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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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216.冬の終わりと来訪者

 アレクシスたちを見送って三カ月ほどが静かに過ぎた。

 春と呼ぶにはまだ浅いけれど、空から落ちるのが雪から雨に変わり、底冷えするような寒さが次第に和らいできた頃、久しぶりに外部からの来訪者がエンカー地方にやってきた。


「お久しぶりです、メルフィーナ様。ご壮健なご様子でなによりです」


 優雅に礼をした拍子に、長く伸ばした金の髪がさらりと落ちる。明るい金の髪に青と金の混じったアースアイの、相変わらず眩しいほど美形の男性は、ロマーナの商会長、レイモンドである。


「まさか、冬が明けた最初の隊商にあなたが同行しているとは思いませんでした」


 元々レイモンドは滅多に表に出てこないことで有名だと聞いていた。前回のエンカー地方の来訪も、彼の商会の人間がメルフィーナの使用人に悪さを働こうとした、その詫びの側面が大きかった。


 そのような理由がなければ滅多に国外に出ることがないという大獅子商会の会頭のお出ましに、臨時の護衛騎士としてメルフィーナの後ろに控えているオーギュストも驚いた様子だったから、本当に稀なことなのだろう。


 後ろにいる黒髪、黒目、黒い服に身を包んだ護衛は相変わらず不愛想な様子で、光り輝くようなレイモンドとは相変わらず対照的な様子である。


「むしろ、商会は今が一番時間に余裕があるのです。春が来れば一気に物流が動き出すので、秋の終わりになるまで息を吐く暇もありませんし、冬は何かと移動が困難ですので」

「去年の収穫祭はロマーナの隊商が参加してくれたおかげで、とても盛大になったけれど、毎年は無理そうですね」

「あの時は、色々とお世話になりました。大きな悩みも解決しましたし、私も出来るだけ足を運びたいと思っています」


 こちらも山ほどあったかぼちゃを買い取ってもらえたので助かったし、ロマーナからは色々な物を融通してもらっているので、安定して隊商が通ってくれるのはメルフィーナにも利益が大きい。


 今回も植物紙やオリーブオイル、軟質小麦やパスタなど、フランチェスカ国内では手に入りにくいものを大量に運んできてくれた。

 また、隊商は物を運んできてくれるだけではない。エンカー地方で売れて軽くなった荷車に、仕入れた商品を積んでくれる購入者という一面もある。


 メイドがお茶を運んできてくれたので、茶器が並んだところでまずメルフィーナが口を付ける。器がガラスであることに、まずレイモンドは驚き、注がれたお茶の赤さに面食らった様子だった。


「少し酸っぱいお茶なので、蜂蜜かミルクを入れて飲んでみて。慣れるとそのままでも美味しいわ」

「折角ですので、一口目はそのまま頂きます」


 商人として大成しているレイモンドは好奇心も旺盛らしく、言葉通りそのまま口を付ける。やはり酸っぱかったらしく軽く口をすぼめたけれど、もう一口飲んで、ほう、とため息をついた。


「確かに、かなり酸味は強いですが、紅茶や以前こちらで頂いたコーン茶とも違う、かなり爽やかな飲み口だと思います。以前ワインビネガーとヴェルジュを水で割ったものを飲んだことがありますが、こちらの方がさっぱりしています。冷やして飲んでも美味しそうですね」

「ええ、夏は冷やして飲んでもとても美味しいわ。それに、このお茶を飲むととてもいいことが多いのよ」


 隣りに座ったマリーもバラの果実を乾燥させたお茶を優雅に傾けている。それをちらりと見て、微笑む。


「良いことですか」

「ええ、今、ロマーナの隊商は「谷の呪い」を避けるのにかぼちゃや野菜類を荷台に多く積んでいるでしょう?」

「はい。飢饉さえ収まれば立ち寄った町や村で補給することが可能でしょうが、現状は難しい状態ですので、自分たちの食料は出来るだけ積むようにしています」


 生の野菜類はそう日持ちするものではないし、ある程度保存が利くかぼちゃ類はかさばって重い。価値が高くかさばらない宝石類が商人にとってはもっとも利ザヤの大きな商品であり、生鮮食品はその逆であるのが一般的だ。


「このお茶を朝晩飲めば十分に呪いを避けることができるし、かぼちゃよりかさばらず、木箱一杯に詰めても大人一人で持ち運べるくらい軽いわ」


 かぼちゃを煮るための燃料も時間も節約できるし、荷車を引くロバにも負担が掛からない。

 その程度のことはレイモンドにも即座に理解出来ただろう。


「カボチャは食事になるけれど、毎回お茶を淹れるのもそれなりに手間だと思いますし、何より効果が保証されなければすぐに切り替えも難しいと思います。エンカー地方とロマーナの一往復分、隊商で飲むお茶を差し上げるので、試してみてくれないかしら?」

