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捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです  作者: カレヤタミエ


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202.兄妹の想いと優しい嘘

暴力描写があります。苦手な方はお気をつけください。

 縋りつくレナにどう答えるべきかと迷っていると、ドアの外が騒がしくなった。


 すでに領主邸の住人の大半は眠りについているはずだ。何ごとかと思う間もなく、ドアが開き、ロドが勢いよく入室してくる。


「いけません! ロド!」


 マリーの制止を振り切ってなかば駆けるようにソファまでやってくると、ロドは手を大きく振りかぶって、妹のレナの頭をはたいた。

 ばしっ、と大きな音が立って、小さな体のレナはソファに倒れ込む。


「ロド!?」

「メルフィーナ様に、おまえ、何言ってんだよ!」

「待って、ロド、駄目よ! 叩いては駄目!」


 いつから外にいたのかとか、貴婦人の寝室に男性が入ってはいけないとか、言わなければならないことが色々と頭の中を駆け巡ったけれど、レナを罰するように再び振りかぶったロドに全て吹き飛んで、手を掴む。


「おまえっ、メルフィーナ様がこれまで、どれだけ俺たちのために色々してくれたって思ってるんだ! 父さんだって、恩を返せっていつも言っているだろ!」

「ロド!」

「自分の出来ることで、メルフィーナ様に、取引なんてさせようとするな!」


 まだ少年とはいえ、興奮状態にあるロドを止めるのは中々難しい。マリーがロドの肩を掴み、後ろに引いて、ほとんど床に倒れ込む形でようやく二人を引き離すことが出来た。


「マリー!」

「申し訳ありません、メルフィーナ様。話が終わったら、メルフィーナ様は別館にレナを送るだろうと思って、扉の前で待っていたら、ロドがレナを迎えにきてしまって」


 テオドールが負傷により要安静を言い渡されている今、メルフィーナは護衛騎士が空席の状態だ。

 領主邸の中、短い時間とはいえ、夜中にメルフィーナが一人で歩き回ることがないようにと思ってくれたのだろう。


「ロド、落ち着いて。人を叩いてはいけないわ」

「……ごめんなさい、俺、こいつが何も分かってないって思ったら、悔しくて」

「マリー、私達の声は、廊下まで聞こえていたの?」

「レナの声が大きくなったので、そこだけ断片的に聞こえていました」


 ならば、本当に最後のところだけが聞こえてしまったのだろう。

 治癒魔法云々の正しい意味は、聞こえなかったと祈るしかない。


「二人とも、聞いたことはこの場だけのことにして、決して外に漏らさないでほしいの」

「勿論です」

「……はい」

「分かったら、ロドは部屋に戻りなさい。女性の寝室に入ってはいけないわ」

「……」

「レナは、今夜は私の寝室に泊めます。マリーも、朝まで部屋から出ないから、休んでちょうだい」


 ロドとレナは同じ部屋を使っているので、二人とも頭を冷やす時間が必要だろう。マリーは一礼すると、何度もこちらを振り向くロドを促して、部屋を出て行った。


 ソファに倒れ込んだまま一言も発しないレナの肩に触れると、僅かに震えている。


「レナ、大丈夫?」

「うん……」


 泣いているのかと思ったけれど、レナはどこか無感動な表情で体を起こした。

 まるでとても疲れているような、涙は出尽くして、涸れてしまったような、小さな子供が見せるにはあまりに痛ましい様子だ。


 体を起こさせ、乱れた髪をすいて、叩かれた場所をそっと撫でる。音は大きかったけれどコブも出来ていない。平手だったし、それなりに手加減はしていたのだろう。


「レナは、どうして治療魔法のやり方がわかったの? 神官様に治癒してもらった時?」

「メル様が治癒魔法を受けている時に、少し分かって、もっと知りたかったから、傷を付けて、治してもらった時に、わかった」


 その言葉にぐっ、と喉で嫌な音が鳴った。


「あの怪我は、自分で付けたの? どうやって?」

「テーブルの下で、ナイフで……」

「なんてこと……」


 仕事中の事故ならば、そんな言い方はしたくないけれど、ガラスや金属を扱っている工房に仕事で出入りしている以上、ある意味仕方のないことだ。

