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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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210.魔物談義 後編

前編を加筆修正しています。

 応接室の中はしんと静まり返ってしまった。


 歴史上数えるほどしか起きておらず、発生もランダムであるとはいえ、可能性という意味ではゼロではない。


 改めてこの世界において魔物が恐ろしい存在であると思う。反面、それでもこうして人間社会が形成され発展しているということは、抗いきれない問題ではないということだ。


「ということは、魔物の大半は単独型ということになるのかしら」


 その質問にオーギュストは頷いた。


「単独型が一番多く、そして様々な種類がいます。その大半は四つ足の獣の姿ですが、大きなトカゲや鳥の魔物もいますし、俺も実物は見たことはありませんけど、人型に近いものもいるそうですよ」


 どきりとしたけれど、表情に出すことはなんとか抑えることができた。


「墓から這い出して来る死体であるとか、人間を襲って血を啜る魔物なんかもいるそうです。人狼や吸血鬼のような魔物は非常に頭がよくて、人間と会話を交わすといいますが、これは眉唾ですね」

「吸血鬼なんてものもいるの?」

「昔はいたそうですよ。文献はいくつか残っているといいますし、確かルクセンには有名な吸血鬼の伝説があるはずです」


「ルクセンでは、オルロック伯爵と呼ばれています。文字通り伯爵位を持つ貴族でしたが、当主が人間の姿をした魔物で、森の奥にある屋敷に使用人として上がると一年もせずに亡くなり、死体も戻ってこないという話でした。不審に思った当時の騎士団長が出向いたところ、正気を失ったオルロック伯爵に襲われたのでこれを撃退、伯爵の屋敷からはおびただしい量の死体や人骨が出た、ということです」


「それは、実際にあったことなのかしら」

「二百年ほど前には確かにオルロック家という伯爵家は存在していて、不自然に断絶している形跡はあるそうです。真実であったかどうかは分かりませんが、ルクセンでは親に逆らう子供にはオルロック伯爵が連れ去りに来る、というのが定番の戒めの言葉です」

「セレーネはきっと、そんなことを言われたことはないわね」


 セレーネはきょとんとしたあと、綻ぶように笑う。


「私は体が弱くて、悪さをしたくても出来なかったので」

「私は、ルクセンに生まれていたら言われてしまいそうです」


 ウィリアムが小さく震えながら言うのに、隣に座ったマリーが苦笑しながらその背中を優しく撫でている。ロドとレナの兄妹にはあまりぴんと来なかったらしい。


「なんだか、人狼に似てるんだな、オルロック伯爵って。人をわざわざ攫っていくとことかさ。魔物なら人気の少ないところにいる子供を連れ去る方がよっぽど楽そうなのに」

「使用人として雇用した人を糧にしていたら、いつかはバレちゃうよね。なんでそんなことしたんだろう?」


 二人はそちらのほうが気になるらしく、バレないと思っていた、騎士団長でなければ倒せる自信がなかったなど、仮説を言い合っている。


 人狼はこの目で見たし、本人も人狼であると名乗っていたので疑う余地はないのだろうけれど、吸血鬼などというものまでいるのかと思う。


 前世の記憶の中では人狼も吸血鬼も、ファンタジー世界にはおなじみの存在ではあるけれど、実際に自分が生きているこの世界と地続きにそうした存在がいるのだと言われても、どうにも納得しがたいような気持ちがあった。


 去年エンカー地方に出た魔物は、罠でとらえて剣で命を断ち、魔石を取り出した。魔物と言っても魔力を放つ獰猛な獣という、生き物としての実体のようなものがそこにはある。


 だが吸血鬼のように、大量の蝙蝠になったり霧になって移動したり、人を襲って血を啜る怪物が現実にいるというのは、ぴんとこなかった。


 人型の魔物が、元々は魔力を強く持って生まれた人間だったとすれば、人狼が狼に変身したり吸血鬼が霧になったりするのは、難しい気がする。


「まあ、この辺りも虫型と同じく、滅多にないことですね。俺も北部で討伐に従軍してそれなりに経ちましたが、ほとんどの魔物は単独型の獣の形をしています。今回は魔物かどうかも確定していませんし、何も分からないうちはそんなに心配しても仕方がありませんよ」


 明るくそう告げるオーギュストは苦笑して、お茶で口を湿らせる。

 人狼と名乗る彼は、人を取って食ったりしないと確かに言っていた。


 ならば、吸血鬼と呼ばれる誰かがいたとしても、血を啜るとは限らないかもしれない。

 オーギュストの話してくれた内容も含めて、まだまだ、この世界のことを、自分は知らない。


 ――たくさん学ばなければ。


 これまでもそうであったように、知識はメルフィーナの武器であり、助けてくれるものだ。

 この世界の知識を得ることで、前世の知識と組み合わせて新しい発想を得ることも出来るかもしれない。


「セレーネ、ネズミの魔物からは魔石は取れたのかしら? それとも、虫型と同じように使い物にならなかったのかしら」

「僕は家庭教師から歴史の講義で聴きましたが、魔石については触れられていませんでした。ルクセンでは非常に多くの魔石を使った道具があるので、過去にそれだけの量の魔石が取れたとしても不思議ではありませんが……その時、そこまで気にならなかったのが不甲斐ないです」