「よろしいのですか?」

「効果が認められたら、是非購入を考えて欲しいの。それから、もう一つ、実は下心があって」


 少しおどけて言うと、レイモンドはにっこりと笑う。


「メルフィーナ様の下心とは、聞くのが少々恐ろしいですね」

「ロマーナは、美容大国でもあるでしょう? そちらの女性は美容には特に気を遣うと聞いたことがあるわ」

「確かに、他の国に比べれば男性も女性も美容や容姿に気を遣う傾向は高いと思います」

「芸術にしても、軽やかで明るい色合いが際立っているものね。ロマーナの貴婦人や裕福な女性に、これはとても喜ばれると思うわ」


 このお茶には感冒や貧血の予防、痩身効果やむくみの予防、なにより美肌の効果がある。それを告げると、レイモンドがカップの中身を見る目が明らかに変わった。


「私の秘書もこのお茶を愛飲しているの。肌がとても綺麗だと思わない? 隊商の常飲に勧めるくらいだから、それほど高価なものではないけれど、付加価値を付けるのは、商人の腕の見せ所ではないかしら」


 いつの時代も、高貴で裕福な女性の美しさに対する執着は強いものだ。効能に美肌と痩身が入っていればその価値は計り知れないだろう。


 また、お茶という形も現状では手に入りにくい効果的な飲み物を振る舞うサロンを開くことで財力とコネクションの誇示にもなる。


 商品を扱う大獅子商会の名も、自然と高まることになる。


「古今東西、美容に良いとされるものには真しやかに語られた偽物も数多く交じっておりますが、谷の呪いを退けた実績のあるお茶で、効果は大獅子商会の会頭である私のお墨付きとなれば、ぐっと信憑性も増しますね。――メルフィーナ様のご慧眼には、毎回驚かされます」


 カップの中身が空なのでお代わりを勧めると、レイモンドは今度は「商品」として味わうように、カップを傾けていた。


「このガラスのカップも、お茶の赤さを際立たせてとても素晴らしい見せ方であると思います。この酸味を苦手にする者もいるかもしれません」


 二杯目はやや濃く出てしまったのだろう、レイモンドは並べられた器から蜂蜜とミルクをカップに足してスプーンで混ぜる。その所作の丁寧さと優雅さに、育ちの良さが表れていた。


「なるほど、この飲み方も美味しいですね。蜂蜜は相当に高価なので、この飲み方が出来るのは一握りの方に限られますが」

「それなら、今度エンカー地方では蜂蜜の生産を始めるので、もう少し幅広い層で楽しんでいただけると思いますよ」

「蜂蜜の生産……?」


 優雅な振る舞いが板についているレイモンドが分かりやすく動揺を露わにしたことで、後ろに控えている黒ずくめの護衛のショウもぴくりと肩を震わせる。


 この世界では蜂蜜は森の恵み頼りであり、蜂の巣を搾ったら出て来る甘い液体という認識で、養蜂という考え方は存在していない。


 供給は非常に不安定で、蜂蜜そのものも、それを原料に造る蜂蜜酒も大変な高級品である。


 一年目は基本的な農地の開拓に、二年目は特産品の安定した開発と家屋や施設の建設にと忙しく、手が回らなかった分野も少しずつ着手できるようになってきた。

 ハーブティーと養蜂は、そのうちのひとつである。


「今年の春から試験的な採蜜を始めて、生産の安定に数年は時間が掛かるでしょうが、ある程度技術が安定したら、それなりの量が取引できると思います」

「メルフィーナ様。販売の際は是非、我々と販売契約を」


 レイモンドのアースアイがきらきらと輝いている。


 亡国の皇子として生き永らえ、いずれ国を取り戻す野心を抱えている彼だが、身をやつして商人をしているというわけでもなく、純粋に商売が好きという一面もあるのだろう。


 養蜂の技術そのものが、今の時点では値段が付けられない価値がある。


 そして蜂蜜がそれなりの量、安定供給できるというのは大きなビジネスチャンスである。メルフィーナがここで話題を出した意味も、きちんと受け取ってくれたらしい。


「フランチェスカ王国内は公爵家が販売を取り仕切ることになりますが、水路でのエルバンとの行き来も順調ですし、こうして会頭が来てくれたことにも敬意と感謝を表します。輸出分は、是非お願いします」


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