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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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207.窓辺のお茶会と幸せなお菓子

 子供の体力というのは侮れないもので、それぞれと対戦した後、エドが新しいお茶と休憩のお菓子を持ってきてくれたので、メルフィーナはゲームの輪から離脱することにする。


「やっぱり、こういうゲームは「演算」を持ってるロドが圧勝ね。ほとんど勝負にならなかったわ」

「ですが、レナは対抗していますね。やはり何か「才能」があるのでしょうか」

「きっとそうね。――神官様、ユリア、良ければお喋りに交ぜてもらって構わないかしら」


 コーネリアとセレーネのメイドのユリアは気が合うらしく、話に花を咲かせていた二人に声をかけると、ユリアは慌てたように席を立ち、マリーが運んでいるトレイを預かろうとする。


「いいのよ、座っていて。子供たちはゲームに夢中だし、のんびりおしゃべりでもしましょう」

「はい、あの、恐縮です、メルフィーナ様」

「神官様、料理長の自慢のお菓子はいかがですか?」

「いただきます!」


 コーネリアの目はすでにキラキラと輝いていて……少し輝きすぎて、ギラギラと感じられるほどだ。

 今日は絞り出しのクッキーの真ん中にジャムを置いたものと、甘く調味したチーズクリームを載せて薄く焦げ目が付くまで焼いた一口サイズのタルトだった。


 コーネリアは早速タルトに口を付けると、蕩けるように口元をほころばせる。


「エドは何を作らせても美味しいけれど、お菓子も最高なんですよ」

「はい、はい……本当に、素晴らしいです。タルトはしっかりと土台としての役割を果たしクリームを包みながら、かといって固すぎて食べられないということはなく、さっくりとして重たいクリームの感触を和らげています。まるで世界を食べているような気持ちになりますね……。神の食べ物というものがあるならば、きっとこの味をしているのだと思います」

「本当に、エンカー地方は何を食べても美味しくて……この一年で、お仕着せがすっかりきつくなってしまって、帰国したら父になんと言われるかと思うと、今から頭が痛いですわ」


 ユリアはほう……と悩まし気に息を吐く。


「殿下について長くお仕事に出ることに、ご家族の反対は無かったの?」


 この世界の結婚の適齢期は、前世とは比べるべくもなく短い。事情は違えど貴族も平民も、十代のうちに結婚するのは普通のことだ。


「家族は反対はしませんでしたが、そろそろ私自身が少し焦って参りました。いっそエンカー地方でいい出会いがあればいいのにと思うほどで」

「ユリアは貴族の出身でしょう? エンカー地方には今のところ、騎士くらいしか結婚できる相手はいないのではなくて?」

「貴族といってもさして裕福でもない子爵家の三女ですから、家が用意する縁談は騎士か、裕福な商人になると思います。セルレイネ殿下にお仕えすることが決まった時には、出仕先でいい相手が見つかったら、好きにしていいと言われていたくらいで」


 政略結婚が絶対に必要というわけではなく、かつ、持参金もそう多くは用意できない立場ということだろう。ユリア本人も働くのが好きで、身分にこだわりもないらしい。


「好きにしていいなんて、羨ましいです。わたしは娘時代から相手が決まっていましたので、ほぼ屋敷からは出してもらうことも出来ませんでした」


 ぼやくように言うコーネリアは、クッキーをつまんで口に入れ、ほう、と息を吐いた。


「神官様は、そのお相手とはご結婚されなかったんですか?」

「しなかったというより、必要がなくなってしまったのです。実家は王都と南部の間にある小さな領を持つ伯爵家でしたが、両親が早くに亡くなってしまい、伯爵位を継いだ叔父に引き取られたのですが……叔父は三回再婚しても子に恵まれず、苦肉の策としてわたしが生んだ子を養子として引き取り跡取りにすることになったのですが、結婚の直前になって、三人目の養母が子に恵まれまして」


 そうすると、正当な伯爵家の娘であるコーネリアは、一気に邪魔者になってしまう。結婚直前だった相手とは婚約破棄して、子供が無事生まれた後に修道院に送られたそうだ。


「それは、ひどい話ですね」


 思わず眉が寄ってしまう。貴族の身分に生まれた女性としては他人事ではないのだろう、ユリアもあまりに不誠実なやり方に不快感をあらわにしていた。


「そうですね。家から出すにしても、せめて裕福な平民に嫁がせる形にして欲しかったのですが、嫁ぎ先でわたしに子供が出来て、となるとまた相続がごたごたするので、それを嫌ったのだと思います」


 そんな事情で入った修道院は、貴族育ちのコーネリアにはまさに「水に合わない」ものだったらしい。


「わたし、元々そんなに信心深い方でもなかったのです。神様がいるなら、どうして両親を私から奪ったのかとずっと思っていましたし……子供が出来なかったという理由で妻にした女性に濡れ衣を着せては二度も離縁している叔父が、許されている理由も理解出来ません」


 三人目の養母というからには、少なくとも二度は死別か離婚をしているはずだけれど、どうやら後者だったらしい。


 この世界では冠婚葬祭は教会が掌握しており、よほどのことが無い限り、離婚は教会法によって認められていない。


 その「よほど」が二度も起きたのならば、随分な方法を使ったのだろう。


「そこまで神殿の暮らしが辛いのでしたら、その、還俗げんぞくすることは出来ないのですか?」

「修道院に関しては還俗は保護者……つまり叔父ですね、の依頼と還俗にかかるお布施が必要で、現実的かどうかはともかく、可能です。ですが神殿に入った時点でそれも叶わなくなりました。神殿は、一度入るとどんな理由があっても、籍を抜くことが出来ないのです」