「町を焼いたなら、魔石も焼けちゃったんじゃないかな?」

「いきなり焼いたわけじゃないだろうから、最初に倒した分のネズミからは取れたんじゃない?」


 子供たちは自由な発想で話し始める。


 魔物は北に行くほど強くなる傾向があり、ルクセンの魔物はフランチェスカ王国のそれより強いと、以前ユリウスが言っていた。


 いずれルクセンの歴史や習慣についても学んでみたいものだと思うメルフィーナだった。



* * *


 午後になって、伝令の兵士が領主邸に戻ってきた。執務室に通すと疲労の色の濃い兵士が、背筋を伸ばしてメルフィーナに告げる。


「接敵後、討伐に入りましたが辛くも逃げられてしまいました。間違いなく中型の魔物であるとのことです」

「そうなのね。……アレクシスは魔物を追っているの?」

「農場主たちを一時エンカー村に避難させ、閣下と騎士たちは農場を待機場所として、引き続き討伐を行うとのことです。ある程度長引く可能性があるので、公爵夫人はご心配しないようにと伝言を預かっています」


「すぐに数日分の食糧を手配するわ。マリー、パンは保存が利くように固めに焼いて、ハムや野菜の瓶詰を用意して。農場に滞在しているなら、天幕用の暖炉などは必要ないかしら」

「おそらく待ち伏せして仕留めると思うので、そういったものは必要ないと思いますよ。待ち伏せしている間に体が冷えすぎないよう、毛皮がいくらかあるといいのですが」

「秋にロマーナの商人から買い付けた毛皮があるから、それも持って行ってもらいましょう。オーギュスト、こうした場合、私のするべきことと、出来ることを教えてちょうだい」


「ひとまずは食糧と毛皮の手配で十分だと思います。出来れば、例の罠を用意してもらえれば、期間も短く済む可能性が高いですね。――メルフィーナ様、そんなに心配されなくても、大丈夫だと思いますよ」


 顔色が悪いと指摘されて、ぐっと唇を引き締める。


「閣下も北部の騎士も、冬の魔物の討伐には慣れていますし、魔物の被害も軽微なうちに収束すると思います。あれくらい心配し甲斐のない主だと、護衛騎士の出る幕がないくらいですから」


 オーギュストはそう言って笑うけれど、いつもの軽薄な感じは鳴りを潜めていて、無意識にだろう、何度も窓の向こうに視線を向けていた。

 本当は今すぐにでも、アレクシスの元に行きたいのだろう。


 どれだけ強い人でも絶対などということはない。万が一の事故など、どこにでも転がっている。

 メルフィーナよりも、アレクシスの隣で戦って来たオーギュストの方が、より強くそう感じているはずだ。


 メルフィーナの視線に気づいてオーギュストは取り繕うように笑う。


「俺はなんの心配もしてません、閣下の実力は一番よく知っていると自負していますしね。それに」


 オーギュストが何か言いかけたとき、執務室のドアがノックされる。マリーがドアを開けると、髪をきっちりとまとめてヴェールに包み、緊張した面持ちのコーネリアだった。


「神官様、どうされました?」

「これより、魔物の討伐に合流します。出かける前にご挨拶に伺いました」

「誰か怪我人が出たの!?」


 思わず伝令の兵を見たものの、その言葉に答えたのはコーネリアだった。


「魔物から受けた傷は、予後が非常に悪く、早急な浄化と治療が必要になるので、万が一のためですよ。たまたまですが、わたしがいる時でよかったです!」

「神官様」

「一刻も早く解決するよう、わたしも尽力してきますので、領主様はどんと構えてお待ちください」


 自然と、朗らかに笑うコーネリアの両手を取っていた。


「……冬で脂の乗った鴨のローストを、ふわふわのパンで挟むと、とても美味しいの。私も大好物なんですよ。戻ってきたら作ってくれるよう、エドに頼んでおきます」

「! 楽しみです」

「私はお菓子を焼いて待っていますね」

「どうか、ご無事で戻ってください」

「料理長の絶品料理と領主様のお菓子を堪能するためです。張り切って行ってきます!」


 明るく言うと、コーネリアはそれでは、と告げて執務室から出て行った。


「なんとも、元気な人ですね。治療魔法の腕も良いようですし、討伐慣れもしているので、心強いです」

「……そうね」


 メルフィーナはそう答えて、自分の手のひらに視線を落とす。

 コーネリアの手は、氷のように冷たかった。


 ――明るく振る舞っていても、貴族として育った人だもの。戦場が怖くないはずはないんだわ。


 メルフィーナに出来ることは多くない。彼らが討伐以外の部分で不足なく活動出来るよう手配をしたあとは、ただ無事で戻るのを待つばかりだ。


 不甲斐ないと感じるけれど、この気持ちを抱えて結果を待つのが自分の役割ならば、しっかりと努めなければならない。


 指は、自然と祈るように組まれる。


 オーギュストの視線を追うように見た窓の外は、雪がちらつきはじめていた。

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