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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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229.少女たちと将来の夢

 エンカー村の広場に到着すると、その天幕はとても目立っていた。


 真っ白な布というのは、この世界ではとても珍しいものだ。白い天幕など、もはや非現実的ですらある。


「あ、メルフィーナ様!」


 顔見知りの村の子供たちがわっと寄ってくるのを迎えて、ひとりひとり頭を撫でる。今日は神殿の祝福が行われていることもあり女の子が多いけれど、人が集まっているのに惹かれたのか男の子もそれなりに交じっていた。


「みんな、もう祝福は終わった?」

「私はおわったー!」

「私はまだ! 順番が来たら、名前を呼ぶからここで待っててって言われました!」


 移住により、去年より人口が増えたため、希望者も多く、今回の神殿による祝福は、十二歳から十六歳の少女を対象に、日を変えてエンカー村とメルト村の二か所で行うことになった。


「メルフィーナ様! 私「裁縫」の「才能」があるって言われました!」


 やや年長の少女が得意げに言う。その言葉に反応しない子もいたけれど、数人、表情をふっと曇らせる子もいた。


「おめでとう! これから技術を身に付ければ、きっと色々と出来るようになるわ」

「そうしたら、メルフィーナ様のお針子として雇っていただけませんか!? 私、領主邸で働きたいんです!」


 目をキラキラとさせて言う少女は、夢と希望に満ち溢れている。


「いいなぁー、ミレー姉ちゃん。私も、メルフィーナ様のお針子になりたい」


 ぽつりと言ったのは、メルフィーナの傍にいた別の少女だった。その子の頭を撫でると、じわり、と茶色の瞳に涙がにじむ。


「いいわよ、うちのお針子になる?」

「いいんですか!?」

「沢山練習をして、私が縫い物を任せたいって思うようになったらね。そうね、私と同じくらい縫えるようになったら、領主邸に来るといいわ」

「メルフィーナ様、すごくお上手なのに……私は「才能」もないし」

「あら、でも私も「裁縫」の「才能」は持っていないわよ?」


 メルフィーナを取り囲む少女たちが、はっとしたように息を呑む。それにくすくすと、肩を揺らして笑う。


「私のお裁縫は、子供の頃から一生懸命練習して出来るようになったものよ。上手だと思ってくれるなら、頑張ったからで「才能」があったからではないわ。それに、何が出来るかどうかと、何がしたいかって、似ているけれどちょっと違うのよ。やりたいことや目標があれば、目指してみればいいわ。あなた……ミレー」

「は、はいっ!」


 「才能」が出たと高らかに告げていた少女が、驚いたように背筋を伸ばす。


「ミレーはお裁縫が好き?」

「好き……多分、好きです。他の子より最初からちょっとだけ上手く出来るなって、思ってたし」


 「才能」があると言われて舞い上がったものの、改めて裁縫が好きかどうかなど、考えたことがないという様子だった。


「それなら、お裁縫を好きだという気持ちでお裁縫をした方がいいわ。私のお針子になりたいから、なんて理由ではなくね」

「はい……」

「私、頑張っている子が好きよ。お裁縫が好きだから、ミレーはその「才能」が芽生えたんだと思うわ。だから、自分の好きだという気持ちで続けなさい。勿論、領主邸のお針子になりたいなら歓迎するわ。条件はホリーと同じだから」

「はいっ、私、がんばります!」

「私もー!」


 少女たちは口々に、将来は牧場で働きたい、私は犬の訓練士になりたいと将来の夢を口にする。

 子供たちが将来の夢を語る姿は良いものだ。


「さ、メルフィーナ様は神官様にご挨拶するので、皆さん、そろそろ離れてください」

「はーい!」


 マリーに促されて、子供たちは渋々という様子ながら素直にメルフィーナの傍から離れていく。そのまま自宅に帰る子もいれば、まだ順番待ちで広場に留まる子もいるようだ。


 この世界では、男の子は十歳前後から将来を見据えて職人の徒弟に入ったり商人に奉公を始めたりするけれど、女の子は同じく商家に奉公に出ることはあっても、年頃になれば結婚して家庭に入るのがほとんどだ。