 けれど、自傷となったら話は別だ。


 そうして、わざわざロドがレナを迎えにきた理由も分かった。

 レナとロドは隣の席だ。妹が何をしていたのか見えたのだろうし、その様子のおかしさが気になったのだろう。


「自分に傷を付けるなんて、絶対にしては駄目よ」

「でも、近くで治癒魔法を見たくて」

「……レナ、どんな技術も、身に付けるまでその人の努力や時間を割いているものなの。神官様は、人の傷を癒すために自分自身も危険な場所に赴くこともあるのよ。わざと怪我をして、それを癒してもらって、秘密を探るなんて、そんなことをしてはいけないわ」

「でも、だって……」


 現実には、そのような探りを入れる者はきっと多いのだろう。


 この世界ではひとつの新しい技術のもたらす富は、莫大なものになる。それを探ったり奪ったりしようとする者は、手段を選ぶこともないのはメルフィーナにも想像がついた。


 職人も料理人も、雑用をしながら親方のやり方を目で見て盗むと言われるくらいだ。

 技術を探るような真似をするべきではないという言葉は、綺麗ごとでしかない。それでも、レナには……こんな小さな子供に、そんな手段を覚えて欲しくない。


「レナだって、ユリウス様と一生懸命考えたことを、正当な対価もなく奪われたら、嫌な気持ちになるでしょう?」

「………」

「二度としないと、約束して」

「……、はい」


 レナは、とても納得できないという様子だったけれど、それでもこくりと頷いた。


 もう寝ましょうとレナの肩を撫で、上衣を脱いでベッドに入る。元々メルフィーナ一人で使うには大きなベッドだったので、レナと並んで横になっても狭さは感じないけれど、誰かとひとつのベッドを共有するのはこれが初めてだった。


 こんな状況でなければ、新鮮に感じただろう。


「レナ、私も、ロドも、あなたが大事なのよ。どうか、それだけは分かって欲しいの」


 ロドが感情的になって手を上げたのはよくないことだ。けれど、彼がユリウスが消えた後の妹を案じていることは、傍にいるメルフィーナにも強く伝わってきた。

 どうでもよければ、わざわざ迎えに来たりしなかったはずだ。


「……はい」


 レナの小さな背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。

 この小さな体に、どれほどの悲しみが詰まっているのかと思うと、哀れで、苦しい。


「レナ、あなたの好奇心は素晴らしいものよ。でも、どうか、自分を大事にすることを、一番に優先してちょうだい」

「……うん、ごめんなさい、メル様」


 レナはきゅっ、と小さな手でメルフィーナを抱き返してくる。


「ユリウス様のことは、大丈夫。きっと、なんとかするわ」

「……ほんとう?」


 絶対にとか必ずという言葉を使うことに抵抗がある程度には、メルフィーナの人生はままならないことの連続だった。

 どれだけ望んでも手に入らないものもあれば、悲しい別れがやってくることもあることを、メルフィーナも知っている。


「うん、絶対に」


 この言葉が嘘になった時、レナからの親愛も信頼も失うことになるかもしれない。


 それでも、今、不安と悲しみに打ち震えているレナに一時でも安心できる時間を与えてやりたい。


 これまでも好奇心に任せて色々なアイディアを形にしてきたレナだったけれど、自分とユリウスの思いつきを形にすることには熱心でも、人の技術を奪おうなどとする様子を見せたことは、一度も無かった。


 レナの傍にいる知識の塊であるメルフィーナには、元々レナにそんな気質が無かったことは、よく分かっているつもりだ。


「ありがとう、メル様」


 やがて、腕の中ですうすうと、小さな寝息が聞こえてくる。

 それにほっとして、メルフィーナも目を閉じた。


 ――もっと、この子をよく見ていなければ。


 この賢く優しい子が、誤った道に進むことのないように。

 明るい未来に向かって真っすぐ歩いて行けるように。


 領主としてというよりも、ずっと自分を慕ってくれた子供に対する大人として、そうしなければならないと、強く思った夜だった。

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