 とほほ、と言いたげなコーネリアに自分の分のタルトの皿を置くと、じわりと涙を滲ませる。


「ごめんなさい、こんな話をしてしまって。神殿内はその、かなり神様を本気で信じてる方ばかりなので、わたしには居心地が悪くて」


 それで、普段から積極的に治癒院の仕事を行ったり、危険と分かっていても遠征に志願したり今回のように外回りの仕事を積極的に行ったりしているわけだ。


 そこまでして神殿にいたくないということは、本当に居心地が悪いのだろう。


「エンカー地方に治療院を作ったら、神官様に来てもらうことは出来ないのかしら」

「どうでしょうか。神殿の中では仕事を選ぶことは許されていませんが……領主様が強く望めば、ある程度は考えてくれるかもしれません。でも、わたしは「祝福」が出来ないので、誰かの補佐という形になると思います」


 神殿の分院の大きな役割は、治療院とその土地の子供たちの「祝福」である。「祝福」はそれなりに布施が必要な儀式なので誰もが行うものではないけれど、貴族や商人、裕福な職人など、希望する者が少ないわけでもない。


「あれほど見事な治癒魔法を使うのに、「祝福」は苦手なのですか?」

「「祝福」は神聖言語を習得して、もっと上の位階に上がった方でないと扱えないのです。わたしは神殿を留守にしがちですので、勉強が遅れていまして。あまりやる気もありませんし」


 甘いお菓子と温かい紅茶で随分気持ちが緩んでいるらしく、本音が全く隠れていない。


「ですが、領主様が信任を申し出て下されば、治療院に常駐させていただくことも可能かもしれません。いえ、本当に、もしかしたらですけれど」

「では、治療院を誘致することができたら、コーネリア様という名の神官を是非と伝えますね」


 コーネリアはぱぁっ、と表情を明るくして、両手を胸の前で組んだ。


「女神様、不信心なわたしをお許しください。今、希望の光が見えました」


 なんとも現金な祈りがあったものである。ユリアもくすくすと肩を揺らして笑っていた。


「神官様というのは、こう、厳格で近づきがたい雰囲気があると思っていたのですが、コーネリア様がいらしてから印象が変わりました」

「いえ、神殿の中はそんな人ばかりですよ。わたしが異端なのです。神殿長には神殿に戻るたびにお小言を食らっていますし、同僚にもどこか白い目で見られているくらいで。――真面目に勉学に励み、より高みを目指さないわたしは信仰が足りなく見えるのでしょうね」

「神聖言語、というのはそれほど難しい言葉なのですか? 古語は多少学びましたが、初めて聞きました」

「わたしは、元々読み書きは最低限学んだくらいであまり達者といえないので、別の言葉になると、もうお手上げです。それでも神殿に入って大分勉強させられたので、ある程度は出来るようになりましたが」

「私も王宮に上がる前に猛勉強をして学び直しましたけど、読み書きは本当に難しいですね。当たり前のようにされている殿下や公子様はさすがですが、私は刺繍などのほうが気が楽です」


 ユリアの言葉に、コーネリアは浮かない表情だった。


「わたしは刺繍もそんなになのですよね。何も得意なことがなくて」

「神官様は食べるのがお好きですし、美味しさの表現もとても詩的で的確ですから、美食家に向いているかもしれませんね」

「美食家、ですか……」

「美味しいものを食べても、それがどう美味しいかと表現するのは、中々難しいものです。神官様は美味しいものに感動する心と、それを表現する力があると思います」

「美味しいものを求めて西から東へ旅をして、是非と招かれて美食の席に着くこともある身分ですか。それは、きっと、素晴らしいですね」


 コーネリアはうっとりと言いながら、眉をしょんぼりと落とした。

 どれだけ夢見ても、自分には無縁の夢だと思っているのだろう。


 そもそも、この世界では生きたいように生きることが、とても難しい。それは高位貴族も平民もそう大差はないだろう。


 ユリアは自分の皿に残った手つかずのクッキーを、そっとコーネリアの前に置いた。


「私も、神官様が美味しそうに食べているのを見るのも、感動に震えて美味しさを表現するのも好きです。是非、クッキーの感想も聞かせてください」


 コーネリアはきょとんとした後、綻ぶように微笑んで、もう一度、胸で腕を組む。


「素晴らしい出会いをありがとうございます、女神様」


 そうしてバターの風味が素晴らしく、それでいてくどさを感じさせず、さくさくとした軽い食感と濃厚な果物の砂糖漬けのバランスが素晴らしい。飲み込んだ後に紅茶を口に含むと果実の残り香と紅茶の香味が後を引き、最高の組み合わせであると滔々と語る。


「神官様には詩人の「才能」があるかもしれませんね」

「いえいえ、わたしは弱い「鑑定」があるだけです。全然大したことがなくて、もう何年も使っていないんですけどね」


 メルフィーナのタルトとユリアのクッキーで都合二人前のおやつを食べたコーネリアは、心の底から幸せそうに笑っていた。


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