 その奉公先も親が決めて、子供の意思が反映されることはまずないと言える。


「子供達に目標があれば、それを目指せる道を、作ってあげたいわね」


 そうした仕組みもいずれは導入していこう。それも、できるだけ早く。


「そうですねー。まあ、皆が望む道に進めるとは限りませんけど、最初から可能性がないより、ずっとやりがいがあると思います」


 ぽつりと漏らした言葉にオーギュストは飄々と言い、マリーは微笑んで、心持ち胸を張って頷く。


「まあ、私の夢は、メルフィーナ様に叶えて頂きましたけど」

「……マリー様、ほんと変わりましたよね」

「人は変わるものですよ、オーギュスト卿」

「まあ、我が従兄弟もあんな感じでしたしね。メルフィーナ様の傍にいると、自然とそうなるのかもしれません」

「あら、マリーは最初から結構思い切りが良くて、度胸もある子だったわよ」


 メルフィーナが笑いながら歩き出すと、マリーとオーギュストも自然とその歩調に合わせて動き出す。


「それに、最初は望み通りではなかったとしても、やっているうちに目標が変わることもあるしね」


 領主として生きていくことを決めたメルフィーナであるけれど、前世の記憶が戻った最初の頃は、ある程度領地を富ませたあときれいさっぱり売り払ってどこかで自由に生きていくという選択肢があったことなど、今更人に言えたものではない。


「どちらにしても、選択の幅が大きいのはいいことだわ」

「確かに、俺もまさか自分が閣下のお傍を離れる日が来るとは思いませんでしたし、それを案外楽しく思ってるなんて、いまだにちょっと不思議だったりしますしね」


 テントの前に立つ修道女のモニカがこちらに気づいて、慌てたようにお辞儀をする。

 メルフィーナも少しすました表情で、貴族らしい微笑みを浮かべてみせた。




     * * *


 神殿の馬車が領主邸に戻ってきたのは、まだ日が傾くにはやや早い時間の頃だった。


 前回司祭であるエミルは一人で「祝福」を行っていたが、今回はやや人数が増えたとはいえ二日に分け、神官二人で「祝福」を行っているので前回より随分早く終わったらしい。


 神殿での暮らしは極めて早寝早起きのスケジュールなので、彼らにしてみればこれくらいの時間はそろそろ宵の口というところなのかもしれない。


「お疲れ様でした、バルバラ様」


 前庭まで出迎えると、カタリナに手を借りて馬車から下りたバルバラが、あらあら、と微笑む。


「領主様には何かと気を遣っていただいて、恐縮です。昼食もまさか、手ずから運んでいただけるとは思いませんでした」

「お気を遣わせてしまうかもしれないと思ったのですが、村の様子も見たかったので」


 バルバラは鷹揚に、昼食がとても美味しかったと告げ、眠たげな目をカタリナに向ける。


「本日はこのカタリナがよく手伝ってくれましたので、つつがなく終えることが出来ましたわ」

「それならよかったです。カタリナ様も、モニカもお疲れ様です」

「恐縮です」

「あ、ありがとうございます」


 軽く目礼したカタリナの隣で、モニカがばっとお辞儀をする。昼間も思ったけれど、中々思い切りのいい動作だ。


「お夕飯は、お部屋に運んだ方がよろしいでしょうか」

「そうですね……私とカタリナは「祝福」の結果をまとめますので、モニカ、あなたはお食事にお呼ばれしてはどうかしら」

「えっ……でも」

「エンカー地方の美食については、コーネリアがよく聞かせてくれました。この子はコーネリアとも仲がいいので、よい土産話になるでしょう」

「そうなのですね。ふふ、モニカ、私の隣に座りますか?」

「いえそんなとんでもない。おそれおおいです!」

「モニカ、落ち着きなさい」


 カタリナが冷静な口調で注意すると、モニカはぴょんと小さくその場で跳ねた。単に若いということもあるけれど、修道女になってまだ日が浅いのかもしれない。


 メルフィーナは村の少女たちと言葉を交わすのにも慣れているので、これくらいの年の少女は元気があるほうが良いと思っているけれど、修道女には静寂を守ることも修練のひとつに入っているはずだ。


 ――いえ、それは前世の修道会だったかしら。どうにも、混じってしまうのよね。


「領主邸はあまり身分の上下関係なく、みんなで食事を摂ることが多いの。よければ修道院のお話も聞かせてくれる? モニカ」

「あの、ええと……はい、私でよければ」


 おろおろとバルバラとカタリナを交互に見ていたモニカだけれど、バルバラが頷くと、観念したようにぺこりと頭を下げた。


 なんとなく、この子はアンナと気が合いそうだ。


「コーネリアとも仲がいいなら、彼女の近況など聞かせてちょうだい。楽しみにしているわ」

「は、はいぃ」


 美味しい食事を共にしながら会話をすれば、この緊張も少しはほぐれるだろう。微笑みながらそう告げると、モニカは頬を赤らめて何度も頷いた。




「……昼間だけでは飽き足らず、まだタラす気ですよ、メルフィーナ様」

「お静かに、――それに、あれは無自覚です」

「ええ……マジですか……」


 有能な護衛騎士と秘書の声は、ちゃんと潜められていて、他に聞く者もいなかった。


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