」を重視しない傾向がある。あくせくと働くのは優雅ではないという価値観があるためだ。折角「才能」を持って生まれても、研鑽がなければ意味がない。


「頑張り屋さんのいい子なの。リカルドも建築でこの子に関わる時は、その「才能」を大事に伸ばしてあげて」

「確かに、すでに相当世話になっていますしな。坊主、これからもよろしく頼む」

「うん……ああ、任せてくれよ!」


 ロドはきりりと表情を引き締めて答える。

 ずっと出会った頃の、無邪気な少年のつもりでいたけれど、その顔立ちは頼りがいを身に付け始めた青年のものに変わって来ていた。




     * * *


 リカルドがまた改めて視察の時にと告げて領主館を後にし、メルフィーナもマリーとオーギュストを伴って執務室に戻る。


 事業の運営は担当部署を設立し、文官たちへのふりわけも随分進んだけれど、彼らから上がって来る書類の決裁はまだメルフィーナの仕事だ。


「急ぎなのは、畑の耕耘のために、もう少し牛を増やす申請ですね」

「現在耕耘に利用している頭数から必要な頭数を割り出して、飼育小屋の増設や配置の計画を立てて再提出させて」

「次に、オルレー川の川岸に、新しい水車小屋の建築の依頼です。住人が増えてきたので粉挽き用の水車の稼働が追い付かなくなってきたようで」

「オルレー川は水運用の河港の計画がまだ固まっていないから、あの辺りの土地は空けておきたいわ。疎水に小規模な水車小屋を建てて、それを粉挽き用として利用しましょう」


 マリーの言葉にメルフィーナが答え、必要な手続きや試算について告げるとマリーが新たな指示書を作成していく。


 いずれはある程度の権限を文官たちに与えることになるだろうけれど、今の段階ではメルフィーナが判断したほうがスムーズだ。


「毎回思いますけど、メルフィーナ様ってぽんぽん対策を考えつきますよね」

「領主もそろそろ三年目だもの、それは、多少はね」

「そうやって、すぐ大陸中の領主が頭を抱えそうなことを言いますし。――マリー様、そちらの指示書の作成、俺も手伝いますよ」


 セドリックが仕事を手伝ってくれるようになるまでにはそれなりの時間が必要だったけれど、アレクシスの腹心であるオーギュストは、同じ騎士であっても騎士以外の仕事をすることにも抵抗はなさそうだった。


 手先が器用ということもあるのだろうけれど、字も綺麗で、書類を作らせるととても美しい紙面にまとまっている。


「前は、色々な土地を巡って様々なものを見て回りたいって思っていたんですけど、こうやって一つの場所をよりよくしていくのも楽しいなと、最近思うようになりました」


 俺も年を取ったんですかねと、オーギュストは苦笑する。


「自分の生きる場所に愛着を持ったってことじゃない? いいことよ、きっと」

「あー、それはありそうです。エンカー地方自体がどんどん変わっていって面白いですもんね。うちは実家は父親が口やかましいし、騎士団は先輩騎士が口うるさいし、閣下は必要以上に無口ですから、どこ行っても居心地が悪くて」

「あら、アレクシスにもっとお喋りするように進言しておくわ」

「勘弁してください」

「ふふっ」


 メルフィーナが肩を揺らして笑うと、マリーもうっすらと微笑んでいた。

 この三人で過ごすことにも、随分馴染んできた。


 よく晴れた午後、開け放した窓からは春の匂いがする風が、優しく吹き込んできていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あ、これネタバレやめろし 目次見ないように耐えてるんだぞ
[一言] もう、数話先の『悪役令嬢と聖女の邂逅』が気になって気になって……笑 なんとか踏みとどまって我慢して順番に読んでます笑
[一言]  陽気でお喋りなアレクシス…悪夢か(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